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39話:ギルドからの招集

 冒険者ギルドから一枚の封筒が届いていた。

 今更何を通達するのやら、と思いながらもわたしには関係ないことだ。だから、シリウスから渡されたその封筒を開けることもなく、そのまま机の上に置いて放置することにした。

 そもそも、わたしを追放したのは冒険者ギルドの方なのだから、ここに届いたのは何かの間違いだろうし、間違いじゃなかったとしても、わたしは何もしない。何故なら、わたしはもう冒険者ではないのだから。


 ということで、寝る準備をする。

 シリウスはいつも通りソファの上に寝転がり、部屋の電気も消していないのにそのまま眠ってしまった。

 わたしは床に布団を敷き、その中に潜り込む。

 いつもであればリーベルも一緒に布団の中に入り込んできた。しかし、今日のリーベルはもじもじとして中々布団の中に入ってこない。そんなリーベルを不思議に思っていたが、このままでは埒が明かないので布団の中からリーベルの手を引いて無理やり入れた。


 部屋の電気をシリウスの魔道具を使って遠隔で消す。

 シリウスが開発した魔道具は変な物が多いと思いがちだが、意外に使い勝手の良い物も多い。シャワーもそうだが、こういった開発だけしていれば、普通に技術革新ができそうな水準だ。


 そうして、部屋の電気を消し、ここ数日の出来事を思い返しながら瞳を瞼で覆う。


 そういえば、リーベルと出会ってどれぐらいが経ったのだろう。長いように思えて、そこまで長くはないのかもしれない。と言っても、もう既に一か月ぐらいは経っていることを踏まえると時間の流れは速いと感じる。


 リーベルはいつも同じ布団の中でわたしを抱き締めながら寝ているが、今夜は違った。わたしに背を向けながら、冷たい壁を見ているようだ。


 こうなると、ぬいぐるみの気分になっていた頃が少し恋しくなる。


 布団はふかふかで浮いているような気分になるし、温かい。だが、この温かさはどうも素っ気ないというか、ただ温める為だけの温かさなのだ。

 だからというわけではないが、リーベルの体温は落ち着けた。その温かさには、孤独を忘れさしてくれる力がある。いや、その温かさがあるからこそ、わたしはもう孤独ではないのだと思う。


 その温かさを求めて、わたしに背を向けているリーベルの背中にそっと手を触れる。そこで拒絶されたら、その時点で止めようと思っていたが、リーベルは少し驚きビクッと体を震わせただけで、わたしを拒絶しなかった。

 だから、そのまま顔をリーベルの背に埋める。いつもとは違って柔らかくはないが、それでも温かくはあった。


 わたしが触れていると、リーベルの体が更にじんわりと温かくなっていくのを肌で感じる。リーベルの匂いは少し甘い。わたしと同じ石鹸を使っているはずなのに、何故か違う匂いがする。とても落ち着ける匂いだ。

 まるで、ずーっと昔から一緒にいたと思わせる程の懐かしさすら感じるその匂いに、わたしは体をリラックスさせる。


 そして、眠りにつく。時計の音は気にならない。ただ落ち着いた心で、静かに夜が過ぎるのを待つのだ。

 夢を見たような気がするが、内容は覚えていない。ただ、夢らしく論理性の全く無い歪なものだったという感覚だけが残っていた。




 ――――朝が来た。起きる時間だ。

 ゆっくりと目を開ける。すると、寝る前は背を向けていたはずのリーベルが、わたしを手と足、その他体全体を使ってわたしに巻き付くように抱き着いていた。

 リーベルの静かな寝息だけが頭上から微かに聞こえて来る。


 どうしてこうなる。


 そう思いながら、リーベルを起こさないように一つ一つ絡みついたリーベルの体を解いていき、朝で妙な重さを感じる体を起こした。

 わたしが起きたことでズレてしまった掛け布団を、再度リーベルに掛ける。

 手を大きく頭上に伸ばすと、体全体の皮膚が伸びるような感覚がすると同時に、「ふわぁ~」という情けない声が自然と出てくる。


 その時―――――トンットンッと玄関の扉を叩く音が聞こえてきた。

 ソファの方で未だ寝ているシリウスが見えて、わたしが出ることにした。


 少し不安だ。ついこの前グレイアが来たばかりで、この家に訪れるのは”何かある”人物だけな気がしてならない。

 一応の準備はして、少しだけ扉を開け、隙間から顔を覗かせる。


 その時、何かと至近距離で目が合う。


「キャーーーーーー!!!!」


 思わず悲鳴を上げる。その悲鳴に驚いて、奥で寝ていたシリウスとリーベルが起きて、わたしの元に駆けつけた。


「ど、どうしたのミリア?」


 リーベルは腰を抜かしてしまったわたしを心配して、わたしの体を支えるように手を差し出した。その手を掴みながら、何とかして立つ。

 シリウスは寝起きで機嫌悪そうにしながら、扉の前に立った。そして、思いっきり扉を開ける。


 ――――バンッ!


