エピローグ(前編)
勢いよく開けられるカーテンの音で目が覚めた。続けて声が聞こえる。
「マオちゃん! もう起きますの!」
目を擦りながら窓の方を見ると、窓明かりのど真ん中にロリちゃんがいた。
「う~ん‥‥ロリちゃん、まだ寝たいよ~」
「ダメですの! そう言ってお昼まで寝てたら‥‥えーっと、お寝坊さんになって、それで‥‥そう! 悪い子になっちゃいますの!」
「それ、いい加減バリエーション増やしたら? 悪い子って‥‥」
ロリちゃんはぷくー、と頬を膨らませてわたしに顔を近づけてくる。
「いいんですの?」
「なにが?」
「今日は‥‥?」
その先を予想させるようにロリちゃんがわざと言葉を濁す。
わたしはその先を予想しながら唸って、ようやく思い出した。
「‥‥あっ! もー、ロリちゃんったら、それを早く言ってよ。このまま寝過ごしちゃうところだったじゃん」
「だから初めから起きますの! って言っていますの」
「はいは~い」
ベッドから出て、ロリちゃんに身支度してもらったら部屋を出て通路を歩く。そして、歩きながら訊く。
「ロリちゃん、お母さんとママはどこにいるの?」
ちなみにわたしには、お母さんとママがいる。よく街の子と遊んでる時に間違えられるけど、お母さんとお父さんでもないし、ママとパパでもないよ。まぁ、それでも良いとは思うんだけどね。
お母さんとママって言い分けないと区別ができないからそう言ってる。でも、一応イメージ? みたいなものはあって、お母さんはちょっと厳しいからお母さん。ママはとっても優しいからママ。
「二人ともパーティのお誘いに行ってますの。自分たちで皆を誘いに行きたいからって」
「そっかー。じゃあ、わたしも行きたい!」
わたしの無茶なお願いにロリちゃんは困り顔を見せるけど、ロリちゃんは優しいからなんだかんだ連れてってくれるんだよね。
そんな話をしている時、ふとわたしの視界に杖をつく男性とメイド姿の女性が入る。
その瞬間、わたしは「おじい様!」と声をあげながら走っていく。
その声に気付いたおじい様は振り返って、手を広げた。そうして、わたしはその中に包み込まれるように抱き着いた。
「おぉ、マオ。起きていたのか。今日は随分と早起きだな」
わたしは顔を離しておじい様の顔を見上げながら笑顔になる。
「うん! 今日はなんといってもあの日だから!」
「あっはは、そうだったな」
「おじい様も来る?」
「もちろんだとも」
わ~い、と踊るように喜んでいると、隣にいたメイドさんのレイお姉ちゃんとロリちゃんの会話が耳に入ってくる。
「お姉ちゃんはこれからどうしますの?」
「わたくしは一足早くご主人様を教会へお連れします。ロリータも一緒に来ますか?」
「そうしたいところだけど、マオちゃんがミリちゃんとリーベルちゃんに会いに行きたいって言うから」
それを聞いてレイお姉ちゃんはクスッと笑った。
「そうですか、それは仕方ありませんね。主人のわがままを聞くのもメイドの仕事ですから」
「マオちゃんはわがままが多すぎますの」
「ふふっ」
また笑ったら、ロリちゃんの頭の上に手を置いて優しく撫でた。
「偉いですね」
「うん‥‥」
小さく頷くと、ロリちゃんは少し悩んだように瞳孔を揺らしたあと、自身の前髪を手ではけておでこを出して見せた。
そのおでこにレイお姉ちゃんがゆっくり顔を近づけると、ちゅっと優しく音がする。
「はいはい、では行ってきますね」
「うん‥‥」
おじい様を連れていくレイお姉ちゃんを大きく手を振りながら見送る。
ところで‥‥‥
「ほほぉ~ん」
ロリちゃんの顔を覗く。真っ赤だ‥‥ふふふ。
「ほへへぇ~」
「な、なんですの」
「いやぁ~? なんでもないよー」
ロリちゃんは真っ赤な顔を前に向けて、強く息を吐いた。
「ほら、あたちたちも行きますの!」
わたしたちも支度を済ませて向かうのだった。
まず着いたのはエルフの里。
ロリちゃんによると、ここにわたしのお母さんがいるはずなんだけど‥‥‥
里の中に入って暫く探す。とは言っても軽く見回るぐらいで大体の目星はついてる。
その目星というのはエルフの王族が住む邸宅だ。何と言っても、わたしのお母さんはエルフの女王様だからね。つまり、わたしはエルフの王女ってこと。とはいえ、ハーフエルフだし、エルフとして何かしてるかと言われたら特になにもしてないんだけどね。
邸宅の中に入って、たぶん応接室かな?
