47話:支配の手
王女の野望――――それは、聖女フェシアとの婚約。
やっぱり、何度聞いてもよく分からない。別に、同性結婚についてどうこう言いたいわけじゃない。ただ単純に、非現実的過ぎることに物申したい。
王女は、当たり前だが王族であり、ここ王都を導いていく血筋の人間だ。だからこそ、幼少期から英才教育を受け、将来的には高い才能を持つ者として才能を開花させていかなければならない。
第一王子は類まれない剣の才能を持ち、その実力は最高位冒険者に匹敵すると言われている。
第二王子は類まれない高い頭脳を持ち、技術発展の最先端に位置する研究者として活躍している。
このように、王家の血筋を持つ者は次々にその才能を開花させていく。そして、何よりも努力のできる者たちだ。努力をするからこその才能ある王族なのだ。
それを踏まえた上で、この王女だ。まだ若いから才能どうのこうのはいいとしても、努力‥‥? いや、遊んでいるだけにしか見えない。
「そもそもお前婚約者いるだろ」
アリシアは王女だ。王族の人間である以前に、そもそも貴族などの上流階級の人間は、大抵婚約者がいる。女性なら尚更だ。わたしが稀有な例というだけ。
「婚約者‥‥‥あー‥‥うん、いたね」
「いたね‥‥って、じゃあ無理だろ。そもそも聖女って王都の中では王族に次ぐ権力を持っているから、フェシアさんもどこかに嫁ぐんじゃないのか?」
「フェシアは最近聖女になったばかりだから、まだいないよ」
アリシアは何故か引き下がらない。こんなことを言うのは可哀想だが、王族も、貴族も、特にこういったことに関しては自由がない。血を途絶えさせてはいけない以上、結婚して子どもを産む。それが女性の役割だ。
アリシアが本当にフェシアさんのことを愛しているとか、そういう話じゃない。フェシアさんの方がどうなのかは知らないが、少なくとも彼女の父親がそれを許さない。
「でも、今がチャンスなんだよ」
「チャンスって‥‥何が?」
「フェシアにも、私にも婚約者がいない今こそがチャンスなの!」
「はぁ? 今、お前婚約者いるって言ったばかりだろ」
「”いる”、じゃなくて、”いた”、だよ」
「‥‥? どういうことだ」
突然、場が凍り付く。アリシアは冗談で言っているようではなかった。いた? どうして過去形なんだ?
「騎士都市なんたらかんたらって場所があったでしょ?」
あぁ、ついこの前滅んだ街か。死体も残っていない上に、フェシアさんに見せられた映像を見れば悲惨だったのは一目で分かる。
「あそこに住んでる貴族が私の婚約者だったの」
アリシアが話した事実に一同の表情が曇る。それが意味していることは、アリシアの婚約者は”犠牲者”になったということだった。
リーベルは口を両手で抑え、無闇に驚いてアリシアを傷つけないようにした。
「そう‥‥だったんだ。それは‥‥悲しいね」
リーベルの表情を見なくても、声色から悲しい気持ちが伝わってくる。
突然の死というものは、悲しいものだ。リーベルも、わたしも、近くにいた日常の中から何かが一つ抜け落ちるように、誰かを失った。だからこそ、分かる。婚約者という身近な存在がつい最近死んでいたのなら、もう少し優しく接してあげるべきだったかもしれないと、後悔する。
重苦しい雰囲気の中、ディアベルだけは興味が無いのか爪を見ている。と思ったが、当のアリシアまでもが、何故そんなに悲しんでいるの? と言わんばかりに首を傾げて不思議そうにわたしたちを見ていた。
「えーっと‥‥‥別に、悲しくないけど」
「え? でも、好きな人が死んじゃったんじゃないの‥‥?」
リーベルは申し訳なさそうに少し目を逸らしながら、アリシアを傷つけないようにそう言った。
「え? 好きじゃないし、私が好きなのはフェシアだし。というか、会ったこともない人の死をどうやって悲しむの?」
「ふふっ、それには同感ですね」
先ほどまで興味なさそうにしていたディアベルが突然口を開いて笑いを零した。
「会ったことないのか?」
「いや‥‥だって、騎士都市って遠いし。そもそも、父上が勝手に決めただけだし。私はいらないって言ってるのに‥‥はぁ、というか、よくも知らない人の死をそんなに悲しめるね。道端の虫が死んでたらいちいち悲しむの?」
アリシアの王女とは思えない慈悲深くない言葉に唖然とする。
虫って‥‥‥その婚約者も災難だな。死体が無い以上、まだ死んだとは確定してはいないが。
「そっか‥‥‥」
リーベルはアリシアのあまりに堂々とした態度に屈したのか、悲しげな声でそう呟いた。
「いや、納得しなくていい。アリシア、婚約者が死んだのなら、少しは悲しんであげるのがせめてもの弔いなんじゃないのか?」
わたしがそう言うと、途端にアリシアの表情が暗くなり、機嫌悪そうに首を片手で押さえながらその軽い口調が重く、そして強くなる。
「かわいそうだとは思うけど、だからって他人の死を泣けというのは無理じゃん」
さも当然かのようにアリシアはそう言い放った。
昔から‥‥と言っても、昔に会ったのは数週間程度だが。それでも幼いながら察せる程アリシアは情緒不安定‥‥いや、それも違う。まるで本当の自分を隠すかのように、普段は元気な女の子として振舞っているが、その奥底に隠された彼女の本質は、ディアベルのような悪魔にすら似た闇を抱えているように見える。
