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31話:ダンスタイム

 ついに、この時が来てしまった‥‥‥ダンスタイム。

 ダンスタイムとは、相手を一人見つけて踊るという‥‥ただ、それだけの時間だ。


 昔のわたしは尖っていて‥‥いや、今も尖っているかもしれないが、とにかく知らない貴族と踊るのが嫌で嫌で仕方がなかった。だから、いつも唯一の知り合いであるロゼリアと踊っていたが、今回は何故かシリウスに取られた。

 その上、今回のパーティではわたしと踊った者はわたしと結婚できる、というどこから湧き出てきたのかも分からない噂が流れている。そうして、案の定、わたしのこの”公爵令嬢”という身分を狙った公子が次々にわたしをダンスに誘ってきた。

 しかし、そういった輩は例外なく‥‥‥


「公爵令嬢様! 僕と踊って頂けますか」


 と、実に堅苦しい呼び方で、無駄にかっこつけたポーズを取りながら誘ってくる。誰もわたしのことを、ミリアどころか、アミリアスとすら呼ばない。わたしの名前を”公爵令嬢”だとでも思っているのだろうか。

 そもそも、親に言われて誘ってきているのが見え見えだ。

 こうなったら、誰とも踊らずに過ごしてやる。それが、わたしのちょっとした抵抗というものだ。お父様はわたしに相応しい相手を見つけろと言った。それなら、それ相応のやつを呼べとしか思わない。


 そんなことを考えていると、ふと溜息をついてしまう。

 結局のところ、わたしも傲慢なのだ。他の貴族と同じ、身分を気にしないフリをして、結局自分が公爵令嬢であることに心のどこかで優越感に浸っている。

 わたしに相応しい相手がいないのではなく、わたしが誰にも相応しくないのだ。だから、わたしはそのことに拗ねて、こうやってひねくれている。


 あらゆる誘いを断り、そうしてただ無駄な時間だけが過ぎていく。

 階段を上り、上の階から柵に頬杖をついてぼーっとしながら踊っている皆を見下ろす。


 シリウスはロゼリアを先導しながら、ダンスを踊っている。普段家に引きこもっている割には、無駄にダンスが上手い‥‥‥ん? 少し、魔力が見える。まさか、ズルしてるのか? 

 ロゼリアの方は相変わらずダンスが下手だが、一生懸命練習して来たのが分かる。


 そういえば、グレイアの帰りが遅いな。まさか、リーベルの寝ている側でずーっと待機しているのか? そこまでの指示はしていないが。


 その時、ピキンッと頭に電流が走る。


 ‥‥ん? おかしい。グレイアがそんなことをするわけがない。

 グレイアはわたしの専属メイドだ。その役目は、わたしの身の回りの世話だけでなく、わたしの護衛。わたしが家にいた頃、わたしから離れることは一切無かった。トイレにまで付いてくる始末だ。

 だからこそ、今の状況には強い違和感がある。わたしが家に戻ってきていて、公爵令嬢として振舞っている以上、必要にわたしの側から離れるなんてあり得るのか? わたしの命令に従わないといけない以上、それのせいで一時的に離れるならまだしも、こんな長時間‥‥‥




 ―――――パリンッ!!


 突然の出来事だった。天井に吊り下げられていたシャンデリアが割れ、地面に落ちる。

 危ない!! そう思い、咄嗟に触手を出して落ちてくるシャンデリアを支えた。

 急いで階段を降り、周りの状況を確認する。しかし、シャンデリアが落ちたせいで明かりがない。


「シリウス」

「ボクかい? はぁ、ボクはケガレちゃんのメイドちゃんじゃないんだけどねぇ‥‥ま、仕方ない」


 パチンッと、シリウスが軽快に指を鳴らすと、天上に電気魔法を応用したであろう光が灯った。


 しかし、突然どうしてシャンデリアが‥‥‥‥


「おや、ここを見てケガレちゃん」

「‥‥ん? これは‥‥‥」


 シャンデリアの取り付け部分に、破損の後がある。しかし、それは偶然というにはあまりにも不自然で、そもそも家の者が定期的に点検をしているはず。つまり、人為的なものだ。


