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55話:孤独な王女(後編)

 木に芽がなり、蕾をつけた。しかし、未だ花を咲かせていない。今年は少し遅いようだった。

 そのような年でも、魔法学術院の入学式は例年通り執り行われる。


 アリシアは入学式の来賓として参加していた。学長の「えぇ~、今年もこの時期がやって参りました。更なる魔法の発展の為――――」という、退屈な長話に聞き飽きていた。そして、ようやく学長の話が終わると、学生代表の挨拶が始まる。


 魔法学術院は、様々な魔法系学問を取り扱っている。


 生活を豊かにする為に、農業魔法などの生活魔法を研究する生活魔法科。

 攻撃魔法を主体として学び、将来的に魔法使いとなることを目指す軍系魔法科。

 魔法の意義を学び、魔法の扱い方、歴史、概念などを学ぶ社会魔法科。


 このように、他にも様々な学科が存在する。そして、その中でも最も人気の無い学科こそ魔法科学科。


 魔法科学科は、魔法と科学を融合した技術を学ぶ学科であり、ほんの数年前に設立されたばかりの新参者だった。

 そして、この科学という技術はハッキリ言って、嫌われている。

 何故なら、科学というものは魔法の二番煎じに過ぎないからだ。


 長い間、魔法を扱ってきた中で魔法というものは神格化されていった。一部の人間の間では、魔法自体に神が宿っていると考えられ、中には魔法こそが神だと考える者すらいる程だった。


 だからこそ、科学というものは嫌われた。もちろん、学会の賢者たちも科学をいいものだとは思わなかった。そして、その学問を切り開いたとある一人の賢者のことも気に入らなかった。

 その賢者の意思を継いだ数少ないものが、この魔法科学科という学科を設立した。しかし、他の学科が生活”魔法”科、軍系”魔法”科のように”魔法”が後ろに付いているにも関わらず、”魔法”科学科のみ”魔法”が前に付いているのは、多くの賢者が科学は魔法の下だと考えていることの表れだろう。


 そうして、学科ごとに入学試験を主席で入った優秀な学生たちが次々に挨拶をしていく。そして、ようやく”どうでもいい”魔法科学科の番がやってくる。


 壇上に一人の少女が立つ。弱々しい物腰でマイクに口を近づける。


「あ‥‥‥‥」


 キーーーーーン‥‥‥‥と、マイクが嫌に高い音を出す。少女はそれに驚いて後ろにビクッと動いた。その様子を見ていた会場はその音を目立たせるかのように余計に静まり返る。

 そんな様子に嫌気がさしたアリシアは早く終われ~と願っていた。


「あ‥‥え‥‥きょ、今日は‥‥そ‥‥あ‥‥‥」


 全く繋がっていない単語ばかりを並べて、壇上の少女は話を続けた。そんな様子の彼女に、会場の人々は退屈そうにうたた寝をしたり、クスクスと笑ったりした。


 そうして地獄のような時間が過ぎていき、入学式は静かに幕を閉じた。


 入学式が終わった後、新入生たちは各々交流して、新たな学生生活への期待を胸に目を輝かせている。そんな中、学術院の庭に生えた花びらを持たない木を囲むように置かれた円形のベンチにただ一人、溜息をつきながら肩を落とす少女がいた。


 その少女の名はフェシア。つい先ほど魔法科学科の学生代表として演説、とも呼べない何かをしていた少女だ。

 そんなフェシアは自分の失態を悔いながら、ただでさえ少ない魔法科学科の他学生とも交流せず、こうやって一人、木の下で溜息をついている。


「何してるの?」


 そんな時、とある少女の声が俯いているフェシアの顔を上げさせた。

 見上げると、そこには透き通った真っ白の髪に、光を反射した銀色の瞳を持つ少女が立っていた。

 普通の茶髪にレンガのような色をした瞳という、どこにでもいそうな街娘の自分とは違う、異様な雰囲気と姿をした少女に言葉を奪われる。そして、その特徴的な姿の少女に頭の中の記憶を刺激されるのだ。


