46話:王女の野望
ドルマンの所持している魔王の残滓が地獄の影である可能性が濃厚になってきた。
とは言っても、これはまだ推論に過ぎない。未だ謎は残る。例えば、ドルマンが騎士都市を襲った理由だ。わざわざそんなことをしたということは、計画に必要なことなのは間違いない。
「とは言え、これ以上話していても埒が明きませんね。残るは‥‥行動のみ」
「同感だ」
ひとまず、これからの行動計画を立てる。
ディアベルの話等から情報を整理すると、今わたしたちがすべきことはドルマンの動向を追うこと。恐らく、ドルマンは地獄の影等を用意て人間界にやって来ている。待っていてもいいが、そろそろこっちから行動するとしよう。
「とりあえず、わたしたちも魔法学会のところに行ってみるか」
そうして、聖女の部屋を出ようとした時―――トンッ、何か物音がした。
「何だ‥‥? 部屋の外に誰か‥‥‥」
扉の方を見ると同時に背中から強い悪寒を感じる。
殺されるとすら思う程の悪寒に再び振り向くと、酷くイラついた様子のディアベルが今にも殺さんと言わんばかりの威圧感で扉の方を見ていた。
「誰だ、このワタクシの会話を盗み聞く愚か者は」
怒りに任せ、震わせた低い声で扉の先にいる者を脅すように言い放ち、扉の方に一歩ずつ歩いていく。そんな今にも誰か殺してしまいそうにディアベルを止める為に、彼女の裾を掴んだ。
「ま、待て! いいから落ち着け。とりあえず、この憑りつかれし者をどうにかして‥‥‥」
わたしの焦る声に応えたのか、将又取り乱したことに気付いたのか、ディアベルは何事も無かったかのように平然を装うと、服の上のホコリを掃った。
「ふむ、そうですね。ひとまず地獄にでも保管しておきましょう」
そう言ってディアベルが指を鳴らすと、地獄に繋がる穴が開く。そして、ディアベルはその中に憑りつかれし者を蹴り落した。
「はぁ‥‥とりあえず、わたしが確かめて来るから」
扉の前に立ち、まだ誰かいるか確かめようとすると、突然ドアノブがガチャガチャと強く回された。もちろん、鍵は掛けておいたので入れはしない。
ゆっくりと鍵を開けると―――その瞬間、何者かが部屋に倒れ込むように入って来た。
「―――わ! な、何!」
その何者かはわたしに覆い被さって、わたしと一緒に倒れ込んだ。
「イテテ‥‥‥あれぇ? どうして突然鍵が開いたんだろう?」
「え!? アリシア?」
リーベルの驚く声に目を開けると、アリシアがわたしに馬乗りしていた。
アリシアは下にいるわたしに気付くと怪訝そうな目でわたしを見て、その手をわたしのほっぺたに伸ばした。
「わぁ、もちもちだね。タコさんから、モチさんになったの? アミリアスちゃん」
わたしはアリシアの腕を掴んで手を離させた。
「いいから、わたしの上からどけ」
アリシアをわたしの上からどかせて、立ち上がる。
とりあえず扉を閉めて、何をしていたのかアリシアに問いただした。
「う~ん‥‥それなら、アミリアスちゃんは何してたの?」
アリシアの質問返しに言葉を詰まらせる。その時、それに割って入ったディアベルがドスの効いた声でアリシアを脅し立てた。
「何を聞いた」
「え?」
「答えなさい」
アリシアは戸惑いながらしばらく立ち尽くしていたが、ディアベルの強い眼光に鷹に見つかったネズミのように萎縮する。
「な、何も聞いてない」
アリシアは手をもじもじとさせながらそう言った。
ディアベルはそんなアリシアを見て気に入らなかったのか、口をアリシアの耳元に持っていき、肩に爪を立てながら手を置いた。
「もし‥‥ワタクシに嘘をついてみなさい。このワタクシに嘘をつくということがどれほど愚鈍であるのかを、その体に教え込むぞ」
「ディアベル、いい加減にしろ」
―――アリシアは泣いた。まるで雨の日の子犬かのように体をピクピクと小刻みに震わせながら、リーベルの袖を強く掴んでディアベルと距離を取った。
流石にアリシアが可哀想だ。それに、ディアベルがシリウスの振りをしているから、このままではシリウスへの風評被害が止まらない。
わたしがディアベルを強く叱りつけながら、リーベルが泣くアリシアをなだめた。もちろん、ディアベルは反省しなかった。ここまでくると、悪魔というよりいじめっ子だな。
「うぅ‥‥本当に聞いてないもん」
「そうなんだね。大丈夫だよ、アリシアは悪くないよ」
リーベルはアリシアの頭を撫でながら、透き通る声で慰めた。そして、次第にアリシアの呼吸が落ち着いていく。
にしても、二人はいつの間にこんな仲良くなったんだか。まぁ、元々友達作りが得意な二人が集まれば自然とこうなるのか‥‥も?