 強い勢いで扉が開かれる。そして、シリウスはその外にいる者を確認した。


「こんにちは‥‥いえ、おはようございます」


 シリウスは扉の前に立つ人物に対して「はぁ‥‥」と軽い溜息をつくと、こちらを振り返り、そのまま家の奥に戻って行った。


「え!? ディ、ディアベルさん!?」


 リーベルの驚く声と、その名を聞いてわたしも咄嗟に扉の向こうにいるその何者かを見る。


「ディアベル‥‥‥」

「あら、おはようございますミリア様。何をそんなに驚いているのですか?」


 ディアベルは自分が驚かしたにも関わらず、他人事のように言い放った。

 いや、これだけの身長差があるのにわざわざわたしの目線に合わせて覗き返されたら、誰だってびっくりするだろ‥‥‥


「‥‥で、何しに来たんだ。というか、どうしてわざわざ玄関から入って来たんだ? 地獄の穴を開いて入ってくればいいだろ」

「それは人間の礼儀でしょう? 郷に入っては郷に従え、ワタクシは礼儀正しい悪魔なのです」


 ただ驚かせたかっただけにも思えるが、そんなことはどうだっていい。

 ディアベルがわたしの元へ訪れたということは、何か魔王に関する情報を得られたのかもしれない。


「中に入っても?」


 シリウスの方を見て、ディアベルを中に入れてもいいか目で尋ねる。シリウスの許諾を確認して、ディアベルを家の中に招き入れた。

 家の中に入ると、ディアベルはその場にあった椅子に座り、辺りにある魔道具を軽く見回した。

 わたしとリーベルは、彼女と向かい合うように座る。


「それで、何か分かったのか?」


 わたしがそう聞くと、ディアベルは手をわたしの口の前に置いて言葉を遮った。


「その前に、これらの魔道具があなた様が作ったものなのでしょうか? シリウス様」

「‥‥ん? あぁ、そうだよ」

「あら、それは素晴らしい。どれも有用なものばかり」


 ディアベルは悪魔らしく悪い顔をしながらニヤリと笑った。


「残念だけど、ボクは殺しの為には魔道具を作ってないから、悪用しようと思っても無駄だよ」

「あら‥‥‥」

「ディアベル。無駄話をしに来たんじゃないだろ? 何か魔王に関して、分かったことでもあるのか?」

「‥‥‥‥」

「ディアベル?」

「‥‥‥‥」


 何故かディアベルは突然何も喋らなくなり、影が異様に目立つ不気味な笑顔という名の真顔で、まるで時が止まったかのようにわたしを見つめた。


「‥‥え、何?」


 わたしが戸惑っていると、その様子を見ていたシリウスが口を開いた。


「はぁ、ボクが思考を読めると分かった瞬間、一切の思考を止めるなんて、いったいどれだけの悪い事を考えているんだろうね、ディアベルちゃんは」


 そういうことか。いや、そういうことかじゃなくて、こんな調子じゃ何も始まらない。

 シリウスに少し目配せをすると、シリウスはわたしの考えを察したのか、魔導書を読み始めた。


「ボクがこの眼で相手を見なければ思考は読めないから、ボクは魔導書でも見ておくよ」

「あら、シリウス様は気が利くお方なのですね」


 はぁ、ようやくこれで話が聞ける。


「それで、何か分かったのか?」


 あまりに茶番が長すぎて、少し尖った喋り方でそう問い掛けた。


「えぇ、だからこそワタクシがこの場にやって来たのです」

「はぁ、だったら早く言ってくれ」

「はい、では早速‥‥‥<支配欲>の悪魔が魔王の残滓を所有していることが分かりました。後、どこに攻め入ろうとしているのかも」


 思っていたよりも重要な内容だった。


 <支配欲>の悪魔。

 確か、ディアベルやアーデウスと同じ力を持つ悪魔の総称”業魔”に最近なったっていう新米? だったか。

 アーデウスの情報のお陰で、<支配欲>の悪魔が人間界に攻め入ろうとしていることは分かっていた。


「魔王の残滓か‥‥それで、どんな種類なのかは分かるのか? 紛争の影みたいな感じで‥‥まさか、前に言っていた地獄の影か?」


 地獄の影は、魔王が持っていたとされる地獄に関する魔王の残滓だ。ディアベルの地獄と人間界を行き来する能力も、この地獄の影によって与えられたものらしい。

 であれば、<支配欲>の悪魔は地獄の影を使って、人間界に攻め入ろうとしているのかとわたしは思っている。


「いえ、残念ながらどのような魔王の残滓を所有しているのかまでは分かっていません。ですが、計画の概要は分かっています」

「そうか‥‥にしても、よくそんなこと分かったな」

「アウスのよれば、<支配欲>の領地からやって来た女性客が財布を忘れてしまったらしく、その時、代金の代わりに情報を教えろと脅したら、その女性客から色々と情報が手に入った‥‥と。どうやら、その女性客は<支配欲>の悪魔の妻だったようで、長々と自分の妻に計画の概要を話していたらしいですね。ふふっ、実に愚かな漏れ方で滑稽ですね」


 うん‥‥妻ということは既婚者であろうその女性悪魔が、どうしてアーデウスの所へやって来たのかは一端置いておくとして、計画の概要が分かったというのは大きい。


「それで、どんな計画なのか教えてくれるか?」

「えぇ、もちろん。アウスによれば、計画の概要は大量の軍勢を用意して、王都に攻め入るというものです」

「‥‥思ったよりもざっくりとしているな」

「流石に彼も妻に全てを話す程愚かではないということですね。まぁ、情報が漏れている時点で既に愚かであることは変わりませんが」


 王都‥‥王都か。

 その時、脳裏に昨日の出来事が浮かんでくる。

 冒険者ギルドからの封筒が届く‥‥‥こんなことは殆ど無い。それに、このように形式的な方法を取るということは、この街の冒険者ギルドではなく、冒険者ギルドの本部、つまり王都にある冒険者ギルドから届いたもの‥‥‥


 まさかと思い、机に置いてあった昨日の封筒を手に取り、その中身を確認する。

 封筒の中身は、最高位冒険者に対する招集命令書だった。しかし‥‥送り先がわたしではなく‥‥‥シリウス?

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