57話:デート
ミリアを連れだして、私は王都を走り回る。
気分は今日という日と同じでとっても晴れやか。まるで壮大な野原を駆け回りながら鳥さんと一緒にお歌を口ずさんでいるみたい。
どうして? って、もしミリアに聞かれたらこう答える。
ミリアと一緒に遊べるから!
でも、そういうことを言っちゃうと、何故かミリアはいつも顔を赤くして俯いちゃうから今日は言わないことにする。
昔はエルフの里で暮らしてたから、遊ぶと言っても近くの森ぐらいしかなかった。
皆は私が王女だから、私と話すなんて恐れ多いって思ってるみたい。イシュに「友達になろう!」って言った時もちょっと躊躇われたのはそのせいだったんだって、今なら分かる。
だからいつも独りだった。
でも、森で遊ぶのは楽しかった。森には色んな生き物が棲んでいて、空に飛んでいる鳥さんも、ちっちゃいのとか、おっきいのとか、色々いた。その誰もが私と一緒に遊んでくれなかったけど、見てるだけでも楽しかった。
今思うと、そんなことで楽しめるなんて、私ちょっと凄い? って思う。
不本意ではあるけど、奴隷になって、人間たちの街に来れた。それでミリアに会ってから、色んな所に行った。
地獄に行った。
ミリアは地獄なんてもう二度と行きたくない、みたいな顔をしていたけど、私は楽しかったと思う。
地獄には色んな悪魔さんが住んでいて、綺麗な街並みに囲まれて、少し羨ましいなって思ったぐらい。
ディアベルは、私も最初は怖い悪魔さんなのかな? って思ったけど、全然違った。「同じ”ベル”が付くもの同士、仲良くなれそうですね」ってちょっとした冗談を言えるぐらいは気さくな感じで、今も色々と協力してくれてるし、王都にも一緒に来てくれた。
アーデウスはいん‥よく? っていうのは今でもよく分からないけど、凄く純粋で、かわいい悪魔さんだった。いつも体からはいい匂いがするし、声もかわいい。あの時はディアベルと仲がいいんだなぁ‥‥って思ってたけど、多分アーデウスはディアベルのことが好きなんだと思う。多分、アリシアとフェシアみたいな”好き”と同じ。ディアベルの方はアーデウスのことどう思ってるんだろう。
そんな悪魔さんにも会えたし、やっぱり楽しかった。でも、死んで地獄に堕ちたらお仕置きされちゃうらしいから、やっぱり地獄は嫌だなって思った。どれだけ街並みが綺麗でも、お仕置きは嫌だから。
お仕置きされないんだったら、また行ってみたいな。
ミリアのお家にも行った。
凄くおっきなお庭があって、綺麗な噴水とか、動物の形をした草? とか、何だかお庭だけで一つの街みたいだった。
そんなお庭の真ん中に建っている邸宅もすっごく大きくて、ミリアってこんなお家に住んでたんだ! って思った。驚く私に、ミリアは「お前は王族だろ」‥‥みたいなことを言ってたけど、流石にこんな大きなお家には住んだことない。
メイドのグレイアさんも凄く綺麗で、まるで氷の結晶みたいな美しさを持つ人‥‥だと思ってたけど、天使だった! 天使だって聞いたら、何だか納得しちゃうぐらい。そんな天使さんがお姉ちゃんだなんて、ミリアが羨ましい。
友達のロゼリアは、シリウスのよく分からない魔法の説明を理解できるぐらい頭が良くて、ちょっと‥‥意外だった。でも、貴族らしく凄く豪華な感じで、私をエルフだと知りながら仲良くしてくれた。
ミリアは私が初めての友達だなんて言うけど、多分嘘だ。ロゼリアっていう友達がいるなら、最初から紹介して欲しかった。ちょっとムカついちゃう。でも‥‥ミリアは嘘をついてたんじゃなくて、本当に友達を知らなかったんだって、そう気付いた時、ミリアはずーっと孤独に縛られてたんだろうなって考えを改めた。
友達って何?
