33話:心のままに
「ミリア様、大丈夫なんですの?」
「どうしてロゼリアちゃんはそう思うんだい?」
「そんなの、決まってますわ。相手は上級天使ですのよ? 人間であるミリア様に勝ち目なんて‥‥‥」
心配するロゼリアを横目に、ボクは冷静に状況を分析する。
う~ん‥‥まぁ、確かに相手は侯爵の上級天使。エルフの里にいた奴とは、魔力量も、戦闘力も桁違いみたいだ。単純な魔力量では、ケガレちゃんを優に超えている。
けれど‥‥今のケガレちゃんの状態‥‥怒りに飲まれた状態。不安定なように見えて、一つの物事にしか見えていないから、かえって闇魔法の調子が良さそうだ。これは‥‥‥‥
「死んだね―――」
「そんな‥‥‥ミリア様」
「―――あの天使」
「‥‥え? 今なんと?」
* * *
「黄金の炎よ、剣と成れ」
ルフェルの呼び掛けに応えるように、天界の炎はルフェルの手先に集まり、剣の形に成る。
「さぁ、地獄に帰る時間ですよ、”ケガレ”」
「‥‥‥‥」
ルフェルは強く足を踏み込み、ミリアとの距離を一気に詰めようとする。その瞬間‥‥‥
ドオォォォォオン!!!!
何かが始まる前に、轟音が鳴り響く。
「‥‥は?」
目にも止まらない衝撃。刹那の切り裂き。思考を追いつかせない程の速さで、触手は全てを切断する。
会場の円形の机は半円に切り裂かれ、食卓に並んでいたステーキはサイコロステーキになっていた。
ルフェルが後ろを振り向くと、彼を囲んだスレスレのところに、凶悪な化物が引っ掻いたのような切り傷が次はお前だと言わんばかりに残っていた。
「次は当てる」
ミリアが端的に予告をすると、ルフェルの汗がさっと引く。
「‥‥は、ははっ! 当てられなかっただけでしょう。人間の分際で、思い上がるなよ‥‥!」
「人間‥‥? おかしいな。”ケガレ”と呼んだのは、そっちのはずだが」
「‥‥この無礼者が!!!」
=天界の炎=
細かく分かれた黄金の火球がミリア目掛けて大量に飛んでくる。
「無駄だ」
ミリアが火球を目に捉えた瞬間、触手がミリアを護るように全ての火球を一瞬で切り裂く。
すると、切り裂かれた火球は爆散し、一瞬でミリアの視界を煙で埋め尽くす。
「馬鹿め! それは目くらましだ!!」
ルフェルはミリアの視界を奪ったその一瞬で、距離を詰め、天界の炎の剣をミリアに大きく振り被る。
「堕ちろ!!」
燃ゆる剣がミリアを殺さん勢いで振りぬかれる。
しかし、それは全て無駄な行動であったことを、ルフェルは思い知らされる。
ドンッ!!
「――――カハッ!」
突然の衝撃を感じた後ルフェルが見た光景は、天上に貼り付けられた状態からの光景。
天井に飛ばされたルフェルは天井に貼り付けられ、そのまま落下し、再び地面に落ちる。
「‥‥な、何が起こった」
ルフェルは腹に手を押し当て、痛みに耐えながら何とか状況を理解しようと、その一瞬で起こったことの全ての原因であろうミリアを見る為に顔を上げた。
「そ、それは‥‥‥!!」
ルフェルはミリアを見た途端、驚きで目を丸くした。何故なら、先ほどまで触手として機能していたはずの”影”が、今度は腕の装甲となっていたからだ。
「そんなことはおかしい!! それほど複数の形態を持つ魔法など、ありえない!!!」
魔法の状態は常に一つだ。炎の魔法であれば、それを剣の形にしようと、火球として飛ばそうと、それが炎であることに変わりはない。炎の剣も、斬る、というよりは、溶かして分断するという方が正しい。
しかし、闇魔法は違う。それから生み出される”影”は、自由自在。何故なら‥‥‥
「魔法? 違う違う。”影”は、わたしの魔法じゃない。わたし”自身”だ。紛争の影は、わたしの”武器”という一部に過ぎない。それが、剣という形であれど、装甲という形であれど、それは、全てわたしだ」
紛争の影。それはミリアの武器だ。武器と言う以上、その言葉に縛りは存在しない。武器と呼べる範囲であれば、それはミリアの意思に従い、一瞬で姿を変える。
「‥‥な!? そ、そんなことはデタラメだ! そんな芸当ができるものなど、熾天使か‥‥ま、魔王し‥‥か‥‥‥」
その時、ルフェルは異常なまでの量の汗を額に垂らし、瞳の奥の瞳孔が酷く震え始める。
「あ、ありえない!!! そんなことは、あってはならない。ま、魔王などと‥‥そ、そんな冗談は面白くもなんともない!!!」
「どうした、自慢の胡散臭い口調が崩れてるぞ」
「‥‥だ、黙りなさい!! 魔王は、魔王は死んだのです!! それにも関わらず、今更魔王ごっこなど‥‥‥恥を知りなさい!!!」
「魔王‥‥”ごっこ”?」
「‥‥は、ははっ! 何ですか? 図星ですか? やはり、其方は悪魔だ!! 魔王のフリをした、思い上がり悪魔‥‥‥ッ!!」
ミリアは冷たく、鋭い視線でルフェルを見つめる。すると、ルフェルは再度自身が置かれている状況に気付くのだ。”死”という、ただそれだけの恐怖が、目の前にいることに。
「お前は勘違いをしている」
「‥‥?」
「わたしが、魔王ごっこ? 違う違う。そんなまるでわたしが魔王の前座みたいな言い方はするな。言っておくが、わたしはタチが悪いぞ。ただ、わたしは、わたしの大切なものを傷つける全て、わたしの気に入らないやつをぶっ壊すだけだ。世界の支配‥‥? そんなの、クソくらえだ。世界がわたしを否定したくせに、どうして今更世界を支配しないといけない?」
「‥‥こ、この悪魔が!! 粛清してやる!!!」
「あぁ、粛清してみろ」
ミリアがそう言い放つと、ルフェルは翼を広げ、テラスから出て、外に出る。そして、会場を見渡すように空中に静止すると、両手を頭上に掲げた。
「この会場ごと全てぶっ壊してあげましょう!!!」
=天界の炎=
ゴォォォォォォォ!!!!
