24話:隠し事
「お迎えに上がりました。アミリアスお嬢様」
そのメイド姿の女性は淡々とした言葉でわたしの驚きを無視する。
その女性の上から冷たく見下ろす瞳は、わたしの喉を凍らせてしまうかのように、わたしから全ての言葉を奪ってしまった。
いつかはこの時が訪れると思っていた。でも、どうして今なんだ。
「ミリア‥‥?」
背後からわたしを溶かすような温かい声が聞こえてくる。
溶かされて、声を取り戻す。
凍り付いたような膠着状態が続く中、足の痺れが引くと同時に痺れを切らしたシリウスが扉の外に立つ女性に話し掛けた。
「おやぁ? どちら様かな。一応ここはボクの家なんだけど‥‥‥」
シリウスが話し掛けると、その女性は決められた動作しかできない機械のように一定のスピードでシリウスを見る。
「‥‥はい、かしこまりました。魔女様。わたくし、グレイアと申します。こちらのアミリアスお嬢様のメイドとして働かさせ頂いている身でございます」
「そう‥‥‥」
端的に話すグレイアに、シリウスですら少し反応に困っていた。
「まぁいいや。とりあえず中で話そう。ここは寒いしね」
「はい。ご厚意、感謝いたします」
「お、おい! ちょっと待て!」
わたしの呼び止めも空しく、シリウスはグレイアを中に招き入れる。そして、小さな家の中で四人、お客であるグレイアと三対一になるように向かい合って座った。
「それで‥‥どうやらケガレちゃんは彼女のことをよぉ~く知っているみたいだけど、何か話す気はあるかい?」
シリウスは隣で気まずそうに俯いているわたしを覗き込みながら言った。
そんなシリウスから顔を逸らすように隣を見ると、心配そうにこちらを見ているリーベルが目に入ってくる。それを見ると、もう隠し事をしている余裕なんてないのだと気付いた。
そうして、わたしは話した。
* * *
これは、わたしの家に関する話。
ランタノイド公爵家。
それは、多くの貴族を束ねる貴族階級の頂点に立つ一家の名。そして、シリウスの家があるこの街を含んだ大きな領地を持つ貴族でもある。
公爵家は王家から一つの大きな領地を任され、更にそれを自身以外の貴族たちに細かく分けて任せている。そうやって一つの大きな領地を管理しているのだ。
また、貴族が例外なく天使の加護を受けているように、公爵家もまた天使からの加護を受けている。
その天使こそ、”熾天使”。
熾天使は天使という種族の頂点に立つ者たちだ。
上級天使や下級天使とは、格が違う。真の意味での絶対強者。天界の神に最も近いとされる神秘的な存在。
そんな片手で数えられる程度しか存在しない熾天使の加護を受けることのできた貴族だけが”公爵”を名乗れる。そして、公爵だからこそ王家から大きな領地を任されるのだ。
そんな公爵家の内の一つがランタノイド公爵家。
そして、わたしこそがそのランタノイド公爵家の令嬢――――
”アミリアス・リヒト・ランタノイド”
* * *
「公爵!?」
リーベルは口を抑えて驚いた。
それもそうだ。リーベルはわたしが貴族であることを知らない。何故なら、わたしが隠していたからだ。
何故隠していたのかと聞かれれば、わたしがまだアミリアス公爵令嬢として振舞っていた時の様々な出来事が原因だ。加えて、わたしが一番嫌いな貴族、何よりリーベルを買おうとしていた欲深い者たちと自分が同じであるということが嫌だった。
わたしはあまり世間に顔を出していなかったから、隠すことが比較的容易だったことも相まって、長い間わたしは平民、いやケガレつきとして過ごしていた。
驚くリーベルとは対照的に、シリウスの方はあまり驚いてはいなかった。
わたしが公爵令嬢であったことを告白している間もシリウスの反応は薄く、「やっぱりそうだよね~」とでも言いだしそうなぐらいだ。
どうやら、とうの昔にわたしが貴族であることには気付いていたらしい。シリウスは思考を読めるから、当たり前といえば当たり前かもしれないが。
「ランタノイド公爵家ってあれかい? ここら辺の貴族を束ねているランタノイド公爵家かい?」
「はい、その認識で間違っておりません」
「ふぅ~ん、そう」
シリウスは素っ気なく納得すると、その少ない情報から色々と噛み砕いていくように考え込んで黙ってしまった。
シリウスが話すのを止めると、再び静寂が訪れる。そんな状況は居心地が悪かった。
何でもいいからグレイアに話し掛けることにする。
「どうしてわたしの居場所を知っていたんだ」
ちょっとした苛立ちすらある声でわたしはグレイアに聞いた。
グレイアはそんなわたしにも冷静な立ち振る舞いを崩さず、またその凍り付くような瞳を向けてくる。
「お嬢さまが家を抜け出した後も、僭越ながら、わたくしはお嬢様の動向を伺っておりました。お嬢様が家を抜け出して早二年。こちらの魔女様の御宅に奇遇させて頂いてから、冒険者ギルドに登録。そして、本来才能がある者でも十年は掛かるとされる最高位の冒険者に一か月でなり、この街において二人目の最高位冒険者となりました。そして、ついこの間‥‥‥」
「あぁ、もういい!」
端的に、そして正確に言うグレイアに苛立ちを隠せなくなって自分から話を振ったにも関わらず、その話を止めた。
グレイアは依然として冷静で、苛立つわたしの命令にも「はい」とだけ言って従った。
グレイアはわたしの専属メイドだ。
昔から氷のように静かだが、正確かつ素早く仕事をこなす確かな腕があった。
