44話:謁見
夜が過ぎ、朝が来て、時は明日となる。
目を覚ますと、窓辺に立って外を眺めているディアベルがいた。どうやら一睡もしていない様子だが、悪魔である彼女にとってはそれ程問題でもないのだろう。
「ディアベル、何を見てるんだ?」
わたしがそう聞くと、ディアベルはこちらに振り向き、何事も無かったかのように笑った。
「あら、おはようございますミリア様」
わざとなのか、ディアベルはわたしの質問に答えず挨拶だけをした。何か不審に思い、ディアベルの袖を引いて耳を近づけさせ、寝ている二人にはバレないように小さな声で話す。
「まさか、誰か殺してたりしないだろうな‥‥‥?」
ディアベルはその言葉を聞き、一瞬狂気的な顔をしてわたしを更に不安にさせる。しかし、すぐ笑顔に戻った。
「ふふっ、まさか。ワタクシは猟奇的殺人鬼ですが、愚か者ではありませんよ」
澄ました顔でそう言い放つディアベルに少し圧倒されつつも、呆れが勝る。
寝ているリーベルとフェシアさんが起きるのを待ちながら暫く‥‥‥二人が起きた後、フェシアさんは準備を終えた。
「では、向かいましょう」
そうして、フェシアさんに付いていきながら、その大きな王城を進んでいく。
「それで、一つ質問があるのだが‥‥‥」
「はい、もちろん大丈夫ですよ」
「どうしてわたしたちだけなんだ? 最高位冒険者は他にもいっぱい揃ってただろ?」
あまり正確な数は覚えていないが、あの会議室には少なくとも十人の最高位冒険者が集まっていた。わたしが所属していた冒険者ギルドの場合、わたしとシリウスの二人しかいなかったことを考えると、十人という数はかなりのものだ。
「そうですね‥‥‥実のところ、今回お越しいただいた冒険者の方々の中で、その実力を信用できるのがあなた方しかいなかった。というのが、質問の回答になります」
「どういう意味だ?」
「それが、最高位冒険者というものは他の重要な任務を任されている場合が多く、こういった急な招集命令書に応じれない者も多いのです。特に、王都の最高位冒険者のような実力者ともなると尚更で‥‥‥」
「‥‥つまりは、今回集まった最高位冒険者たちは‥‥‥」
「はい‥‥お察しの通り、辺境の街からやって来た者たちになります」
冒険者の等級が上がる昇格試験は王都の冒険者ギルド本部によって設けられた一定の審査基準はあるものの、試験自体を行うのはその街にある冒険者ギルドである。その為、試験の厳しさは冒険者ギルドによってかなり変わってしまい、そのことが現代では問題視されているのだ。
特に辺境の街の冒険者ギルドでは深刻な冒険者不足によって、冒険者確保の為に試験の内容がかなり易化している。その為、辺境の冒険者は‥‥言い方は悪いが、実力不足なのだ。
「シリウスさんは言わずもがなですし、ミリアさんも冒険者歴こそは短いですが、未開のダンジョン最奥到達者という素晴らしい経歴もあるので、その実力は信用に値します」
未開のダンジョン‥‥あのダンジョン、そんな風に呼ばれてたのか。
「では、あの銀髪の者は‥‥?」
ディアベルは詮索するようにそう聞いた。
銀髪‥‥そうだ、おそらく王都の最高位冒険者であるあの会議に遅れてきた奴だ。どこか情け無さそうな感じはあったが‥‥何故だろうか、他とは全く違う強者特有の風格‥‥いや、それとも違う‥‥どう言えばいいか、”影”が無い。
「銀髪‥‥あぁ、マルスさんのことですね。彼は王都の最高位冒険者の一人で、あまり任務を受ける方ではないのですが、今回はどうやら引き受けてくれたようです」
‥‥ん?
彼女ではなく、彼ということは‥‥‥
「あの人、男の子だったんだ。女の子だと思ってた」
リーベルの無礼な発言にフェシアさんは苦笑いした。
「あはは‥‥まぁ、そうですね。正直言うと私も勘違いしていましたけど、冒険者名簿には男性と書いてありました。まぁどちらにしても王都の最高位冒険者なので、実力は信頼できるのですが‥‥その、あまり協力的ではないので」
「だから、今回はわたしたちだけなのか?」
「はい、そうなります」
なるほど、王都の最高位冒険者は曲者が多いのかもしれない。
まぁ、シリウスも‥‥あれだし、わたしもあれこれ言える立場じゃない。
そうして、フェシアさんは王との謁見の為にわたしたちを王の間へと連れて行った。
王の間の扉はまるで巨人用なのかと勘違いする程の大きさで、フェシアさんがその扉に触れると何かしらの装置が作動し、その後は自動で扉が開いた。
流石は王都、こういった細かな技術には圧倒される。
王の間にある黄金の椅子には、王都の王グランシスタ・エール・セラフィスタが鎮座する。
グランシスタ王は扉が開くのをじっくりと待ち、わたしたちの姿が見えると、その威風堂々な目でこちらを見つめた。
「よくぞ参った」
王の威厳ある声に、強さとはまた別の押圧されるような感覚になる。
王の前に着くと、わたしとフェシアさんは膝をつき、王に対する礼儀を見せる。しかし、後ろにいるリーベルとディアベルは立ったままだった。
「ふわぁ~」
呑気にも欠伸をするリーベルに呼び掛けると、リーベルは察したのか素直に座る。しかし、膝をついた体勢が辛いのか、足がガクガクと震えていた。
そんな中でも、ディアベルは全く座る気配が無かった。
「ディア‥‥じゃなくて、シリウス! シリウス!」
わたしがそう呼び掛けても、ディアベルは全く反応しない。
「あれが人間の王、ですか」
こ、こいつは呑気に何を言ってるんだ? 別に、王の前で無礼な態度を取る頭の悪いタイプじゃないはず‥‥いや、そういうことじゃない。
「いいから、わたしみたいに座ってくれ‥‥頼む」
「はぁ‥‥何故ですか?」
そんな、どうして人間に頭を下げないといけないのか? みたいに言われても困る。どうしよう‥‥こいつ、プライドが高い。プライドが高いせいで、頭が低くない。
そういえば、前に熾天使がいないと話にならないみたいなことを言っていた気がする。ディアベルからすれば、その人間が王であろうが何であろうが、熾天使どころか天使ですらないのなら、ただの殺す対象でしかない‥‥って、今はそんなことどうでもいい!!
