エピローグ(中編)
「さてと、ケガレちゃんがいるとしたら十中八九あそこだろうね」
そう言って迷わず向かう‥‥というか、地獄の門を通った時点で目的地に着いていたみたい。
それで、わたしたちの目の前にはなんてことのない一軒家‥‥だけど、ここに住んでるのがなんてことのないやつじゃないってことをわたしは知っている。
「――あら、マオ様ではありませんか」
耳元で擽るような声が聞こえる。
それに体がぞくってしてそのまま膝から崩れ落ちてしまう。
‥‥は、は~、心臓が止まるかと思った。
振り返って背後に突然現れたその悪魔を見る。
「ディアベル、出掛けてたの?」
お母さんは慣れているのか、突然現れたディアベルに対しても平然としていた。
この悪魔はディアベル。ママとお母さんの旧友なんだけど‥‥正直かなり怖い。
昔は結構な悪だったらしい‥‥って今もじゃないの? と思うぐらいの悪人面をしている。いつでも相手を殺してしまいそうな眼光に震えてしまう。
「ふふっ、そこまで怖がられては‥‥‥」
ディアベルが耳元に口を近づけてくる。
「もっと怖がらせてしまいたくなりますね」
「ひぃ~っ!!!」
顔を離すと、ニコッと笑いかけてくるけれど、こ、怖いで~す!
「もー、ディアベル。あんまりマオちゃんを怖がらせちゃダメですの!」
「なんですかチビ。ただのジョークでしょう」
ロリちゃんのお叱りにもへらへらとした態度に呆れていると、お母さんが思い出したようにディアベルに尋ねる。
「そういえばディアベル。ミリアがどこにいるか知ってる?」
「ミリア様ですか? えぇ、知っていますよ」
「どこ?」
「ここです」
そう言って、ディアベルは自身の家を指差した。
「え? 中にいるの?」
「えぇ、います。たった今アウスと話をしているところだと思いますよ」
「そうだったんだ。‥‥はぁ、意外と早く見つかって良かった」
「しかしパーティとは。悪魔になる前は何度か行ったことがありましたが、悪魔になってからは初めてですね」
「え? ディアベルってパーティ行ったことあるの?」
「えぇ、パーティは良い物ですからね」
へぇ~、あのディアベルでもパーティを楽しむ一面があるんだ、なんてことを会話を聞きながら思っていると、
「少し聞こえの良い言葉を並べれば、簡単に連れ去れますから」
「‥‥‥あ、はは」
「ふふっ」
お母さんは笑っていたけれど、わたしはひょえ~と恐怖していた。
連れ去ると聞いて、普通の人なら「素敵な人を見つけて、二人でパーティを抜け出しちゃうなんてロマンティック!」とか思っちゃうかもしれないけれど、勘違いするんじゃない、相手はディアベルだぞ!
絶対に、連れ去るって‥‥‥こ、殺すって意味だよ! ひょえ~。
「ふふっ、此度のパーティは誰を連れ去ってしまいましょうかね~。ね~、マオ様?」
ねっとりとした声でそんなこと言わないでよ! しっかりと怖いじゃんか!
