20話:プレイタイム
「‥‥あぁ、う‥‥‥」
「あ、起きた? ロリちゃん」
強い光の刺激がわたしの意識を取り戻させる。ゆっくりと目を開けると、そこにはわたしの顔を覗き込むようにして、他人事のような笑顔を向けるアーデウスと、心配そうに眉をひそめるリーベルがいた。
「ミリア!!」
突然リーベルが飛びついてきた。あまりに強く抱きしめられて息があまりできないが、先ほどから体がダルくて、思うように動かせない。
「リーベル様、そろそろその辺で止めておいた方が良いのでは? 殺したいのなら別ですが」
「‥‥あ! ごめん、ミリア‥‥‥」
ふぅ、やっと息ができる。
えっと‥‥何があったんだか‥‥確か、黒い水晶に触れようとしたら、わたしの触手が勝手に水晶の中にあった闇属性の魔力を吸収して、その後自分で影を制御できなくなって‥‥それから、どうなったか‥‥‥
「ロリちゃんには、私のこの<睡魔の香>ですこぉしだけ、眠ってもらってたのよ」
そう言って、アーデウスは指先から少量の煙を出した。その煙からは、頭がぼやけるような匂いがする。それは、わたしが意識を無くす瞬間に感じたものと同じだった。
「安心して、ロリちゃん。この煙には催眠効果しかないから、別に‥‥”いけない”気分になったりはしないわよぉ‥‥ふふふ」
そう言いながらアーデウスはからかうようにクスクスと笑った。
ここに最初に来た時に感じたあのキツイ匂いも、やはり彼女の能力の一部だったようだ。何はともあれ、彼女に助けられた。
「えっと‥‥ありがとう、アーデウス。それで、わたしは何かしたか‥‥‥」
「もう、それはそれは激しかったわよぉ、ロリちゃん」
「‥‥‥‥」
「どうやら、ミリア様は水晶の中にあった魔力を一気に吸収したことにより、一時的に魔力の許容量を超えてしまい、魔力暴走を起こしたようですね。幸い、既に収まってはいるようですが」
ん? 確かに体の中から以前よりも魔力を感じる。影も‥‥‥
触手を出すと、いつも通り自然に動かすことができた。しかし、触手からは更に強い力を感じ、より黒く、より高密度になっていた。
やはりあの水晶の中に入っていたのは魔王の魔力のようだ。魔王の残滓のように何か強い能力を持っているわけではないみたいだが、純粋に影の力が高まっている。
だとすれば余計謎が深まる。こんなもの、いったいどこで手に入れたのだろうか?
「そういえば、水晶を持っていたその女性悪魔は<支配欲>の領地にいる悪魔だと言っていたが、どうしてこんなものを持っていたんだ?」
「さぁ? それについてはまた調べてあげるけど‥‥その時の女の子、やけにお金持ちっぽい服を着ていたし、何か<支配欲>の領地の中でも高い地位に立っている娘なのかもね。もしかしたら、水晶の中にその魔王の魔力? があったのと、<支配欲>の悪魔が人間界に攻め入ろうとしていることの間には、何か関係があるかも‥‥ね?」
そうだ。そもそも悪魔たちが強い力を持っているにも関わらず、人間界にやってこないのは、”契約”等の複雑な手段が必要な為だ。それでも攻め入ろうとしているということは、何か策があるはず。
「そういえば、ディアベル。お前の持っているその”地獄と人間界を行き来する力”は、元からお前が持っている力なのか?」
「ふぅむ‥‥‥違いますね」
「そうなのか? なら、どうやって‥‥‥」
わたしがそう聞こうとすると、ディアベルははぐらかすようにわたしが言い切るよりも前に言葉を発した。
「ミリア様。焦らなくとも、この後すぐに分かりますよ。さぁて、中々興味深い情報も手に入りましたし、そろそろお帰りになりますか? ワタクシが送ってあげますよ」
ディアベルはアーデウスに別れも告げず、わたしたちを連れて部屋から出ようとした。
しかし、それを見たアーデウスが焦ったように呼び止める。
「ま、待って! ディア、もう帰っちゃうの? ねぇ、今夜空いてない? 私の”穴”なら空いてるけど」
アーデウスはディアベルの腕を掴み、わざと自身の体に押し当て、吐息混じりでそう囁いた。
しかし、ディアベルは一切動じず、真顔で返答した。
「いえ、ワタクシはこの後ミリア様たちを送らなければならないので、また情報が必要な時にでも来ますよ」
「本当‥‥? 別に、情報じゃなくて私が欲しい時に来たら‥‥‥」
アーデウスは指をいじりながら、もじもじと何か言おうとした。しかし‥‥‥
「では、参りましょう」
「あぁ、待ってよ! ‥‥もう! ディアの‥‥バカ‥‥」
そうしてわたしたちはディアベルに送迎してもらいながら、地獄の中でも比較的静かな場所にやってきた。
