26話:貴族の挨拶
お父様がわたしの為、というよりランタノイド家の為、一週間後にわたしの誕生日パーティを開く。このパーティの真の目的は、わたしの婿候補を探すというもの。
そして、そのことに勘づいた貴族たちはできるだけ早くわたしに気に入られようと、まだパーティまで一週間はあるというのに、既に何人もの息子を連れた貴族たちがわたしの家に訪問してきていた。
「おぉ、これはこれはアミリアス様。随分とお綺麗になられましたねぇ」
「えぇ、ありがとうございます。サマリウム伯爵様」
「実は、今回息子を連れてきていまして、ぜひとも、ご挨拶させて頂きたく‥‥‥」
「えぇ、どうぞお入りになられてください」
そうして、伯爵が部屋の扉を開けると、年の近い‥‥少し、ふくよかな体をした少年が入って来た。
「こちらが息子の*****です。ほら、挨拶しろ」
その息子はわたしを見ると、何故か不服そうな溜息をついた。
「こいつがおで様の女かぁ? ちっちゃ」
「お、おい! やめろこのバカ息子。あは、あははは違うんですよアミリアス様。その、息子には虚言癖がありまして、なので‥‥‥」
「お父様、おでもっとボンッ! キュッ! ボンッ! なやつがいいぞ」
その時、ブチッと何かが切れた。
「黙れ、オークもどき」
「へ‥‥?」
グレイアが咳払いをして誤魔化した。
危ない、つい暴言を吐くところだった。グレイアが止めてくれなかったら、普通にシバいてた。
「サマリウム伯爵様‥‥?」
「は、はいぃ!」
まるで獲物を狩る、そうあの時のディアベルのような目でその伯爵を見つめた。
「貴族として、自身より位の高い相手にパーティに誘われたのなら、自ら挨拶しに来るというのは、礼儀というものです」
「は、はい!」
「だからこそ、こうやってわたしも場を設けてあげているのです。それを理解した上で、これ以上わたしを不快な気持ちにするのであれば‥‥‥分かっていますね」
最後の方は声を低くして、脅しをかける。
お前の目の前にいるのは、ただの大人しい少女ではないと理解させる。
貴族階級と同じ様に、生物的にもわたしの方が格上なのだと、これ以上無礼な真似はしないように伯爵とその息子に釘を打つ。
「は、はいぃ!!! あはは、すみませんすぐに出ていきますので!!!」
「お父様、おで‥‥‥」
「黙れ、このバカ息子。あはは‥‥で、では!!」
伯爵は慌てて息子を連れて部屋を出て行った。
はぁ、面倒な相手だった。覚える気もないし、そもそも息子の名前が何だったのか聞く気もなかった。
まだ、たった一組貴族来ただけだが、あまりの疲れに深い溜息を口から溢れる。
「お嬢様。この後はホルミウム子爵。その後にツリウム男爵。そして、更にその後に‥‥‥」
それを聞いて更に溜息を出てきた。
そして、何組もの貴族がわたしの家に押し掛けてくる。
「実は家の息子も闇属性の魔法が扱えまして、きっとアミリアス様と気が合うと‥‥‥」
「貴族の分際で嘘はつかないように」
「見てください、私の自慢の息子。社交界でもイケメンだと話題なのです」
「はぁ、それは良かったですね。‥‥どうでもいい」
「アミリアス様! 実はわたくしの息子は天使でして!」
「‥‥はぁ、論外」
「アミリアス様!」
「アミリアス様!」
「アミリアス様!」
「あ”あ”あ”あ”あ”!!!! もう、うんざり!! 次来たゴミ貴族、ぶっ殺してやる!!」
「お嬢様‥‥流石にそれは」
「分かってるわよ! 冗談に決まってるでしょ」
コンッ コンッ コンッ
また、貴族が部屋に入って来た。
「もちろん、最後はわたくですわ~~~」
「‥‥あぁん?」
「ひぃ~、な、なんですの~? わたくし、何もしていませんのよ~?」
‥‥はぁ、何でロゼリアが来たのかは置いといて‥‥疲れた。本当にこれが最後‥‥みたいだ。良かった。いや、本当に何でロゼリアが来たんだ?