――――カチャ
突然、後ろにある部屋の扉が開く音が聞こえる。
「あの‥‥私の部屋で何してるんですか?」
それと同時に聞こえてきたのは、フェシアさんの声だった。後ろを振り向くと、フェシアさんがこちらを不思議そうに見ていた。
アリシアはフェシアさんの姿を確認すると、すぐさまフェシアさんに飛びついた。
「フェシアを待ってたんだよ?」
アリシアの声色は、先ほどとは打って変わって明るく軽いものに戻っていた。
「‥‥そうだったんですね。待たせてしまい、すみません」
ひとまず、アリシアの提案は保留するとして、フェシアさんはもう戻って来たのか? 王たちと一緒に学会に行ってからまだ一時間程度しか経ってないと思うが‥‥‥
「あ、シリウスさん。あの憑りつかれし者について、他に何か分かったことはありましたか?」
「そうですね。憑りつかれてから既にかなりの時間が経っていたので、殆ど植物人間状態だということは分かりましたよ」
ディアベルは適当にあしらう為にそう言ったようにも思えたが、筋は通っており、王の間で憑りつかれし者を見た時点で既に分かっていたことを今付け加えたようだ。
フェシアさんはシリウスの振りをしたディアベルの言葉を自分なりに頭の中で噛み砕き、解釈したのか、目を少し見開いた。
「では、まだ助けられるかもしれませんね。シリウスさん、今、憑りつかれし者はどこにいますか?」
「あぁ、後で返しときますよ」
「はい。では、よろしくお願いします。犠牲は、少ない方がいいですから」
フェシアさんの真っすぐとした表情と考えを見ると、嘘をついていることが少し申し訳なくなる。
そして、話は変わり、魔法学会内にいるであろう裏切者の調査結果に関する話に変わった。
「調査の結果、やはり魔法学会のメンバーである賢者の一人が禁忌の魔法で悪魔と交信していたことが分かりました」
ふむ、それは予想通りだ。だが、にしても分かるのが早すぎないか?
「それにしても、随分と帰って来るのが早かったが‥‥‥」
「あぁ‥‥実は、その裏切者の賢者が、私は悪魔だ!! と自白しまして‥‥最初はただの思想が強い賢者かと思ったのですが、念の為その賢者の研究部屋を調査したら、悪魔に関する書物が大量に見つかったので、その者が裏切者に間違いない‥‥と」
そんな馬鹿な、とつい口走ってしまう程には、フェシアさんから明かされた話は馬鹿らしい内容だった。
「ふ~む‥‥ひとまず、その愚か者に会いますか」
「そうだな。わたしもそんなやつ少し会ってみたい」
フェシアさんはわたしたちを連れて、王都の地下にある独房にやって来た。
多くの独房が一直線の通路の横に並んでいる。しかし、中にはそれほど罪人はおらず、王都の治安の良さが見て取れた。実際、王都の生活基準は高いから、そもそもの犯罪発生率は低い。
「ここです」
フェシアさんが一つの独房を指差した。その中には、一人の白衣を着た賢者らしき男がいる。その男は独房の端っこを見ながら奇妙な笑い声を上げていた。
その時、突然何者かがわたしの手を強く握った。驚き、握られた手の方向を見ると、それはリーベルだった。
そうか、この光景‥‥少し、既視感がある。リーベルの父親‥‥あんなのは、父親を名乗っていいわけがないが、リーベルと一緒に収容されたそいつに会いに行った時と似ている。
「大丈夫か?」
わたしがそう聞くと、リーベルは声も出さず静かに頷いた。見たくないものは、見なければいいと思う。しかし、それがリーベルの意思で、ある意味での覚悟とも呼べるものなら、リーベルの意思を尊重するのがわたしの役目だろう。
リーベルの手を強く握り返した。
「で、こいつは話せる状態なのか?」
「‥‥分かりません。ずーっとこの調子なので‥‥‥」
ガンッ!!
突然、独房内の男は鉄格子を強く掴んだ。
「私は悪魔だ! 私は悪魔だ!」
リーベルの握る手が更に強くなる。
ディアベルに目をやって、この男が言っていることが本当なのか確かめる。ディアベルから返ってきたのは、首を横に振る動作だけだった。
「私の名はドルマン!! この王都を支配しーーー‥‥あぁ! 素晴らしい!! 支配、支配、支配!!! 何と素晴らしい響き!!!」
ドルマン‥‥?
「フェシアさん。こいつの名前はドルマンなのか?」
「いえ、賢者の名はしっかりと管理されていますから、この者の名がドルマンではないことは確かです」
嘘をついている‥‥? いや、この焦点の合わない目に、支離滅裂な発言‥‥恐らくは、憑りつかれている。わざとドルマンという名を出させている。そう考えれば‥‥攪乱が目的か。こいつを捕えれば、ドルマンという悪魔を抑えられた。つまり、聖女の予言がここで終わりだと思わせることが目的か。
「はぁ‥‥実に愚かですね。悪魔としての誇りの欠片も無い」
ディアベルは酷く軽蔑した目でそう言うと、横目でファシアさんを見た。
「外壁近くの見回りたちを調べなさい」
「え‥‥あ、分かりました」
フェシアさんはディアベルの考えを素早く汲み取り、行動を始めた。
外壁近くの見回り‥‥? そうか! それを調べればドルマンがどこから攻め入ろうとしているのかが分かる。恐らく、見回りを機能させないように支配された見回り兵が集中している場所がある。そこが、ドルマンが攻め入ろうとしている場所だ。




