18話:<淫欲>の悪魔
ディアベルの言う”情報屋”に会うために、わたしたちはディアベルに連れられて地獄のとある場所にやってきた。
目の前には、キラキラと輝き、テーマパークにも見える建物がどっしりと構えている。
「わぁ~、おっきなお城みたい」
リーベルはその建物と同じ様なキラキラとした目で言った。
お城‥‥お城? いや、まぁ確かにそうも見えるけど‥‥本物のお城を知っているからこそ、断言できる。
この建物はいくら何でもキラキラし過ぎだ。というか、部屋数的にも宿屋‥‥? みたいだし、いや、別に来たことはないけど‥‥‥
「どうしたのですか?」
「ここってお泊りするところ? いん‥よく? の悪魔さんは宿を経営しているの?」
リーベルは純粋な目でそう問いかけた。
「あら、どうやらリーベル様は綺麗な心をお持ちなようですね。ところで‥‥ミリア様? 先ほどから落ち着きがないようですが‥‥どうかなされましたか?」
「いや‥‥別に‥‥」
「もしかして‥‥男、なんですか?」
ディアベルは裏切者を洗い出すかのようにわたしを睨んだ。
リーベルの時もそうだったが、どうして男と勘違いされるんだ?
やっぱり、色々と小さいからだろうか‥‥と少し胸の方に目を向ける。‥‥いや! 違う。きっとディアベルはわたしをからかってるだけだ。
「ミリアは女の子だよ? 私、裸見たことあるもん。プニプニでかわいいんだよぉ~」
リーベルは救いの手を差し伸べるかのように言った。
余計な一言を添えて。
「あらあら‥‥ふふっ、なら大丈夫です。そういうことなら、むしろ彼女とも気が合うでしょう」
いや、一緒にお風呂入っただけだろ。というか、そんな感想を抱かれていたなんて‥‥‥。
はぁ、待て待て。わたし、少し動揺し過ぎだ。相手は悪魔。心で負けたら、その隙をつかれてしまう。
ひとまず深呼吸をして、心を落ち着かせる。その後、意を決してその建物の中に入った。
建物の中に入ると、中には大勢の女性悪魔たちが順番待ちをしているのか、そこら中で立ったり、談笑したりしていた。
カウンターに座っている女性悪魔に話しかけ、<淫欲>の悪魔と会えないか試してみることにした。
「あの‥‥‥」
「”泊まり”ですか、それとも、”休憩”ですか?」
え? いや、どちらも大して意味変わらない気が‥‥‥
「えっと、その‥‥‥」
「初めてでしたら、こちらの書類に記入をお願いします」
そう言ってカウンターの悪魔は書類を渡してきた。
女性証明書? 何をどうやって証明するんだ? 身分証明書か何か持っていただろうか‥‥‥
わたしが服のポケットから何か身分を証明できるようなものを隅々探していると、突然ディアベルが横から割って入り、カウンターの悪魔に話しかけた。
「アーデウスに会いに来ました」
「アーデウス様は只今出かけておりまぁ~す」
かなり態度が悪い。
先ほどから自分の爪ばかりをいじっていてまともに会話する気がないのだろうか?
ディアベルが話しかけていることにも気づかず、カウンターの悪魔は適当な態度を貫いた。
「はぁ‥‥アーデウスに会いに来たのですが?」
「あのぉ~、だからぁ~、アーデウス様は現在おりません。迷惑なので帰ってもらっても‥‥‥」
カウンターの悪魔が追い払おうとディアベルの顔を見た瞬間、一気に顔が青ざめる。
そして、先ほどまでの態度を後悔することになった。
「もし‥‥その無礼な態度が、ワタクシを業魔だと知ってのものなら、身の程を知りなさい。‥‥更に堕としてあげましょうか?」
ディアベルは鋭い爪でカウンターを引っ掻いて嫌な音を立てながら、相手の目を瞳孔の中まで見えてしまいそうな程の至近距離でじっくりと見つめて、そう言い放った。
「も、申し訳ありません! 今すぐお通しします!!」
「あら~、聞き分けのいい悪魔は嫌いではありませんよ」
カウンターの悪魔は焦って、後ろに掛けてある鍵の中から、ひと際豪華な鍵を渡した。
「では、参りましょうか」
ディアベルはその鍵を受け取ると、鍵をクルクルと回しながら奥に進んだ。
わたしたちもそれに付いていく。
廊下を進んでいくと、部屋の中から何やら声が聞こえてくるが、あまり聞きたくもないから、耳を塞ぐ。
その声が何なのかは無視するにしても、こんなのリーベルが聞いたら悪影響だ。というわけで、触手を出してリーベルの耳も塞ぎながら進むことにした。
「どうやらミリア様はこういった場所が苦手なようですね」
「苦手も何も、普通に嫌だろ‥‥‥というか、お前はよくここに来るのか? そういうタイプには見えないが‥‥‥」
「まぁ、ワタクシもここに来るのは恐らく‥‥十六年振りでしょうか。別に興味は無いので、情報が必要な時以外はワタクシも来ませんよ」
更に廊下を進んでいき、一つの部屋に辿り着くと、ディアベルはその部屋の前で立ち止まった。つまりは、この部屋の中にその”情報屋”がいるということか。
ディアベルが部屋の扉を開けると‥‥‥
「アーデウス様ぁ!! もっと、もっとぉ!!」
バンッ!!