ロゼリアはわたしと向かい合うように応接室の椅子に座ると、扇で自分を優雅に仰ぎ始めた。
「何しに来たのよ」
「おーほほほほ!! ミリア様なら分かるのではありませんこと~~?」
「‥‥何? ロゼリアも‥‥わたしと”結婚”したいのかしら?」
そう耳元で呟いてやった。これはふざけているとしか思えないロゼリアを少しからかってやるためにしただけ。つまり、ただの八つ当たりだ。
「‥‥‥」
「‥‥?」
ロゼリアは顔を真っ赤にして暫く固まっていた。そして、焦った様子で扇で口を隠しながら高らかに笑い始めた。
「おーほほほほほ!! そそそそそんなわけありませんでしてよ~~」
「ふ~ん。そうなの? 今日来た貴族共の中だと、あなたが一番可能性あるのだけど‥‥‥」
「おーほほほほ‥‥‥い、いえ‥‥別にあなたがどうしてもと言うのなら‥‥わ、わたくしは‥‥‥」
「何本気にしてるの? 冗談に決まってるでしょ」
「‥‥‥おーほほほほほ!! もちろん分かっておりましてよ~、じょ、冗談にお付き合いさせて頂いただけですわ~~。あ~暑いですわ~、この部屋」
ふんっ! どうせわたしのことをからかいに来ただけだ。こっちは本気でイライラしているのに、そんなところに冗談で来られたらたまったもんじゃない。
その時、グレイアがいつもよりも怒った目でわたしを見た。
「お嬢様」
「‥‥何」
「本日の出来事で少々鬱憤が溜まっていることはわたくしも重々承知致します。しかし、貴族、ましてや公爵令嬢である以上、人の心を弄ぶようなことはしないようにと、昔に約束したはずです」
まるで母親かのように怒るグレイアに心が萎むように体も丸くなる。
「‥‥‥ごめんなさい」
「謝る相手は、わたくしではありません」
そう言われて、ロゼリアに顔を向けた。
「‥‥ごめん、ロゼリア。あなたに八つ当たりをしてしまい‥‥本当に、ごめんなさい」
「おーほほほほ? わ、わたくしはミリア様の誕生日パーティに参加できるようになったことを伝えに来ただけでしてよ~?」
はぁ、久々にグレイアに叱られてしまった。昔、まだ幼かった頃にいたずらをして怒られた時以来だ。やっぱり、今日のわたしは少し疲れすぎだ。少し‥‥少しだけ、休憩しよう。
客室に向かうと、そこではまたリーベルが迎えてくれる。
「わ~見て見てミリア! これ、ベッド! わざわざ私たちの為にメイドさんたちが用意してくれたの!」
ボスンッと、リーベルの胸にもたれかかった。
「ミリア‥‥?」
「‥‥‥‥」
何も言わず、黙っていると、リーベルに頭を撫でられる。
まるで嫌なことがあった子どもをあやす母のように。実際、昔に母がこうやってあやしてくれたことを思い出した。
「ミリア、今日はとっても疲れちゃったの?」
その問いに、何も言わずただ頷いた。
「じゃあ、いっぱい休憩しないと。多分、ミリアは疲れちゃったこと、ずーっと独りで抱えちゃうから。だから、しっかりと休憩して。もし、私に何かできるのなら、何でも言って。私、ミリアが疲れてしんどくなっちゃうのは嫌だよ」
「‥‥うん」
その温かさに包まれるように、わたしは顔をリーベルの胸に埋める。そんなわたしをリーベルは抱き締めてくれた。
「ふ~む、どうやらアミリアスちゃんは本当に疲れるみたいだね。こんな素直にリーベルちゃんに甘えるなんて、初めて見たよ」
シリウスのその言葉を聞いて、はっとした。今、わたしが何をしているのかを再確認すると、恥ずかしさで顔が燃えるように熱くなった。
すぐに埋めていた顔を勢いよく出した。
「あぁ、う~ん‥‥もうちょっとこのままでも良かったのに‥‥‥」
一度顔を冷ました後は暫くリーベルたちと談笑した。
すると、みるみるうちに時間が過ぎていき、ゴミ貴族共としょうもない会話をしていた時よりも、時間が綿のように風に揺られて飛んでいくように感じた。
「ミリア、本当に自分の部屋で寝ちゃうの?」
「いや、どうせわたしを抱き枕にしたいだけだろ。いつもみたいに」
「‥‥うん」
いや、頷くな。
「それで~、ケガ‥‥アミリアスちゃんがこのベッドで寝ちゃったら、ボクはどこで寝たらいいんだい?」
シリウスは困ったようにそう言った。
「ということだ。それに、わたしも久しぶりにあのベッドで寝たいし、今日はパス」
「うぅ~~」
わたしの部屋に移動し、ベッドの中に潜る。
そして、ベッドの側に立っているグレイアに顔を向ける。
「グレイア、もうわたしは子どもじゃないから、独りでも寝られるわ」
わたしがそう言っても、グレイアは微動だにしなかった。
「いえ、お嬢様をお守りすることこそが、わたくしの役目であり、わたくしの望みです。ご安心ください。わたくしは一睡せずとも、問題ありませんから」
あの”事件”のことがあってから、わたしはよく悪夢を見るようになり、毎晩うなされるようになった。それからだろうか、グレイアは毎晩欠かさずわたしの側で、何も言わず座ってわたしが起きるのを待ってくれるようになった。まるでわたしにも朝があることを教えてくれているかのように。
だが、そのことがわたしは嬉しかった。悪夢を見ても、誰かが側にいるだけでわたしの心は穏やかになる。
どうか、今夜も悪夢を見ないことを願って、わたしは部屋の電気を消した。グレイアに「おやすみ」と告げて。




