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16話:<殺欲>の悪魔

「この紋章は‥‥あぁ、この天使、神罰隊の天使ですか‥‥ということは、ワタクシを殺しに来た‥‥ふっ、だとしたら、ワタクシも舐められたものですね」


 血で先が赤く染まっている紫色の髪に、夜でも輝く赤色の瞳を持った女性は先ほど切り落とした天使の首を眺めながらそう呟いた。


 こいつ、突然現れて何を言ってるんだ。神罰隊? いや、そんなことより‥‥こいつ、間違いなく悪魔だ。

 まさか本当に現れるなんて‥‥。この悪魔、どこから出てきたんだ? 

 いや、待てよ? さっきの人間の男‥‥様子がおかしいと思ったが、まさかこいつに憑りつかれてたのか?


「さて――――」


 その瞬間、緊張が走る。

 まずい、こいつ間違いなく別格だ!


「――――お久しぶりです、魔王様」


 わたしの緊張とは裏腹にその女性の姿をした悪魔は礼儀正しくお辞儀をした。


「‥‥‥は?」


 ま、魔王?


「あら? 違うのですか? その闇魔法、それに恐怖を逆なでるようなこの力! てっきり、魔王様だと思ったのですが‥‥‥」


 その悪魔は何を勘違いしているのか、わたしを魔王だと思っていた。


「ま、待て待て! わたしは魔王じゃないし、悪魔でもない。ただの人間だ」


 うっかり人間なんて言ってしまったが、良かったのだろうか?

 何故かは分からないが、こいつはわたしに敵対していない。だが、もしそれがわたしの魔力を見て魔王だと勘違いしてのことなら、人間と名乗るのはまずいんじゃ‥‥‥


「はぁ‥‥勘違いでしょうか。まぁ、いいでしょう」


 その悪魔は残念そうに溜息をついた。


「その前に‥‥わたしを殺さないのか?」

「何故ですか? このような興味深い魔法を見せて頂いたのに‥‥”もったいない”でしょう?」


 嘘‥‥ではないみたいだが、まだリーベルに危害を与えるかもしれないし、油断できない。


「ミリア‥‥大丈夫?」


 その時、後ろで隠れていたリーベルが顔を出した。


「リーベル! まだ出て来るな!」

「あら‥‥?」


 わたしの警告も空しく、その悪魔はわたしが目を逸らした一瞬で隠れていたリーベルの背後に移動した。


「え!?」

「これは‥‥また珍しい。エルフに会えるとは」


 =紛争の影=


「これは‥‥何でしょうか」


 触手を尖らせ、その悪魔の首元に突き付ける。


「リーベルに少しでも触れてみろ。わたしの影がお前の首を切り裂く」


 悪魔は一切怖気づくことなく、わたしの触手に優しく触れてどかした。


「ふふっ、まさか。そんなことしませんよ。ワタクシは”人”を殺すのが好きなんです。それ以外には興味ありませんよ。はぁ、どうすれば信頼してもらえるのでしょうか‥‥”契約”でもしますか?」


 悪魔はわたしの前に立つと、手を差し出した。


「わたしたちに危害を加えないと、契約するか?」

「えぇ。元より、そんなつもりはありませんが」


 わたしが悪魔の手を取ろうとした時、リーベルが口を挟む。


「ミリア! ‥‥やめた方がいいかも」


 その声を聞いた瞬間、我に返ったように伸ばしていた手を引っ込めた。


「‥‥はっ、わたしは何を‥‥悪魔と契約しようとするなんて」


 思考でも操ったのか? と思い、警戒の意味も込めてその悪魔を強く睨む。


「あらあら、そんな風にワタクシを見られても、別にあなたを操ったりなどはしていませんよ。それほど、あちらのエルフが大事なのですね」

「‥‥まぁいい。ひとまずは、お前を信用する。ひとまずは‥‥だ」


 とにかく、確かに敵意は無いようだ。

 だとしたら、このままわたしが敵意を剥き出しにする方が危険だ。


「感謝します。魔王様‥‥あら、間違えてしまいました。ミリア様、でよろしいですね」


 とりあえず、信用していると思わせれば何か進展もあるだろう。

 だが、気を抜いてはならない。相手は悪魔だ。いつ何時だって、裏切られる可能性を頭の中に入れておいた方がいい。


「さて‥‥魔王様、でないのであれば、自己紹介が必要ですね。ワタクシの名はディアベル。もう分かっているでしょうが、悪魔です」


 ディアベルは丁寧にお辞儀をすると、顔を下にしたまま目をこちらに向けた。


「さぁ! 後片付けをしましょう。すこぉ~し‥‥汚れてしまいましたからね」


 突然ディアベルは顔を上げて、恐怖すら感じるほどの笑顔を見せながらそう言った。

 そして、ディアベルが指を鳴らすと地面に何か穴? のようなものが開く。その中に鎌と殺した天使、そして憑りついていたであろう人間の男を落した。


「これは‥‥何だ?」


 地面に開いた穴を指差しながらディアベルに問い掛ける。


「あぁ、これですか? これはまぁ‥‥地獄の門と言いますか‥‥まぁ、そのようなものです。ワタクシは地獄の門を開く権限を持っているので、いらないものは地獄に捨てて、鎌のような必要なものは、ワタクシの保管場所へ‥‥と、まぁいろいろと便利なので」

