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54話:孤独な王女(前編)

 ゆっくりと、目を覚ます。すると、強い光が私の眼を刺激した。瞼で眼を半分覆いながら、体を起こそうとする。しかし、何故か体が動かない。痛みは無いが、強い疲労感に押さえつけられているような感覚だ。


 何とか頭だけを動かして、横に目を向ける。そこには、顔を下に向けたアリシアがいた。


「アリ‥‥」


 そう言いかけて、訂正する。


「‥‥王女様」

「フェシア‥‥?」


 その瞬間、王女様は私に飛びついた。体全体に痺れるような痛みが走る。しかし、喉も疲れていて叫び声すら上げられない。


「はぁ‥‥アリシア」


 その時、王女様の更に奥にいたミリアさんが王女様の襟を掴んで私から離させた。そして、初めて気付いた。王女様が泣いていることに。

 綺麗な顔を崩して、顔全体を涙で濡らしている。偶にふざけて転んだりして、泣いているところを見たことはあるが、それとはまた違った。泣いている少女を演じているのではなく、本当に心配してくれている。

 初めて王女様の素顔を見たような気がした。いや‥‥きっと、王女様はいつだって私の為に本当の自分を見せようとしてくれていたのかもしれない。それを拒んでいたのは、私の方だ。


 昔、王女様は私に「名前で呼ぶように」と命じた。でも、私は王女様を「王女様」と呼び続けた。何故なら、私は聖女で、王女様は王女様だからだ。聖女の身分は高いけれど、王族には及ばない。それに、私は元々ただの街娘。そんな私が軽々しく王女様を名前で呼んでいいわけがない。

 だから、少しミリアさんが羨ましかった。私も貴族だったら、それも公爵家に生まれていたら、ああやって王女様と同じ立場で‥‥‥


 そんな考えは、きっと疲れているから出てきているもので、これ自体が本当に私の考えなのかは分からなかった。


 その時、ミリアさんの側にいたお弟子さん。確か、名前はリーベルさん。そのリーベルさんが私の前に立ち、私の体にそっと触れた。


「リーベル?」

「ミリア。私に任せて。何だか分からないけど、できる気がする」

「‥‥?」


 その瞬間、リーベルさんの手から綺麗な光が輝き放たれた。その光は、魔力切れを起こしていた私の魔力を補填しながら、優しく包み込んだ。そして、私の体から痺れが消えていく。頭の中も澄み渡るような感覚になる。


 これは‥‥回復魔法? ですが、このような魔法は見たことが‥‥それに、この属性‥‥まさか、光? どうしてそんな珍しいものを‥‥いや、今は私の傷を癒してくれたリーベルさんに感謝をしないと。


「ありがとうございます。リーベルさん」

「‥‥はぁ、良かった。成功した」


 私は再びベッドの隣の小さな椅子に座っている王女様に目を向けた。飛びつかれるかもと身構えていたが、王女様は俯いたまま静かにしていた。まるで、別人になったようだが‥‥その弱さは、まさしく王女様だった。


「そういえば、フェシアさん」

「はい、何ですか?」

「王が呼んでたが、体の方はもう大丈夫か?」

「分かりました。すぐに準備します」

「ん。じゃあ、わたしたちは先に王に会いに行ってくる」




 * * *




 しかし、何が起こったんだか。わたしがフェシアさんたちに加勢する為に、東門に着いた時には、既に戦いが終わっていた。

 ドルマンは、雷に打たれたかのように丸焦げになっていた。不死の軍勢もその場に倒れ込んでいて、ただの死体に戻っていた。

 魔王の残滓も確認できなかった。それが一番の問題だな。はぁ、今回も結構頑張ったのに、収穫は無しか。


「そういえば、リーベル」

「何?」

「さっき使った魔法は前にグレイアに使ってくれたのと同じやつか?」


 リーベルは首を傾げながら回答を考えているようだった。彼女自身も、自分が使った魔法が何なのかはよく分かっていないらしい。


「何だろう? よく分かんないけど、前にシリウスが私が魔法を使うのを手伝ってくれたの。あの時の感覚を思い出しながらやったら、できた? みたいな」

「そうか‥‥まぁ、よくやった。流石はわたしの弟子」

「そういえば、私ってミリアの弟子だったの?」

「‥‥‥‥」

「ミリア?」


 わたしたちは王の間に着いた。そこには、前とは違って王やその護衛以外にも、第一王子と第二王子。それに、先代の聖女までもがいた。

 先代の聖女? どうしてここに‥‥と思ったが、彼女が座っている椅子。王の隣ってことは‥‥女王!?

