100話:私のヒロイン
あまりにも突然。
理不尽を感じる隙すら与えられなかった。
本当にそれほど突拍子の無いことで、今もどうしてこうなっているのかを考えている。
「‥‥痛い」
痛いと言っても、影で身を守ったからそれほどではある。
あのエンゼルとかいう悪魔。出会って早々わたしたちを犯人扱いした上で突然攻撃してきやがった。
それも思いっきり。
そのせいで、扉でもないところから、無理やり壁をぶっ壊して外に吹き飛ばされてしまった。その結果、ホテルは半壊状態だ。
ホテルの瓦礫と共に外に放り投げだされたわたしは、ひとまず立ち上がろうと両手で地面を押す。その時、エンゼルがわたしの前に立った。
「分かるぞ! お前、一番強いな」
「は、はぁ‥‥?」
「ボクちゃんは完璧天才だから、なんでもお見通しなのだ! そして、一番強い奴が一番犯人!」
訳の分からない推理。
明らかにアホそうな喋り方。
こういうことを言うべきではないかもしれないが、エンゼル‥‥こいつはダメだ。
「お前、ここは街中だぞ。いいのか、お前のところの住民を傷つけて」
エンゼルはここの領主なのだから、領主として領民を守るべきだ。
そんないい文句でこの無駄な戦いを避けられないか交渉してみる。
「‥‥? 何ってるんだお前。この程度で傷つくやつなんて、ボクちゃんの領地にはいないぞ?」
なるほど。
こいつはこういうスタンスか。力が正義的なやつだ。
「あ! 分かったぞ。変なこと言ってボクちゃんを騙そうとしてるんだな! 残念! ボクちゃんの方がお前より頭良いから、騙されない!」
「根拠は?」
「え? ‥‥えっと。‥‥ほら! バウねぇが言ってた」
「いや、何を言ってたんだよ」
「あ、あれ? た、確か‥‥じゃ、弱者は、強者? がなんたらみたいな‥‥‥」
何だかこのままいけそうだったから、暫くエンゼルを質問攻めしてみた。すると、エンゼルは頭がこんがらがってしまったようで「え、あ、う?」と、もう言葉すら紡ぎだせずにいた。
そんな時、突然エンゼルが大声を上げる。
「なぁぁぁぁぁ!!!! もう分かんない! もういい! ボクちゃんは強いし、お前は犯人だから悪い!」
理不尽を通り越してもはや我が儘みたいになっている。
次の瞬間、エンゼルの姿が豹変する。それは、まさしく天鳥というように、どこか神秘的であり、一見すれば天使のように思えるが、そのおぞましさからすぐに悪魔だと理解できる。
片方の手が純白の翼に、もう片方の翼が漆黒の翼に。そして、尾骨のあたりからモノクロの尾羽が生え、足は空の王者である鷹のような強靭なものになる。
鳥、特に猛禽類と人間を混ぜ合わせたかのような異形の姿。獣人とはまた違って、少し歪なそれは、まさしく”悪魔”だった。
まぁ、向こうがそういう感じなんだ。
こちらも少しぐらいは強く出てやらないとなめられてしまう。
せっかくだから修行の成果を見せてやろう。
地面を勢いよく蹴って、何本もの触手を出す。
=紛争の影=で触手の先を刃にして、同時に紛争の剣も取り出す。
ここまでだと、依然と同じだ。だが、まだだ。
「―――ん? なんだ? この感じ‥‥‥」
エンゼルは目の当たりにすることだろう。
業火に燃ゆる”地獄”の如き影を‥‥‥
ふふっ。リーベル、これを見たら驚くだろうな。
‥‥‥ん?
わたしが修行の成果を見せつけようとした時、エンゼルの方は痺れるように体をピクピクとさせていた。
「んん‥‥ぐっ」
エンゼルは何とかその痺れを振り払おうとしているが、一行に痺れが途切れる気配はない。
その時、奥の方から声が聞こえてくる。
「無駄よ。私の鱗粉だもの。いくら貴族悪魔でも、あんなに油断してたら吸わせるのは簡単よ」
そう言いながら現れたのはアーデウスだ。
だが、その姿は普段とはかなり違う‥‥背中から蛾の羽、頭部からは蛾のような毛に覆われた触覚が生えている。初めて見るが、これがアーデウスの本来の姿。
というか‥‥わたしの修行の成果は?