そう聞かれたら、私は答える。
ミリア。
多分、それが答え。他にもいっぱい答えはあるんだろうけど、今の私はそれが答えだと思ってる。
でも、もし生まれた時から、一人じゃなくて”独り”だったとしたら、多分友達なんて知る機会が無い。周りから突き放されて、自分自身も独りだって思ったら、もうそれを信じるしかなくなっちゃう。ミリアみたいに。
だからこそ、知ってほしい。
もう独りじゃないよ、って。
* * *
「何してるんだ? 遊ぶんだろ?」
ぼーっと立っている私にミリアが手を差し伸べた。
その差し伸べられた手の意味を私は知っている。こういう時は、手を繋ぐのが正解だって。
私は差し伸べられたミリアの手に、自分の手を重ねる。少し冷たいミリアの手に触れた時、自分の手が少し温かくなっていくのを感じた。冷たいものを触った時に自分の体の温かさに気付くように、私って結構温かいんだって思った。
そんなことを思っていると、ミリアが私の手を引く。それと一緒に私の体も引っ張られる。少しこけそうになって、でもこけなくって、そのままミリアと歩幅を合わせて歩いていく。
歩いていると、手の繋ぎ方が少し変なことに気付く。手を繋ぐっていうより、指を掴んでいるだけみたい。引っ張る時はせっかく手のひらを合わせて握っていたのに、少ししたらミリアが私の指先に触れるだけ。
これが手を繋ぐ、とは違うことぐらい知ってる。
だから、ちょっとだけお仕置きをする。
指を掴むだけのミリアの手から一度手を離す。
驚くミリアの手に、また手を伸ばす。
お互いの指を交差するようにして差し込んで、指先がミリアの手の甲に触れるようにして握る。
普通に繋ぐ時は、お互いの手の平しか触れられないけど、こうしたら手の平だけじゃなくて、指の間にも触れられる。
余すところなく触れ合って、ミリアの手の冷たさを再確認する。
きっと、こういうことをしたらミリアは怒る。というより恥ずかしがる。
案の定、ミリアの顔を見たらそのぷにぷになほっぺたを少し膨らませながら顔を背けていた。
でも、拒まれなかった。私のちょっとしたおふざけもその小さな体で受け入れた。
それから、色んな場所を回った。
まずは映画。ずーっと見てみたいって思ってた。
シリウスに色々と聞いていた時に映画というのがあることは知っていた。一枚のペラッペラなスクリーンに色んな人とか建物とかが映って、その中で物語が進んでいくものだって。
そんなもの、やっぱり一度見てみたい。
映画が見れる映画館という場所に行ってチケットを買う。
「う~ん‥‥今やってるのはこれしかないな」
ミリアが少し残念そうにそう言った。
「ミリアは映画を見たことがあるの?」
「ん? あぁ、まぁ。前、王都に来た時一度だけ」
ずるい。
ミリアに連れられて大きな部屋の中に入る。
その部屋の中には、ソファみたいにふかふかそうな椅子がいっぱい並んでいた。時間も時間だからか、それ程人はいなかったし、空いている場所ならどこでも座っていいらしいから、せっかくなので映画がよく見えそうなところに座った。
椅子に座ると、思っていた以上にゴワゴワとしている。ソファみたいな柔らかさを想像していたけど、座る瞬間の、わぁ柔らか~いという期待を裏切るように、ちょっと沈むだけで底には硬い鉄のような板が待ち構えていた。
でも、何故だか妙な安心感があって、意外と悪くない。
「あ、そういえば忘れてた」
そう言って、ミリアが私を待たせて部屋を出て行った。
何をしに行ったんだろうと、何も映らないスクリーンを眺めながら待っていると、ミリアが帰って来た。その手には、赤と白のしましま模様の丸い箱を持っている。
「ポップコーン」
ミリアが何故か自慢げにそう言った。
肘掛けの先にそのポップコーンというのを置いて、ミリアはそれを食べ始めた。
私も丸い箱の中にあるそれを手に取って、口に運ぶ。
口に入れた瞬間、溶けるような不思議な食感とシロップの甘い後味が口を包んだ。
思わず落ちそうなほっぺたを支えるように手を頬に添える。
小さな雲のような姿からは想像できない美味しさに手が止まらなくなった。
そうして、ついに映画が始まった。
映画の内容は二人の男女がお互いに海で出会って、恋に落ちるというものだった。
「愛してる!」
「私も愛してるわ!」
そんな会話が何回続いたか分からないぐらい、それだけで台本に書かれたセリフを全てを言えそうな内容だった。
