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27話:悪夢(前編)

「お嬢‥‥ま、起き‥‥さい。お嬢‥‥ま」


 微かに声が聞こえる。聞きなれた声。冷たい手がわたしの体を揺らして、次第に目が覚めていく。


「お嬢様、起きてください。もう、九時でございます。今日が何の日なのか、忘れてしまったのですか?」

「う~ん‥‥ここは、どこ?」


 グレイアが呆れた様子でわたしの顔を覗き込む。

 クシでわたしの寝ぐせを直しながら、そのまま濡れたタオルでわたしの顔を拭いた。


 ベッドを出ると、グレイアは鏡の前でわたしを着替えさせ、そのまま食卓に向かう。

 わたしはグレイアの服を掴みながら、おぼつかない足取りでゆらゆらと歩いていく。何故だか、グレイアが大きく見えた。というより、むしろわたしの方が小さくなったような気がするが、きっと気のせいだ。


 そうして食卓に着くと、そこにはお父様とお母様が食卓に座っていた。


「お母様!!」


 お母様の姿が見えた瞬間、心が先行するようにお母様のもとへ駆け寄り、そのまま抱きついた。


 お母様はわたしの頭を優しく撫でながら、その落ち着く声でわたしを椅子に座らせた。


 椅子に座り、目の前に料理が出される。彩られた見た目に、お父様の健康志向から考え抜かれたバランスの取れた食事。貴族にしては質素な食事だが、それでもわたしは食事の時間が好きだった。この時間が、お母様と話せる数少ない時間の一つだったからだ。だが、そんな好きな食事も今日は何の味もしなかった。ただ、おいしいという感覚だけがわたしの頭を刺激している。


「ミリア、今日が何の日なのか、覚えてる?」


 お母様にそう聞かれて、ほっぺたを抑えながらよくよく思い出そうとしたが、頭の中がぼやけていて何も分からない。


「今日は~、あなたの十三歳の誕生日よ~!」


 その時、クラッカー音が鳴り響き、周りのメイドたちがパチパチと手を叩き始めた。

 動じず淡々と手を叩くお父様とは対照的に、お母様は公爵夫人とは思えない程の笑顔でわたしを抱きかかえ、祝福した。

 そんな状況が恥ずかしくも、嬉しかったわたしは無邪気な笑顔を見せた。


「そして~、ミリア。あなたが十三歳になったということは‥‥‥」

「‥‥?」

「今日、ついに魔法を使えるようになるのよ~!」

「‥‥!!」


 そうだ、魔法。


 魔法とは、神がわたしたち生命に授けた最後の祝福。そう信じられている。何もない場所から火を出したり、砂漠のオアシスを凍らしたり。この世の科学では理解しえない事象を起こせる。


 そして、魔法は安全上の問題により、天界によって生まれてから十三歳になるまでは魔法を使うことも、学ぶことも禁止され、自身が何の属性を持っているのかすら分からない。

 だからこそ、この世の存在する全ての子どもたちにとって、魔法が使えるようになる十三歳という年齢は、ある意味人生における一つの転換点と言えた。


 そして、今年は公爵令嬢であるわたしが十三歳になる年ということもあって、今年は例外的にわたしの誕生日に合わせて、魔法を使えるようになった祝いと、属性の鑑定を兼ねた、”魔力啓示の儀”が大教会で行われることになっていた。


 グレイアの付き添いの基、うきうきとした足取りでお母様の手をしっかりと握りながら、大教会へ向かう馬車に乗った。お父様は家の仕事があった為、魔力啓示の儀にはついてこられなかったが、それでも喜ぶわたしの頭を優しく撫で、穏やかな顔で見送ってくれた。


 馬車に乗っている間、お母様に魔法が使えるようになったらしたいことランキング、という実に子どもらしい夢を語った。その話をお母様は終始笑顔で聞いてくれて、時々頷きながら「流石はわたしのミリアね~」と頭を撫でてくれた。それが嬉しくて、ランキングに載ってないこともとにかく喋れるだけ、喋った。そのようなわたしをグレイアはクスッと笑いながら眺めていた。


 大教会に着くと、ランタノイド家の領地に住んでいる貴族や平民の子どもたちが、今か今かと自分の番を待っている。


 神父はわたしたちを特等席に連れて行き、そこに座らせた。


「それでは、たった今しがた、アミリアス公爵令嬢様がお越しになられましたので、魔力啓示の儀を始めたいと思います」


 神父がそう言うと、大教会にいる子どもたちの心は踊りだし、興奮を抑えきれない様子だった。無論、わたしもそうだった。


「例年であれば、上級天使様にお願いさせていただくことが慣例でございますが、此度はなんと、アミリアス公爵令嬢様の御誕生日ということもありまして、熾天使であらせられる”<無垢>の天使ロリエル”様が足をお運びになられました」


 神父の言葉に大教会にいた人々は騒然とした。


 上級天使ですら、人前に姿を現すことは珍しい。それを踏まえた上で、上級天使よりも更に上位、そして神に最も近い存在とされる熾天使が、人前にわざわざ姿を現すなど、それこそ人々が崇拝している神がそのまま目の前に現れる衝撃だった。