何かよく分からない声が聞こえた瞬間、ディアベルは勢いよく扉を閉めた。
「ふ~む‥‥少し、お待ちください」
ディアベルは少し悩んで、わたしたちを扉の前で待たせると、一足先に部屋の中に入って行った。
すると、部屋の中から微かに声が聞こえてくる。
「嘘!? ディア!? 来てたの? あぁん、もう! そうならそうと早く言ってよ。ほら、あんたはもう終わりよ。ただでさえ安くしてやってるんだから」
その時、部屋の中からタオル一枚だけで体を隠した女性悪魔が焦った様子で飛び出して、そのままわたしたちを横切って突き進んでいった。
「今日は‥‥どうしたの? ディア~、もしかして‥‥”犯り”にきたの? 私を‥‥‥?」
「違いますよ。これ以上冗談を言うようなら、”殺り”ますよ? いいから、服を着てください。今日はお客様がいるのです」
「はいは~い、分かったわよ‥‥‥ねぇ、本当に違うの?」
「早く、しなさい」
ガサゴソと服を着るような音がし、暫くした後、ディアベルが部屋の中から出てきて、わたしたちを部屋の中に招き入れた。
部屋の中に入った瞬間、強い匂いが鼻を刺激する。臭いというわけではないが、単純に匂いきつい。
「はぁ‥‥もう少し、このきつい匂いをどうにかしてください」
わたしたちがその酔ってしまいそうな匂いに鼻をつまんでいると、ディアベルはそれを察したのか、ベッドの上に座っている悪魔にそう頼んだ。
「もう~、この方が興奮! するのに~。まぁでも、ディアが言うなら‥‥いいよ?」
その悪魔がそう言うと、ディアベルは「ちっ」と軽く舌打ちをした。
その悪魔は窓を開け、匂いを外に逃がした。そもそも、アロマスタンド等無しでこの匂いをどうやって出していたのだろうか? もしかして、これがこの悪魔の能力?
いや、それよりも‥‥際どい服装に、薄ピンクの髪と目。それにこの酔いそうな匂い‥‥こいつが、<淫欲>の悪魔アーデウス。
「へぇ~、これがお客さん‥‥ね」
アーデウスはわたしたちをじっくりと観察した。何やら視線がいやらしい気がするのは気のせいだろうか‥‥‥
「黒髪のロリっ子に、白金髪のエルフ少女ちゃん。体のバランスも悪くない‥‥どう? お二人さん。”映画”を撮らない? 今なら私が監督をしてあげるわよ?」
映画って‥‥そんな技術、王都じゃないと中々お目にできないのに。地獄にもあるのか。
「”なんの”映画かは知らないが‥‥お断りする」
とは言ってもきっぱりと断る。
「なんでぇ、ミリア。映画だよ、楽しそう!」
アーデウスとかいう悪魔が何を考えているのかは、想像したくもない。とにかくダメなものはダメだ。
流されるな、わたし。こいつはきっとわたしたちをからかってるんだ。関係ないことは無視して、早く情報を聞き出すんだ。
「ん”ん”!! わたしたちはそんなことをしにきたんじゃない」
咳払いをして、本来の話に戻す。
「んん~、気が強い系のロリちゃんなのねぇ。いいわよぉ、嫌いじゃない。”映画”が嫌なら‥‥そっちのエルフちゃんと一緒に”三人”でしてもいいのよ‥‥?」
アーデウスがわたしの耳元でそう囁いた瞬間、わたしを制御していた何かが完全に切れ、感情に任せた触手でアーデウスの手足を縛り壁に叩きつけた。
ドォン!!
「わぁ~お、激しいのね」
壁に貼り付けられたアーデウスはいい獲物を見つけたかのように舌なめずりをしながらそう言った。
「リーベルを巻き込むな。もし、次ふざけたことを言うのなら、今度はお前の腹を引き裂いて、臓物全部引き抜く」
「ミリア‥‥?」
酷く怒っているわたしの腕をリーベルが優しく掴んだ。その瞬間、怒りが静まり、冷静さを取り戻す。まだ感情は収まっていないが、頭を振って無理やり落ち着かせた。
そんなわたしたちを見て、アーデウスは不敵な笑みを浮かべている。
「ふぅん‥‥そういう感じなのねぇ。ますます気に入っちゃった」
その様子を横で見ていたディアベルが場を収める為に手を二回叩いて視線を集める。
「アウス。いい加減にしなさい。これ以上続けるつもりなら、ワタクシはもうあなたを”情報屋”として使いませんが‥‥それでもいいのなら、どうぞ続けてください」
ディアベルがアーデウスを突き放すように言い捨てた瞬間、アーデウスの顔色が変わる。
顔を青くすると、わたしの触手に貼り付けられたまま焦ったように暴れ出した。
「あぁ! 嫌、嫌よ! お願い、ディア! 失望しないで。もうしない、もうしないから。だから、お願いだから、せめて”友人”でいて、お願いよぉ!!」
必死に訴えかけるアーデウスにディアベルは溜息をつくと、わたしの方を見て軽く会釈をした。
「‥‥はぁ、申し訳ありませんミリア様。彼女もこのように反省していますので、魔法を解いて頂けますか?」
「‥‥あぁ、分かった」
魔法を解いた後、アーデウスは先ほどとは異なり、小さく腰を丸めながらディアベルの腕に抱きついた。
どうやら彼女はディアベルに対して異常なまでの執着があるらしく、ディアベルの言う事には従順なようだ。
アーデウスは暫くディアベルに泣きついていたが、ディアベルはそんな彼女を完全に無視し、無理やり泣き止ませた。
「これでようやく落ち着いて情報が聞けますね。では、ミリア様、どうぞ」
「グスッ‥‥グスッ‥‥」
これで、ようやく話が聞ける‥‥つ、疲れた。




