56話:聖女の想い
「よくぞ参った。聖女よ」
「はい、王よ」
「此度の戦い、一番の功労者は其方だ。誰もがそうだと信じている」
「身に余るお言葉です」
「そこで、其方にも勲章を授与しよう」
その時、「お待ちください」というミリアの一声が勲章授与を遮った。
「どうした、アミリアス嬢」
「フェシアさんへの勲章授与。それはもちろん素晴らしいことですが、それだけでは今回の彼女の成果には見合わないと思います」
「というと?」
「彼女に何か願い事を一つ叶えて差し上げる、というのはどうでしょう?」
<祈祷>の熾天使グランシエルの加護を受ける者として、王都における最上級の勲章は願いを受け入れることだ。そういった考えの基、ミリアは提案した。
ミリアはアリシアを見て軽くウィンクをして、暗に”あの提案を受け入れる”ことを意味した。
(助け舟は出してやるが、上手くいくかはフェシアさんの気持ち次第だ)
「なるほど‥‥‥」
王は熟考した後、答えを出した。
「よかろう。確かに此度の聖女の活躍はそれだけの価値がある。よって、聖女よ。何か一つ願い事を申してみよ。もちろん、遠慮は無用だ。命に関わることでなければ、熾天使グランシエル様の加護を受ける者として、その願いを叶えよう」
フェシアの考える時間は短かった。何故なら、もうとっくに答えはその心の中にあったからだ。
「では――――」
フェシアは大きく息を吸い、万が一にでも言い間違えないように、そして王の耳にしっかりと届くように声を張り上げる。
「――――王女アリシアを、私にください」
* * *
あの時、彼女と初めて出会ってから、聖女となった私の願い。
誰だって、本当の自分を見せようとはしない。それは、貴族とか平民とか、聖女とか‥‥身分なんて関係ない。皆、本当の自分を見せた時に相手にどう思われるのかが怖くて、もしそれで相手に拒まれたら、本当の意味で拒絶されたことになる。だから、こうやって偽りの自分を作り上げて、拒まれたとしても自分が傷つかないようにしてる。
でも、この願いだけは偽りじゃない、本物。
もし拒絶されたらと思うと、怖い。でも、その覚悟はある。だから、これは私の決意そのもの。
今、この時だけは聖女としてじゃなくて、ただの街娘、ただのフェシアとして、この願いを、この想いを、伝えたい。
* * *
「――――は?」
聖女の願いを聞いた王は、これまで培ってきた王としての冷静さなど忘れてしまう程に驚愕した。
下がった顎が帰ってこない。焦点は意志を固くしている聖女に止まって動かなかった。
「あらあら、まぁまぁ~」
隣にいる女王は両手で口を覆って微笑んでいた。
「固い意思。きっと聖女は剣、いやその杖に誓ったに違いない」
「ふっ、僕の計算からすれば、彼女の意思は‥‥何てことだ、データを超えている!」
王子の訳の分からない発言が続いている合間も、王は愕然とした様子で何とか頭を動かしていた。
王が何を考えていたのかと言うと、同性結婚がどうだの、世継ぎがどうだのということではなく、ただ単純にこの場で聖女が結婚の挨拶をしているということだった。
正直なところ、確かに孫の姿は見たかった。それは、王としてではなく、ただ単に父親として娘であるアリシアの娘をその目で見たかったというちょっとした願いだった。
ただ、同時に父親として娘が最も幸せな道を探し求めていた。
娘が孤独を感じていたことは父親としても薄々分かっていた。その孤独を聖女だけが埋めてやれることも、父親だからこそ知っていた。
王子たちは自立している。しかし、王女はまだ子どもなのだ。自分の才能に体が追いつけていない。そのことに、父親だからこそ気付いていた。
未だに幸せの答えに気付けずにいた。何が娘であるアリシアの幸せなのか、その答えはどこにあるのか。
しかし、今日やっとそれに気付けた。今、目の前に決意を固めている聖女がその答えを示していた。
「‥‥聖女よ」
「はい、王よ」
「よかろう。その願い、聞き届けよう―――」
フェシアは何かを察する。王が未だ発言を止めていないことに気付いた。
「―――と、言いたいところだが‥‥‥」
フェシアは肩を落とした。
やっぱり、ダメか‥‥‥そう、誰もが思った。しかし、王の発言はまだ終わっていない。
「その願いを叶えるのは、我ではないだろう。‥‥なぁ、我が娘よ」
王は隣に座っている王女アリシアに目をやった。
フェシアの予想外の願いに言葉を失っていたアリシアは、そこで初めてその願いが父親である王ではなく、自分に向けられているものだと気付いた。
アリシアは椅子から立ち上がり、涙を堪えながらフェシアの元へ走る。
想いを胸の中に込めながら、その足取りは次第に速くなっていく。
