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17話:地獄

 ――――地獄

 それは、生前罪を犯した者が堕ちる、死後の世界。

 罪を犯したことによってケガレた魂が集まるその場所では、魂が流転する為に、罰を与えることで魂を浄化し続けている。

 こうして輪廻を繰り返し、生命は新たに生まれ変わるのだ。


 しかし、中には地獄の罰ですら浄化し切れない程にケガレた魂を持つ者たちがいる。

 その者たちは、地獄に堕ちても尚、己が欲に従い罪を繰り返す。すると、魂は浄化されることなく生命の輪廻が崩れてしまう。

 それを危惧した神は、その者たちに新たな道を指示した。

 それは本来、地獄に生きる罪の化身たちの名だが、新たに輪廻から外れた者たちのことを指すようにもなった。


 そうして罪人は――――悪魔となった。


【神話:地獄に生きる者たちより】




 * * *




「では、参りましょうか‥‥地獄へ」

「ちょ、ちょっと待て! 地獄へって、まさかそこで‥‥‥」

「えぇ、そうですよ? その四魔将である悪魔を探すのであれば、悪魔がいる場所に行くのが、最も効率的でしょう?」


 さも当然のように言うディアベルに少し焦るが、言っていることは正しかった。


「ミリア‥‥私、死んじゃうの?」


 いや、死なないが‥‥ディアベルには地獄と人間界を行き来する能力があるみたいだし、それを使えば生きたまま地獄へ行くことも可能かもしれない。

 だが‥‥問題は、わたしたちが地獄でまともに生きていられるのかだ。

 そもそも、悪魔は魔王からの支配を逃れた数少ない種族の一つでもある。単純な強さで言えば、天使とも並ぶだろう。

 そんなやつらがいる場所に乗り込むこと自体危険な上に、人間とエルフであるわたしたちが地獄の自然環境に適応できるのかも分からない。


「ふ~む‥‥どうやらお悩みのようですが、恐らくそのような必要は無いと思いますよ? 別に地獄はミリア様が思っている程、過酷な場所でございません」

「そう‥‥なのか?」

「えぇ、それに‥‥並大抵の悪魔では、ミリア様に手出ししようなどとは考えませんよ」


 ディアベルは不敵な笑みを浮かべながら、そう言った。

 そして、ディアベルはわたしたちの決断を待たずして地獄に繋がる穴を開く。


「さぁさぁ、悩んでいては何も始まりませんよ」


 そう言いながらディアベルはわたしたちの背中を押して無理やり穴の中に入れた。

 穴に入った瞬間、時空の狭間に迷い込んでしまったかのように強い吐き気を催す‥‥かと思ったが、そんなことはなく普通に扉を通り抜けるように、気付けば場所が移り変わっていた。


 夜で暗かった空から一変して、強い光が目を刺激する。

 暫く目を開くこともままならなかったが、次第に目が慣れ、恐る恐る目を開けると‥‥‥


「わぁ~!! すごぉ~い!!!」

「‥‥あ‥‥こ、ここが‥‥地獄?」


 わたしが予想していたような、マグマが吹き上がり、岩々に囲まれ、恐ろしい悪魔たちが罪人を罰しているような光景とは異なっていた。

 そこには、整備された道に、モダンな家々、そして機能性の高そうな服を着た悪魔たち。それは、王都に訪れたのかと勘違いしてしまうほどだった。


「あら、どうやらあまりの驚きに口を閉じることすら忘れてしまって、よだれが垂れてしまう程のようですね」


 な!? わたしそんなはしたないことを‥‥ん? いや‥‥はぁ、リーベル‥‥‥

 リーベルの方に目を向けると、そこには光景に見惚れてよだれを垂らしているリーベルがいた。


「ほら、口をこっちに向けて」

「え? ちゅーするの?」

「するわけないでしょ」


 リーベルの口から垂れているよだれを持っていたハンカチで拭うと、リーベルはわたしに笑顔を向けた。

 そんなリーベルを見ていると、まるで子どもの世話をしている母親の気分だ。


「それで、ここは本当に地獄なのか?」

「えぇ、そうですよ。ここは地獄です。恐らくですが、もっと恐ろしい場所を予想していたのでは? もちろん、そういった場所もあります。罪人に罰を与えることを本業にしている悪魔もいますからね」

「本業? ということは、別のことをして暮らしている悪魔もいるのか?」

「何か勘違いしているのかもしれませんが、悪魔も元を辿れば人間。あなたたちとそう変わりない生活をしている者たちの方が多いですよ。ですが、どれも元が罪人なので‥‥‥」


 ディアベルは横目で遠くを見た。

 わたしもその方向を見ると、そこには鈍器を構えながら走って来る悪魔がいる。


「おらぁ!! 何が業魔よ! 死ねぇぇぇぇ!!!」


 その悪魔が鈍器をディアベルに振り下ろそうとした瞬間‥‥


 バシッ!!


