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30話:奴隷問題

 パリンッ!! 会場の中から皿が割れるような音が聞こえた後、すぐに男性の怒鳴る声が聞こえてきた。


「何をしている! このバカ者!! 皿もまともに運べないのか!!!」


 騒ぎを聞いてその場に駆けつけると、貴族の男性がメイドらしき女性を怒鳴りつけていた。そのメイドの足元には皿の破片が散乱している。そして、そのメイドの頭頂部には小さな耳があった。


 あれは‥‥獣人? どうして獣人のメイドが‥‥‥


 そんなことを考えていると、男性がメイドに手を上げようとした。


「やめなさい!!」


 わたしがそう叫ぶと、男性の手が止まった。


「アミリアス様‥‥‥」

「この場は、わたしのパーティです。あなたのものではありません。あなたの軽率な行動はわたしの責任にもなります。これ以上わたしの家の名を穢すおつもりですか?」

「‥‥‥ちっ、既にケガレているくせに‥‥‥」


 男性は小声でそう呟いた。


「もういい、行くぞ」

「‥‥はい」

「待ちなさい」

「これ以上何か用でも?」

「そちらのメイド、手が切れています。わたしのパーティで怪我をした以上、こちらで応急処置をさせていただきますが、構いませんね?」

「‥‥勝手にしろ。‥‥覚えてろ、この”ケガレ令嬢”が」


 男性はそう吐き捨てると、パーティ会場を後にした。その後、取り残された獣人のメイドはばつが悪そうにこちらをチラチラ見ながら、割れた皿の破片を片付けようとした。


「そちらのメイド。後片付けは家のメイドに任せて、その手の治療をするわよ」

「え‥‥あ、う‥‥‥」


 軽く手を叩くと、すぐにメイドが掃除道具を持ってやってきた。


 その獣人のメイドを別室に連れて行き、棚に置いてあった絆創膏を手に取る。もちろん、こんなことは公爵令嬢、ましてやパーティの主役がするべきことではないが、パーティから少しでも離れたいという気持ちと、この獣人のメイドに関して少し気になったから、わざわざ自分ですることにした。


「それで‥‥どうしてあなたまでついてきたの‥‥シリウス」

「あはは~、ボクも暇なんだよ。別に貴族のボンボンに興味はないしね」


 ‥‥はぁ、まぁいいか。とりあえず、この獣人のメイドについて一つ確認したいことがある。そして、それを確認する最も簡単な方法とは‥‥‥


「そこのあなた」

「‥‥はいぃ!」

「‥‥はぁ、あまり怯えないで。別にあなたを取って食べようとしているわけじゃないのよ」

「は、はい‥‥」

「あなた、名前は?」


 わたしがそう質問すると、獣人のメイドが急にごもり始めた。


 これで確信が付いた。彼女は、”奴隷”だ。

 リーベルは特異な例だが、通常、奴隷というものは奴隷を買った主人の所有物であり、その時点で本来持っていた名前は失われる。そして、奴隷を買うようなやつはわざわざ奴隷に名前を与えたりはしない。呼ぶとしたら、購入番号か、「おい」や「お前」のような感じだ。


「ふ~ん‥‥なるほどねぇ」


 シリウスはわたしの思考を呼んだのか、納得して頷いた。


「それで、ケガレ‥‥もう、ケガレちゃんでいいよね?」

「‥‥はぁ、勝手にしなさい」

「それで、ケガレちゃん。どうしてわざわざこの獣人の娘を連れて来たんだい? こんなに面倒くさいことをしたからには、何か理由があるんだろう?」

「単純に‥‥保護をする為よ」

「ふ~ん‥‥」


 シリウスはキミが言うんだ、とでも言いたげな顔をしていた。もちろん、そんなことは分かっている。わたしも‥‥リーベルを買っている。理由がどうであれ、そのことに変わりはない。だからこそ、今のこのわたしの行動も、偽善でしかない。


「現代において、奴隷に関する法律は、ありはするけれど、機能はしていない。表面上は奴隷売買を禁止しているけど、特別罰則があるわけでもないから、奴隷売買は減るどころか、増えているのが現状」

「それなら早く法律を変えればいいじゃないかぁ‥‥ま、そう上手くはいかないのだろうけど」

「‥‥えぇ、法律を変えるには、多くの貴族の同意が必要になる。お父様は何度も法改正を試みているけれど、その貴族の多くが奴隷売買に関わっている以上、そう簡単には変えられない」

