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50話:ゾンビ

 突然の出来事だった。ドルマンが、死んだ。


「嘘‥‥」


 リーベルが口を抑えながら瞳孔を震わせて驚いている。かく言うわたしの方も驚きが隠せなくている。


 まさか、死を選ぶなんて。わたしたちに尋問されるぐらいなら死んだ方がマシとでも言いたいのか。


 しかし、何度見てもドルマンは死んでいた。瞳孔からは光が失われ、乾いている。


 まずい、魔王の残滓への道が完全に閉ざされてしまった。いったいどうすれば‥‥‥


 ――――カタカタカタカタカタカタ


 戦いが終わって静かになった時、<影収集機>が微かに反応していることに気付いた。

 まさかと思い、<影収集機>をドルマンの死体に近づけてみる。すると、<影収集機>の反応は更に激しくなっていった。


 どうしてこんなに反応をして‥‥まさか、魔王の残滓が関係している?


「そろそろ、時間ですね」


 突然、ディアベルが地獄の穴を開いた。すると、その穴から一人の女性が顔を出す。


「‥‥ア、アーデウス!?」


 アーデウスはディアベルを見つけると、「ディア~」と甘えた声を出して、ディアベルの腕を無駄に胸を押し付けながら掴んだ。


「どうしてアーデウスがここに‥‥?」

「それはね――――」


 アーデウスはわたしを見た瞬間、突然悲鳴を上げた。その声に驚いて体がビクッとする。しかし、すぐにそれがわたしの後ろにいるドルマンの死体を見たことによるものだと気付いた。


「おとこーーーー!!!」


 アーデウスは酷く嫌がりながらディアベルの腕を更に強く掴んだ。


「わ、キモ‥‥うわっ、最悪。あぁ、本当に最悪‥‥どうしてこんなのがいるの? うわぁ、うわうわうわ!!!」


 とにかく、アーデウスが嫌がっているのはよく分かった。


 アーデウスはディアベルの腕に顔を強く押し付けて、そのまま音がする程の勢いで息を吸った。


「スゥ~~~‥‥‥あぁ! いい匂い。汚いものを見た後はディアで浄化しないと。スゥ~~~」


 その様子を見ていたディアベルは笑顔を崩さずとも、酷く呆れていることがよく分かった。そして、「アウス」と低い声で呼びかけると、アーデウスは「なぁに」と甘い声で返した。


「見なさい」


 そう言って、ディアベルはドルマンの方を指差した。アーデウスは嫌々ではあるが、ディアベルの言う事ならと、目を手で覆いながら恐る恐るドルマンを見る。


「――――あ、なんだ。死んでるのね。あぁ、良かった。なんだなんだ、死んでるのね~」


 アーデウスはドルマンが死んでいるのを確認して安心したのか、余裕そうに溜息を吐いて「良かった良かった」と続けて呟いた。


「それで、そろそろどうしてアーデウスがここに来たのか教えて貰ってもいいか?」


 わたしがそう聞くと、アーデウスは依然として開いていた地獄の穴に向かって指示をした。すると、穴の向こう側にいたアーデウスの店の従業員らしき女性悪魔が穴からアーデウスに何かを手渡した。

 何かと言っても、それは全く小さくない。そして、それには見覚えがあった。そう、憑りつかれし者だ。


 その時、一瞬で理解する。そうか、ディアベルが憑りつかれし者を地獄の穴に落としたのは、アーデウスに調査をさせる為だったのか。


 しかし、憑りつかれし者が女性でよかった。もし男性だったら、アーデウスの男性禁制の領地は間違いなくパニックになっていた。


「なるほど、ひとまずアーデウスが来た理由は分かった。それで、憑りつかれし者について何か分かったのか?」

「その前に。ミリア様、先ほどそのドルマンの死体に何やら反応があったのでは?」


 ディアベルはそう言いながらわたしが手に持っていた<影収集機>を指差した。


「ん? あぁ、そうだ。ドルマンの死体に反応している」

「じゃあ、それが魔王の残滓なの?」

「いやぁ? どうだろう。わたしもよく分からない」

「あら、リーベル様の指摘は強ち間違っていないかもしれませんよ」


 ディアベルはアーデウスに目配せをすると、アーデウスは憑りつかれし者の調査結果を話し始めた。


「――――既に死んでいる?」


 アーデウスがまず話したのは、衝撃の事実だった。

 憑りつかれし者が既に死んでいる? そんなわけない。確かに死んでいると勘違いする程にはやせ細っているし、生気も感じないが‥‥ただ、息をしている。つまりは、心臓も動いていて生きているということだ。


「もっと正確に言うのなら、生きた人形のような状態って感じね」

「生きた人形?」

「そう‥‥何て言えばいいか‥‥そうね、確かに生物学的にはまだ生きていると言っていいかもだけど、スピリチュアル的には死んでる? みたいな感じね。つまりは、中身が無いの」


 中身が‥‥無い?