ディアベルが言うには、彼女の地獄と人間界を行き来する能力は確かに便利だが、仮に自分以外の悪魔が間違ってその能力で開けた穴を通ってしまうと色々と面倒なので、地獄から人間界に行く時は人目の無い場所を選ばなければいけないらしい。
「アーデウスさんとディアベルさんってすっごく仲良しだね。二人共私たちみたいに、大親友なの?」
大親友? いつの間にか進化していた‥‥‥
というより、アーデウスがディアベルに抱いている感情は、明らかに友情とは違うもののようだったが、まぁいいか。
「えぇ、一応は、”友人”ですよ。彼女は非常に、扱いやすいですからね」
意味ありげに笑みを浮かべながらそう言うディアベルに、リーベルは首を傾げた。
「では、早速人間界に戻りましょうか。大丈夫ではあると思いますが‥‥くれぐれも、死なないように」
ディアベルは意味深な顔でそう言うと、人間界に繋がる穴を開けた。そして、地獄にやってきた時と同様に、その穴に入ると‥‥‥
=天界の矢=
人間界に戻った瞬間、大量の矢が降り注いだ。
咄嗟に触手を使って、わたし含め全員を矢から守る。
そして、触手に刺さった矢を振り払う。
突然のことに驚きつつも、状況を把握する為に矢が降って来た方向に目を向ける。
そこには、多くの部隊に分かれた天使の軍団がわたしたちを待っていたかのようにこちらを見ていた。
あれは、天使たち? それにあの紋章は、確か神罰隊の天使。まさか、この人間たちの街に来た時にディアベルが天使を一人殺したから、その報復に大勢でやって来たのか?
「警告する! 悪魔ども! 直ちに投降しろ! 貴様たちは天魔人条約を破り、無断で人間界に侵入したあげく、天使を一人殺害した! 規定に基づき、貴様たちを処刑する!」
神罰隊のリーダーらしき天使が遠くから大声でわたしたちにそう伝えた。
まずい。上級天使一人ぐらいなら問題ないが、相手は上級天使と下級天使合わせて少なくとも、三十はいる。逃げるか‥‥いや、逃げ切れるのか? リーベルもいる。あまり素早く逃げるのは不可能だ。なら、どこかに隠れてシリウスに転移魔法で逃がしてもらうか? シリウスならわたしの考えを察してくれるはずだ。
「はぁ‥‥やはり、熾天使は無し‥‥ですか」
逃げるという選択肢で頭を埋め尽くしていたわたしと違い、ディアベルはただ残念そうにそう吐き捨てた。
「ミリア様、先ほどワタクシにこの”地獄と人間界を行き来する力”に関して質問しましたね」
「‥‥? あぁ、それがどうした? そんなことより今は‥‥‥」
「実は、この力はワタクシが”魔王”様から授かったものなのです」
ディアベルの口から突然その名が出てくる。
その瞬間、頭の中にあった様々な作戦がそのたった一つの名だけでむちゃくちゃにされ、真っ白になった。
逃げるという考えよりも、今はその名についてしか考えられなくなると同時に、これまで随所に隠されていた違和感が思い起こされながら紐解かれていく。
初めに会った時、何故ディアベルはわたしを魔王だと勘違いしたのか?
アーデウスはわたしを見て、どうして魔王の魔法を扱えるのか? とは聞いてきたが、それでもわたしを魔王とは勘違いしなかった。
これは、既に魔王が死んでいるという前提知識を基に導き出される考えであり、魔王がいたという実感が薄いからこそのもの。
しかし、ディアベルはわたしを魔王だと勘違いした。それはまるで、この魔法を見た瞬間、記憶の中の魔王という存在が浮かび上がってくるかのように、直感的に発せられたものだった。魔王という存在が馴染み深いからこそ、かつての旧友と出会ったかのような反応をした。
これはただの憶測かもしれない。だからこそ、この違和感は確信に至らなかった。しかし、たった今のディアベルの発言により、それが確信へと変わったのだ。
そんな時、奇妙な考えが頭の中に浮かんできた。
「まさか、お前‥‥‥」
「ふふっ」
ディアベルは何かを察したわたしを見ながら不敵な笑みを浮かべる。
次の瞬間、ディアベルは地獄の穴を開き、中から鎌を取り出した。
「貴様ら!! これ以上抵抗すると言うのなら、こちらから‥‥‥」
「先ほどから、ベラベラとうるさいですねぇ」
「何だ! 供述なら、天界で行われる裁判で言ってもらおう」
リーダー格らしき天使の冗談に、周りの天使たちが笑い出す。
それを遠くで見ていたディアベルも笑う。しかし、そのくだらない冗談に笑ったのではなかったのだと、その死者を見るような目に書いてある。
「ご安心ください。”未熟な魔王”様。ワタクシがしっかりと、守ってあげましょう」
ディアベルはそう言い、鎌を構えた。すると、相手の不安を煽るような不自然な笑顔が、格好の獲物を見つけた捕食者の狂気的な笑顔に変わる。
「さぁ‥‥殺戮の時間です」