 ディアベルはその悪魔の頭を鷲掴みにし、そのまま地面に叩きつけた。

 地面に倒れた悪魔の顔を足で踏みつけると、ディアベルは呆れたように溜息をついた。


「まぁ、このように治安はあまりよくありません‥‥が!」


 ディアベルは足に力を入れて、グシャッ!! と、踏み潰す。


 うわぁ‥‥はぁ、やっぱり来るべきじゃなかったかも‥‥‥


「さて、行きましょうか」

「あれ‥‥大丈夫なのか?」

「えぇ、地獄は死者の場ですよ? であれば地獄で死ぬことはできません。見ていてください、どうせすぐ起きますよ」


 ディアベルがそう言うと、確かにその悪魔は体を起こし、「今回もダメだった」と深く溜息をついてどこかに行ってしまった。


 その後、ディアベルはわたしたちを連れて街を歩いた。

 すぐにどこかに行ってしまいそうなリーベルの手を握りながら、ディアベルに付いていく。

 愉快そうに鼻歌を歌いながら移動するリーベルを横目に、わたしはあまり楽しい気分ではない。


「あら、リーベル様は随分と楽しそうですね」

「うん! 何だか地獄って怖い場所かと思ってたけど、全然そんなことないし、みんな楽しそう」

「ふふっ、ワタクシも同意見ですよ。同じ”ベル”が付く者同士、仲良くなれそうですね」


 リーベルのこの何でも受け入れられる性格は羨ましいが、今回に関してはわたしが間違っているとは思いたくない。流石に、ここはそんなに楽しいところではないだろ‥‥‥


 そんなリーベルに少し戸惑いながらも、ふと疑問が浮かんでくる。


「今気付いたんだが‥‥ここが死者の場なら、死んだ魔王がいるんじゃないか?」


 もし魔王が地獄にいるのだとしたら、物凄く簡単な話になる。何故なら、地獄にいる魔王を見つけて、このディアベルの力で人間界に連れて来ればそれで終いだ。


 わたしのごく自然な疑問に対してディアベルは少し笑いを零した。


「ふふっ。もし本当にそれが可能なら、とっくにそうしているでしょうね」


 何だろう。ディアベルに思考を読む力はないと思うが、わたしの考えを見透かされた気がする。


「‥‥どうして無理なんだ」


 ちょっと尖った声でそう言った。


「魔王様が人間ではないからですよ」

「どういう意味だ?」

「そのままの意味です。地獄はそもそも人間、もしくはそれに類ずる種族が堕ちる場所です。それ以外の虫や雑草などがいちいち地獄に堕ちて罰を受けていては‥‥ふふっ、切りがありませんからね」


 人間に類ずる種族というのは‥‥恐らく、エルフや獣人のような人間と特徴が近いもののことだと思うが‥‥何だか、こういうところでも種族間の差があるのか。そう思うと、やっぱり世界は不平等だな。


「ねぇねぇ! そんなよく分からない話じゃなくて、もっと面白い話しようよ!」


 相変わらずリーベルはこういう類の話が苦手なのか、無理やり話題を変えた。


「えぇ、もちろん。もっとワタクシに、その”計画”とやらを教えてくださいますか?」

「うん!」


 リーベルはディアベルとの会話が楽しくなったのか、わたしたちの計画について色々と話してしまった。既に計画の本質は言ってしまった以上、状況が変わることはない。

 とはいえ、意外にもディアベルは信用できるかもしれない。何故なら、彼女は悪魔であり、紛れもない”悪”だが、少なくともその悪を曲げるようなタイプでは無いように見えたからだ。もしかしたら、わたしもリーベルを見習ってもう少し彼女のことを信頼した方が良いのかもしれない。


「なるほど‥‥魔王の残滓、ですか。であれば、今向かっている場所で間違いはなさそうですね」

「そういえば、どこに向かってるんだ?」

「”情報屋”のいるところですよ」

「情報屋?」

「えぇ、<淫欲>の悪魔アーデウス。彼女は地獄のポルノ業界に精通しているので、そこから様々な情報を持っているのです」


 い、淫欲‥‥はぁ、既にあまり会いたくない‥‥‥


「い、いん‥よく? って何?」

「知らなくていい」

「まぁ、信用はできますので、安心してください。ワタクシと同じ”業魔”ですしね」


 業魔。その言葉がまた出てきた。

 ついさっき襲ってきた悪魔も、その言葉でディアベルを表していたが‥‥‥


「その業魔っていうのは何なんだ?」

「あぁ、業魔というのは、単純に力を持っている悪魔のことですよ。生前の業が特に深く、こうして死んだ後も、地獄で罪を犯し続ける。ワタクシもここに堕ちた時、”少し”、悪魔たちを殺してしまって、気付けばそう呼ばれるようになってしまいましたね」


 少し‥‥それは、本当に少しなのだろうか‥‥‥


「それで、そのアーデウス? って奴はこの地獄で何をしたんだ? あまり考えたくもないが‥‥‥」

「あぁ、それは彼女の”趣味”のせいで地獄にいる全てのサキュバスがレズになってしまっただけですよ」

「‥‥‥は?」

「あ、そんなことを話していたら着きましたよ。彼女の家? というより、まぁ”そういう”場所です。女性限定ですが、今回は問題無いですね」


 い、いや‥‥問題おおありだが‥‥‥

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