1話:ゲガレつき
わたしの名前はミリア。巷では”ケガレつき”などと呼ばれているが、もちろん、しっかりとした名前がある。
だが、誰もわたしのことを名前では呼ばない。名前で呼んでくれるような冒険者仲間もいないし、仲間を作ろうとしても皆がわたしを”ケガレつき”と呼んで、勝手に離れていく。
だからいつも、わたしは独りだ。
この日もまた、一人でダンジョン探索をしていた。何故なら、それが一番稼げるからだ。
別にお金が欲しいわけではないが、あって困るものじゃない。老後のことも考えたら、今の内に貯めておいても損はしないだろう。
はっきり言って、わたしは強い。わたしが数少ない最高位冒険者の一人であることが、それを証明している。つまり、これは自信ではなく、事実なのだ。
だから、一人でも困らない。というか、困ったことがない。一人でダンジョンに入って、その中にいる数多の魔物たちを蹴散らしては、その素材を売って生計を立てる。それがわたしの日常だ。
しかし、ダンジョンというものは長く、わたしがいつも活動している階層に着くのも一苦労だ。だから、その途中でよく他の冒険者パーティと出会う。もちろん、知り合いではないし、話し掛ける理由も話題も無いから、何も起きない。向こうから勝手に噂されてるだけだ。
それに、浅い階層には興味が無い。そして浅い階層にいる奴らは特に問題も無い。だが、問題があるのは、ある程度進んだ先に着く中階層だ。ここには、よく自身の実力を見誤った冒険者がいる。
本来であればもっと浅い階層でコツコツと頑張るべきだが、もっとお金が欲しいのか、より深い階層に進むのだ。確かに浅い階層の魔物は弱い上に少ない。それでも一般の職業と比べたら十分に稼げる。にも関わらず、一攫千金を狙う者は少なくない。
今回は偶々だ。本当に偶々わたしがその場にいたから、その無謀な冒険者パーティを助けられた。そして今、わたしはその冒険者パーティに付き添いながら冒険者ギルドに戻ったところだ。
「は!? どうしてこんなに少ないんだよ! ミノタウロスだぞ!!」
わたしが助けた冒険者パーティの一人である剣士が、受付嬢にそう言い放った。
少ない金貨を握りしめながら、どうやら報酬の少なさに不満があるようだ。
「今回は”魔石”分の報酬がありませんので、報酬はそちらで以上になります」
「は、はぁ?」
受付嬢の説明にも納得せず、その剣士は依然として不満そうだった。
剣士は怒りで震える手で報酬を握りしめながら、わたしの目の前に立った。すると、物凄い形相をわたしに向けてくる。
「何だ」
剣士はわたしの目の前に手を差し出すと、手を開いてその中に握りしめられていた金貨を見せた。
「はぁ‥‥別に、分け前は要らない」
わたしは分け前を拒んだ。その剣士の様子から、その冒険者パーティはダンジョンへ向かうのに多くの準備をしていたことが見て取れた。もちろん、相当お金が掛かったのだろう。だから、善意で拒んであげた。だが、剣士はそんなわたしの善意をきっぱりと切り捨てた。
「たったこれっぽっちだ」
「はぁ‥‥」
これから何を言われるのか分かってしまい、溜息を零した。
「お前‥‥”ケガレつき”だろ」
わたしは剣士の話を淡々と聞くことにする。
「俺たちを助けたつもりかよ。お前‥‥‥俺の魔石盗んだだろ」
予想外の憶測に度肝を抜かれる。
魔石を盗んだ? そんなわけない。だが、確かに魔石は無くなっていた。それは事実だ。
これには少し訳がある。実は、わたしが殺した魔物からは何故か魔石が落ちないのだ。
冒険者の稼ぎの殆どは魔石。そんなことは冒険者なら誰でも知っていることだ。そして、魔物であれば例外なくその魔石を持っている。
にも関わらず、不思議とわたしが殺した魔物はその魔石を持っていない。もちろん、わたしが隠している訳でもない。
しかし、剣士はそんなこと露知らず、わたしを責め続けた。
「助けるフリをして、魔石を盗んだ。そして、この後こっそりとそれを売って報酬を自分だけのものにするんだろ! 何が”ケガレつき”だよ。ただの犯罪者じゃねぇか!!」
意味が分からない。どうしてそんな思考になるのか、そもそも助けられた分際でよくもそんなことが言える。
「お前。わたしが助けなかったら死んでたぞ」
「はぁ?」
「事実、そっちの重騎士は重傷だ。あと一歩で死んでた。もちろん、お前も間違いなく死んでただろう」
ミノタウロス。それは強敵だ。わたしであれば造作も無いが、普通の冒険者、それもこんな新米の勝てる相手じゃない。無残に殺されるのがオチだ。
しかし、剣士はわたしの言い分を無視して怒りをぶつけてきた。
「ふざけんな! 言い訳するんじゃねぇよ!」
「別に、わたしが魔石を盗んだかどうか関係なく、あのまま死にたかったのならどうでもいい」
こいつの態度がイラつくのは、まるで命よりもお金の方が大事だとでも言いたげだからだ。