そこに向かうと、案の定お母さんがいる。
「お母さん!」
と両手を広げながら走ってソファに座っているお母さんを背後から抱き締めた。
「え? マオ? どうしてここにいるの?」
お母さんが肩に置いてあるわたしの腕に触れ、振り返ると訊いてくる。
わたしの代わりにロリちゃんが答えた。
「マオちゃんったら、ママに会いに行くー、お母さんに会いにいくー、ってうるさいんですの」
うるさいは余計だよー。
「もー、マオったら。ロリエルをあんまり困らせたらダメっていつも言ってるでしょ?」
「ふわぁ~い」
「しっかりと返事!」
こういうところ、やっぱり厳しいんだよね~。まぁ、いつもは優しいんだけど‥‥いや、ママの方が優しすぎるだけな気もする。
そんなことをしている時、向かい側の方から笑い声が聞こえてくる。
「相変わらずお元気ですね、マオ様」
かしこまった感じで、わたしを様呼びなんてしちゃうのは、イシュちゃんだ。
イシュちゃんはお母さんの旧友で、わたしやお母さんの代わりに里の仕事をいろいろとしてくれている。
王族ではないんだけど、わたしたちよりもよっぽど王族してる‥‥エルフたちからの信頼もわたしたちよりも高そうだし。
「あぁ、そっか。お母さんはイシュちゃんをパーティに誘うために来てたんだ」
「そうだよ」
「イシュちゃんも来るの? パーティ」
「えぇ、もちろん。記念すべき日ですからね、スケジュールも空けておきました」
さっすが。
そう思っていると、イシュちゃんの後ろにいる執事がひっそりと手を挙げているのが見えた。
「あの~、ワタシも向かいますぞ?」
「あれ? 誰だっけ」
「なんと!?」
お母さんを見て、「ねぇ、あの人誰?」と訊くと、さぁ? みたいな顔をされる。
「そんな!? エスタルですよ! というか、リーベル様はずーっと一緒にいたでしょう!?」
「あははー、ごめんごめ~ん」
「あ~、神よ。どうすればワタシは名を覚えて頂けるのでしょうか」
「その神って私なんだけど。ごめんって、冗談だから、エス”テ”ル」
「エス”タ”ルです!」
なんかもうお家芸みたいになってる。
執事のエスタルは、天使なんだけど、昔悪いことをしてしまってその反省として執事をしてる‥‥ってママから聞いたことがある。
まぁ、今はもう名前を覚えてもらえないかわいそうな人になってるけど‥‥‥
エルフの里でお母さんも見つけたことだし、次に向かうのは‥‥う~ん、どこだろう。
ママは割とどこにでもいる可能性があるし、一つずつ探さないとダメかな~?
エルフの里でやることも終えたのか、お母さんも付いてくることになってわたしたちは次へ向かう。
次に向かったのは、とある小さなお家。
ここには知り合いが住んでるんだけど、変な絡み方をしてくるからちょっと苦手。
「おやぁ~?」
突然声が聞こえてきたと思ったら、両脇を掴まれて持ち上げられる。
「うぬわぁ~、離して~!」
「あっはは。マオじゃないか。どうしたんだい、急に」
このドデカイ帽子とローブに身を包んで、ミステリアスな笑みを浮かべる女性は、シリウス。
ママとお母さんの旧友で、なんと勇者パーティの一人‥‥ってことは隠してるみたいだけど、なんかわたしは教えてもらった。
そもそも勇者パーティってなんやねんと言われても、昔のことすぎてわたしもあんまりよく知らない。
「シリウス、ミリアを見なかった?」
お母さんがママの居場所を尋ねる。
それにシリウスは、う~んとわざとらしく唸って間を置く。
「見たよ」
「ほんと?」
「ほんとだよ。というか、つい先ほどまでこの家に来てたけどね」
「あれ? そうだったの? じゃあ、どこに行ったのかは知ってる?」
「知ってる‥‥けど、せっかく来たんだから、少しだけ休んでいきなよ。焦る必要はないだろう?」
勝手に話が進んでいっていつの間にかシリウスの家で休憩することになってる。
というか‥‥‥
「いい加減降ろしてーーー!!!」
とバタバタ暴れた。
「あははー」
そんなこんなでシリウスの家にお邪魔する。通路を少し歩いた先に広がる部屋で、一人見える。
ソファに腰かけながらお茶を飲んでいる人物‥‥セレスティア、そうセレスちゃんだ!
