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2話:奴隷のエルフ

 冒険者ギルドから追放された。それは冒険者として生計を立てているわたしに死ねと言っているようなものだ。だが、もうそんなことはどうでもいい。既に一生暮らせるぐらいの金は稼いだ。後はゆっくりと余生を過ごせばいい。そうすれば、誰からも必要はされずとも、平穏に暮らせる。


 そんな風に気楽に思っていたかったが、ギルドマスターの言葉が頭にチラつく。


 ”ケガレつき”


 それはわたしの異名だ。もちろん、そう呼ばれたくて呼ばれているわけじゃない。わたしのこの異質な魔法が、わたしと関わる全ての人間にそう呼ばせている。


 ある者は、この人とは思えない魔法をわたしの体内に棲みついた魔物(ケガレ)だと、そう言った。そのせいでわたしは”ケガレつき”と呼ばれているのかもしれない。

 しかし、そんな単純なものではない。それは、一部の者のみが知る、世界のケガレ‥‥魔王。


 魔王は、かつて世界を支配しかけた災厄の存在。人間はその存在に恐怖し、今の魔物たちはその存在に畏怖した。だから、勇者に殺された。

 そして、その魔王が扱っていたとされる魔法、”闇魔法”。闇属性の魔力を扱い、この世の全ての対局に位置するとされる魔法である。そして、長い歴史の中でその魔法を扱えた者は、二人。


 魔王と‥‥わたしだ。


 何故わたしがこのようなものを持っているのかなど、到底知る余地もない。必要ともしていない。皆がわたしのことを邪魔だと思うように、わたしもこの魔法のことを邪魔だと思っている。


 今回もまた、この魔法のせいでわたしは邪魔者扱い、いや、ケガレ扱いだ。しかし、こんな場所で何もせずダラダラと思いにふけっていても何も起こらない。


 とりあえず、家に帰って休憩するか。


 そう考えていた時、奇妙な仮面を被り、顔を隠した見知らぬ人物がわたしに話しかけてきた。


「そこのお方。奴隷に興味がありませんか?」


 そう聞かれた瞬間、それが奴隷商であると理解する。


「ない、失せろ」


 否定、それと嫌悪の意味を持つ言葉を相手の顔も見ずに言って、奴隷商を無視し先に進もうとするが、奴隷商は引き下がらず、しつこくわたしに話しかけてくる。


「あなた‥‥あの有名な”ケガレ”様ですね。実はここだけの話、今夜、あちらの建物の地下でオークションが開かれるのです」


 オークション? あぁ、こういうやつが言うのは大抵普通のじゃない。闇オークションというやつだ。闇市場で取引されるものが出たり、何より禁止されている奴隷が売られる。


「今回、なんと”エルフ“が入りまして‥‥」


 その奴隷商は”エルフ”という種族を強調してわたしに聞かせた。


 エルフ。森の守護者とも呼ばれる種族の名だ。

 かつて魔王が多くの種族を支配したことで、その多くの種族は”魔物”となった。そして、エルフも魔物の一種だ。

 元よりエルフは知能が高く、魔法に長けていることもあって力ある種族だったが、魔王の力の前には無力だったようでいとも簡単に支配されてしまった。そして、エルフは魔物の中でも比較的人間と特徴が近いということもあって、人間からはよく奴隷としての価値を見出されている。

 まぁ、そのせいで人間はかなりエルフから嫌われているのだが。


「はぁ、どうでもいい。エルフだからどうした? ただの魔物。他の魔物に比べれば知能があるだけだ」

「いえいえ、エルフには高い価値があるのです。エルフは長い寿命があり、姿も若いまま。それに、孕むこともない。それに今回入った商品は‥‥」

「いい加減しつこいぞ。言っておくが、わたしは女だ」

「えぇ、知っておりますとも。ですが‥‥“そういった“趣味を持たれる方には女性も多いので、”ケガレ”様も検討してみてはどうでしょう」

「‥‥失せろ」


 ドスを効かせた声で一蹴すると、奴隷商は不敵な笑みを浮かべながら、わたしにオークション会場の場所が書かれた紙を渡してきた後、去って行った。


 こんなもの‥‥いらない。というか、なぜわたしに話しかけてきた? わたしがこんなオークションに参加するゴミみたいな貴族と同じだとでも思ったのか? 不愉快だ。


 貴族なんてゴミだ。そんなことはわたしがよく知っている。わたしを産んでおいて、わたしにこの魔法があることを知った瞬間捨てる? いや、殺そうとしたのも‥‥貴族だ。あんなものは悪だ。