正直、映画の内容よりも、魔法? 科学? かは分からないけど、その映画という技術力に驚くだけだった。
はっきり言って、つまらなかった。その理由を考えて、考えて、考え尽くした先に辿り着いた答え。
私、この人たち知らない。
それだった。
多分、この映画に出ている人が、アリシアとフェシアだったら、もっと興味が湧いたような気がする。恐らくそれは私がアリシアとフェシアを知っていて、お互いに長い間大好きという気持ちを抱えていたことを知っていたからこそ、その「愛してる」というセリフに感動するんだと思う。
この映画には申し訳ないけど、私はこの男の人と女の人を知らないし、どうして海で出会っただけで「愛してる」って言ってるのかよく分からない。
でも、隣を見ると何故かミリアは泣いていた。
周りを見ても、数少ないお客さんの殆どが泣いていた。
あぁ、この映画って感動する話なんだなって、そこで気付いた。
何だか私一人だけ泣いていないのが恥ずかしくなって、ポップコーンを口いっぱい食べて、その美味しさに感動して泣くことにした。
「うぅ~、良かったわね」
映画を見終わって感動の余り口調が戻っているミリアに「へぇ~」と表面だけの同意をした。
「よし! ポップコーン‥‥じゃなくて、映画見たし、お洋服買いにいこう!」
「え?」
ミリアの手を無理やり引っ張って、洋服屋さんに向かった。
ミリアがどうして服なんて買うの? と言わんばかりの表情で私を見ていたけど、そんなことはお構いなしにミリアを連行した。
どうして服を買いに来たのかというと‥‥‥
「ミリア」
「何?」
「下着買おう」
私がそう告げると、ミリアは少し顔を赤くして俯いた。
でも、買わないといけない。
ミリアは今年で十七歳。私の一つ上なのに、下着を買っていない。いや、流石にパンツは履いてると思う。お風呂に入る時にそれは確認済みだ。
でも、確かに上の方‥‥そう、お胸には何も着けていない。それも確認済みだ。
ミリアはそんなの必要ないとでも言いたげなようで、面倒くさそうに下着を選ぶ私に付いてくるだけだった。
必要ない? いや、必要だ。
ミリアは自分の胸を「無」、そのたった一文字だけで表している。
でも‥‥そんなことない。
私は知っている。ミリアの柔らかさを。
ミリアの言い分も理解できる。服を着れば、その胸には一見何も残っていないように見える。
でも、確かに柔らかくて、膨らんでいる。
一緒にお風呂に入っているから、知っている。
ミリアは体が小さいし、姿勢が少し悪くて胸を張らない。だから、その相乗効果で胸が小さいように見えているだけだ。
ミリアを試着室に幽閉して、私は下着を選ぶ。
これは子ども過ぎる。
これはちょっとダサい。
これは‥‥!! お、大人‥‥‥
そんな風にして選んでいると、試着室の方から「まだか~」と私を急かす声が聞こえてくる。「もう決まる~!」と少し大きめに嘘をついて、また悩みだす。
選んだ何着かを持って試着室に向かう。
「じゃあ、これ全部着てみて!」
「えぇ~」
面倒臭そうな顔をするミリアに私が選んだ下着を押し付けて、試着室を仕切る布を閉めた。
ミリアがどのような反応をするのかを楽しみにしながら、暫く待っていた。
しかし、いつまで待ってもミリアが出てこないので、「ミリア~」と試着室の中にいるミリアに呼び掛ける。
すると、突然手が引っ張られた。
試着室に食べられるように、中に引きずり込まれる。
中には、下着を手に持ったままオドオドとしているミリアがいた。
「ど、どうしたの?」
下着を着る為に服すら脱いでいないミリアにそう問い掛ける。
「知らない‥‥‥」
「え?」
「ブラジャーの着け方、知らない」
盲点だった。
十七歳になっても着ていないのだから、これまで着たことがあるはずなかった。
「じゃあ、店員さん呼ぶ?」
ミリアは恥ずかしそうに首を横に振った。
「仕方ないなぁ~、私が着せてあげる」
冗談混じりにそう言ってみた。すると、ミリアは私に下着を渡し、鏡を見るようにして私に背を向けた。
「え‥‥」と驚きが口から零れる。
仕方ないので、私が着せることにした。
主張の強くない紫色のブラジャーを手に持ったまま、ミリアが上の服を脱ぐのを待つ。
その最中、ミリアは私と鏡越しに目が合っていることに気付いて、恥ずかしそうに目を逸らしながら胸を手で隠した。いつもお風呂に入っている時は恥ずかしげもなく堂々としているのに、何故こういう時は恥ずかしがるのか、不思議な現象だ。多分、何か現象名がある。