 誰かに壊された? でも、どうして‥‥‥


 その答えは、突如として、知ることになる。


「動くな!!」


 会場に男の怒鳴り声が響いた。すぐさま声がする方向を見ると、そこには一人の男‥‥あれは、先ほど獣人のメイドに怒鳴っていた貴族? それに、隣にいるのは‥‥‥


「グレイア!!」


 わたしは咄嗟にそう叫んだ。貴族の男の隣には、グレイアが立っている。しかし、グレイアの首元にはナイフが突きつけられていた。


「お嬢‥‥様‥‥」

「喋るな!! お前らもだ。この場にいる全員、動くことも、喋ることも許さない!!」


 貴族の男は興奮した様子で、周りにナイフを見せつけた。それを見ると、パーティにいた貴族たちは恐怖で静まり返った。

 そして、男はわたしにナイフを突き出しながら低い声で脅し始める。


「会場に数か所、爆弾魔法を仕掛けた」


 その言葉に周りの貴族たちは悲鳴を上げた。しかし、すぐに男がナイフを見せつけ、黙らせる。

 そして、また話を続けようとした時‥‥‥


「――――あはははははっ!」


 ‥‥シリウス?


「そこの女! 静かにしないとこのメイドを‥‥‥」

「あ、いやいやごめんごめん。いや、実に堂々と嘘をつくものだから、おかしくて笑っちゃったよ。ば、爆弾魔法って‥‥くふっ」

「冗談だと思うな。見ろ、そのシャンデリアは爆弾魔法で壊した。これで分かっただろ」

「あ、そう。まぁ、そういう方向性で行くのなら、何でもいいよ」


 シリウスは面倒くさそうに手を払いながら会話を中断した。


「シリウス、それ以上無駄口を叩いてわたしのメイドを危険にさらすのなら‥‥黙らせるわよ」

「はぁ、ケガレちゃんもボクの味方をしてくれないんだぁ」


 とは言ったものの、シリウスの言う通り、爆弾魔法は仕掛けられている可能性は低い。恐らく、ただの脅し。

 何より、この場の誰よりも魔法に詳しいシリウスがそう言うのだから間違いない。


「それで、わざわざこのようなことをするのであれば、何か要求があるのでしょう?」


 わたしが相手を刺激しないように声を抑えながらそう質問すれば、男は要求を提示してくるのかと思ったが‥‥男は予想外のことを口走り始めた。


「今から、ランタノイド公爵家の闇を暴く!!」


 や、闇を暴く‥‥? こいつは、何を言って‥‥‥


「パーティに参加してるアホ貴族共も、その耳の穴かっぽじって聞け!!」


 そうして、男は深呼吸をすると、弾丸の如く喋り始める。


「一つ! ”公爵夫人殺害事件”の改ざん!!」


 その言葉に会場はザワつき始めた。


「ランタノイド公爵は、自身の夫人を殺害した犯人の真相を改ざんした!! 当時、あの事件はアミリアス公爵令嬢の魔力暴走が原因による事故死として片づけられた!! しかし、あれはアミリアス公爵令嬢による、故意的な犯行である!!!」


 周りを見ると、貴族たちがわたしに疑いの目を向けている。周りからひそひそとわたしのことを悪く言うような言葉が聞こえてきた。


「ち、違う!! あれは、お母様がわたしのことを‥‥わ、わたしの‥‥こと‥‥を‥‥」


 殺そうとした? そんなこと、言いたくない。


「二つ!! 奴隷売買問題!! ランタノイド公爵は、自ら奴隷売買に関する法律の改正を行っているにも関わらず、自ら奴隷の売買に関わっている!!!」

「そ、そんな証拠! どこにあって‥‥‥」

「これが証拠だ!!!」


 すると、男が大声で後ろにいる何者かに呼び掛けた。

 男の呼び掛けに応えて、後ろから見覚えのある顔が現れる


 あれは‥‥獣人のメイドに‥‥リーベル?

 そう、男の後ろから出てきたのは、わたしが手当てをしたあの獣人のメイドと、お酒に酔ってスヤスヤと眠っているリーベルだった。


「見ろ!! これが証拠だ!! エルフは、獣人やリザードマンのような人間と正式な雇用関係条約を結んでいる種族とは違い、雇用関係条約を結んでいない種族だ!! つまり、このエルフは奴隷である!! そして、このエルフはアミリアス公爵令嬢の付添人である!! よって、ランタノイド公爵家は奴隷売買に加担している悪徳貴族だ!!!」

「違う!!! リーベルはわたしの‥‥わ、たし‥‥の‥‥‥」


 その時、気付いた。

 あぁ、そうだ。リーベルはわたしが買った奴隷じゃないか。払い戻ししたわけでもない。奴隷契約を結んではいなくても、わたしは彼女を”買った”んじゃないか。

 なのに、わたしは‥‥彼女を、”友達”と呼ぼうとしたのか‥‥? 違う、そんなことで今更悩んでるんじゃない。リーベルが、わたしを”友達”と呼ぶ資格はあっても、わたしに‥‥どんな理由があれど、彼女を買ったわたしに、彼女を”友達”と呼ぶ資格はあるのか‥‥?