(この子、確か来賓として来てた‥‥‥)


「お、おおおおお王女様!?」


 突然大声を上げる。そんなフェシアに、王女であるその少女も驚く。

 驚いてそのまま後ろに倒れ込んでしまったフェシアを見て、王女はクスッと笑った。笑ったと言っても、嫌味な感じではなく、ただ単純に面白がっているだけだ。


 フェシアが体を起こして、まさかこんなところに王女様がいるなんて、と思って横を見ると、隣には王女が座っていた。

 再び、驚いてしまう。


「ねぇ、こんなところで何をしてるの?」


 王女はフェシアの驚きなど露知らず、率直にそう聞いた。

 入学式の後だと言うのにも関わらず、こんなところにいるという時点で何となく察せそうなものだが、王女は敢えて聞いているようにも見えた。


「え、えっと‥‥‥‥」


 フェシアが言葉を詰まらせていると、王女は話題を変えた。


「あなた、魔法科学科の首席なんでしょ?」

「え? あ、まぁ‥‥一応」


 フェシアは決して謙遜を装った自慢をしているわけではない。

 そもそも魔法科学科を受験する学生は少なく、それもあってか入ることが比較的容易だった。そして、多くの魔法科学科の学生はそれ目当てで魔法科学科を選択しており、魔法科学に興味があるからという理由ではない。だから、そのような者たちの中で一番上になったところで、特に自慢できるようなことではないとフェシアは考えていた。


「ねぇ、魔法科学って何が面白いの?」


 王女がそう聞いた時、フェシアの目が大きく開く。その瞬間に、フェシアの暗かった表情が一転、いわゆるオタクのような口調で難しい言葉が王女に浴びせられる。


「科学って素晴らしいんです! あ、科学と言っても色々あって、自然科学とか、生物系もあるし、あ、他にも物質って実は小さな小さな原子っていうものでできていて、その周りを電子が飛んでいて、それでその電子がまた面白んです。この世には完璧な球体は存在しないって言われてますけど、この電子は肉眼では絶対に見えないぐらいに小さいのに、仮にこの世界ぐらい大きくしたとしても殆どズレが無いほどに綺麗な球体なんです! 小さなもので言えば、生物って実は細胞っている小さなもので構成されていて、それが私たちの肌とか、臓器とかを構成していてそれで―――――」


 フェシアはまた悪い癖が出てしまったことに気付く。いつもこうやって相手を無視して話しては、相手に苦い顔をされる。

 あぁ、またやってしまった。しかも王女様に‥‥‥なんて思った。が、しかし、王女が見せた顔は苦い顔ではない、笑顔だった。


「へぇ、科学って面白んだね」

「え‥‥あ、は、はい! もちろん、魔法も素晴らしいんですけど、だからこそ魔法と科学を融合した魔法科学は―――――」


 何故だか、フェシアは話し続けてしまった。それが悪い癖だと気付いていても、王女が自分の話を快く聞いてくれるからか、とても話しやすかった。


「―――――というわけなんです! ‥‥はぁ‥‥はぁ‥‥」


 フェシアは息が切れるまで、如何に魔法科学が面白いかを熱弁した。


「ふぅ~ん。なぁんだ、全然喋れるんだ」

「え‥‥?」

「いや、さっき見た時は、あ‥‥え‥‥、みたいな感じだったのに、今回はいっぱい喋るんだな~って思って」


 その時、フェシアは顔を赤くしながら再び自分の過ちに気付いた。もう遅いと分かっていたが、何故だか悪い気はしなかった。相手が王女であることは知っていつつも、その慣れ慣れしい態度に王女であることなど忘れさせられて、友達に話しかけているような感覚だった。友達なんて、これまでできたことはなかったのに。