 人々の視線が一度に、現れる天使に注がれる。


 バサッ‥‥と、六枚の美しい純白の翼が広がり、パステルグリーンの髪がステンドグラスから差し込む光のように輝いた。

 九歳程の幼い外見をした少女のような神秘的な姿の天使は、十字に刻まれた金色の瞳で祝福を待ち望む人々を見渡した。


「みなちゃん初めましてですの~。あたち、<無垢>の天使のロリエルですの~~」


 精一杯の笑顔を振りまきながら、ロリエルは大教会の人々に手を振った。


「今日は~‥‥え~っと‥‥‥」

「魔力啓示の儀でございます。ロリエル様」

「あ! そうだったですの~。うっかりしてたましたの~。じゃあ、始めますの。みなちゃん、並ぶですの~」


 ロリエルの指示に従い、人々は並んだ。

 子どもたちが自分の番を今か今かと待ちながら、自分たちの属性を予想していた。わたしはそのような子どもたちを羨ましく思いながら待っていた。


「お母様、暇~~」

「仕方ないわ、ミリア。なんたって今日の主役はあなたなんだから。主役は最後に登場するものなのよ~」


 そう言い聞かされて大人しく待っていた。

 例年、魔力啓示の儀は子ども一人につき、そこそこの時間がかかる為、全体で見るとかなりの時間を必要としていた。しかし、今年は熾天使であるロリエルが魔力啓示の儀を行っていたということもあり、例年よりも早く魔力啓示の儀が終わっていき、気付けばわたしの番がやってきた。


 思っていた以上に早く番が来た為、心の準備が整っていなかった。


 わたしがロリエルの前に立つと、大教会にいる人々の視線がわたしに集まる。ここら一帯を治める公爵家の令嬢が、いったいどのような属性を持っているのかと期待の眼差しを向けた。


「あ、最後はミリちゃんですの~? そういえば、今日はミリちゃんのお誕生日だから来たんだったんですの」

「う、うん」

「緊張しちゃってますの~? 大丈夫ですの。ミリちゃんは良い子良い子だから、魔法が使えるようになっても、良い事に使ってくれるって、あたち、知ってますの」


 ロリエルのその言葉に心を落ち着かせ、覚悟を決めた。わたしのその様子を見ると、ロリエルは手先に力を込め始めた。


「じゃあ、始めますの」


 ロリエルの十字の瞳が輝き出し、その体から光属性の魔力が溢れ出す。翼が大きく展開され、彼女が熾天使であったことを思い出させられる。


「熾天使ロリエルの名の下に、其方に神と天界からの天啓を下さん。世界の輝きが其方の道筋を照らさんことをここに誓い、そして暗闇から守ることを約束す。其方に祝福あれ‥‥‥ですの」


 ロリエルがそう言い終えた瞬間、体の奥底から強い力で満ちるのを感じる。まるで本来の自分に戻ったような感覚。今ここでもう一度生まれたような気分になった。

 そして、目を覚ます。


「キャーーーーー!!!!」


 突然、後ろから叫び声が聞こえて来る。

 その声に驚き、後ろを振り向くと、人々が怯えた様子でわたしを見ていた。


「ふむふむ‥‥なるほど。ミリちゃんの属性は”闇”ですの」

「闇!? ロリエル様、今闇とおっしゃいましたか!?」

「む? そうですの。魔王さんと同じ属性だなんて、ミリちゃんはすごいですの~。でも、ミリちゃん。こんなところで、魔法を使っちゃ、めっ! ですの」


 闇‥‥属性? そう聞いて、隣を見ると、どす黒い影のような触手が、うねうねと鼓動しながら揺れていた。


「何‥‥これ‥‥?」


 あまりの驚きに忘れていたが、すぐに恐怖を覚える。体の奥底に眠っていた恐怖の感覚を、500年前に魔王に支配されようとしていたあの恐怖を、無理やり引き出されるような感覚に陥る。


 =天界の光(ヘブンズライト)


 ロリエルが強い光を放つと、わたしの側にあった触手は消え去った。


「はぁ‥‥よ、良かった」


 一安心して、ほっと息をつく。

 しかし、自身のその恐ろしい”影”への恐怖が消えたと同時に、今度は別のことに気付く。


「あれがアミリアス様の魔法?」

「あのような穢れているものなど、公爵令嬢には相応しくない!」

「昔、聞いたことがある! あれは、魔王が使っていた魔法だ!!」

「魔王が蘇った! きっと、勇者に殺された恨みを500年越しに晴らしにきたんだ!」

「誰かーー!!! 助けてーーー!!!」


 わたしが手を前に出すと、人々は恐怖し、流れ込むように大教会の扉に向かって走り出した。

 わけも分からず、呆然と立ち尽くしていると、酷い孤独感がわたしを襲った。


 そうして、知ることになる。その日から、わたしの人生は崩れ落ちると。

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