42話:王都散策
会議も順調に終わり、各々は解散することになった。
とは言っても、現状でわたしたちにできることは少ない。いつその災厄、つまりドルマンが王都に攻めてくるのかは分からない。ドルマンが魔王の残滓を持っている以上、単純な数の暴力で来るとは思えない。
とまぁ、考えていても仕方ない。せっかく王都に来たんだ。リーベルも王都に来て気持ちが高ぶっているようだし、王都散策でもするとしよう。
まず訪れたのは、王都の叡智を象徴する場所―――魔法学術院
「すごぉ~い、おっきぃ~」
リーベルが手を大きく広げながら、遠くから何とか腕の中にその巨大な建物を入れようとする。しかし、それでも魔法学術院が入り切ることはない程、とてつもない大きさだ。
この魔法学術院は、先ほどの会議で予言の話をしていた聖女のような才能ある魔法使いたちを輩出する魔法使いのエリート校であり、魔法学会と呼ばれる賢者たちによって運営されている。
賢者とは、魔法使いの中でも熟練の者たちが複数の厳しい審査を通り抜けることで名乗ることのできる、魔法使いとしての栄誉ともいえる称号の一つである。そして、魔法学会とはそんな賢者たちが一同に集まり、更なる魔法の発展の為に研究する魔法機関のことだ。
そして、この学術院を創設したのが”大賢者”と呼ばれる人類の英雄。魔法という概念に新たな息吹を与え、根底から魔法の基礎を作り替えてしまった。それこそ大賢者と呼ぶに相応しい人物だ。
とは言っても、大賢者が生きていた時代というのは約500年前であり、この学術院の歴史も約500年だ。もちろん、現代はもう生きていない。
ただ、この大賢者に関して一つ面白い話がある。それは、この大賢者が勇者パーティの一員だったということだ。魔王に関する文献は長い時の中で消えつつあるが、勇者に関する文献に関しては王都で丁寧に管理され、数多くの事実が現代に言い伝えられている。
「これが大賢者さんの銅像なの?」
わたしが説明をしていると、リーベルが学術院の門の近くにあった銅像を指差してそう言った。
「ん? あぁ、多分?」
「多分‥‥なの?」
「まぁ、もう500年も経っているし、何より大賢者はあまり人前に顔を出さなかったらしいから、姿はおろか性別も年齢もよく分かっていないらしい。この銅像もあくまで大賢者という存在がいた事実を残す為であって、これが大賢者そっくりの銅像というわけではないと思う」
「ふぅ~ん‥‥‥」
リーベルは銅像を見ながら、その長い歴史を噛み締めているようだった。
銅像では、大賢者は長いローブを羽織った老父のような姿をしているが、こんなものは大賢者というイメージを基に作り上げられた虚像に過ぎないのかもしれない。
「ふふっ」
わたしたちがその銅像を眺めていると、ディアベルが鼻でその銅像の姿を笑った。
ん? 待てよ‥‥この大賢者が勇者パーティの一員だったのなら、魔王軍の幹部であるディアベルは会ったことがあるのでは?
「ディアベル、もしかして大賢者に会ったことがあったりするのか?」
「さぁ‥‥どうでしょうか。もう昔のことなので忘れてしまいましたねぇ」
そうして次に向かったのは、王都に行くのなら一度は必ず見ておきたい観光名所のような場所。そう、勇者の剣だ。
王都の中心にある広場には、ポツンと異様な雰囲気を漂わせる一本の剣が何も言わず岩に刺さっている。
「うぅ~ん、人が多すぎてあんまり見えないよぉ」
リーベルは背伸びをしながら、その大勢の人の山を乗り越えようとする。しかし、到底勇者の剣を見ることは叶わず、諦めかけようとしたその時‥‥‥‥
「どきなさい」
ディアベルの一声、それと同時に人の根底にある恐怖を無理やり引き出すような殺気がその場にいた人々の震え上がらせ、人々は冷や汗をかきながらぞろぞろと帰って行った。
「あら~、皆さん聞き分けがいいですねぇ」
「ディアベル‥‥‥」
「ミリア! 勇者の剣、勇者の剣が見えるよ!!」
リーベルは何が起きたのかもよく分からず、その興奮に従うように勇者の剣の元へ走った。
ま、まぁ‥‥いいか。殺してはいないし。
勇者の剣とは、その名の通り勇者が持っていた剣のことだ。
勇者の剣は、天界の神が作り上げた神器であり、勇者の才覚を持った者しか触れることができない。
先ほどのように大勢の人々が押し寄せれば盗まれるなどの問題が起きそうなものだが、勇者の剣の性質上そういった問題が起きることはない。そのため、こうやって展示されている‥‥というより、これを動かせる者がいないから、わざわざ岩ごとこの場に持ってきたのかもしれない。