「――――ハッハッハッハッハッハ!!!!」
ディアベルの態度に焦っていると、突然グランシスタ王が大声で笑い始めた。
「あら、頭がおかしくなってしまったのでしょうか」
「お、おい‥‥‥」
失礼な発言が続くディアベルを咎めようとするわたしに王は手をかざして止めさせた。
「も、申し訳ありません‥‥後で、きつく言っておきます」
怒られるかと思ったが、意外にも王は愉快そうな表情でその一部始終を座りながら観察していた。その顔を見て少し安心すると同時に、今の空間の違和感に気付く。
王の間と言うのだから、王がいるのは当たり前だとしても‥‥王以外に護衛の騎士が数名だけ? その騎士も王が信頼を置いているのか、王城で見かけた他の騎士とは風格が違う。この状況から察するに、どうやら単なる呼び出しではないみたいだ。
「やはり、最高位冒険者ともある者はこうでなくてはな。無礼とは違う、圧倒的自信から現れるその態度。他の冒険者であれば我の姿を見るだけで少しぐらいは怖気づくものだが、やはりそこは最高位冒険者ということだ。しかし、その自信がただの自信過剰ではないことに期待しているぞ」
「はぁ、そうですか」
王の毅然とした態度に、ディアベルは面白くなさそうに気の抜けた返事をした。
次に、王はわたしに視点を移した。
「さて、久しいな、アミリアス嬢」
「は、はい王よ。このようにお会いするのは初めてに思います」
「うむ、そうであるな。昔に我が娘が世話になったと聞いて、其方には感謝しようと思っていたところだ。感謝するぞ、アミリアス嬢」
「身に余るお言葉、ありがたく存じます」
は、はぁ‥‥王との会話は疲れる。アリシアはわたしが敬語を使うと怒るから、適当に喋っとけばどうにかなったが、王の場合は別だ。公爵令嬢であるわたしにとって、目上の相手はお父様か、王族ぐらいだ。
最近は特にリーベルかシリウスとしか会話してなかったから、敬語を忘れていないか心配になる。
にしても、王はわたしの噂については知らないのだろうか? いや、王のことだ。知っている上での態度なのかもしれない。
ただの貴族とは違って、噂ではなく己の目を信じる。これこそ王の考えであり、皆が王を王と呼ぶ理由でもある。
「では、世間話はここまでにするとしよう。聖女よ」
「はい、王よ」
王がフェシアさんに指示をすると、フェシアさんは奥の部屋まで移動し、暫くすると一人の人間の魔法で浮かしながら戻ってきた。
「これは、なんでしょうか?」
拘束魔法で手足を強く縛られ、自由を奪われた人間の女性。しかし、抵抗するような様子はおろか、その目には生気を感じず、まるで餓死する寸前の人間かのようにやせ細っている。
「これは、数日前‥‥正確に言えば、2日前の深夜1時頃、王都の見回り兵によって発見されました。その見回り兵によれば発見時には既にこのような状態で、初めはただの酔い潰れかのように見えましたが、明らかに様子がおかしかった、とのことです」
「うむ‥‥ということだ。アミリアス嬢、最高位冒険者である其方の目にはどう見える」
どう見える‥‥と聞かれても、何だこれ。一応、まだ生きてはいるみたいだが‥‥殆ど死んでいるのと変わらない。
「ミリア‥‥‥」
突然リーベルがわたしの後ろに隠れながら、その変な人間を指差した。
「あの人、苦しそうだよ」
「苦しそう‥‥?」
「うん、なんだか‥‥中の方から、助けて、助けて、って言うみたいに光ろうとしてるのに、無理やりその光を閉ざされてるみたい」
‥‥う~ん、リーベルが光属性の魔力を持っているからこその感性。わたしにはあまり理解できないが、少し気になる。
「ふむ、其方らでも分からぬか」
「申し訳ありません」
「いや、構わん。専門外のことを聞いても仕方ないだろう」
解決の糸口が消えかかっていた時、フェシアさんは何か手掛かりを得ようとシリウス、もといシリウスの振りをしているディアベルに問い掛けた。
「シリウスさんはどう思いますか?」
「ワタクシですか? ふ~む、そうですねぇ‥‥‥」
ディアベルは暫く考えているのか、目を閉ざして静かにしていたかと思えば、突然歩き出し、その人間の前に立つ。
「憑りつかれていますね、悪魔に」