その仕事ぶりからか、お父様は彼女をわたしの専属メイドとし、彼女は日夜問わずわたしの世話をすることになった。
わたしが家を飛び出してからもその動向を伺っていたとなると、恐らくお父様が彼女にそう指示をしたのだろう。
「どうして今なんだ‥‥‥」
「一週間後、お嬢様の誕生日パーティがランタノイド邸で開かれます。いえ‥‥やはり詳しい話は移動中に話すとしましょう」
誕生日パーティ? あぁ、そうか‥‥もうそんな時期か。
グレイアは立ち上がると、静かにわたしを見つめる。
そんなグレイアを見ていると、わたしの有無を言わさずそのパーティに参加しろと言っていることに気付いた。
もう逃げられないと悟ったわたしはグレイアに従うことにする。
次に、グレイアは茫然とした様子で座ったまま心配そうにわたしを見るリーベルに顔を向けた。
「わ、私‥‥?」
静か、そして冷たい瞳に見つめられたリーベルは自分を指差しながら焦りを見せる。
そんなリーベルに対して、グレイアは「はい」とだけ答えた。
「魔女様」
「おや」
グレイアはシリウスにもその瞳を向けた。
「ご主人様がお二人も招待するとのことです。どうか、わたくしについてきて頂けますでしょうか?」
そうして、グレイアはわたしたちを外に用意しておいた馬車に連れて行った。馬車は商人が使うようなものではなく、貴族が使うような移動用の馬車で、豪勢なキャビンがついている。
グレイアはキャビンの扉を開けると、その中にわたしたちを招待した。
「すごぉ~い!!」
リーベルは物珍しそうにキャビンの中から外を眺めた。リーベルはエルフの王族なのだから、こういった経験はあるのかと思ったが、そうでもないらしい。
ちょっとしたことでも楽しめるリーベルとは対照的に、リーベルを除いたわたしたちははしゃぎもせず静かに座っていた。
シリウスは足を組みながら静かに魔導書を眺めており、グレイアは何も言わずわたしの隣に座っている。
そうして、静かな夜をたった一台の馬車は走り出した。
「グレイア、そろそろ詳細な説明を‥‥‥」
「はい、かしこまりました。今回お嬢様をお迎えに上がったのは、一週間後に開かれるお嬢様の誕生日パーティの為です。お嬢様の十七歳を祝うため、多くの名だたる貴族様方がお越しになられます」
突然、リーベルが「え!?」と驚く。
「ミ、ミリア‥‥十六歳だったの? 十三歳だと思ってた‥‥‥」
はぁ、ツッコム気も起きない。
「それで、去年は放っておいたのに、どうして今年は来たんだ? どうせお父様にわたしの誕生日を祝う気なんてないだろ。なら、今年も放っておけば‥‥‥」
「いえ、そういうわけにはいきません。今年は十七歳、つまり婚約のできる歳でございます。ご主人様は今回のパーティでお嬢様の婚約相手を決めようと考えておいでです」
そう聞くと、納得したくはないが、頭の中でなるほどと思ってしまう。
貴族と結婚? どうして大嫌いな貴族と結婚なんかしないといけないんだ。
――――どうせ、お父様はわたしなんか子どもを産む道具ぐらいにしか思ってないんだ。
パタンッ
その時、シリウスは前髪が風で揺れる程の勢いで魔導書を閉じた。
「なるほどねぇ~。まさか、ケガレちゃんがあのランタノイド公爵家のお嬢様だったなんてー」
「絶対に知ってただろ」
「さぁ? ま、そんなことより、ボクはケガレちゃんがあの”ケガレ令嬢”、その人だったことに驚いているけどね」
「‥‥‥」
ケガレ令嬢。
その呼び名は一部の貴族がわたしの過去の出来事から広めたものだ。
わたしがこの”影”を持っていることも関係しているが‥‥よくそう呼ばれるようになったのは、とある”事件”からだ。
「もしかして、ケガレちゃんが言うその”事件”っていうのは、公爵夫人殺害事件‥‥‥」
「黙れ!!!」
頭の中によぎってしまった事件のことをシリウスに読まれてしまった瞬間、反射的にその話題を拒んだ。
「‥‥はいはい、分かったよ」
馬車は一晩中走り続け、地獄での疲れもあってか、次第に瞼が重くなってくる。
パチッ、と記憶が途絶えた。
――――馬車が石にでも乗り上げた時のガクンッという揺れに驚き、目を覚ます。
目が覚めると、外はすっかり明るくなっており、わたしの頭はグレイアの膝の上にあった。妙に寝やすかった原因に気付くと同時に恥ずかしさで飛び起きる。
恥ずかしさを紛らわす為に外を眺めると、見覚えのある景色が広がっていた。
「そろそろランタノイド邸に着きます。魔女様、どうか邸宅の中ではお嬢様のその呼び方を控えて頂いてもよろしいでしょうか?」
「はいはい、分かったよ。アミリアス様、アミリアス様」
シリウスは面倒くさいことを手で払いのけるようにして、適当に返事をした。
「感謝いたします。そして、リーベル様も‥‥‥」
「リーベルはいい。リーベルはエルフの王女だ。わたしよりも身分が高い」
「‥‥かしこまりました」
リーベルは確かに王女だが、エルフであり、その時点で人間より身分が低い。しかし、わたしはそんな考えが嫌いだ。
それに、ミリアはわたしの愛称だ。わたしを友達と言ってくれたリーベルに今更アミリアスなんて硬い呼び方をされたら気が狂いそうになる。
「お嬢様、邸宅に着いた後はどうか失礼のないよう、喋り方をお気をつけください」
「‥‥分かったわよ」
馬車が止まった。
目の前にはまるで一つの街かと勘違いしてしまうほどの巨大な庭が広がっている。そして、その庭の真ん中にはこれまた巨大な邸宅がどっしりと構えていた。
「着きました。ここが、ランタノイド邸のございます」




