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32話:氷結の天使

 天使には、階級が存在する。

 人間たちに貴族という階級制度が存在するように、わたくしたち天使にも、それぞれの階級、役目が存在する。



 下級天使――男爵、もしくは子爵階級の貴族に加護を与える権利を持った天使。


 上級天使――伯爵、もしくは侯爵階級の貴族に加護を与える権利を持った天使。


 熾天使(セラフィム)――公爵、もしくは王家に加護を与える権利を持った天使。また、全ての天使を束ねる、天界の絶対支配者。



 では、男爵にすら加護を与える権利を持たない天使は何と呼ぶのか。

 正解は――――天界の恥晒し。


 わたくしは、天使であり、それ以外の何者でもない。

 わたくしは、貴族ではなく、ただの一般天使である。

 だからこそ、わたくしは自分が天使であると思い上がったことはない。そして、天使だからと、人間を見下すこともない。


 何故なら、あの日、わたくしがお嬢様の専属メイドとして配属されたあの日から、わたくしは、お嬢様のメイドであり、天使ではない。

 わたくしは、誰よりも孤独を恐れるお嬢様を護る為、あの日からお嬢様のお傍に居続けると、そう誓ったのです。


「わたくしが、全ての影から、お嬢様をお守り致します」




 * * *




 グレイアは、その純白の二枚の翼を広げながら、わたしを護るように、そう言い放った。


 グレイアが‥‥‥天使? 


「お嬢様、どうかお気を確かに。お嬢様は、”ケガレ”ではありません。お嬢様は‥‥わたくしの、”光”」

「‥‥‥!!」


 グレイアはわたしに背を向けたままそう言うと、すぐに男を睨みつけた。


「どんな理由があろうと‥‥お嬢様を陥れる者は、このわたくしが許しません」

「メイドが天使だと!? クソッ! こんなことは想定外だ。ランタノイド家はいったいどれだけのことを隠して‥‥いや、だからどうした! 下級天使ごときに、いったい何ができる!!」

「生憎、わたくしは下級天使でもございません」


 グレイアは掠れてしまいそうな小さな声でそう吐き捨てて、手に魔力を集中させる。


「やめろ! グレイア。そんなことをしたら、お前が‥‥‥」


 お前が‥‥人間を傷つける天使として、熾天使に処罰されて‥‥‥

 わたしがそう言おうとした時、グレイアは少し口角を上げ、再度男を強く睨みつける。そして‥‥‥


 =天界の氷(ヘブンズアイス)


「貴様、こんなこと許されていいわけが‥‥‥!」


 黄金の氷が走り抜けるように会場の床を凍り付かせていく。男は叫びながら、必死に逃げようとするが、氷は男を捉えて逃がさない。


 ‥‥あぁ、止められなかった。グレイア‥‥‥

 ―――いつ何時でも、わたしの傍にいてくれた。

 ―――いつ何時でも、わたしの味方でいてくれた。

 ―――いつ何時でも、わたしを支えてくれた‥‥わたしの、姉のような存在。


 こう呼ぶと、グレイアに叱られるから、呼ばないようにしていた。だが、そんなことを考えている暇は無かった。


「レイねぇ‥‥レイねぇ!!!」


 まるで凍り付く雪山のように、グレイアとの思い出が氷の中に閉ざされていく。

 もし、天使が人間に危害を加えたことが知られれば、グレイアはもう、わたしのメイドではいられなくなる。それどころか、もう、人間界にいられることは‥‥‥




 ―――――天界の炎(ヘブンズフレア)


「‥‥な!? この炎は‥‥!!」


 黄金に輝く炎が、グレイアの氷を全て溶かす。


「――――実に、下らない」


 奥の方から、瞳の奥を突き刺すような鋭い声が聞こえて来ると共に、何者かが姿を現す。


「ルフェル様!!」


 男がそう呼ぶ存在は、グレイアの氷を溶かした張本人。四枚の翼を持つ、上級天使だった。


 あれは‥‥そうか、あの男、侯爵。つまり、あのルフェルとかいうやつは‥‥侯爵の天使。


 それが意味することは、上級天使の中でも、更に上位の存在。熾天使に最も近い、天使の上位貴族だ。エルフの里で会った、あのエスタルとかいう傲慢天使とは違う。確かな強者。


 その時、ルフェルは男に向かって怒鳴り始める。


「この馬鹿者!! どれだけ余に迷惑を掛ければ済むというのですか」

「も、申し訳ありません‥‥‥」

「あのような、下級天使にすらなれなかった天界の恥晒しに後れを取るとは、余の加護を受けておいて、情けない」


 ルフェルはグレイアに視点を移し、話し始める。


「さて、説教はここまでにするとしましょう」

「‥‥くっ!」

「名も知らぬ天使の端くれよ、其方は天界の掟を破り、人間に危害を加えようとした。その罪、余が祓ってあげましょう」


 まずい、グレイアを助けないと! グレイアじゃ、あの上級天使には‥‥‥!!


