29話:誕生日パーティ
時は経ち、ついにわたしの誕生日パーティの日がやってきた。
十七歳の誕生日だというのに、気分は憂鬱だ。
お父様はわたしに相応しい相手を見つけろと、そう言った。しかし、相手が貴族な時点でわたしに相応しいなどありえない。誰も、わたしのことなど考えていない。全ての貴族が欲しいのは、わたしのこの”公爵令嬢”という身分だけだ。
「お嬢様」
グレイアが、パーティの主役だというのに隅っこでぼーっとしているわたしを呼ぶ。
「此度のお嬢様のお誕生日パーティには、多くの名だたる貴族様方がお忙しい中、貴重な時間を割いて足をお運びになられております。そのため、お嬢様から挨拶をしに行くことが礼儀でございます」
「‥‥はいはい、分かってるわよ」
そう言われて、パーティ会場を回る。やけに足が重く感じるのは、どうでもいい貴族に挨拶をしに行かなければならないという面倒くささからなのか、それともこの動きづらいヒラヒラとしたドレスのせいなのかは分からない。
「おぉ、これはこれはアミリアス様。先日は突然の訪問を歓迎して頂き、感謝致します」
こいつは‥‥あぁ、オークもどきがいるところの貴族か。てことは‥‥‥
「うわっ、あのチビ女じゃん。お父様、おでやっぱりこんなやつと結婚したくないよ」
「少し黙っていなさい、バカ息子」
はぁ、何故このオークもどきはわたしと結婚できる前提なのか。もうそんなことを考える気も起きない。ひとまず、グレイアの為にもここはわたしが大人になるしかない。
「サマリウム伯爵様。此度は忙しい中、”わざわざ”わたしの為にパーティに参加して頂き、感謝致します。どうか、楽しんでいただけると幸いです」
「もちろんですとも、アミリアス様。既に楽しませて頂いております」
「それは良かったです。では、わたしは他の方々にも挨拶をしなければならないので」
「はい、アミリアス様。どうぞこれからも御贔屓に」
やっと終わった、と思い。その場を去ろうとした時‥‥‥
「まぁ、あのチビ女の胸がでかくなったら結婚してやってもいいかな」
「し! 黙りなさい。聞こえたらどうする!」
聞こえてんだよクソが。
「お嬢様、少しお顔の力を抜いてください。せっかくのお綺麗なお顔が崩れてしまいます」
「‥‥はぁ、あの無礼なオークもどきはもう二度とわたしの前に現れないようにする必要があるわ」
「‥‥ふふっ、あ‥‥申し訳ありません」
そうして、何人ものどうでもいい貴族たちに挨拶しまわった。その殆どはパーティが始まる前にわたしに取り入られようと既に挨拶しに来ていた為、幸いすぐに終わらせることができた。
やるべきことは終わった。
一休憩する為に、少し風に当たれるテラスに出て、何もせずぼーっとする。
すると、背後から聞き覚えのあるおしゃま声が聞こえてきた。
「おーほほほほ! ミリア様、こちらにおられましたのですわ~~」
「はぁ、そうやっていちいち変な笑い方をしないとあなたは喋れないのかしら?」
ロゼリアの独特な笑い方に呆れつつも心のどこかで安心していると、ロゼリアの更に後ろから声が聞こえてくる。
「ミリア~~」
情けない声色で、リーベルがフラフラとしながら抱き着いてきた。
「ちょっと、何よこれ。‥‥もしかして、リーベル。酔ってるの?」
「ひっく‥‥」
少し赤みがかった顔に、うるうるとした目。一瞬いつもとあまり変わらないとも思ってしまったが、その様子は明らかに酔っていると判断できるものだった。
すると、側にいたシリウスが訳を説明し始めた。
「いやぁ、実はリーベルちゃんに飲み物を持って行ってあげようとしたら、ブドウジュースと間違えてワインを渡しちゃって‥‥ま、どちらも同じようなものだし、仕方ないよね」
「全然違うわよ。というか、リーベル。あなた、お酒を飲んでもいい年なの?」
「わたぁしわぁ~~‥‥大人だもん! 飲め‥‥飲め‥‥る!」
リーベルの反応に、少し心配になる。
「大丈夫だよ、ケガーーアミリアスちゃん。エルフの飲酒年齢は十五歳だから、いくらリーベルちゃんが子どもっぽいからって、流石に十五は超えてるさぁ~~ねぇ? リーベルちゃんは何歳だい?」
「う~ん‥‥十六ちゃい!!!」
驚愕の事実。まさかわたしよりも年下だとは。いや、まだ誕生日が来ていないだけの可能性もある。‥‥待てよ、別に年下でも違和感はないか。