「地獄の門‥‥? もしかして、地獄に行けるのか?」

「えぇ、もちろん。‥‥何か、悪事でも働いたのですか? それとも、自殺願望でも? なら、ワタクシが送ってあげましょうか?」


 ディアベルは悪い顔をした。そう、悪魔みたいな悪い顔だ。


「いや、それはいい」

「ふふふ、冗談ですよ。別にわざわざ死ななくても、地獄へ行くことは可能ですよ」


 そうして、ディアベルはモップなどの様々な掃除道具を穴から取り出すと、”掃除”の続きを始めた。


「あぁ、死体の掃除は楽しいですね。見てください、この生首。自分が死んだことにすら気付いていませんよ」


 ルンルンと楽しそうにステップを刻みながら”掃除”をしているディアベルは、天使の生首を手に持って、共感でも求めているのか、わたしがよく見えるように掲げた。


「ワタクシの好みではありませんが、たまにはこういったのも悪くはありません。ですが‥‥天使は血が赤くないのが、”マイナス”ですね」


 いや、わたしに共感を求められても困る。別にわたしにそんな趣味はないし、これからもそんな趣味を持つ予定もない。

 そんなことより、この悪魔には色々と聞きたいことがある。せっかく悪魔に会えたのだから、知りえる情報は全て引き出さなければ。


「いくつか質問をしてもいいか?」

「えぇ、構いませんよ」


 ディアベルは地面に飛び散った血を掃除しながら返事した。


「まず、あの人間はお前が操ったのか?」

「はい、そうですよ。通常、悪魔はワタクシのようにここ”人間界”に立ち入ることはできませんが、方法はいくつかあります。契約、もしくは憑りつきです。今回はあの人間に憑りついて間接的に操ったのです」

「それであの人間はわたしたちを殺そうとしてきたのか?」

「えぇ、そういうことになりますね。あぁ、勘違いしないでくださいね。確かに操りはしましたが、あなたたちを狙ったというわけではありません。ワタクシは<殺欲>の悪魔。対象に憑りつくことで、対象者の殺人欲求を通常の何倍にまでも引き上げることができるのです。そうして狙ったのが偶然あなたたちだった、というだけです」

「どうしてそんなことするんだ?」

「どうして? ふふっ、おかしなことを聞きますね。それが、”悪魔”だから。これ以外にありえますか?」


 悪魔に理由を聞いても無駄か。別にそれが罪じゃないのなら、欲望のままに行動するのが、悪魔の本質ということか。


「‥‥まぁ、強いて言うのであれば、欲を抑えるのは苦しいでしょう?」


 納得していない様子のわたしに、ディアベルは話を付け加えた。


「全ての人間、いや、人間に限らずとも、全ての生命は”欲”がある。三大欲求に限らずとも、何かしら個人的に満たしたいものがあるはずです。ですが、誰もその欲を出そうとはしない。理性という蓋は、いずれその者を滅ぼしてしまう。そうは思いませんか?」

「いや、別に‥‥‥」


 興奮した様子のディアベルに冷たい返事をすると、ディアベルは少し寂しそうな顔をした。


「‥‥そうですか。まぁ、構いません。今回の人間も、密かに人を殺してみたいという欲求があったからこそ、ワタクシがその理性という蓋を取り外してあげたのです。つまり、ワタクシが救ってあげたということですね。ふふっ、地獄行きは変わりませんが」


 そう言ってディアベルは”掃除”を終えると、すぐそばにあったベンチに座り、足を組んで楽な姿勢を取った。


「では、他には?」

「他‥‥そうだ、さっき言っていた神罰隊っていうのは?」

「あぁ、ただのザコですよ」


 ディアベルは興味無さそうに言い捨てた。

 ‥‥え、もう終わり? あまり興味がなさそうだ。これ以上聞いても無駄か‥‥‥


「最後に、魔王軍幹部の”四魔将”について知ってるか?」

「‥‥‥」


 ディアベルの眉が少し動いた。どうやら、何か心当たりがあるらしい。なら、もう少し踏み込んでみるか。


「<四魔将>の中には、一人、悪魔がいるらしい。悪魔のお前なら何か知ってるんじゃないのか?」

「‥‥えぇ、そうですね。知っていますよ」

「そうか‥‥誰だ?」

「いえ、悪魔の中に四魔将がいたことは知っていますが、それが誰なのかは知りません」


 ‥‥仕方ない。500年も前なんだ。その情報はどこかのタイミングで消え去っていてもおかしくはない。


「ここで一つ。ワタクシからも質問させてください。何故、そのようなことを聞くのですか?」


 ‥‥来たか。少し踏み込み過ぎてしまった。

 この質問の回答を間違えると、かなり面倒臭くなる可能性が高い。それに、まだ完全に信用できない状態で、こちらの計画を全てさらけ出すのは流石に危険だ。


「魔王を復活させるんだよ!」


 わたしがどうにかこうにか安全な方法を考えていた最中、リーベルは辺りに漂っていた緊張感を一刀両断するかのごとく緊張感の一切ない声で堂々と答えた。


「リーベル‥‥!! あなたは本当に‥‥あぁ、もう! あなたのせいで色々と台無しよ! どうしてくれるの? わたしがあなたに危険が及ばないようにどれだけ考えたか‥‥それをあなたは‥‥‥」

「うぅ‥‥ごめんなさい、ミリア。うぅ、やめてぇ。ポコポコ叩かないでぇ。だって、ミリアがずーっとあの綺麗なお姉さんと喋ってるから、私も何か言わないとって‥‥‥」


 ‥‥あぁ、もう全部ダメだこりゃ。


「ふふっ」


 ディアベルはこれまでの笑いとは異なり、不意に笑い声が零れるように笑みを浮かべた。

 それに気が付くと、すぐに顔を戻した。


「魔王を復活させる‥‥えぇ、悪くありません。その計画にも興味がありますが、それ以上にワタクシを信頼して頂けたようで、何よりです。では、ワタクシもその<四魔将>を探すことに協力しましょうか?」


 あれ‥‥何故だか上手くいっている?


「協力って、具体的には?」

「それはもちろん‥‥地獄へ行きましょう」

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