「もー、冗談はやめてディアベル。うちの子、そういうの本当に怖がっちゃうから」
「ふふっ、すみません」
お母さんが庇ってくれて一安心。
茶番みたいな会話も終わったあと、ディアベルが家の中に案内してくれる。そうして中に入ってリビングに着くと、そこにはママとこれまた顔見知りの悪魔がいた。
「ママぁ~!!!」
椅子に座っていたママの膝の上にダイブするみたいに抱き着く。
「マオ?」とわたしの頭を優しく撫でながら皆の方を見ると「やけに外が騒がしいと思ってたら、来てたのか」
「あら~、久しぶりね~マオちゃぁ~ん」
その時、なまめかしい声色でゆらゆらと近づいてくる悪魔が一人。
彼女の名前はアーデウス。先ほどのディアベルのお嫁さんなんだけど‥‥そう、お嫁さん。あのディアベルのお嫁さんということもあって、こっちも相当ヤバい。
アーデウスはわたしをママから引きはがすように抱き寄せると、耳元で訊いてくる。
「ね、マオちゃん」
「な、なに?」
「見なかった。夜に」
「なにを?」
「それはもう、あっついの」
「あっつい? 季節的にはもう寒いよ?」
「だ~か~ら~、ママとお母さんのい・と・な」
アーデウスが何かを言おうとしていた時、アーデウスの頭をポンッと何かが叩く。
「うきゅ」とアーデウスが頭を抑えながら見上げる。わたしも合わせて見上げると、ディアベルが立っていた。
そして、ママがアーデウスから取り戻すようにわたしを抱き寄せる。
「アーデウス。あんまり変なことを言うと、怒るぞ」
「はいは~い、ごめんなさいね~」
絶対に反省してないよこの悪魔! いや、悪魔だった。
皆で食卓を囲むように座って暫く他愛もない話で盛り上がった。
そうして時間がある程度過ぎたところで、お母さんがママに言う。
「そろそろじゃない?」
「ん? あぁ、もうこんな時間か。よし、マオ、そろそろ行くか」
「うん!」
わたしは自分の手を片方ずつママとお母さんの手に繋いで、次の目的地に向かう。
着いたのは大教会。
大教会の中に入ると、既におじい様とレイお姉ちゃんがいて、二人が座っていた椅子の隣にわたしたちは座る。昔は貴族とかは特等席が用意されてたみたいだけど、少し前からママの意向で全員同じ椅子に座るようになったんだって。でも、おじい様たちが前の席を取っておいてくれたおかげで前に座ることができた。
ところで、ここで何をするのかというと、魔力啓示の儀っていうやつをするの。
魔力啓示ってなんやね~んという話を簡単にすると、「あんたの魔力はこれで~す!」という発表会みたいなものだ。
幼い子どもが自由に魔力を使えちゃうと危ないからとかそういう小難しい話は知りませ~ん。
それで、そう‥‥ふふふっ、今日はわたしの十三歳の誕生日。子どもたちは十三歳になると魔力啓示の儀に参加することができるようになるのだー!
「楽しそうね、マオ」
ママが微笑みながら言う。
なんかさっきの口調が違うくない? と思うかもしれないが、今のママは完全に余所行きモードに入ってる。お母さんと会話してる時もたまにこんな感じになるけど。
「まぁね。わたしの魔力を見たら、皆、あっと驚いちゃうよ」
「そうね」
「もー、あんまりマオを甘やかさないで。いい? マオ。魔力が使えるようになったからって、やたらめったら使うのはダメだからね」
「ほぉ~い」
仕方ないじゃん、楽しみなんだから。
そういえばわたしが生まれた頃から、魔力啓示の儀を執り行うのが上級天使から熾天使に変わったらしいんだけど、今年は誰が担当してくれるのかな?
やっぱり、ロリちゃんか。ロリちゃんはランタノイド家、つまりわたしの家に加護を与えている熾天使だから、そのランタノイド家の領地であるこの大教会での魔力啓示の儀の担当は大抵ロリちゃんだったはずだし。
「今年もロリちゃんがしてくれるの?」
「う~ん? あたちは今年はしないですの」
「あれ? そうなの?」
「そうですの。たぶん、今頃王都の方でやってから‥‥って、誰がやるかは内緒ですの」
唇に指を添えてふふっと笑うロリちゃんに、むーっと不満を頬に詰め込んだ。
「さぁ、マオちゃんも来たことだし、そろそろ始まりますの」
「楽しみだね~。ボクは魔力啓示の儀を見たことなかったから、これが初めてだよ」
今さらだけど、なんでシリウスは普通にいるんだろ。まぁいっか。
そうして魔力啓示の儀が始まった。
神父が進行をしていって、暫くするとついにメインの魔力啓示の儀が始まる。
「それでは此度の魔力啓示の儀を執り行っていただく熾天使様をお呼びしたいと思います」
その言葉に壇上に天使が現れる。
あまりに神々しい姿に思わず見とれてしまう。そんな美しい天使は、なななんと!? グランシエルさんだ!
