40話:いざ王都へ
「シリウス、これはどういうことだ」
わたしは冒険者ギルドから届いた招集命令書の宛名を見た瞬間、シリウスにその紙を見せる。
「どうして宛名がお前になってるんだ」
「え? ‥‥あぁ、ボクのだったんだねそれ」
「いや、ボクのだったんだね‥‥じゃなくて」
「シリウスって冒険者だったの?」
そう、それだ。おかしいと思ったんだ。わたしは冒険者ギルドから追放されているし、こんなもの届くはずがない。それを踏まえた上で、この招集命令書。
シリウスは招集命令書を一読すると、好きでもない相手からのラブレターが届いてしまったかのような顔をした。
「はぁ‥‥まぁ、別に隠すつもりはなかったんだけど‥‥ボク、この街の最高位冒険者なんだよね」
そうだったのか‥‥
わたしはあまり冒険者に関する話に興味はなかった、というより話を聞こうとしてもわたしの”ケガレ”に関する噂しか聞こえてこなかったから、そもそも聞ける状況じゃなかった。
だから、この街の冒険者ギルドにわたし以外の最高位冒険者がいるとは知らなかった。
そういえば、グレイアが少しだけ言っていたような気もする。わたしがこの街における二番目の最高位冒険者だって。とはいえ、シリウスがクエストを受けているところなんて見たことがないが‥‥‥
「まぁ、ケガレちゃんがこの家に来る前に活動していたからね。ケガレちゃんが知らないのも無理はないさ。元々、魔道具の素材を買う為の資金が必要だったんだけど‥‥ケガレちゃんが来てからは、ボクはいらないって言ってるのに、勝手にケガレちゃんが家賃を払ってくれるから、資金には困らなくなったんだよね」
「だから冒険者を辞めたのか」
「まだ辞めてはいないけど、席を残しているだけで何もしてないから、まぁ実質辞めたようなものだね」
シリウスは机の引き出しに手を入れると、中から冒険者であることを証明するギルドカードを出して見せた。
確かに本物だ。最高位冒険者であることを示す金色の装飾もされている。
冒険者たちが持つギルドカードには、所有者の名前、役職、等級が記されている。
わたしであれば――――
名前:ミリア
役職:攻撃型魔法使い
等級:金等級
こんな感じだ。と言っても、わたしはこの街のギルドマスターによれば全国のギルドから追放されているらしいから、もう意味は無いと思うが。
ちなみに、等級は――――
最低限の実力を持つ鉄等級。
ある程度実力を認められ最も数の多い銅等級。
街の中ではかなりの実力者とされる銀等級
滅多に存在せず、なれば国の重要な任務すら任されるような金等級などがある。
とは言っても、その審査方法はギルドごとに様々であり、辺境の街なんかにいる高位の冒険者たちは等級に見合わない実力だったりすることも多い。
だからこそ、最も信頼されている冒険者は冒険者ギルドの本部がある王都の冒険者たちだ。特に王都の最高位冒険者は指折りの実力者が揃っていると聞く。
「にしても、この招集命令書がわたしには届かなかったということは、わたしは本当に冒険者から追放されてたんだな」
「え!? そうだったのミリア」
リーベルに驚かれてしまった。そういえば、リーベルにはわたしが冒険者として活動していた頃のことを話したことがなかったな。
「どうして追放なんてされちゃったの? ミリア、悪い事なんてしてないのに‥‥‥」
「いや、わたしが冒険者だった頃のこと知らないのに、よくそんなことが言えるな」
「だって、ミリアは悪い事しないって私知ってるよ?」
そう聞き返されると、何も言えなくなる。どうしてここまでわたしを信頼しているのか、ここまでくると心配になる程だ。
「まぁ、ケガレちゃんはこの街のギルドからは追放されたかもしれないけど、多分全国のギルドからってことはないと思うよ」
「え? でも、この街のギルドマスターに皆が見ている前で堂々と、全国の冒険者ギルドから追放だ、って言われたが」
わたしがそう聞き返すと、シリウスは腹から絞り出したかのような声で笑った。
「あのギルドマスターにそんな権限あるわけないでしょ‥‥あぁ、面白い。ボクはその場にいなかったからどう言われたかは知らないけど、少なくとも王都の冒険者ギルドでもない限り、そんな権限は持ってないよ。持っているのだとしたら、冒険者ギルドの管理体制に疑問を抱いちゃうけどね」
「じゃあ、どうして届かなかったんだ?」
「王都から冒険者への知らせがある場合は、一度その冒険者が所属しているギルドの元へ届けられるから、恐らくはそのタイミングでケガレちゃんの物を廃棄したんだと思うよ」
わざわざそんなことをするなんて、どれだけわたしを嫌っているのだか。
「まぁ、ケガレちゃんが最高位冒険者な時点で簡単に追放なんてしたら本部に何て言われるかは分からないだろうし、恐らくはまだ正当な理由を用意できていなくて、ケガレちゃんを冒険者から除名するのに手間取っていると思うよ」
そう言われると、そんな気もしてくる。
そもそも、あのギルドマスター、わたしがランタノイド公爵家の公爵令嬢であることすら把握してなかった。いくらわたしがあまり公の場に顔を出してはいなかったとはいえ、少し調べれば分かることなのに‥‥そう思うと、あのギルドマスターは結構ポンコツなんだな。