「セレスちゃん!」
「あれ、マオちゃん。来てたの?」
セレスちゃんは、なんと!? 勇者その人なのだ。
そもそも勇者パーティってなんやねん――以下略。
わたしは無理やりセレスちゃんの膝の上に座る。
お母さんはその場にあった椅子に座って、ロリちゃんは疲れたようにため息をつきながらソファに座った。
「そういえば、ケガレちゃん、ボクたちのところに来る前にミカのところに行ってたみたいだよ」
ミカっていうのも勇者パーティの一人らしい。そもそも勇者パー――以下略。
「ミカ? でも、来るの?」
お母さんが疑うように訊く。
「まぁ、無理だろうね」
どうやらミカはパーティとかそういうのはあんまり好きじゃないらしい。
「なんか、誘いの話をする前に『無理』って言われたらしいよ」
「あっはは、ミカらしい」
セレスちゃんが呆れるように苦笑する。
「まぁ、安心しなよリーベルちゃん」
「どういうこと?」
「ボクが無理やり連れて行くからさ」
ね? とウィンクした。
暫く談笑が続いたあと、ふと時計を見たお母さんが焦ったようにシリウスに訊く。
「そういえば、ミリアはどこに行ったの?」
「あー、言うの忘れてたよ。地獄だよ」
「地獄? ‥‥あぁ、彼女たちを誘いに行ったんだ」
「そうみたいだね」
地獄‥‥地獄か。前に行ったことはあるけど、地獄に行くための門を開けるのはわたしたちの中にはいないよね。
お母さんが開けるのは天界の門、ロリちゃんも同じ。わたしはそもそもまだ魔法が使えないから‥‥う~ん。
「おや、そうか」
シリウスは何かを察したように呟くと、無駄話に付き合ってくれたお礼に地獄の門を開いてあげると言った。
シリウスが地獄の門を? ムリムリ、だってシリウスは凄いかもしれないけど人間であることに変わりはないんだよ? 神様じゃあるまいし‥‥
と思っていると、シリウスはパチンッと指を鳴らした。すると、シリウスの手元に突然パッと一冊の分厚い本が現れる。
その本をペラペラと開いてどこかのページで止めると、その状態で余った手を前に向けた。
次の瞬間、地獄の門が開いた‥‥え!? 開いた!?
「な、ななななんで!」
分かりやすく驚いてしまった。あぁ、どうしよう、こんな反応をしちゃったらシリウスなら‥‥‥
「ふっふ~ん」とやっぱり自慢げな顔をしている。くぅ~、ちょっとムカつく。
「それにしてもボクの疑似権能の精度も高くなったものだね。もう本物の権能をさほど変わらないよ」
「よぉ~し、じゃあ行こう!」
「おや、マオもスルースキルが高くなったね」
わたしたちはシリウスに開けてもらった地獄の門を跨ごうとする。その時、シリウスがセレスちゃんに言う。
「そうだ。ボクはマオたちに付いていくよ」
「え!? シリウス来るの‥‥」
シリウスはこちらを見て闇のありそうな笑顔を向けてくる。
「なんだい、嫌な反応だね。良いのかい? ケガレちゃんが既に地獄に居なかった場合、マオたちは地獄から出られなくなることになるけれど」
「‥‥うぐっ」
「あははっ」と笑ってセレスちゃんの方に向き直すと「それでセレスは留守番‥‥いや、ミカの説得に行ってきてくれないかい?」
「あぁ、いいよ。でもあたしに説得できるかな~?」
「無理だったらいいよ。強制手段を取るだけだからね」
「あっはは。おっけー。じゃあ、行ってらっしゃい」
セレスちゃんに見送られながらわたしたちは地獄に堕ちる? いや堕ちてはないか。とりあえず、向かった。