お金を稼ごうという姿勢は構わない。ただ、その稼ぐという行為には常に死が付きまとっており、しかも自分だけではない。仲間の命にも、その死は付きまとっている。そういった状況の中で、冒険者は稼ぐという行為をしているにも関わらず、こいつにはその自覚が無い。
重騎士が死んでたら、お前が殺したも同然だ。
そう言える誰かが必要だ。
「こいつ!!!」
剣士はただの八つ当たりでしかない怒りを、拳に込めて握る。
「やめなよ!!!」
後ろにいた魔法使いの呼び止めも空しく、剣士の拳はわたしに振り下ろされる。もちろん、当たる義理は無いから避けようと思った。
「――――何事だ!」
しかし、その時一人の男性の声がこの場の全てを止めた。
その声がする方向に全ての視線が集まる。そこにいたのは、この冒険者ギルドの主、そうギルドマスターがいた。
「ギルマス‥‥‥」
ギルドマスターは剣士の怒りを鎮めると、わたしの方を見た。
「これはいったい何事だミリアくん」
普段は話しかけてこない癖に、軽々しくそう呼ばれると気に障る。とはいえ、わたしは事情を話した。剣士とそのパーティを助けたことや、魔石が無くなったことで剣士がわたしを犯人扱いして逆ギレしていることなど隅々まで話した。
ギルドマスターには以前わたしの事情を話していた。わたしが殺した魔物は何故か魔石を落さないと。そして、ギルドマスターもそれを理解していた。その上でわたしはこの冒険者ギルドの最高位冒険者として活動できているのだから、問題は無いと思っていた。
「そうなのかね」
ギルドマスターは剣士にそう問い掛けた。
「違います」
しかし、剣士は否定した。
この期に及んでわたしを犯人扱いしたいのかと、少し呆れる程だったが、流石にこの剣士の言うことをギルドマスターは信じないだろうと思った。
「そうかそうか‥‥‥またかね、ミリアくん」
――――は?
まるでわたしを常習犯かのように扱うギルドマスターの目が理解できない。
「待て、前に話したはずだ。わたしが殺した魔物は何故か魔石を落さないって」
「だがね~ミリアくん。そんなことがあり得るのかね」
このギルドマスターは何を言っているんだ?
「魔石が無くなる。そんなことはあり得ない。もし、魔石を持っていない魔物がいるのだとしたら、まだキミの運が悪いだけかもしれない。だが、今まで魔石を持っていない魔物などいなかった。それが真実だ、ミリアくん」
ギルドマスターは不敵な笑みを浮かべた。
「キミ、魔石を盗んで闇市場に流しているだろう?」
それが、ギルドマスターの考えだった。
もちろん、そんな事実は存在しない。加えて、証拠もない。にも関わらずギルドマスターはその考えを突き通した。
「困るんだよぉミリアくん。キミが闇市場になんか魔石を流すから、本来の市場が乱れてしまう。それがいったいどれだけの被害を生むのか、キミは考えたことがあるのかい? 無いだろう、だって‥‥”ケガレつき”なのだから!」
わたしの弁明を聞くことすらせず、ギルドマスターはその場にいた全員に聞こえるようにそう言い放つ。
「いいか! キミは犯罪者だ! そのケガレた魔法と同じ様に、キミ自身もケガレている。邪魔なんだよぉ~。皆がどうしてキミが最高位冒険者なのかを疑っている。もちろん、私も心配だ! どうしてキミなんかが最高位冒険者になれたのか‥‥分からないが、どうせ不正をしたんだろう?」
冒険者の昇格試験を担当するのはギルドマスターだ。わたしが不正をしているのだとしたら、とっくに気付いていたはずだ。だから、今こいつが嘘をついているのが分かる。
だが、無理だ。ギルド内がざわついている。そのどれもがわたしを悪く言うものばかりだった。
ギルドマスターは嘘をついている。だが、誰もそれを信じてやまない。何故なら、誰もわたしを信じていないからだ。
その機を待っていたのか、ギルドマスターは畳み掛けるようにわたしにとある言葉を言い放った。
「追放だ」
それが、ギルドマスターの出した答えだった。
「キミを冒険者ギルドから追放する。ここだけじゃない、全国の冒険者ギルドからだ。もう二度と、キミが冒険者になることはできない」
トントン拍子に襲ってくる理不尽さに言葉が出ない。出るのは溜息だけだ。
理不尽というのは、利己的な思考から生み出される無責任だ。
この意味の分からないことを言うギルドマスターの考えを理解することはできないが、察することはできる。単に、魔石を持ってこない癖に高額なクエスト報酬金だけ持っていくわたしが気に入らないのだろう。
なら、もうここにいる必要は無い。いや、誰もわたしを必要としていないから、わたしがいたところで意味が無い。それが答えだった。
別れを告げる相手もいないまま、わたしは冒険者ギルドを出た。ふと、後ろを振り返るとニタニタと笑うギルドマスターがいた。
そんなにお金が大事なのなら、もういい。
「全員死ね」
と言葉には出さず口だけを動かした。