「この街の冒険者ギルドは結構腐ってるからね。そもそも、あのギルドマスターは自分の利益しか考えていないから、高額な報酬金の高難易度クエストを受ける割に魔石を持ってこないケガレちゃんは、どんな事情があれど邪魔でしかないんだろうね」
「ミリア‥‥かわいそう‥‥」
リーベルに同情までされてしまったが、実際のところ、割とどうでもいい。
リーベルと出会い、こうやって魔王復活計画を進めている今の方がよっぽど楽しい。むしろ、追放してくれたギルドマスターには感謝したいぐらいだ。
「それで、ミリア。その招集‥‥えーと、何々書には何て書いてたの?」
「あー、それは――――」
わたしがシリウスから招集命令書を貰い、その形式的な文章を読み上げていると、リーベルの顔がまるで酸っぱい果実でも食べたかのようにしぼんでいった。
「まぁ、要約すると王都で悪い予言があるから、強い冒険者たちは皆来い! ってこと」
「悪い予言?」
その言葉を聞くと、先ほどまで黙って見ていたディアベルが口を開いた。
「悪い予言ですか。ふふっ、実にタイミングの良い予言ですね。まさか偶然にも<支配欲>の悪魔が攻め入ろうとしているこの時と、被るとは」
ディアベルは恐らく分かった上で、わざとそう言った。
そう、間違いなく、その悪い予言というのは<支配欲>の悪魔が王都に攻め入ろうとしていることと関係‥‥いや、まさしくそのことだろう。
「なら、次の目的地は決まったも同然だね。じゃ、任せたよ」
「え? わたしたちだけで行くのか? そもそも、この招集命令書はシリウスの物だろ?」
シリウスは深く溜息をつき、わたしから招集命令書を取り上げると、魔法で粉微塵にしてしまった。
「ボクがこんなものに従う義理はないよ。それに、招集命令書はどうせケガレちゃんにも届いているだろうしね」
いつもはただ面倒くさいという理由だけでわたしたちに付いてこなさそうに見えるシリウスが、今回ばかりは何か特別な理由があるように見えた。
「ふむ‥‥もし人員が足りないのでしたら、ワタクシが同行しましょうか?」
「ディアベルがか‥‥?」
「えぇ、情報収集はアウスに任せていて、ワタクシ自身は特に何もすることがないので。これでは、ワタクシの評判も下がってしまいます。それに――――」
ディアベルは目の前で拳を握り、不敵な笑みを浮かべる。
「――――生意気にも、勝手に人間界に攻め入ろうとしている愚か者を、この手で殺したいですからね」
一瞬、ディアベルにも正義の心があるのかと思ったが、その顔を見てすぐにそうではないと気付いた。
恐らく、ただ単純に自分以外の悪魔の勝手な行動が気に食わないだけのようだ。
とはいえ、ディアベルがいれば百人引きどころではない。それ程断る理由もなく受け入れることにした。
「くれぐれも悪魔であることはバレるなよ」
「えぇ、もちろん‥‥ふふっ」
少し、心配だ。
「ディアベルちゃんが行くのなら、この帽子を貸してあげるよ」
そう言うと、シリウスは自分が被っている三角帽子と同じ物をディアベルに渡した。
「その帽子には認識阻害の魔法が施されているから、仮にディアベルちゃんの顔を知っている者が現れても、ディアベルちゃんであることはバレないよ」
「あら~、これは実に‥‥素晴らしい」
ディアベルが何か悪い事を考えているのは分かったが、悪魔だから仕方ないと流すことにする。
「後、リーベルちゃんにも」
「私? 何かくれるの?」
期待に胸を躍らせながら、何をくれるのかとワクワクしているリーベルにシリウスは魔法を掛けた。すると、リーベルの尖ったエルフの耳が途端に人間の丸い耳になった。
「残念だけど、その耳では色々と不便だろうしね。ここより差別は少ないとはいえ、その耳を出すのは‥‥ね」
「うん‥‥そっか」
リーベルは少し悲しそうだったが、気合を入れ直すように頬を二回ペチペチと叩き、頬を赤く染めながら「頑張る!」と言い放った。
可哀想だが‥‥どれも、魔物を差別する人間が悪い。
そうして、わたしとリーベル、そしてディアベルは王都へ向かうことになったのだった。
* * *
シリウスに王都の近くへ転移してもらい、その後は足で移動する。
その間、ディアベルに色々と質問することにした。
「そういえば、ずーっと<支配欲>の悪魔って呼ぶのも不便だから、その悪魔の名前は何て言うんだ?」
「ふ~む‥‥何だったでしょうか。興味が無いものは覚えることができないタチでして。確か、アウスがメモを用意してくれていましたね」
ディアベルはわたしに一枚の紙切れを渡した。そこには、様々な情報が事細かに書かれている。
最初からこれを読んどけば良かったのでは‥‥? と思ったが、考えても仕方ない。
どうやら、<支配欲>の悪魔の名前は”ドルマン”。かつて支配という言葉に支配された愚かな権力者が地獄に堕ちて、悪魔すら支配しようとして業魔となったようだ。
その能力も支配に関するものらしいが‥‥今は王都に入るのを優先しよう。
王都の門の前に着くと、そこには王都への入国審査を待っている長蛇の列がずらりと続いていた。
「えぇ~、こんなのに並ばないといけないの~」
リーベルが肩を落としながら、残念そうに列に並ぼうとする。
「待て、リーベル」
「何‥‥?」
「わたしが誰か忘れたのか?」
「ミリア」
「違う。いや、違わないけど‥‥そうじゃない。わたしは、ランタノイド公爵家の公爵令嬢。つまりは、その地位を有効活用する時が来たということだ」




