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11話:紛争の影(後編)

 リリリリリリリリリン!!!!


 突然ミリアの持っていた<影収集機>が鳴り響き、すぐさまそこからとある女性の声が聞こえてくる。


「リーベルちゃん! リーベルちゃん聞こえる?」

「な、何!? これ、<影収集機>? さっきの衝撃で落ちて‥‥それより、シリウスさん?」

「詳しいことは後だ! 指輪をケガレちゃんにはめるんだ! 今、すぐ!!」

「わ、分かった!」


 シリウスは柄にもなく必死な声でリーベルに指示をした。

 リーベルもその声に突き動かされるように気絶した王の手の中にある指輪目掛けて走る。


「ん? 何か妙なことを‥‥悪あがきをしたところで無駄だ」


 =天界の槍=


 天使は槍を作り出し、走るリーベルに放つ。

 しかし、触手が槍を空中で鷲掴みにし、リーベルに届くのを阻止する。


「な!? クソッ! この死にかけのケガレが!!」


 リーベルは指輪を手に取ると、ミリアのところに戻ってくる。


「ミリア、ミリアミリアミリア‥‥あぁ、ダメダメ。死なないで」

「はぁ‥‥はぁ‥‥」


 リーベルは今にも死んでしまいそうなほど衰弱しているミリアの手を掴む。その手は一切力が入っておらず、ただ重力に従って落ちてしまう。だから、リーベルはミリアの手を落さないようしっかりと掴んだ。

 しかし、リーベルの震えは止まらない。温かい自分の手とは対照的に冷たいミリアの手と、奥で更なる攻撃の準備をしている天使にリーベルは焦りと恐怖を覚える。


「リー‥‥ベル」

「ミリア‥‥!!」


 その時、ミリアが震えるリーベルの手に自分の手を重ねた。

 既にミリアは声を出す力すら残っていない程、弱っている。しかし、それは自分への戒めか、それとも自分を友達と呼んでくれたリーベルの為か、そんなことはミリア自身にも分からなかった。

 それでも、ミリアは無意識の内に、一人じゃない、とリーベルに伝えるかのようにその冷たい手を重ねた。

 すると、リーベルの手の震えが収まってくる。そして、リーベルは落ち着いた手で深呼吸をしながら指輪をミリアの薬指にはめた。


 その瞬間、指輪に付いていた、宝石という名の魔王の残滓が一気にミリアに流れ込む。




 * * *




 ‥‥なんだ、わたしは死んだんじゃないのか。

 力が溢れてくる。頭が妙に澄み渡り、視界もクリアになる。お腹に空いた傷も、気付けば無くなっていた。それに、闇魔法の感覚が妙に良い。今なら、なんだってできる気がする。


「ミリア‥‥?」

「もう、大丈夫」

「な、なななな何が起こった。貴様!! さっきこのワタシの槍に貫かれて‥‥‥」

「黙れ」

「‥‥‥!!」


 天使は傲慢に染まっていた態度から一変し、まるで雨の日の道端で震える子猫のように怯えていた。その目は、500年前のあの魔王にも似た、影の支配者、影の所有者、世界の影‥‥そんなものを連想させる化物でも見ているようだった。


 何をそんなに怯えているのだろうか。先ほどまで、あんなにも余裕そうにわたしのことを嘲笑っていたのに、まるで別天使にでもなったようだ。


 体の中に、魔王の残滓が流れ込み、適応し、そして巡る。

 魔王の力とその力の性質が、魔力に込められた魔王の意志が、魔力と共に流れてくる。


 これは‥‥紛争。なるほど、この魔王の残滓は魔王が他種族と戦争をし続けたことによって生まれた魔力の一部なのか。相手を殺す為、互いに武器を持ち、襲い掛かる。悲鳴と死が付きまとい、紛争という二文字を表す魔力、そして、その影。なら、こう呼ぼう。



 ”紛争の影”



 魔王の残滓。今なら分かる。これは魔王の魔力なんていう単純なものじゃない。魔王が背負った、意志、罪、死、支配、それら全てを合わせ、魔王がこの世界に残した世界の病のようなもの。

 紛争、それは魔王が起こした死の戦い。どれだけの犠牲が出ようと、その先に終戦という平和が存在するなら、紛争は終わらない。魔王が死んでから今に至るまで、終わらない紛争を、天界からの支配を、この不平等な世界を、終わらせる為なら、わたしは悪となろう。


 =紛争の影=


「あ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”あ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”!!!!」

「ミリア!!」


 あらゆる争いの悲鳴、死、苦しみがわたしを襲う。魔王が背負ったものが、どれだけ重いのかを思い知らされる。

 物理的な痛みはないのに、酷く心が苦しめられる。ふとした瞬間に、友達が死んでいた、親が死んでいた、愛するものが死んでいた。誰も悪くないはずなのに、誰かを悪いと思わなければ、心を保てないほど、紛争を憎んだ。

 魔王はこれをどう思っていたのか。必要な犠牲だと、許容していたのだろうか。今、わたしが感じるこの苦しみは、悲しみは、魔王が感じていたものと全く同じなのだろうか。それとも、ただわたしがそう感じているだけなのだろうか。だが‥‥もう、慣れた。