ま、まぁいいか。
「エンゼル!」
アーデウスは珍しく声を荒げた。
「この事件を無かったことにしなさい! じゃないとこのままずーっと痺れることになるわよ」
突然アーデウスが無茶な提案をする。
どちらかといえば、この状況でするべきなのは弁明のはずだ。わたしたちは犯人じゃないって言う流れのはずだが、どうしてかアーデウスはこの事件自体を無かったことにしようとしている。
「は‥‥?」
エンゼルは痺れる体で何とか返事をする。
「分かったら、早く言いなさい。この事件は初めから無かったって」
「‥‥‥」
「言いなさい!」
もちろん、エンゼルは痺れているのだから返事が出来ない。できたとしても「あ」とか「う」みたいな、意味を持たない単語ばかりだ。
流石にアーデウスはそれを理解しているはずだと思うが‥‥それでもこんなことをしているのは、何か意味があるのか? これ自体が、何かの合図みたいな‥‥‥
‥‥いや、違う。
単に焦ってるだけだ。
普段のアーデウスから考えれば分かることだが、アーデウスは外見にこだわっている。ファッション、メイク、髪型‥‥元から美人だとは思うが、それでも自分磨きを怠らない。
そんなアーデウスが決して美しいとはいえない悪魔の姿、それも蛾のような姿になっている。いつも人間の姿にこだわっているあのアーデウスが、醜い昆虫の姿をしている。
わたし個人としてはそれを醜いとは思わないが、アーデウス自身としてはあまりその姿を気に入っているとは思えない。
何より、表情で分かる。
「ミ、ミリア!」
その時、リーベルも現れて、わたしの所まで走って来る。
「これ、どういう状況だ?」
どうしてアーデウスがこうなっているのか知っていそうなリーベルに尋ねてみる。
「な、なんだかアーデウス焦ってるの」
「それは何となく分かるが‥‥どうして?」
「分からないけど‥‥。でも、ミリアが吹き飛ばされちゃった時に、アーデウスがぶつぶつなんか言ってて。このままじゃ、ディアが‥‥みたいな。そしたら突然あの姿になって、ミリアの方を追いかけていっちゃって」
このままじゃディアベルが‥‥どうなるんだ?
いや、待てよ。普通に考えたら分かることだ。
ディアベルとは仲が良いし、何よりあいつの性格を知っているから、貴族悪魔殺魔事件を起こしているなんて聞いても、まぁあいつならするよな‥‥程度にしか感じなかった。
けど、普通に考えて悪いことは悪い。
無論、そんなことをしているディアベルは裁かれるだろう。
何より、先ほどエンゼルはわたしたちを”裁く”と言っていた。つまり、貴族領で悪いことをした奴を裁くのは、その領地の領主の役目‥‥四大悪魔の役目というわけだ。
そして、四大悪魔はこの強さ。熾天使にも劣らない強さをしている。
流石にそこまでになると、ディアベルでも厳しくなってくる。だからアーデウスはあんなにも焦っているのか。
「ど、どうしよう‥‥」
そうだな。
正直、エンゼルの理不尽さにはびっくりだが、結局のところ悪いのはディアベルだ。
ディアベルが犯人じゃないと信じてやりたいところでもあるが、今回の事件の犯人はほぼ間違いなくディアベルだろう。
そうなのだとしたら、裁かれるのは必然だ。
「このままじゃ、アーデウスの気持ちがディアベルに伝わらないよ」
あ、そっちか‥‥‥
ま、まぁ‥‥でも、そうだな。
理性的に考えれば、ディアベルは裁かれるべきだ。だが‥‥個人的には、ディアベルを助けてやりたい。
こういうのを理不尽と言うが、まぁこれまで理不尽を受けてきたのだから、少しぐらい自分が理不尽になってもいいだろう。
それに、決めたからな。
魔王になるって。
「よし、助けるか」
「う、うん!」
わたしは、わたしが正しいと思うことをする。
新たな魔王になるのなら、既存のルールに縛られていてはダメだ。
和解の道が無いなら、無理やり作って、犠牲なんてものは全て消してやる。
「早く言いなさい!」
そんな一方で、未だにアーデウスの脅迫は続いていた。