「多分だけど、そっちの‥‥おえ‥‥その、ばっちいのもこれと同じ類のものだと思うわよ」


 アーデウスは汚い物を見ているかのように目を細めながらドルマンの死体を指差した。しかし、それだと一つ疑問が浮かんでくる。


「ん? じゃあ、どうしてドルマンの死体には<影収集機>が反応して、憑りつかれし者には<影収集機>が反応しないんだ?」

「”ゾンビ”、だからですよ」

「ゾンビ?」

「そう、ゾンビ。決して冗談を言っているわけではありません。生きた死体、矛盾しているように聞こえますが、それこそが真実なのです」

「だとしても、それがどう関係してくるんだ?」

「そうですね‥‥では、少しお話をしましょう」


 * * *


 魔王の力、ディアベルはそれについて話した。

 魔王、それは絶大な存在。神とすら思わせる数多くの御業が全ての者に魔王を認めさせた。そして、その御業の中には生命に関する力があった。


 この世に天国や地獄が存在するのなら、”魂”も存在するであろう、と。あくまで抽象的な概念に過ぎないが、それを無理やり定義した上で、いともたやすく掌握することが、魔王にはできた。


 魂を抜き取れば、残った体はどうなるのだろうか?

 答えは、生きた死体ができあがる、だ。つまりは、ゾンビになる。もちろん、魂も無ければ意思も無い。

 そして、魂を戻せば? もちろん、生き返る。ごく当たり前のことだが、そんなことを可能とする生物はこの世には存在しない。ただ一人、魔王を除いて。


 * * *


「そう、それこそ、魔王の残滓。残念ながら魔王様がその力をどう呼んでいたのかは知りませんが、少なくともワタクシはその力の一端を見たことがあります。それはまるで‥‥”死者を蘇らせる”かのような」


 死者を蘇らせる‥‥魔王、やっぱりそんなことができるのか。


「つまりは、愚か者はそれを利用したのです。悪魔といえど、完全な支配はありえません。必ず、抵抗されるのです。例えば、ワタクシが対象に憑りついて殺人欲求を増大させたとしても、自殺しろという命令には従いません。これこそが、前提。しかし、それを破る方法が一つだけあります」

「何?」

「初めから、”魂に憑りつく”というものです」


 魂に憑りつく?


「魔王の残滓の力で魂を抜き取る。そして、今度は事前に用意していた偽りの魂を入れ込むのです。その偽りの魂に事前に憑りついておくことで、その偽りの魂を入れられた体は絶対的な支配下となる。死ねと言えば死ぬ、そういった状況になるのです。そして、その偽りの魂こそが魔王の残滓」


 なるほど、だからさっきリーベルの指摘は正しいと言ったのか。

 憑りつかれし者は魂の抜き取られたいわばゾンビ。しかし、このドルマンの死体の場合、偽りの魂、つまり魔王の残滓を埋め込められていて、ドルマンの支配下にあると。だからドルマンの死体にだけ<影収集機>が反応したのか。


 待てよ? だとしたら、このドルマンの死体も憑りつかれし者と同様、ドルマンに憑りつかれたゾンビ

ってことになるのか? 


「ドルマンはまだ生きてるのか?」

「えぇ、恐らくは」


 それだけじゃない。更に色々と分かって来たことがある。まるで点と点が繋がるように、今までに残されていた謎が解けていく。


「騎士都市を襲ったのは‥‥‥」

「死体が残っていないのは、それを利用する為でしょう。恐らく、大量の軍勢というのはゾンビ集団。加えて、愚か者の支配下にある」


 やっぱり、そういうことか。ゾンビ集団‥‥‥ドルマンはそこまで準備をしていたのか。だとしたら、フェシアさんの方がまずいかもしれない。


 危険を察知したわたしたちは急遽、フェシアさんたちのいる東門に向かうことにした。しかし、そんなわたしたちを(はた)から見ていたアーデウスはディアベルの袖を手で掴んで引き留めた。


「あら、そういえば帰すのを忘れていましたね」

「そうなんだけど~」


 アーデウスは突然上目遣いでディアベルを見つめる。


「ね~、ディア~。今回私、結構頑張ったと思わない?」

「はぁ、そうですね」

「だ~か~ら~、ご・褒・美、頂戴‥‥ね?」


 ディアベルは手を顎に添えて考える。


「例えば~、今度私のお店に来て私を指名するとか~、ま~、別に~、デートでもいいし~、なんなら、セックスでも~‥‥‥」

「ふ~む‥‥そうですね」

「え!? セックスしてくれるの!?」

「いえ、しません‥‥‥ですが――――」


 ディアベルはアーデウスの耳元にかかった髪の毛を手で払い避けながら、耳の上を一周させて耳の後ろにまで持ってくると、優しく耳たぶに触れた。アーデウスは耳が爆発でもするのかと思う程に赤くなり、顔を近づけてくるディアベルを震えた目で見つめている。


「――――確かに、今回のアウスは頑張りましたね」

「ふぇ、ふうぇ~?」


 アーデウスは言葉になっていないような声を出して、明らかに様子のおかしいディアベルを見つめている。対して、ディアベルは全く動じず依然として顔を崩さないまま至近距離でアーデウスを見つめた。


 ――――チュッ

 静かに音がする。その時、わたしからは二人の顔が重なって何をしているのかは分からなかったが、アーデウスは恐らく史上最高に顔を赤くしながら後ろに倒れ込む。しかし、倒れ込んだ先には地獄の穴が開いており、アーデウスはそのまま穴の中に入っていき、地獄に帰って行った。


「さぁて、早速東門に向かいましょうか」


 ディアベルはこちらを向いてそう言った。しかし、いくらよく見えなかったからといって、状況を考えれば何をしたかは分かる。当然、わたしたちは氷の中に閉ざされたかのように固まってしまった。

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