「ふ~ん、面倒くさいね」

「まったく、その通りよ」


 それに、最近は奴隷の扱いが悪化してきている。昔であれば、労働の為に奴隷を買うことが一般的だったが、今は娯楽‥‥その娯楽という言葉にどういう意味が込められているのかは考えたくもないが、その為に買う者が後を絶たない。


 この娘に関しては‥‥恐らく、メイドとして無賃で働かせる為に買われている。だから、大丈夫‥‥だとは思いたいけど‥‥‥


「あなた、この手以外に傷は‥‥ない?」


 遠まわしにそう尋ねてみた。彼女はキョトンとした顔で、「はい」とだけ答えた。

 その返答に少し安心し、絆創膏を巻き終える。すると、彼女は不思議そうにわたしに質問をした。


「どうして‥‥優しくしてくれるんですか。‥‥貴族なのに」


 最後の、貴族なのに、という言葉に少し驚いたが、否定はできなかった。すぐさま彼女は自分の発言の無礼に気付き、焦りながら謝った。


「すみません! その‥‥えっと、優しくしてくれて、じゃなくて、絆創膏‥‥‥」

「別に、優しくはしてないわよ」

「‥‥?」

「これが、普通なの。あなたは優しさを知れなかっただけ。あなたには、優しくされる権利があり、他とは何も変わらない命の一つに過ぎないの。だから、あなたはただ、ありがとうございます、とだけ言っておけばいいのよ」

「‥‥? ありがとうございます?」

「えぇ、どういたしまして」


 最後に、彼女に一つ付け加えた。


「もし、困ったのならお父様、ランタノイド公爵を訪ねなさい。難しいのなら今でも良い。わたしがお父様に伝言してあげてもいい」


 せめてもの、わたしにできること。

 お父様は奴隷保護活動をしている。だから、お父様に頼めば、彼女は保護され、本来いるべき場所で彼女の新たな人生を歩めるようになる。


「え‥‥あぁ‥‥うぅ」


 どっちつかずの回答しか返ってこなかった。

 仕方ない。彼女の心がまだ奴隷というものに縛られている以上、自ら自由になろうとする考えすら出てこない。


「とりあえず、もう治療‥‥と言っても、絆創膏を貼っただけなのだけれど。とにかく、もう行っていいわよ」

「はい‥‥ありがとうございます」


 獣人のメイドは部屋から出ていく際、振り向いて軽くお辞儀をした後、部屋を出て行った。


「随分とケガレちゃんは奴隷に優しいんだね。もしかして‥‥リーベルちゃんのせいかな?」

「‥‥黙れ。それに‥‥リーベルは、友達だ」

「‥‥ふ~ん。それはボクじゃなくて、リーベルちゃんに聞かせてあげた方がいいと思うけど」

「‥‥‥‥」


 会場に戻ると、ロゼリアが心配そうに駆け寄って来た。そして、獣人のメイドの容体をわたしに聞いた。

 どうやら、ロゼリアはてっきりあのメイドが重傷だと勘違いしていたようだ。何故そのような勘違いをしたのかは分からないが、わたしがただ手を切っただけだと説明すると、安心し、ほっと胸をなでおろした。


 その後、ロゼリアは何か思い出したかのように、慌てて話し始めた。


「ミリア様、もうすぐダンスタイムが始まりましてよ! わわわ、どうしましょう。わたくしも踊る相手を探さなければいけませんのに。わ~、どうしましょう‥‥チラッ」


 ロゼリアが何故かこちらに視線をチラチラと飛ばしてくる。流石のわたしもロゼリアが何を言いたいのかぐらいは分かる。


 まぁ、他のどうでもいい貴族共と踊るよりかは、ロゼリアと踊った方が幾分かマシだ。実際、昔は踊る相手が見つけられなくてあたふたしているロゼリアを不憫に思って、よく踊りの相手をしていたし。


 わたしがロゼリアの手を取ろうとした時、横から邪魔が入った。


「じゃあ、ロゼリアちゃん。ボクと踊るかい?」


 ‥‥は? シリウス?


「‥‥あら、何ですの? もしかして‥‥わたくしと、結婚したいんですの‥‥?」

「え、全然違うけど」

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