「じゃないと、これから先、一生痺れたまま過ごすことに――――」
「おい」
その時、アーデウスの言葉を一刀両断するように低い声が辺り一帯に不安感を漂わせる。
その声の出元は、エンゼルだった。
「お前、さっきからうるさいんだよ」
「‥‥ッ!? ど、どうして‥‥‥」
「まさか、この程度でボクちゃんをビリビリさせられるとでも思ってんの?」
エンゼルはアーデウスの鱗粉を吸いながらも、何事もないように立っていた。
「そ、そんなわけ。さっきまで痺れてたじゃない!」
「もう慣れた」
エンゼルの無慈悲な言葉に、アーデウスは動揺を隠せずにいた。
「‥‥はぁ?」
「そんなことより、お前さっきからうざい! 同じこと何回も言って‥‥そんな何回言わなくても覚えられるし。というか、お前、ボクちゃんよりも弱いくせに、うるさいんだよ」
エンゼルの苛立つ声を無視して、アーデウスは鱗粉の濃度を、わたしたち遠くからでも視認できるほどに濃くした。
だが、エンゼルには全く効いていない。
「分かるじゃん。ボクちゃんとお前、どっちが強い?」
「‥‥だ、黙って」
「ボクちゃんは貴族悪魔。しかも四大悪魔。対してお前は、虫の姿だから‥‥一般悪魔じゃん! え!? なんでここにいんの? くっさ~」
「‥‥‥」
「というか、なんだよその姿。蛾って。見ろこのボクちゃんの美しい翼を。もう完璧も完璧。お前みたいな気持ち悪い虫のざぁこと違って、ボクちゃんは最強にかわいいんだよ!」
エンゼルがアーデウスの姿に対して言った時、アーデウスの顔が分かりやすく歪む。
正直これ以上は見てられない。いくらこっちが悪いからと言って、貶していい理由にはならない。
「そろそろ手を貸すか」
そう思って、触手を差し向けようとした時、リーベルに止められた。
リーベルの方を見ると、ゆっくり顔を横に振られる。そして、それが「アーデウスを信じて」という意味だと理解した。
そうだな‥‥これはあいつの決めたことだ。
それを助けるという形で邪魔するのは、あいつの気持ちを否定することになってしまう。
「分かってるわよそんなこと」
「はぁ?」
「こんな姿、醜いことぐらい」
「急に何言ってんのお前」
「こんな姿じゃ、誰も私に振り向いてくれない。でも、人間の姿だったら皆が私のことを好きでいてくれるから」
「‥‥?」
「もし、この姿を見られて嫌われてもいい。皆に嫌われてまた独りぼっちになっても‥‥そっちの方が、ディアが傷つくよりもずっとマシだから。もし、この姿をディアに見られて嫌われても、ディアがいなくなるよりはマシだから‥‥‥」
「‥‥はぁ? 何泣いてんのお前」
アーデウスは泣いていた。
いつもは泣き虫だから泣いている。だが、今回は少し違う。
いつもの、泣きさえすれば誰かに構ってもらえるみたいな、そんな子どもじみたものじゃない。ただ、感情が溢れてしまっただけだ。だから、アーデウスはその溢れる感情を拭って隠そうとしていた。
「はぁ、もういいや。お前うるさいから‥‥いっぺん死ね」
エンゼルはそう言って、その両翼を広げた。
次の瞬間、両翼から無数の羽根が弾丸の如く飛んでいく。
流石にもう無理だな。
そう思って、わたしは触手をアーデウスの盾にする為に飛ばした。
触手は羽根よりも速く走り、確実にアーデウスを守りに行っていたが、その時――――
まるで鉄と鉄がぶつかる音。
激しい金属音のようなものが一瞬の内に連続する。
同時に火花が刃の軌跡を残すように散った。
空中には白と黒の雪のように舞う、エンゼルの羽根が光景を埋め尽くした。
次第に視界が晴れていくのと同時に、そこにシルエットが写った。
一つはアーデウスのものだろう。だが、一つだけじゃない。もう一つある。
時間が経つにつれ、そのシルエットはよりくっきりとしていって、ようやく完全に姿を現す。
アーデウスを軽々とお姫様抱っこするそのシルエットの正体が明かされた。
「‥‥やっぱり、ピンチの時に必ずやって来てくれるのね。―――私のディア」