「そして、三つ!!! ランタノイド公爵家は、悪魔と契約している!!!」

「‥‥は?」


 その突拍子のない告発に、辺りは騒然とする。すると、男は機を狙っていたかのように畳み掛けた。


「見ろ!! その魔法を!! そのおぞましい魔法こそが、何よりの証拠!!! アミリアス公爵令嬢こそ、悪魔である!!!」


 あまりに的外れな告発。しかし、その告発は妙な信憑性を持っていた。少し、考え違いはあれど、前二つの告発には、以前から貴族たちがランタノイド公爵家に抱いていた不信感を更に強め、確信させる力があった。


 周りを見る。すると、貴族たちは先ほどまでそのナイフを持った男に向けていた恐怖を今度はわたしに向けている。わたしのこの恐ろしい魔法を見て、恐怖する。各々が頭の中でこれまで抱いていた疑問をその男の発言によって勝手に繋ぎ合わせ、解釈し、わたしに軽蔑と恐怖の目を向ける。



 ――――ドクンッ!


 強く心臓が鼓動し始める。

 過呼吸で息がしずらくなる。そして、あの”悪夢”がフラッシュバックする。



『あれがアミリアス様の魔法?』

『あのような穢れているものなど、公爵令嬢には相応しくない!』

『昔、聞いたことがある! あれは、魔王が使っていた魔法だ!!』

『魔王が蘇った! きっと、勇者に殺された恨みを500年越しに晴らしにきたんだ!』

『誰かーー!!! 助けてーーー!!!』





『わたしの娘を返しなさい!!! この”ケガレ”!!!!』





「―――――はぁ‥‥はぁ‥‥はぁ‥‥違う、わたしは‥‥悪魔なんかでも‥‥ケガレなんかでもない。わたしは‥‥ミリア‥‥アミリアス・リヒト・ランタノイド。‥‥ランタノイド公爵家の令嬢‥‥で‥‥‥」


 しかし、だれもわたしの言葉を信じてはいなかった。誰もが、このわたしの言葉をアミリアス公爵令嬢としての言葉ではなく、悪魔‥‥もしくは、”ケガレ”の言葉として、聞き入れようとはしなかった。


 その瞬間、孤独感がわたしを押し潰す。わたしの放つ言葉全てが否定される。ふと、足から力が抜け、膝から崩れ落ち、冷たい会場の床を見つめる。


「‥‥ぁ‥‥ぁ‥‥」


 床に水が零れる。それは、人の感情が揺れ動く時に流れ落ちる雫。

 全てに絶望する。もう、何も信じられなくなる。

 やっぱり、わたしはいつ何時でも、この”ケガレ”という名からは逃れられない。その時、ふと考える。もう、わたしは”ミリア”ではなく、”ケガレ”なのではないか? 誰もが、このわたしのことを”ケガレ”と呼ぶのなら、もう‥‥わたしは‥‥‥‥




「――――お嬢様!!!」


 その時、一筋の光がわたしを包んだ。強い声が、わたしの意識を影から引きずり出す。


「グレイ‥‥ア‥‥?」

「このメイド!! 大人しくしろ!!! さもなくば、このナイフで‥‥‥」


 その男の脅しにグレイアは臆せず、言葉を紡ぎ出す。


「お嬢様。どうか、お顔をお上げください。そして、いつもの笑顔をわたくしにお見せください」

「クソッ!!!」


 男は、グレイアにナイフを振りかざした。その瞬間‥‥‥


 ――――ピキンッ!!


「な!?」


 強烈な冷気が辺りに漂い、男の手が急激に冷やされる。その痛みが男の手からナイフを放させた。


「クソッ! このメイド、いったい何を‥‥‥」


 痛みで手を押さえる男を無視して、グレイアはわたしの元へ歩み寄る。


「お嬢様は、このわたくしに光を与えてくださった、この世で最も優しきお方」

「グレイア‥‥?」

「道なきわたくしに、新たな道を示して下さった。わたくしの雇い主はご主人様であっても、この忠誠は、お嬢様に注がれるもの」


 グレイアはゆっくりと、わたしとの間にある氷を溶かすように近づいてくる。


「この氷魔法は、お嬢様を守る為のもの」


 グレイアはわたしの前に立った。


「そして―――――」


 グレイアは、わたしの顔を優しく見つめた後、いつもの冷たい顔に戻り、後ろに振り向く。その瞬間‥‥‥


 バサッ!!!


「―――――この翼は、お嬢様を光を連れ戻す為のもの」

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