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3話:魔女

 街の片隅にある小さな家。そこには魔女が住んでいるという噂がある。誰にも知られず妙な魔法の研究をしているや、魔王の研究をしているなど、そんな根も葉もない噂。

 しかし、わたしは知っている。この魔女がどのような人物なのか。なぜなら、彼女はわたしの保護者だからだ。


 扉を開けると、そこには無駄に大きな三角帽子を被り、黒いローブを羽織ったミステリアスな女性がいる。


「おや‥‥‥おかえり。今日はやけに遅かったね。ケガレちゃん」


 そのミステリアスな女性は椅子に座り、背中をこちらに向けたまま出迎えた。


 わたしのことをケガレちゃんと呼ぶその女性は、その噂の魔女、名をシリウスという。家の中は彼女の魔道具で埋め尽くされており、掃除という二文字を知らないらしい。いつも魔法に掃除させているからかは知らないが、ホコリはない。だが‥‥散らばっている。


「シリウス。いい加減片付けろ‥‥きたない」

「あぁん、もう‥‥いいじゃないか、これぐらい。ほら、見て。ほとんど動かなくても取りたい魔道具を取れるように計算されているんだよ。だから、大丈夫」


 シリウスは座ったまま手を伸ばして、散乱した魔道具に丁度手が届くことを示唆する。その様子は、まるで快適な環境とでも言いたげだった。

 しかし、手を後頭部に向かって伸ばした時、その勢いのまま椅子が後ろに倒れ込む。


 ドスッ!


「いたた‥‥‥おやぁ?」


 大きな三角帽子がクッションとなって頭への衝撃を免れたシリウスは、倒れたまま座るという摩訶不思議なポーズのまま、顔を上げて、下からわたしたちを覗き込む。


「この娘は誰だぁい?」


 そのままエルフの存在に気付いたシリウスは、わたしに率直に問う。

 しかし、わたしが答えるよりも先にエクソシストに祓われている悪魔のように「あぁ~」と今にも死にそうな声を出しながら、奇妙な動きで起き上がった。

 単に運動不足でいちいち動きがぎこちないだけだが、そんなツッコミすら待たずしてシリウスは帽子を深く被り直し、そのまま等速直線運動でエルフに近づく。


「う~~ん‥‥かわいいねぇ、キミ。エルフなんてよく見つけたねケガレちゃん」


 シリウスは戸惑うエルフを無理やり強く抱きしめ、その無駄にふくよかな体で圧迫した。


「ふくよかだなんて‥‥‥失礼だなぁ、ケガレちゃん。ボクはスタイルがいいんだよ。キミと違ってね」

「うるさい、思考を読むな」

「あははっ、まぁいいや。‥‥‥おっと、お客さんが来たのに、こんな家ではボクの印象が悪くなってしまうね」


 シリウスがパチンッ、と軽快に指を鳴らすと、床に散らばった魔道具がひとりでに動きだし、家に帰るように元あった場所に戻っていく。

 エルフはその光景をメルヘン世界にでも迷い込んだかのようにキラキラと輝いた目で見ていた。


「ふふん、どうだい? その名も、お片付け魔法さ」


 決めセリフをバシッと言った自慢げなシリウスは、人差し指を回して魔法を掛ける動作をしながら、自画自賛するかのような憎たらしい顔をわたしに向ける。

 次の瞬間、ピキンッ! と雷に打たれたかのように背筋を伸ばして「いっ!」と、痛いという言葉を痛いせいで短く切ったような声を出して、腰を押さえた。


 シリウスは先ほど転んで痛めた腰を支えながら、倒れた椅子を立て直し、座った。そして、痛みを抑えるように深く息を吐いた後、わたしの方を見た。


「さて、ケガレちゃん。ひとまず、どうして奴隷を連れてきたのか教えてくれる?」


 やはり、気付かれていた。まぁ、一目見ればこのエルフが奴隷なのは分かる‥‥勝手に連れてきたのはわたしが悪いし、流石に謝った方がいいのだろうか‥‥‥


「う~ん、謝るかどうかはどっちでもいいけど‥‥ケガレちゃん。分かっているだろう? ボクはね、キミがエルフを連れてきたことに言ってるんじゃなくて‥‥面倒事を持ってきたことにうんざりしているんだ」


 また思考を読まれた。もういいや。


「エルフを勝手に連れてきたことは謝る。明日にはこいつを帰すつもりだ。だから、今日だけは泊まらせてくれ」

「はぁ‥‥だからそれについてはどうでもいいって。もういいや、とりあえずお風呂に入ってきて」

「別に‥‥どこも汚れてない。血は避けた」

「そうじゃないよ。今日は‥‥あぁ、ミノタウロスを狩ったのか。魔物の魔力は臭くて仕方がないね。‥‥だから、早く入ってきて」


 はぁ、仕方ない。まぁ、お風呂にでも入って体を休ませるか。今日は色々とあり過ぎた。


「後、そっちのエルフちゃんも‥‥名前は?」


 そういえば、わたしもこのエルフの名前を知らない。いや、知ったところでどうもならないが。この後、一緒にい続けるつもりは無いし。恐らく、彼女もわたしと一緒にいることは望んでいないだろう。