『あんたなんか産まなければよかった‥‥このケガレ!!』




 うるさい! こんなこと思い出したくない‥‥もうとっくに捨てたんだ。あの頃のわたしも‥‥貴族らしい、女性らしい喋り方も‥‥全部、捨てた。


 その時、一つの考えが頭に浮かんでくる。

 あぁ、そうだ。めちゃくちゃにしてやろう。このオークション、どうせゴミみたいな貴族が集まるんだろう? 皆がわたしのことをケガレだと呼ぶのなら、ケガレらしく邪魔をしてやる。


 夜が訪れた。闇オークションが始まる時間だ。

 わたしは奴隷商に渡された紙を頼りに会場に着いた。

 暫くすると、顔を隠すように趣味の悪い仮面をつけた貴族たちが会場に入って来る。あまり居心地は良くないが、めちゃくちゃにする為だ、我慢するしかない。

 そうして、会場がゴミ貴族で満たされると、進行役が商品の紹介を始めた。


「最初の商品のご紹介に参りましょう!!」


 進行役が次々に商品を紹介していった。

 商品の内容は‥‥言うまでもない。想像通りだった。


「それでは、お次の商品は‥‥なんと! エルフです!」


 エルフ‥‥か。奴隷として売られる以上、買われた相手に何をされるかなど想像したくもない。だが、わたしとは関係ない。どうせ、わたしがこのオークションをめちゃくちゃにすれば、全てがうやむやになる。

 そう考えて、下げていた顔を上げる。


 一度。たった一度だけ、それも一瞬だ。

 刹那とも言える時間だけその姿を見た。

 だが、それだけで十分だった。地面に落ちた雪が溶けて水になるよりも短い時間だけで、わたしの五感はそのエルフに奪われた。




「――――ぁ」




 あまりの美しさに、言葉を奪われる。

 初めての感覚に困惑してしまう。何か変な気を起こしたわけでもなく、ただ‥‥世界一美しい宝石を見た時のように、それがわたしと同じ世界にいるのか疑ってしまうような衝撃があった。


 銀色とも言い切れない、光の混じった透明感を持つ宝石のような白金色の長髪。繊維一本一本が交差し、隙間から美しい金色の瞳が覗かせている。まるで、神話に出てくる女神のような姿をしたエルフの少女が、わたしの目を離さない。

 しかし、そのエルフの少女の顔からは生気を感じず、この世の全てに絶望しているのか、まるで死した天使のように、木製の手枷に縛られたまま地面を見つめていた。


「今回のエルフは、”傷無し“となっております。では、1000万から」

「1100万!」

「1200万!」


 傷無し。つまり、処女か。誰の手にも染められていない、純白の存在。そんな存在に貴族たちは目が無い。己の欲を証明するかのように、貴族は次々に値段を上げていった。


「2000万!」

「2000万でました! お次は‥‥‥」

「3000万!!」

「3000万でました!!!」


 次々に価格が上がっていく。その上がり幅は100万から、1000万へとどんどん広がっていった。


「1億」

「1億!!! 1億でました!!!」


 進行役の目が欲にまみれている。そこまでしてお金が欲しいのだろうか。ただ、それに対してエルフの目は一切の希望を無くした目だ。仕方ない、エルフは魔物。人間は人間だ。魔王に支配されたか、されていないか‥‥それだけで簡単に差別の対象になる。


「2億!!!」

「3億」

「くそっ!」


 貴族たちの醜い争いをよそ目に、わたしは未だエルフの少女のことを見ていた。どうしても、彼女のその目が気になって仕方がなかったのだ。


 あぁ、あの目。どうして彼女はあんなに悲しい目をしているのだろう。

 知りもしない貴族に犯されるのが怖いから?