 そうか、道理で女王を見たことが無かったわけだ。昔にわたしが聖女だと思っていた人こそ、女王だったのか。まぁ、確かに相応しい器だと思う。


「よくぞ参った」


 わたしとリーベルは膝をついた。しかし、相変わらずディアベルは我が物顔で立っている。ディアベルの態度にその場の全ての者が首を傾げていたが、もうわたしにはどうもできない。


「よせ。其方たちは王都を救ってくれた英雄だ。礼儀は必要ない」


 王の言葉を聞いてわたしとリーベルは立ち上がる。


「アミリアス嬢。いや、冒険者ミリア、シリウス。そしてその弟子リーベルよ。其方らは王都内に忍び込んでいた悪魔を退けた。その功績は勲章に値する」


 すると、先代の聖女、もとい王都の女王は椅子から立ち上がるとわたしたちの前まで移動した。その手には三つの勲章を持っている。

 そして、女王はわたしたちの首に黄金色の天使の翼が装飾された勲章を通していく。


「はぁ~い。よく頑張りましたね~」


 何だか恥ずかしい。女王の包容力が凄すぎて、子どもに戻った気分だ。

 リーベルは勲章を貰えたことに物凄く喜んでいるようで、何度も勲章を手に持っては勲章と同じぐらい輝いた眼で見つめた。


 わたし、リーベルと続いて、次はシリウスの振りをしたディアベルの番だ。しかし、ディアベルはそれを拒んだ。単に、天使の翼を模った装飾の付いている勲章が気に入らないのか、それとも女王の態度が気に入らないのかは分からないが、前に立つ女王に悪態をつきながら手を前に払うようにして勲章を受け取らなかった。


 それに困った女王は、暫くディアベルと”勲章を渡す”という格闘をした後、最終的にディアベルが拒む為に手を前に差し出した瞬間に、その手に勲章を通して事なきを得た。


 女王が再び椅子に戻ると、王が話し始める。


「気持ち程度のものだが、受け取って欲しい。特に、シリウスよ」

「はぁ‥‥」

「其方は今回の災厄の根源である悪魔を倒してくれた。それに、不死の軍勢も‥‥死んだ者は帰らぬが、それでも死体を残してくれた。これで、あの者たちを弔ってやれる」


 ディアベルがドルマンを倒した? 確かに、偽りの魂を埋め込んだドルマンの”偽物”なら倒したが、本物のドルマンは倒すどころか、そもそも会ってすらないが‥‥‥ディアベルはわたしたちとずーっと一緒にいたし、間違いない。


 誰かと勘違いしている?


「王よ。”シリウス”が悪魔を倒したのですか?」

「ん? あぁ、そういえばあの場に其方はおらぬかったな。我も遠目であったが故、よく見えぬかったが、聖女と協力して悪魔を倒してくれたぞ。特徴的な三角帽子も被っておったし、シリウスではなかったのか?」

「えぇ、ワタクシですよ」


 ディアベルは当然のように嘘をついた。しかし、もちろんそれは嘘なわけで‥‥‥だとしたら、誰が倒したんだ? こんな三角帽子を被ってるやつなんてシリウス以外には、今のディアベルぐらいしかいないだろうし。ディアベルじゃないとしたら‥‥まさか、シリウスのやつ、ここに来てたのか? まぁ、後で聞いてみるか。


 その時、王の間にフェシアさんとアリシアが到着した。




 * * *




 ミリアたちが王の間に向かった直後の聖女の部屋。フェシアはベッドから起きて準備を整えると、王の間に向かおうとしていた。

 しかし、小さな椅子に座ったまま俯き続けているアリシアが目に付く。


「王女様、私たちも行きましょう」


 アリシアは返事をしなかった。いつもであれば、話し掛ければ元気な声で返事をしてくれる。そんなアリシアが今日は機嫌が悪いのか、静かだ。


「私だけで行きますよ。いいんですか?」


 そう訴えかけてみる。しかし、それでもアリシアは俯いたままこちらを見向きもしなかった。そんな状況が続き、流石にフェシアも心配になってくる。

 フェシアはアリシアの隣に立つと、視点を合わせるように屈んで優しい声で問い掛けた。


「どうしたんですか?」


 その時、アリシアの髪の隙間から、その素顔が見える。――――泣いていた。

 声を殺して、すすり泣いている。いつも心配させようとして大袈裟に泣いているから、周りの人を心配させないように我慢しているアリシアは珍しかった。

 だから、フェシアは余計に心配する。


「王女様‥‥‥」


 フェシアはベッドに座りながら、アリシアの髪をどけてその素顔の頬に手を添える。

 俯いた顔を上げさせて、アリシアが見せたのは、普段は絶対に見せないような弱り切った彼女自身だった。


 アリシアはいつも、自分を隠す。世間一般的に、元気な王女様として振舞っている彼女は、実際にただの女の子で、いたずらが好きで、いつも変なことを考えている。友達作りだって得意で、兄たちのような才能は無くとも、愛される王女だった。

 だが、彼女が完全に心を許す相手はいなかった。彼女はいつも誰かに囲まれている。老若男女問わず、誰からも好かれているが、その誰もが本当の彼女を知らない。そして、彼女も本当の自分を見せようとはしなかった。

 だからいつも、彼女の交友関係は短い。まるで木から散りゆく花びらのように、いつだって花びらは木を着飾っているが、すぐに散ってしまって、時が経てば同じような見た目になっても、もうその木を着飾る花びらは別のものだった。


 いつだって、アリシアは孤独だった。

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