ルフェルが魔力を頭上に掲げた両手に集めると、巨大な黄金の火球が作り上げられていく。
(あれほど隙の多いことをして、まさかわたしが攻撃しないとでも思ってるのだろうか。‥‥まぁ、いい。どうせ、あれがあいつの自慢の技ってやつなのだろう。なら、それを‥‥あいつの尊厳もろとも、ぶっ壊してやる)
「‥‥ははっ」
「笑っていられるのも今の内だ!!」
ルフェルの両手の上には、辺りに昼だと勘違いさせる程の巨大な火球が燃え滾っている。
(なるほど、これが侯爵のところの天使の本気か。‥‥しかし、思っていたよりも弱いな。いつも手下に任せっきりで自分から何もしようとしないから、こんな風に自身の力を無駄にするんだ)
=紛争の影=
「出でよ、影の剣」
ミリアの呼び掛けと共に、影で作られた剣が姿を現す。
しかし、まだだ。
=紛争の影=
「わたしの”影”を全て使え。これは、命令だ」
触手形態にしていた影が一気にミリアに流れ込む。そして、その流れ込んできた影を、今度は一気に剣に流し込む。
すると、剣は見る見るうちに刀身を伸ばしていき、化物の牙にも似た刃を持った、巨大な剣へと姿を変えた。
=紛争の剣=
それは、この世の全ての紛争を映し出した剣。影のように自在に姿を変え、紛争の影を掌握し、辿り着いた境地。
ミリアが思い描く紛争のイメージを影に投下したことで生まれた、ミリアだけの剣。
「ただの魔王ごっこのお子様が、この上級天使である余に勝てるかぁぁぁ!!! 焼き尽くされろぉぉぉぉ!!!」
=天界の太陽=
ルフェルは雄叫びと共に、巨大な黄金の火球を会場もろとも燃やし尽くす勢いでミリアに投げつけた。
「さて‥‥‥尊厳破壊の時間だ」
その黄金に燃ゆる炎を捉える。
紛争の剣を強く握る。
腰を低く構えて、全ての感覚を影に集中させる。
思いっきり、斬り裂く!!!
――――――ザンッ!!!
「‥‥は?」
ドオォォォォォオン!!!!!!
巨大な火球は、いとも簡単に真っ二つに切り裂かれ、破裂する。辺りに空気がどよめく程の衝撃波が伝わり、窓は勢いよく割れ、風圧で髪が後ろになびく。
「‥‥あ、ありえなぁい!!!!」
「あははっ、た、太陽なのに‥‥半月って‥‥くふっ、流石に冗談キツイよ」
後ろで結界に守られながら観戦していたシリウスがルフェルを嘲笑った。
「ふ、ふざけるな!! 其方を‥‥ぶっ殺してや‥‥ッ!!」
その時、空中に飛んでいるルフェルの足をミリアの触手が掴んだ。
「な、何をする!! は、放せ!!!」
ミリアが後ろに思いっきり腕を振り抜くと、それと同期するように触手もルフェルの足を掴んで離さないまま、会場の中に引き摺り込むように思いっきりぶん投げた。
ドオォォォオン!!!!
「―――――カハッ!!」
壁に大きなヒビが入っている。そして、その壁にもたれかかるようにルフェルは口から血を吐き出しながら座り込んだ。
そんなルフェルの前に立ち、上からルフェルを見下す。
「お前の負けだ」
ミリアがそう言い放った時、ルフェルは舌を噛みちぎる勢いで、強く歯ぎしりをしながら、ミリアを睨んだ。
「この‥‥クソったれが!!! 貴様も‥‥あの無能も、全部クソだ!!! 余の邪魔ばかりしよって!!! あの無能がへまをしなければ‥‥ランタノイド家は爵位を剥奪され‥‥あの、生意気なガキが下級天使‥‥いや、悪魔に堕ちて、次期熾天使候補であるこの余が、熾天使になれたというのに!!!」
(なるほど、こいつの目的はそれか。しかし‥‥相変わらず、上級天使という奴は、すぐ自分の貴族のせいにするのか?)
「次期熾天使候補‥‥か。の割には弱いな、お前」
「黙れ!! この下級種族が!! 貴様も‥‥あそこにいる、青髪の天使の恥晒しも‥‥」
「‥‥おい」
わたしはドスを効かせた声で、ルフェルに恐怖を植え付けるように、鋭く見つめる。
「‥‥‥ッ!!」
「次、わたしのメイドを馬鹿にしてみろ。今度は、地獄どころか‥‥お前の魂ごと喰らいつくすぞ」
ミリアは紛争の剣をルフェルに向かって振り上げ、そのまま振り落とす。
「死ね」
「やめろぉぉぉぉ!!!!」
――――――キンッ!!
(‥‥ん? 何だ?)
その時、突然ミリアの目の前に何者かが現れ、ミリアの剣を止めた。
「う~ん‥‥ミリちゃん。それは‥‥めっ! ですの」