グランシエルさんは熾天使のトップ? リーダー的なやつらしい。そしてあのセレスちゃんのお母さんでもある。
相変わらず綺麗だな~、と思っていたらグランシエルさんのありがた~いお話は頭に入ってこず気付いたら終わっていて、いよいよ魔力啓示の儀が始まった。
十三歳になった子どもたちが一列に並んで、わたしもそれに並ぶんだけど、グランシエルさんを見てぼーっとしていたから一番最後になってしまった。
前の子たちが魔力啓示の儀を終えていくのを見ながらまだかな~、まだかな~と待つ。
そうしてようやくわたしの番が訪れた。
登壇してグランシエルさんの前に立つ。
「あら、マオさん」
「お久しぶりです、グランシエルさん。いや~、今日は晴れやかですね~、それはもうわたしの心のようで」
「ふふっ、相変わらずお元気で良かったです。それでは早速魔力啓示の儀を‥‥といきたいところなのですが」
え? なに?
やっぱりわたしは特別扱いですか? ま、仕方ないね。
他の子よりもすごぉ~い魔力啓示をしていただけると。‥‥‥魔力啓示にすごいとかの差ってあるのかな?
「せっかくですから。ここはあたくしではなく、あなたのお母上にお願いするとしましょう」
「‥‥‥‥‥‥え?」
振り返ると、なぜかお母さんが登壇していた。
「はぁ、特別扱いはあんまり良くないって思うんだけど、グランシエルが言うから仕方なくね」
「そう言わずに。魔力啓示自体は誰がやろうと結果は変わりませんから。それなら、思い出になる方が良いでしょう?」
「まぁ、そうかも」
グランシエルさんの代わりにお母さんがわたしの前に立つ。
「えー、お母さんー?」
「なに、文句あるの?」
「ありませーん」
おりゃおりゃと、お母さんに頬をもちもち揉まれる。それで弾けるように笑ったら、お母さんは魔力啓示の儀を始めた。
「じゃあ、手出して」
お母さんの前に皿を作るように両手を差し出す。
お母さんがその上に重ねるように手を置いて、軽く握ってきた。
「えーっとね。なんだっけな~」
「なに? どうしたの?」
「いや、魔力啓示の儀の時ってなにか言うはずなんだけど、お母さんこれが初めてだから忘れちゃった」
「もー、何してるのー!」
「あははっ、ごめんごめん」
その時、グランシエルさんが入ってきて「大丈夫ですよ。言葉はなんであろうと、伝われば問題ありませんから」と言ってくれた。
それに従うようにお母さんは目を閉じて頭の中で言葉を考えるように唸ったあと、目を開いてわたしを真っすぐ見る。
「マオ」
「なに?」
「―――お誕生日、おめでとう」
‥‥‥‥‥‥‥‥うん、と小さく頷いた。
次の瞬間、強い輝きが辺りを照らした。目を背けたくなりそうな光度だったはずなのに、とても優しくて、温かくて、ずーっと見つめていたくなるような光だった。
その光に包まれながら、自分の中から力が溢れてくるのを感じる。欠けていたものが埋まっていくみたいな、生まれ変わるような感覚に心地よさを覚えた。
そして、目を覚ます。
「マオ、大丈夫?」
お母さんの言葉に軽く頷いて、両手を観察して、次に足、そして背中と、体中を確かめていく。
背中にはお母さんがたまに生やしている翼と同じ様に、虹色に輝く翼が生えていた。頭上になんとか視線を動かすと、微かに王冠みたいな光輪が見えた。
そして、腰のあたりからは腰マントみたいに黒いものが伸びていた。たぶん、これはママが持っている影と同じものだと思う。
すごい、ママとお母さんに抱き締められてるみたい。どっちも温かくて、安心する。
その時だった。いろんな方向から声が聞こえてくる。
「マオ様ーーー!!!」
「いいぞーーー!!!」
「かっこいいーーー!!!」
大教会にいた皆からの温かい言葉の中に、ひと際大きいのが一つ混ざる。
「ブラボーーーー!!!!!!」と大袈裟な感じで言っているのは、教会の奥の壁にもたれかかっているシリウスだった。
そんなシリウスに少し微笑んで、ママたちが座っている方を見ると、ママが優しく顔でこちらに手を振っていた。
目を隣に移すと、ロリちゃんが大袈裟に喜んでいて、まるで自分のことみたいだった。その隣ではレイお姉ちゃんが感極まっているのか瞳を少し潤ませながらも静かに拍手をしてくれていた。更にその隣には‥‥お、おじい様が泣いてる!? しかも結構号泣‥‥‥
「あ、っはは。もー、どうしてそんなに泣いちゃうのー」
と冗談を言いながら降壇して、泣いているおじい様の背中をさすっているママのところに向かった。