 それが、フェシアとアリシアの出会い。そこから紆余曲折して、最終的には何故かフェシアは聖女になっていた。しかし、フェシアが聖女という身分を手に入れてしまったからこそ、余計アリシアの王女という身分の差を感じてしまう。もう、昔のように名前で呼び合ったり、話し合ったりはできなくなってしまった。


 それを選んだのは他でもない、フェシアだった。フェシアはミリアのように高い身分を手に入れれば、アリシアと一緒にいられると思っていた。しかし、聖女という高い身分を手に入れた先、確かにアリシアと一緒にいられる時間は増えたが、それと同時に心の距離ができてしまった。


「ごめんなさい、ごめんなさい」


 アリシアの顔を見た時、彼女は泣きながらそう連呼していた。


「私がフェシアを聖女なんかにしちゃったから、こんなに危険な目に合わせちゃった」


 アリシアは続けてそう言う。


「馬鹿みたい私。死ぬことは失うことだって分かってなかった。そんな当たり前のことを、大切な人が傷ついてから知っちゃった。馬鹿だよ、私」


 関係ない人が死んでもどうでもいい、そんなアリシアの考えは、フェシアを危険に晒してしまったことで変わっていた。


「遅い、遅すぎるよ。もし、これでフェシアが死んでたら、私は世界一の大馬鹿者だよ」


 その時、初めて気付いた。いや、気付いていたのかもしれない。それでも、アリシアが自分を騙すように、自分も自分自身を騙していたのだと、フェシアはそう思った。


 アリシアがフェシアを聖女にしたのは、フェシアが聖女になれば一緒にいられる時間が増えるからなんて理由じゃなかった。そう考えているのはフェシアだけで、実際のところは、ただ単純にフェシアという誰よりも魔法科学が大好きな少女を皆に知ってほしいから聖女に推薦しただけなのだと。自分を認めてくれただけなのだと、今更気付いてしまった。


 あぁ、なんて自分は愚かなんだろう。彼女が私にくれたのは聖女という身分じゃなくて、聖女という勲章だったのに。

 そう思っても遅いのだ。フェシアはアリシアを泣かせてしまった。そんな思いがフェシアに覆い被さる。


 いつだって、アリシアはフェシアに本当の自分を見せてくれていたのに、当のフェシアはアリシアが彼女自身を騙しているなんて呑気に考えていた。


(――――違う。アリシアを騙してしまっていたのは私の方)


「アリシア」

「‥‥え?」


 突然の呼び掛けに、アリシアはフェシアの目を真っすぐと見た。


「すみません‥‥今度からは気を付けます」

「違う! 違うの‥‥私がフェシアを聖女になんかしちゃったから‥‥‥」


 その時、突然フェシアはアリシアを抱き締めた。


「え‥‥‥」

「聖女になんか、なんて言わないでください。これは、アリシアが私にくれた大切な贈り物なんです。だから、私の大切なものなんです」


 フェシアの抱き締める手が更に強くなる。


「他の誰でもない、アリシアに認められて、私は嬉しかった。だから、聖女としての役目を全うしようと、私自身じゃなくて、聖女自身として自分を偽ってしまいました。アリシアがくれた大切なものなのに、私は‥‥‥恩知らずですね」


 その時、アリシアからも抱き締めた。


「一緒にいたかった」

「え‥‥‥?」

「フェシアと、ずーっと一緒にいたかった。聖女になれば、王城に住むから、もっと一緒にいれると思った」


 アリシアの言葉を聞いて、フェシアは驚きが隠せなかった。しかし、お互いに抱き締めているからこそ、お互いの顔は見えなかった。だから、その驚きがバレることはなかった。


 フェシアは頭の中で色々考えたが、結局お互いの考えは同じだった。

 フェシアは色々と変な方向に考えていてしまったのだと、今更気付いたが、もうそんなことはどうでも良かった。


「じゃあ、ずーっと、もっと、ずーっと一緒にいましょう。これから先も、絶対に離れ離れにならないように」


 もう、答えは出ていた。その答えを胸の中に秘めたまま、フェシアとアリシアは王の間へ向かった。

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