45話:悪魔的推理
「ほぉ‥‥悪魔、か」
王はディアベルの発言を聞き、思考を巡らせるように肘掛けに肘を置きながら目を瞑っていた。
悪魔‥‥そうか、それもそうだ。今回わたしたちが王都にやって来たのは<支配欲>の悪魔ドルマンが魔王の残滓を持っており、王都に攻め入ろうとしているから。そして、それが聖女の予言と被っているから、魔王の残滓回収の為にこうやって王都に来ているんだ。そう考えれば、こういった異常事態の原因はその悪魔であるドルマンにあるはずだ。
王は目を見開き、再びディアベル、もといシリウスの振りをしているディアベルに問い掛ける。
「では、シリウスよ。何故そのような結論に至ったのか説明せよ」
ディアベルはニタッと笑う。
「その命令口調は実に気に入りません‥‥が、まぁいいでしょう。本来地獄にいるはずの悪魔がこの人間界に這い上がる方法は、きっと王と名乗る者であれば理解していますでしょう?」
ディアベルは王を試すかのように挑発的な口調でそう言い放つ。その無礼さに王の周りにいた護衛は槍を強く握るが、王は一笑し、ディアベルに話を続けさせた。
「契約‥‥であれば、悪魔自ら人間界に赴きます。が、しかし‥‥今回の場合、このように死にかけの‥‥そう、まるでゾンビのような人間。悪魔によって人間が操られている状態、だからこその憑りつかれている」
「ふむ‥‥悪魔について実に詳しいようだ。まぁよい。だが、現代では悪魔‥‥もとい、地獄に干渉するような魔法は禁忌とされ学会によって保管‥‥‥」
その時、王は目を見開き何かに気付いたように口元を片手で覆い、目を横に動かし文書を読み漁るように自身の記憶を遡っていく。
「ただちに魔法学会の調査に向かう。一級以上の騎士を用意しろ」
「「はっ!!」」
王は側にいた護衛たちに指示をし、護衛たちは慌ただしく王の間から出て行った。
「其方らたちにもついてきてもらおう」
「いえ、それは結構です」
王は予想だにしていなかった返答に進もうとしていた足を止めた。
「何故だ」
「何故‥‥? ふふっ、これ以上人を増やしてどうするのですか? あなた自ら赴く上に、そこの‥‥えー、聖女も行くのでしょう? であれば、もう十分でしょう。非効率的なその脳味噌でよぉ~く考えてみては?」
「‥‥ふっ、分かった。其方らにはその憑りつかれし者の更なる調査を託すとしよう」
王はそう言い捨てて、聖女たちを連れて外に向かった。
王の間に残されたわたしたちは、その憑りつかれし者をただ見つめていた。リーベルはその静けさに耐え切れなかったのか、口を開いた。
「うぅ‥‥えっと、何が起きてこうなってるの?」
まぁ、リーベルの混乱も仕方ない。今の一瞬でディアベルはわざと王に気付かせるように誘導し、王もそれを察してか、理解し、その上で行動を開始した。別にわたしも頭が良い方ではないが、一応は公爵令嬢として教育を受けている者として何があったのかぐらいは分かる。
「つまりは、魔法学会が裏切っていた、ということだ」
「裏切る?」
「そう、恐らくは魔法学会の誰かが禁忌の魔法で地獄の悪魔と交流しようとした。だが、それが裏目に出て、その悪魔‥‥そう、ドルマンが人間界にやって来てしまい、今のこの状況を作り上げた‥‥そうだろ? ”ディアベル”」
わたしがディアベルの方を見てそう言った時、ディアベルは憑りつかれし者をじっと見つめたまま横目で「えぇ」とだけ答えた。
「ディアベル?」
「‥‥あぁ、すみません。それで合っていますよ、流石はミリア様」
はぁ、良かった。合ってた。
それにしても、魔法学会が裏切るとは‥‥‥。賢者と言えば、魔法の最高峰の研究者だ。全ての魔法の最先端のその先に行きついたものが禁忌の魔法というのは些か滑稽に思える。
しかし、このままではドルマンと会えなくなるのでは?
恐らく賢者の裏切りはドルマンの計画の一部。それが王の手によって邪魔されるということは、ドルマンの計画も台無しになってしまう。そうなれば、ドルマンに会えなくなって魔王の残滓も手に入れられなくなる。それは困る。
どうしたものか‥‥‥と思っている間、ディアベルは何かキョロキョロと辺りを見ていた。
「少し、場所を変えましょう」
「え? あ、あぁ」
わたしたちは、聖女の部屋に戻った。勝手に聖女の部屋に入ってもいいのかとも思ったが、ディアベルは勝手に連れて来たのは向こうだと言った。
まぁ、確かにそうか‥‥と納得してしまうわたしも、毒されているなと思った。
「それで、どうやってドルマンに会うんだ? このままだとドルマンの計画を邪魔してしまってむしろドルマンに会えなくなるんじゃないか?」
「ふふっ、もしそうなれば‥‥その愚か者の領地を潰せばいいだけの話ですよ」
「あ、あはは‥‥‥」
ディアベルには未だ考えがあるように見えた。何故なら、わざわざこの憑りつかれし者をここまで持ってきたからだ。
もし、本当にドルマンの領地を潰すだけでいいのなら、もうとっくにそうしているだろう。しかし、ディアベルはわたしが思っている以上に慎重で、あまりリスクは冒さないようだ。
「それで、どうしてこの憑りつかれし者? を持ってきたんだ?」
「ミリア様は契約と憑りつきの違いが分かりますか?」
ディアベルは質問を質問で返した。
契約は信頼の等価交換。という複雑な考え方は一端置いといて、契約は単に悪魔そのものが人間界にやって来る方法で、憑りつきもその方法‥‥ん? そういえば何の違いがあるんだ?