勇者の剣は静かで、何も言わずにこちらを見つめているようだ。わたしが魔王の魔力を持っているのだから何か反応するのかと思ったが、そういうわけでもないらしい。
そもそも、勇者の剣は何の為に創られたのか。それは誰にも分からない。だからこそ神器なのかもしれない。
「さて、そろそろ十分見たし、それに空も少し暗くなってきた。一端宿に‥‥リーベル?」
わたしがリーベルに目をやった時、リーベルはまるで呼び寄せられるように勇者の剣に手を伸ばしていた。
「リーベル、それに触っちゃ‥‥って、触れない‥‥か‥‥?」
きっと、好奇心で動いてしまったリーベルに少し説教をしようと思っていた。それぐらいにしか思っていなかったが、わたしがリーベルの手を止めようとした時、わたしの手が彼女の手に触れるよりも先に、彼女は勇者の剣に触れていた。
「あら」
「‥‥え」
脳が停止する。あまりに自然過ぎて、ついさっきした勇者の剣の説明に間違いが無かったかを確認する。いや、間違ってはいないはずだ。勇者でない者には、勇者に剣に触れることすらできない。
「リーベル!」
わたしがそう呼び掛けると、リーベルはハッとしたようにその手を離した。
「わぁ、勇者の剣って重いんだね」
「え‥‥あ、あぁ? あ‥‥え?」
リーベルの元に駆け寄り、その手を掴んでくまなく見る。
「大丈夫なの? あぁもう‥‥勝手なことして、何かあったらどうするの?」
「えへへ、ごめんなさい。でも‥‥何だか、この剣から私と似た感じがして‥‥何だろう、温かい感じ、ママと同じ‥‥‥」
リーベルの体に異変は無かった。だが、少し母親のことを思い出したようで、まるで天国にいる自身の母親を遠くから見るように空を眺めていた。
勇者の剣は神器であり、天界の魔力‥‥つまり、光属性の魔力を帯びている。光属性の魔力を持っているリーベルだから、勇者の剣に触れることができた‥‥のか?
そうして、そのままリーベルの手を繋ぎ、宿に向かう。
「ミリア‥‥‥」
「何」
「その‥‥手‥‥」
「我慢しなさい、こうしてないとすぐにどこかに行っちゃうんだから」
返事が返ってこないので、振り向いてリーベルの顔を見る。いつもの元気に走り回る子どものような顔とは違い、少し赤みを帯びたその顔は少しだけ大人に見えた。きっと、夕焼けのせいだと自分に言い聞かせ、少し変なリーベルの手を引き、同時に足を動かした。
「ふ~む‥‥暇ですね。誰か殺してきてもいいですか?」
「ダメに決まってるだろ‥‥‥」
ディアベルの冗談なのかよく分からない発言に、呆れると同時に少し安心した。空気を読まない発言が、時には平穏を保たたせてくれる。
――――その時だった。どこからともなく声が聞こえて来る。「お‥じょ様ーーー!!!」と、とびとびになっている変な声が聞こえてきた。
その声がする方向に目を向ける。すると、遠くに何者かから逃げる誰かがこちらに走って来ていた。その誰かは、パンを咥え、手にはいっぱいのリンゴ等を抱えた綺麗な服装の少女のように見える。
その少女は追いかけて来る者との距離を測るように後ろを見ていて、走る先にわたしたちがいることに気付いてはいないようだった。
少女はニヤリと悪戯な笑みを浮かべ、前を見る。
しかし、その時には既に遅かった。
勢いに任せて走っていた少女の足は止まることを知らず、器用に咥えているパンに声をこもらせる。
「んーーーーー!!!」
「あら‥‥」
少女はディアベルに突進するようにこける。
しかし、ディアベルはそれを華麗に避ける‥‥いや、避けるな! 受け止めろよ!!
少女の咥えたパンや、手いっぱいに持っていたリンゴ等が空中に放り投げられる。
「あーーーーー!!!」
咄嗟に触手を出し、その少女を受け止め、空中に放り投げられたパンなりなんだったりを掴み取る。
「ふぅ‥‥あ、危なかった」
「あら~、素晴らしいですね」
「素晴らしいですね、じゃない!」
呑気に拍手をしているディアベルに半分キレながら、その少女をゆっくりと立たせて、空中に放り投げられた物も渡した。
「わぁ、ありがとう。すごいね、タコみたい」
タコって‥‥‥
後ろの方からまた声がして、誰かが追いかけて来ているのが見えた。少女はそれを確認すると、また逃げ出そうとした。
何だかイラッとしたというのもあるが、その少女が誰なのか分かっていた為、ある程度事情を察したわたしはその少女の手を掴んで逃げるのを防いだ。
少女がわたしの手を振り解こうと試行錯誤している間に、後ろから誰かが追いつく。
「はぁ‥‥はぁ‥‥やっと追いつきましたよ、王女様」
息を切らしながら、その少女のことを王女様と呼ぶ人物は‥‥‥‥
「え? フェシア‥‥さん?」