そして、思いっきり飛びついた。普段は不意を突く為に背中から飛びついているのに、今日は胸に飛びついた。だから、フェシアも手を大きく広げて受け止めようとしてくれている。
「フェシア!」
アリシアの声と共に、フェシアに少女の突進ぐらいの衝撃が加わる。そして、そのまま倒れそうになる。
「危ない!」
しかし、ミリアが咄嗟に触手を出して倒れそうになったフェシアを支えたことで事なきを得た。ミリアはそのまま力加減を間違わないようにしながらゆっくりと下ろした。
* * *
よく分からないが上手くいった。まぁ、結果良ければ全て良し、か。
聖女の願いを聞いた時、王は流石に驚いた様子だったが、それでも今はその願いを聞き届けた。きっと、王も薄々フェシアさんの願いを知っていたのだろう。後は、その決意を見せる時まで待つのみだった。まぁ、これもただの憶測に過ぎないが‥‥‥
「二人共、幸せそうだね」
そう、それが答えだった。
アリシアの願いを聞いた時は、何を考えているんだと思ったが、それこそが彼女の偽りない自分だったんだろう。
「ふ~む、どうやらワタクシはレズと出会う才能があるようですね」
その様子を見ていたディアベルはそう言った。
「は~、台無し」
何はともあれ、王都での問題もひと段落ついた。と言っても、わたしたちの”計画”はまだ終わっていない。魔王を復活させて、その謎を解くまで、まだまだ色々な所へ向かうのだろう。
授与式も終わり、王の間から出ようとした時、王に呼び止められた。どうやら、今回とはまた別に授与式を執り行うようだ。もう一回? とも思ったが、今度は王都に駆けつけてきてくれた最高位冒険者たちに向けたもので、今回の授与式はあくまで聖女などの功労者に贈られたものとのこと。
最高位冒険者‥‥そういえば、あいつら何してたんだ? わたしが東門に着いた頃には、ドルマンに支配されたのか、それこそゾンビみたいになってたが。とはいえ、そもそも知り合いもいないし、どうでもいいか。
王の間から、そして王城を出て、一度シリウスと連絡を取ることにした。わたしたちは宿に戻り、誰にも見られていないことを確認すると、<影収集機>を取り出して、シリウスからの連絡を待つ。
シリウスは<影収集機>からこちらの状況を確認できるから、すぐに連絡を寄越した。
プルルルルルルルル‥‥‥‥
「やぁやぁ、ご機嫌はいかがかな?」
「シリウス、お前ここに来てただろ」
開口一番、そう言い放つ。
「おやぁ? バレてたんだね」
やっぱり。
「ドルマンを倒したのはお前なんだろ? それで、魔王の残滓はあったのか?」
「うん、あったよ。もちろん、回収も済んでる。だから今はそれを調べてるところなんだ」
はぁ、今回は結構大変だったのに、結局わたしたちが来た意味は何だったんだ。
「まぁまぁそう思わずに。成果はあったんだから、無駄足じゃないよ。そうだ! せっかく王都に来たんだし、暫く遊んでたらいいんじゃないかな?」
シリウスの提案を聞いた時、リーベルは目を輝かせてわたしの方を見た。
「‥‥はぁ、分かった」
リーベルは「やったー!」と言いながら手を万歳して喜んだ。
そんなわたしたちをよそ目に、ディアベルは何か考え込んでいるようだ。
「では、そろそろワタクシは帰るとしましょう」
「ん? もう帰るのか?」
「えぇ、成果はあったようですし、今回のワタクシの契約は果たされましたからね。一度地獄に戻ります」
ディアベルとの別れは少し寂しかったが、彼女を縛り過ぎるのもあまり良くない。
悪魔ではあるが、義理堅い良い奴なのだと、認識を改める必要がありそうだ。
「‥‥そうか、分かった。ありがとう、ディアベル」
わたしがそう言うと、ディアベルは「ありがとう‥‥」と小さく呟き、微かに笑みを浮かべた。
「では、去る前にこちらを返しておきましょう」
そう言ってディアベルは被っていた三角帽子と、シリウスのギルドカード、そしてせっかく貰った勲章をわたしに手渡した。
「では」
「うん、じゃあ」
「またね、ディアベル!」
元気に見送るリーベルと少し哀愁のあるわたしに、ディアベルは背中を見せながら手を振り、部屋の壁に地獄の穴を開いてその中に入ると、穴を閉じた。
ディアベルがいなくなると、少し静かだ。だが、リーベルはわたしの手を引いて笑顔で元気な声を出しながら連れ出した。
「ミリア! 遊びに行こ!」
そんな元気なリーベルに、少し笑みが零れた。
次回は幕間としてデート回です。それを終えると、ついに第六章に入ります!
第六章では大きく物語が動くのでお楽しみに。
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