「それで、アミリアスちゃんはこんなところで何してたの?」
「わたしか? あぁ‥‥それは、相談する為に一端聖女の部屋を借りてたんだ。王に依頼されて、色々調べないといけないことがあったからな。そういえば、フェシアさんは出掛けてたから、ここにはいないぞ」
「うん、知ってるよ。フェシアったら私に内緒で父上たちと一緒に城から出て行っちゃったの」
「そうか」
‥‥ん? 待てよ。こいつ、フェシアさんに会う為にこの部屋に来たんじゃないのか?
「アリシア」
「何?」
「お前、何しにここに来たんだ?」
わたしがアリシアにそう聞くと、突然アリシアの口が開いたまま止まった。
「ア~リ~シ~ア~」
一定のトーンで更に問い詰める。すると、アリシアはゆっくりとリーベルの方を向きなおし、そのまま顔をリーベルの胸に埋めた。
「うわぁ~ん!!!」
「わぁ! だ、大丈夫?」
その様子を見て、ディアベルは「ふっ」と鼻で一笑した。
はぁ、どう考えても嘘泣きだ。本当に何しに来たんだこいつ。
触手を出して、アリシアの襟を掴んでリーベルから離させると、案の定アリシアの瞳からは涙など一滴も流れていなかった。
「ふぅ‥‥私、危機一髪」
アリシアを干した服のように空中に吊るすと、アリシアは観念したのか、全てを諦めた顔をしていた。
別にアリシアが何をしに来たのかなどどうでも良かったが、アリシアは自らペラペラと真相を語り始める。
「―――はぁ? フェシアさんのベッドで寝る為に来た? 何故?」
「何故? 逆に何故と返させてもらうね。自分の部屋のメイドが容易した芳香剤の匂いしかしないベッドなんかよりも、フェシアの匂いが染みついたベッドの方が良いに決まってるじゃん」
何を言ってるんだこいつ‥‥‥
「特に昨日はフェシアを走らせたから、汗がいっぱい付いてたのに!!」
本当に何を言ってるんだこいつ?
茫然としているわたしたちをよそ目に、アリシアは如何にフェシアさんの匂いが素晴らしいかを熱弁した。正直、これからの人生の中でこれ以上にどうでもいい時間は無いと思った。
「―――というわけ。特にヘソと胸の間の辺りが一番いい匂いするから、私はいつもそこに抱き着きながら寝てるんだよ。ま、私にしか試せないから教えても意味ないけどね」
もう、このまま縛り付けてもいいかな。もう、いいよな。と、思ってしまったが、そういえばこいつ、王女だった‥‥‥
「あれぇ? 私、てっきりアリシアは本を借りに来たんだと思ってたんだけど‥‥違うの?」
「‥‥あ。そういうことにすれば良かった」
リーベルの勘違いを聞いて、アリシアは今更そういうことにしようとしたが、時は既に遅かった。
はぁ、もういいや。とにかく、わたしたちの話は本当に聞かれていないみたいだから、もう放っておくか。
「はぁ‥‥残念。でも、フェシアには内緒にしてね。アミリアスちゃんも、リーベルちゃんも。あ、後‥‥‥」
アリシアは恐る恐るディアベルに目を向けた。
「ディ、”ディアベル”さん‥‥も」
はぁ‥‥やっと終わった。本当に王女なのか疑ってしまう程に、この王女はキテレツというか‥‥馬鹿というか‥‥普通、王族相手にこんなこと思わないけどな‥‥‥
――――ん?
「今、シリウスのこと何て呼んだ?」
「あ、そういえば昨日はシリウスって呼んでたね。何で?」
刹那、風を切る音と共に、顔の横を一瞬でディアベルが通り過ぎた。
「ディアベル!!!」
咄嗟にわたしがそう叫ぶと、ディアベルの手がアリシアの目の前で止まった。
「う、うぅ‥‥なにぃ‥‥?」
「やはり、邪魔ですねぇ。殺しましょうか」
ディアベルの殺意マシマシの瞳に、アリシアは怯えて震えだした。
「やめろ。そもそも王族なんて殺したらシャレにならないし。後、普通に殺すな」
ディアベルはわたしの指示に従い、手をアリシアの前から引くと、わたしの後ろ隣りに戻った。
「えぇっと‥‥つまり、ディアベルさんは、シリウスさんの振りをしてるの? 何で?」
あぁ‥‥ミスった。わたしのミスだ。寄りにも寄って、一番面倒くさい相手にバレた。どうしたものか‥‥
わたしが悩んでいると、アリシアはこれをいい機会だと思ったのか、目をキラッと輝かせ片方の口角を上げた。
「もし、バレたらまずい感じなら‥‥私の提案を飲まない?」
「提案? 何だ、言ってみろ」
アリシアは「ふっふっふ」と小悪魔的な微笑をして、無駄に間を空けた。
「言いなさい。早く」
ディアベルに急かされると、アリシアは慌てて話し始めた。
「フェ、フェシアを‥‥私と結婚させて!!!」
「―――――は?」
やっぱり、本当に何言ってるんだこいつ。
 