「ふっふっふっふ‥‥‥‥」

「ミリア、大丈夫?」

「‥‥? あぁ、大丈夫。完全に掌握した。魔王の力、必要ないならわたしが使ってもいいだろう」


 何となくだが、この力の性質を把握できた気がする。紛争は要するに戦いに関する魔力。つまり‥‥‥


 わたしが手を広げ、手のひらの中心に魔力を集中させると影から生まれた剣が実体化していく。

 そして、触手にもこの紛争の影の力を流し込むと、触手の先が鋭い切れ味の刃となり、より殺しの匂いを漂わせる。


 これが、紛争の影の力。

 影を武器とする力。


「さぁ、終わらせよう。傲慢天使。堕天する準備はできたか?」

「なななななんだその力は!? や、やめろ! こっちに来るな!!」


 わたしが一歩、また一歩と近づく度に、天使は後退する。

 天使は恐怖で震えているからか、魔法の精度も悪く、わたしには当たらない。仮に当たりそうになっても、触手が切り裂いた。


「クソ、クソクソクソ! こんなはずじゃ‥‥そうだ、あれを使えば‥‥‥」


 =天界の光(ヘブンズライト)


「ハッハァ!! これで貴様も無力だ! ハハハ、最初からこれを使えば良かった。ハァ、ワタシはおっちょこちょいさんだなぁ。まぁ、そんなところもワタシのいいとこ‥‥ろ‥‥は?」

「どうやら‥‥意味がない、みたいだな」


 もう、こいつ程度の光じゃ、わたしの影は消えない。

 天使はそのことを悟った時、全てのプライドを捨て、敵であるはずのわたしに手を差し出した。


「な、なぁ‥‥ケガレ? どうだ? 貴様の欲しいものを与えてやろう。そうだ、そうしよう。それなら、貴様も満足だろう? ハハ、何が欲しい?」


 考える振りをする。

 しかし、とっくにやることは決めていた。


「そうだな。あぁ、思いついた」

「おぉ、なんだ?」

「傲慢天使。お前の悲鳴と‥‥絶望だ」


 天使の恐怖を掻き立てるように嘲笑いながら言い放つ。

 天使はそんなわたしを見て恐怖で震え上がった。


 わたしの触手が天使の両手両足を縛り、蜘蛛の巣にかかった蝶のように空中に張り付けた。

 教会の扉から差す光が、天使の光輪と重なり、まるで処刑される天使を描いた神話のようだ。


「さて、どうしようか‥‥‥」

「や、やめてくれ‥‥殺さないでくれ」

「殺す? そんなわけない。そうだ、その翼‥‥少し、多いな」

「翼‥‥? ま、待て! それだけはやめてくれ!!」


 天使の必死な抵抗を無視して話を続ける。


「四枚もいらないだろう? 二枚切り落として、もう一度下級天使からやり直したらどうだ?」

「この‥‥この‥‥悪魔! いや、魔王が!! 貴様など、熾天使様からすれば、虫けら同然だ! ワタシにそんなことをすれば‥‥‥熾天使様が黙ってないぞ」

「ほぉ、熾天使。チクりたいなら勝手にすればいい。だが‥‥もし、そんなことをすれば‥‥わたしからの報復があることを忘れるな」


 わたしが腕を交差させる。すると、触手もわたしと動きが同期するように交差する。

 爪を立てる。すると、触手の先の刃も鋭く尖り、天使を見つめた。


 そして、引っ掻くように腕を振り下ろす。それと同時に、触手が天使を切り裂く。


 シャキンッ!


 切り裂かれる音がした瞬間、街頭の光が一瞬にして消えるように天使は気絶した。

 本当に天使の翼を切り裂いたのかって? そんなことするわけない。先っぽの抜けかけてる羽根を切っただけだ。流石にそんなことはしない。まぁ、こいつにはこれくらいでいいだろう。


「ミリア!!」


 ボスッ!


「んぐ!」


 リーベルがわたし目掛けて走り、飛びついて、その勢いのまま抱き着いてきた。どこか緊張が途切れたリーベルは、わたしの顔を見ると、そのまま勢いよく泣き始めた。


「その‥‥リーベル。ごめん、わたしは、お前に悪いことをした気が‥‥いや、した。他人みたいな振りをしてしまったし、それに、親も殴った。いや、もっと何かあるはずなんだが‥‥ごめん、思いつかない」


 前に誘拐されたリーベルを助けた時のように、対応の仕方が分からず、ただ髪が崩れない程度にリーベルの頭を撫でながら謝った。


「ミリア‥‥ありがとう」

「‥‥え?」

「助けに‥‥来てくれたんだよね? 奴隷として売られた時も、誘拐された時も、毎回絶対に助けに来てくれた。それに、今回も。‥‥ありがとう、ミリア。”大好き”」


 その変な言葉を聞いた瞬間、怒りとはまた別の何かが湧き出てきて、頭を支配する。

 顔が熱くなり、変に力を使ったせいもあってか、頭が上手く回らなくなってしまう。


「‥‥!! な、何よ! 調子の良いこと言っても、無駄よ! 元はと言えば、あなたがすぐに窮地に陥るのがいけないのよ。今回だって、傲慢天使には掴まるし、槍がお腹に刺さって痛いしで、最悪よ」

「ふふっ、またかわいい口調になってる」

「‥‥!! もういい! わたし、帰るわ」

「あぁ~待ってぇ、ミリア~~!!」


 リリリリリリリリリリン!!!!


「ハロ~? ケガレちゃん。影収集機、忘れてるよ?」

「‥‥‥もう!!」

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