「正解は、違いは無い、です」
ディアベルはわたしの回答を待たずして答えた。
「違いは無いってどういうことだ?」
「そうですねぇ‥‥‥」
ディアベルは少し間を空け、分かりやすく伝える方法を考えていたようだ。
「契約も憑りつきも、どちらも悪魔が人間界に訪れる方法であるということは、以前説明したと思います」
「あぁ」
「ワタクシのような例外を除いて、全ての悪魔は契約、もしくは憑りつかなければ人間界に足を踏み入れられない。ですが、そもそもどうやって契約、憑りつきをするのか、そのきっかけは何なのか。それは、いわゆる禁忌の魔法というものです」
禁忌の魔法。その名の通り、魔法学会の基準によって危険などの様々な理由で使用を禁じられた魔法のことだ。そして、その中には人間界から地獄に交信する魔法もあると聞いたことがある。
「そもそも、悪魔から人間界に干渉することは不可能なのです。何故なら、悪魔はただの死人に過ぎないから。それができる唯一の悪魔は、地獄で生まれた72体の通称”貴族悪魔”のみです。ですが、天界が発令した天魔人条約により、地獄からの人間界への干渉は一切を禁じられ、真の意味で、悪魔と人間の関わりは絶たれました。とはいえ、かつては頻繁に交流していたということもあり、悪魔からの手段は無くとも、人間からの手段は多く存在していたのです」
つまり、人間は禁忌の魔法として地獄と干渉する方法を残していたのか。
「それで、それがどう関係してるんだ?」
「そうですねぇ、意外にも人間が悪魔と会話すること自体は容易だということです。ですが、悪魔の協力を得るには、それこそ契約、もしくは憑りつきが必要になる。悪魔は死人。つまり、既に体は存在していないのです。言わば、霊のようなもの」
「ひえぇ~!! お、お化け‥‥?」
「えぇ、そうですよリーベル様。もちろん、ワタクシも例外ではなく‥‥‥」
怖がるリーベルをからかうようにディアベルはわざと怖い顔をした。
「さて、冗談はここまでにして‥‥体が存在していないということは、何かしら方法が必要になるのです。その体を手に入れる過程において、契約者を作り、契約者に悪魔としての体を作りだしてもらい人間界に顕現するのが契約。そして、契約者の体を媒介にして人間界に顕現するのが憑りつき、というわけです」
「なるほど‥‥ん? じゃあ、別物じゃないか?」
「いえ、同じですよ。何故ならどちらも悪魔の本体は地獄にいるままですから。真の意味で、悪魔が人間界にやって来たというわけではありません。強いて違いを言うのなら、契約は非常に多くの魔力を必要とする為、大抵は憑りつきで人間界に顕現することが多いということですね」
なるほど‥‥待てよ? ということは、今回ドルマンは契約で召喚された挙句、今回のこの人間に憑りついたってことか? 何とも強欲な悪魔だな‥‥‥
「とりあえず、ドルマンは魔法学会の誰かに召喚されて、そこから色んな奴に憑りついて機会を伺っている‥‥ということでいいのか?」
「うぅ~ん、私よく分からなくなってきちゃった」
正直、わたしもよく分かってはいない。だが、何故だろうか。ディアベルはまだ重要な部分を話していないような気がする。
そう思っていた時、ディアベルは憑りつかれし者の首元を掴んだ。
「ですが、それを踏まえた上でこの人間を見ると、やはり不自然ですねぇ」
「不自然?」
「えぇ、これは憑りつき‥‥というより、支配。悪魔が人間界に召喚されてやって来ているということは、あくまで契約という繋がりで何とかやって来ているという状態。もちろん、その力の多くが制限されます。ですが、この人間からはその力の制限が見えてこない」
ディアベルが言おうとしていること。遠回しに言っているから、分かりづらい部分もあるが、何となく理解することができる。
初めてディアベルに会った時、ディアベルは人間に憑りついて殺人欲求を高めさせていた。あの時の憑りつかれた人間はまるでその欲求に支配されるように理性を失っていた。
もし、本来の憑りつきにはそこまでの力が無いのだとしたら‥‥‥
「つまり‥‥本当の意味で人間界にやって来ている‥‥?」
ディアベルが支配にすら近い憑りつきができるのは、人間界にやって来れるから。今回のドルマンもそれと同じ様なものなら、答えはこれしか思いつかなかった。
「えぇ、その可能性が高いですね。恐らくは、その学会とやらとの契約はきっかけに過ぎないのでしょう。今は、また別の方法で人間界に足を踏み入れている」
その時、「まさか」と呟いてしまう程、全ての糸が繋がるような感覚がした。
「地獄の影でこっちにやって来ている?」
 