そう思いながら、無駄にベタベタくっついてくるリーベルを見た。
「そういえば、ミリア様。あの噂は本当なのですの?」
「噂‥‥?」
「あら、知らないんですの? であれば、このわたくしが教えて差し上げますわ~~~」
「‥‥いいから、早く教えて」
「コホンッ。此度のパーティには、ダンスタイムがありますわよね?」
「‥‥まぁ、確かにあるわね。それがどうしたの?」
ロゼリアは扇で口を隠しながらもったいぶろうとしたが、いい加減うんざりしてロゼリアを強く睨むと、焦ったように話し始めた。
「実はそのダンスタイムで、ミリア様と踊ることができた方は、なんと‥‥なんと! ミリア様と結婚できるのですわ~~~!!!」
さも真実かのように語るロゼリアに溜息しか出てこない。
「‥‥あら、どうして反応が悪いのですの?」
「そんなの、それが噂に過ぎないからに決まってるじゃない。どうせ、今年でわたしが結婚できる歳になるから、そういう噂が広まったんでしょ?」
どうして人々はこうも噂を流したがるのか。
ここまでくると飽き飽きする。少しぐらい、実はあのアミリアス嬢は偽物だ! みたいな突拍子の無い出まかせの噂でも流れた方が面白いのに。
「‥‥ん? でも、今回のパーティで結婚相手を見つけるのは事実なんだろう?」
「え!? やっぱりそうだったんですのね‥‥‥」
シリウスが余計なことを言った。
「はぁ‥‥シリウス」
「あはは~。でも、アミリアスちゃんに許嫁の一人もいないのは不思議に思ってたんだよね~。普通、公爵令嬢に限らず、貴族っていうのは家の為に許嫁を用意するものじゃないのかい?」
それは‥‥確かに。わたしもそれについて何も思わずに生きてきたが、よくよく考えると変だ。別にいられても困るだけだが。
「ミリア‥‥結婚しちゃうの?」
「‥‥え?」
酔ったリーベルが、至近距離でわたしの顔を見つめながら、そう言った。
「何? わたしが結婚したらダメなの?」
わたしがそう聞くと、リーベルは少し目を逸らした後、たどたどしい喋り方で話し始めた。
「う~ん‥‥分かんない。でも‥‥ミリアが結婚しちゃったら、一緒にいられなくなっちゃう。そうしたらどうすればいいのか分かんないよ‥‥‥」
「‥‥‥‥」
きっと、リーベルは孤独が怖くてそう言っているのだと、そう思うことにした。
わたしが公爵令嬢である以上、婚約から免れられないことぐらい理解している。そして、結婚すればその日からわたしは家の為に生きなければならないことも理解している。だからこそ、今という時間がわたしにとってどれだけ幸せなのかもそろそろ理解しなければならない。
「リーベルちゃん。一つ、これからもずっと大好きなミリアちゃんと一緒にいる方法があるよ」
「ん~? なにぃ?」
「それは‥‥‥」
シリウスはリーベルの耳元で、どう考えても距離的にわたしに聞こえるということが分かった上で、囁いた。
「リーベルちゃんがケガレちゃんと結婚すればいいんだよ」
「‥‥な!?」
「う~ん、どうしたんだぁい、アミリアス‥‥ちゃん?」
「シリウス‥‥お前‥‥!」
恐らくわたしたちをからかおうとしているシリウスを鋭く睨みつけた。
一方のリーベルは、生まれたての雛鳥のような顔でポカンとしていた。すると、突然リーベルはわたしの肩に顎を置き、腰の辺りで手を優しく繋ぐと、吐息混じりの声で話し始める。
「リーベル‥‥?」
「ミリア‥‥私と結婚するの?」
「‥‥!! そ、それは‥‥‥」
少し横を見ると、シリウスがニヤニヤと薄気味悪い顔をしているのが分かる。そんなシリウスに何かガツンと言ってやりたかったが、どうもリーベルが離してくれない。
「ミリ‥‥ア‥‥」
「‥‥? リーベル?」
リーベルはわたしの手を握ったまま、崩れ落ちるように倒れて行った。そんなリーベルを慌てて支えて顔を見ると、スヤスヤと眠っていた。どうやら、お酒を飲める歳だが、お酒に強いというわけではなかったようだ。なんとなく、予想はついていたが。
「‥‥はぁ。グレイア、リーベルを部屋に連れて行って寝かしてあげて」
「はい、かしこまりました。お嬢様」
グレイアはリーベルを抱えて部屋に連れて行った。
残されたわたしたちは暫く会話をしながら、パーティが過ぎるのをただ待っていた。
そんな時、突如として事件は起きた。