かく言う私も恥ずかしかった。
ミリアと目が合わないようにしながら、下着を手に持ってできた腕の輪をミリアの頭にくぐらせる。
そうして、ミリアの胸の前に下着を持って行った。
「ミリア‥‥」
「何‥‥」
「その‥‥手」
私がそう言うと、ミリアは胸を覆っていた手をゆっくりと外して、そのまま手を横に広げた。
その瞬間、お風呂で何度も裸を見ているはずなのに、恥ずかしさが頂点に立つような気がした。
ミリアの首筋と背中だけで視界を埋め尽くして、ミリアに下着を着せた。顔を背けていたせいで、何度か着せるのに失敗したけれど、やっとのことで着せることに成功した。
まさか、下着を着けるだけでこんなに疲れるとは思わなかった。
「リーベル」
疲れて俯いている私に見せるように、ミリアが私に下着を着けた自身の胸を見せた。
「どう‥‥‥」
顔を赤くしながらそう言うミリアに、鏡で確かめたらいいのに‥‥と思いつつも、そんな余裕の無かった私は簡単にこう答える。
「似合ってる‥‥‥」
枯れ落ちる葉のように、風に飛ばされて消えそうな声でそう言った。
「そう‥‥‥」
まだ試着していない下着はいっぱいあったが、お互いにこれ以上は無理だと思って、私が選んだ下着を全部買った。そのせいで、王都に行く前にシリウスが渡してくれたおこずかいは全部無くなった。
洋服屋を出て、今度は手を繋がずに宿に戻る。
「リーベル」
帰っている最中、突然ミリアが話し掛けてくる。
「何?」
「今日は大丈夫だったの?」
ミリアの口調は、何故かお嬢様口調のままだった。
ミリアがお嬢様口調になるのは、恥ずかしい時とか焦っている時だ。やっぱり、さっきのが‥‥‥
しかし、そうではないことに気付く。ミリアは単に心配しているようだった。
「大丈夫って何が?」
「最近わたしに素っ気なかったから」
そう言われた時、初めて気付いた。
確かに、ミリアのお家に行ってから、私は少しミリアに対して冷たかった気がする。
お風呂の誘いに断ろうとしたり、寝るときに背中を向けたり。でも、たったそれだけで”素っ気ない”になるのはよく分からなかった。
ただ、確かにどうしてだろう? と思った。
ミリアのお家に行ってから、ミリアの色々な事情を知った。多分、まだまだミリアについて知れてないことはいっぱいあるだろうけど、いざ少しでも知ると、私は全くミリアのことを知らないんだなぁ、と気付かされた。
それが原因かは分からないけど、少しミリアと距離を置く‥‥というより、それ以前みたいに何気なく接することができなくなった。
でも、アリシアとフェシアと出会ってから、私を縛っていた鎖を解くように、ミリアと自然に接することができた‥‥気がする。
「ミリアは私のこと、どう思ってる?」
「馬鹿」
「えぇ~」
「嘘、優しい子」
優しい‥‥ミリアはいつも私をその言葉で表現した。
「じゃあ、あなたは?」
「え?」
「ほら、わたしのこと、どう思ってるの?」
そう聞かれた時、すぐに言葉が思い浮かばなかった。
「大好き」
私が黙っていると、ミリアがそう言った。
「え?」
「そうでしょ? 昔、わたしにそう言ってたじゃない」
ミリアが私をからかうようにそう言った。
「‥‥うん! そう、私はミリアのこと――――」
ミリアの顔を見る。
「――――ミリアのこと‥‥こと‥‥‥」
「?」
”大好き”、その言葉が何故か出てこなかった。
「ふっ。何よ、今更恥ずかしがるなんて。やっぱり、リーベルは馬鹿ね」
そう言い残して宿に向かうミリアの後を追いながら、どうして言えなかったのかを考えた。
大好きが嘘だから?
友達に大好きを言うのが変だから?
それとも‥‥相手が、ミリアだから?
そう思うと、私はミリアのことが嫌いなのかと自分で自分を疑った。でも、もし嫌いだったらそもそもこうやって一緒に遊んではいなかった。
その時、アリシアとフェシアの関係を思い出した。
女の子同士で婚約した彼女たちには、一つ教えられたことがあった。というより、それで知ったからこそ、アーデウスがディアベルに対して抱いている感情が”友情”じゃないって気付いた。
そう思った時、何かに気付いたような気がしたが、それよりも先に火照りが強くなって、何も考えられなくなった。
だから、私はただミリアの後ろに付いていくことにした。