 奴隷として生きていくことが不安だから?

 それとも‥‥‥


 その時、エルフがこちらを見た。エルフの目線はわたしと重なり、わたしはエルフの目の奥底にある、真意を見た。


 あぁ、そうか‥‥孤独が怖いのか。道理で見覚えがあるわけだ。わたしと同じ‥‥‥


「3億、ではこれ以上でなければ3億で‥‥」


 その時、わたしは初めて変な気を起こした。


「4億」


 あぁ、わたしは何をしているんだ。


「4億でました!?」

「5億!」

「6億」

「ちっ‥‥7億!!」

「8億」


 わたしはオークションをめちゃくちゃにすることなど忘れ、いつの間にかわたし自身もオークションに参加していた。


「9億‥‥これ以上は」


 そして‥‥‥


「10億」

「10億!!!! 10億でました!!!! それでは‥‥落札!!!!」


 落札という言葉を聞いた瞬間、我に返ったかのように自分の行いを後悔した。


 どうしてわたしは彼女を買ったんだ。必要もない、そもそも何かする気もない。これでは、あのゴミ貴族たちと同じだ。いや‥‥そうか、同じなのか‥‥‥


 落札をした後、奴隷商からエルフを受け取った。

 わたしはひとまずその奴隷を連れて家に帰ることにした。


 はぁ‥‥10億。10億か‥‥わたしの全財産。最高位冒険者として、魔石は無くともこれぐらい稼げるには冒険者をしていたのか。まぁ、元々お金を持っていたというのもあるが。


 奴隷商はわたしに奴隷の首輪に繋がった鎖を渡したが、わたしはそれを握らず、彼女に歩かせた。

 逃げればいいものを、彼女は正直に付いてくる。夜のおかげで周りの目が気にならなかったのが唯一の救いなのかもしれない。


「どうして奴隷になった?」

「‥‥‥‥」


 わたしが話しかけても、彼女が返すことはなかった。


「はぁ‥‥少し、止まれ」


 彼女はわたしの指示に従い、その場に立ったまま止まった。

 首輪を手で掴み、腕に魔法で影を纏わせ力を入れる。


 バリンッ!!


「‥‥え」

「はぁ、やっと喋った」


 彼女は驚いていた。自分よりも背の低い少女が鉄製の首輪を素手で壊せるとは思っていなかったのだろう。


「逃げたいのなら、逃げればいい。衝動で買ったが、別にお前に何かする気もない。まぁ、そんなこと言ったところでわたしが奴隷を買ったゴミであることに変わりはないが」


 彼女に優しくするつもりはない。それは、彼女を騙すことになる。どれだけ彼女に優しくしたところで、わたしは既に悪だ。仮に彼女がわたしのことを善人だと思っても、わたしが悪であることに変わりはない。


「‥‥グスッ」

「‥‥?」


 突然、彼女が泣き始めた。彼女の泣き声が街に響くとあたりの家の明かりが付き始める。それに焦って、彼女の手を引き、急いで帰った。


 街の隅っこにある小さな家の前に着くと、わたしも色々と頭がパンクしてしまった。


「あぁ、もう‥‥どうして急に泣き出すのよ? あんな場面見られたらどうするの!」

「‥‥グスツ‥‥グスッ」


 ‥‥ん? 違う。仕方のないことだ。彼女は悪くない。ただ、少し焦ってしまった。というか‥‥口調も違う。


「コホンッ‥‥とにかく、今日はここに泊まる。後のことは明日考える。分かった?」


 彼女は静かに頷いた。


 街の片隅にある、小さな家のドアを開けて中に入ると、とある人物がわたしを迎え入れた。


「おや‥‥おかえり。今日はやけに遅かったね。ケガレちゃん」

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