 しかし、体が動かない。ガクガクと震える足が、わたしを縛る。


 どうして! どうして‥‥動きなさい! わたしの足!!!


 ルフェルが手を前に差し出すと、広げた手の平にバチッとライターのように小さな黄金の火が灯る。


 そっと息を吹きかける。


 微かな風ですら消えてしまいそうだった黄金の火は、ルフェルの息に飛ばされ、グレイアに辿り着く。


 =天界の炎=


 火は、”炎”となる。


 ―――――燃えゆく二枚の翼と共に、グレイアはその場に倒れた。


「‥‥あ、あぁ‥‥あぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!!!」


 グレイアに手を伸ばす。震える足は、その手を伸ばした勢いで無理やり動かして、体を前に前にと進ませていく。

 グレイアに駆け寄って、その全身が火傷だらけの体を抱き締める。


「レイねぇ‥‥レイねぇ‥‥」


 涙が零れ、未だ熱いグレイアの体に落ちた涙はすぐに蒸発してしまう。


「お嬢‥‥様‥‥」


 グレイアは擦れた声で安心させるようにそう言って、わたしの顔に手を添えた。

 しかし、すぐにその手は堕ちる天使のように、滑り落ちていく。

 グレイアの瞳から、生気が失われていく。その冷たくも、わたしを温かく見守ってくれていた瞳は、もうわたしのことを見ていない。


 まただ。また‥‥わたしのせいで、わたしの大切なものが、消えていく。そう、わたしの‥‥せいだ。


 そう思うと、自身に対する怒りが熱く煮えたぎり、わたしの理性を溶かしていく。


「シリウス‥‥‥」

「‥‥ん? 何だい?」

「わたしの護るべきものを、全て護れ」

「はぁ、だからボクはケガレちゃんのメイドじゃ‥‥‥」

「護れ。じゃないと、殺す」

「‥‥はぁ、分かったよ。ケガレちゃんの仰せのままに」


 シリウスが軽快に指を鳴らすと、グレイアとリーベルがシリウスの近くに転移される。


「さてさて、ロゼリアちゃんもボクと一緒に見学していくかい?」

「‥‥?」


 シリウスがそう言うと、シリウスの周りに結界が張られ、その場にいる、ロゼリア、グレイア、リーベル全員を護った。


「はい、これでいいかい?」

「‥‥‥‥」

「はぁ、感謝も無しなんて、ボクってばかわいそう」


 もう、冷静な判断はできない。全部、どうなったっていい。わたしの護るべきものが、無事であれば、全部壊したっていい。


 全てが憎い! 貴族が憎い! ケガレが憎い! ‥‥‥わたしが、憎い!!!


「全部、ぶっ壊してやる‥‥!!」


 魔王(ケガレ)

 わたしに力を貸せ。


 =紛争の影=


 触手が誰かを傷つける為に存在しているナイフのように鋭利になる。

 その姿は自分で見ても化物だ。

 会場にいた貴族達は、化物でも見たかのような悲鳴をあげて、会場から雪崩れのように逃げていく。その様子は、あの時の大教会のようだ。


 そんなことはどうでもいい。ゴミみたいな貴族なんて、勝手に逃げて、自衛しておけばいい。


 その場に残された、わたしとルフェルは互いに睨み合う。


「ふむ‥‥其方も、余に歯向かうのか。実に愚か。本来であれば、人間を傷つけることは禁止されていますが‥‥今回は特例。其方が、邪なる”ケガレ”であるのなら、この余の行いは、善であり、正しい。余が、其方を浄化してやろう」

「黙れ」

「‥‥ん?」

「さっきから、胡散臭い口調。妙に鼻に付くんだよ。御託を並べている暇があるなら、早くしろ」

「‥‥ふん! よかろう。余が其方を祓って差し上げよう」


 自分の制御が効かない。だが、もうどうだっていい。わたしから大切なものを奪おうとするのなら、全てぶっ壊す。


 この生意気なクソ天使に、わたしが何故ケガレつきと呼ばれているのかを理解させてやる。


「お前に、地獄にすら続くような恐怖を植え付けて‥‥‥ぶっ殺してやる!!!」

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