「‥‥‥‥」

「なるほど、リーベルね。うん‥‥良い名前だね」

「な!? どうして‥‥」

「はぁ、やっと喋ったね。まぁいいや、キミもお風呂に入ってきていいよ。あまりこういうことは言いたくないんだけど‥‥キミ、最近お風呂に入らせてもらってなかったんだろう?」


 エルフは恥ずかしそうに顔を赤らめると、わたしと共に脱衣所に向かった。


 脱衣所に着くと、当たり前だが、服を脱ぐ。そもそも、今日知り合ったばかりの相手の前で、裸になりたいかと言われれば、否、とだけ答えておく。

 とはいえ、もう時間も遅い。同性である以上、恥じる必要も無い、という考えはもう古いのかもしれないが、別にわたしも若いから、これは若者の考えなのだ。


 わたしは一足先に服を脱ぎ、風呂場に入った。




 シャーーーーーーーーーー


 シリウスが作った奇妙な魔道具で体を洗う。様々な魔力が混ざり合うことを嫌うシリウスは、この小さな家に貴族の家にしかないような風呂場を作った。

 彼女がシャワーと呼ぶそれには、複数の小さな穴が空いており、そこから温かい水が出てくる。わたしはあまり魔法に詳しくないが、水を出すだけならまだしも、その温度まで調整している時点で既に二属性の魔法を扱っているということになる。


 体を軽く洗った後、お湯の溜まった湯舟に浸かる。先ほどまで寒い外にいたからか、体にじんわりと熱が伝わり、少し足先が痛い。シリウスはいつも髪を湯舟につけるなと言うが、もうこんなにも長くなってしまうと、どうにもできない。仕方ない‥‥仕方ないのだ。


「‥‥あの」


 声が聞こえた。風呂場と脱衣所を隔てる一切れの布の先に人影が写った。そのシルエットから、それがあのエルフだということが分かる。エルフは何やらもじもじとしながら、恐る恐る布をくぐった。


 エルフは一枚の小さな布切れで体を隠しながら、静かに座った。


「‥‥? 何してる。あぁ、そうか。それを知らないのか。分かった、今教える」


 わたしが湯舟を出ようとすると、エルフは目を手で覆った。その様子を不思議に思いながら、エルフを鏡の前に座らせた。

 シャワーから水を流し、水温が上がるのを待った後、彼女の髪を洗う。


「綺麗な髪ね。わたしの好きなアクロライトにそっくり‥‥‥」

「‥‥え?」


 思わず口にしてしまった。アクロライト、無色透明の綺麗な宝石。わたしの心が黒く染まっている時に見ると、その美しさに見惚れて、一時的に自分の心もこんな風に綺麗なんだと思えた。

 彼女の白金色の髪が水に濡れて光を反射すると、余計そう見える。何にも染まっていないその美しい髪が不覚にも綺麗だとわたしの口に喋らせた。


 暫く手入れをしていなかった彼女の髪は汚れていたが、もとがいいのか、洗うとすぐにその輝きを取り戻した。髪の間をスルスルと指が通り抜け、少し楽しくなってしまう。ここまでくると、本気で洗ってみたくなる。

 シャンプーのポンプを押し、手の平に乗せた後、手をこすり泡立たせ、彼女の髪をもみながら洗う。


「あ、そういえば、勝手に洗ってる‥‥まぁいいか」


 あまり泡立たない‥‥まだ汚れが落ち切っていないのだろうか? シャンプーを取りたいが‥‥手も塞がっているし、”影”にシャワーを持たせるか。


 わたしは魔法で触手を出す。影と呼んでいるそれは、わたしが扱う闇魔法の一種。特に効果はないが、自由が利く。動くのが面倒なときは影にいろいろやらせようとも思うが、それをするとシリウスとやっていることが同じなので、やらない。


 彼女の髪を洗っていると、その長い耳が赤くなっていた。緊張したように見える彼女が、先ほどから目を覆った手をどかすことなく、されるがままに髪を洗われている。こちらに一切目を合わせようとはせず、恥ずかしがっているようだった。


 まぁ、今日会ったばかりの人と風呂に入るのは緊張するだろう。シリウスはそこらへんを考えない節がある。しかし‥‥さっきから、わたしの髪が邪魔だ。前髪が顔にかかってあまり前が見えない。ただでさえ髪が濡れていて、顔に引っ付いて鬱陶しい。


 シャワーを影に持たせたまま、両手で前髪からかきあげ、髪を後ろにやった。

 その時に髪から飛び散った水は冷えており、それに驚いたエルフは、うっかり覆っていた手を外してしまった。そして、鏡越しにそのエルフとわたしの目が合う。


 はぁ、よく見える。やっぱり髪を全部後ろでくくろうか? その方が、いろいろと楽だ。


「‥‥え!?」


 エルフは驚いた様子でこちらを振り向いた。鏡越しに合っていた目は、今度は実際に目が合い、エルフは驚いた様子でわたしの体を見た。


「‥‥何」

「女の子‥‥!?」

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