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99話:天鳥の悪魔

 アーデウスのおかげで会計を済ませて、わたしたちはホテルの部屋に向かった。


「わぁ、おっきなベッド!」


 リーベルは子どものようにベッドにダイナミックダイビングをして、ぼんっぼんっと二回ほど跳ねたあと、そのままベッドの感触を確かめるように両手両足を動かしてベッドを撫でる。


「この感触‥‥ミリアのお腹みたい」


 不本意な感想を述べられたあと、リーベルはゴロンと体を転がして仰向けになり、そのまま「おやすみ‥‥」と目を瞑った。


「はぁ、まだ寝るには早い」

「そうよエルフちゃん。入ってみたくない? ”地獄”の温泉」

「地獄? 温泉?」


 リーベルは疑問符ごとに右左に二回ずつ首を傾げる。

 わたしが「このホテルには温泉があって、悪魔たちからの評判がものすごくいいらしい」と、事件の聞き込みのついでに知った情報を伝えた。まぁ、この情報があったから、わたしはこのホテルを選んだのだが。


 リーベルはそれを聞いて目を輝かせると、先ほどまで眠ろうとしていたのに、わたしたちよりも先に温泉へ向かった。




 ―――グツグツグツグツ‥‥‥


 温泉に着いて、真っ先に目についたのはこの‥‥なんだ? マグマ?


 何故かは分からないが、温泉の中にマグマがある。まさしくマグマという言葉が似合う、赤く、グツグツと沸騰し、水面からはぽつぽつと泡がはじけている。


 どうしてマグマが‥‥と思うのも一瞬、すぐに状況を理解する。

 このマグマみたいなものに他の貴族悪魔たちが入っていることから推測するに‥‥このマグマ、やっぱり温泉だ。


「わぁ、あったか‥‥あったか? あつそう?」

「‥‥これ、無理だな」


 正直、近くにいるだけでものぼせてしまいそうな高温は、どう考えても”悪魔仕様”であり、わたしとリーベルでは到底耐えられるようには見えなかった。


「これこそまさに”温泉地獄”! だね」

「はぁ‥‥そうだな」


 リーベルの例えに、アーデウスが「まぁ、これ本物の温泉地獄だものね」と付け加えた。


「どういうことだ?」

「普通に罪人をシバく為のものよ。でも、地獄の悪魔たちは死なないし、そもそも感覚が鈍いから、むしろこういうのに入ることで角質だったりなんだったりを燃やし尽くして、それで再生してを繰り返して、出るころにはお肌つるつる! ってわけ」


 アーデウスの説明を聞いて後悔をする。

 悪魔のおすすめが、必ずしもわたしたちのおすすめになるとは限らなかった‥‥と。


 とりあえず温泉は諦めて、普通の大浴場で汗を流す。

 部屋に戻って、リーベルの髪の毛を乾かしながら次の予定を立てることにした。


「流石に地獄生活を満喫しすぎてる気がする」

「今更なの?」


 生意気なことを言うリーベルの顔にドライヤーの風を当てて黙らせる。


「はぁ‥‥にしても、ディアベルはどうしてこんなことをしてるんだ? まぁ、まだあいつが犯人だと確定したわけではないが」


 ディアベル。

 気付けば彼女とはかなり長い付き合いになっている。あの日、あの街で初めて出会った時、何よりも初めて四魔将という存在と出会ったこととかがいろいろと重なってディアベルという存在はわたしの中でもかなり印象が強い。

 誰よりも信頼を大切にしていて、人一倍‥‥いや、悪魔一倍努力家? だと思う。


 大抵の圧倒的強者はその力に酔いしれることが多い。わたしだってそういう時期があった。だが‥‥なんというか、ディアベルはいつも身の程を知っているというか‥‥自分が強いことを自覚しているし、弱者にはしっかりとイキる。それなのに、まるで自分が弱いことを前提に動いているような‥‥そんな気がする。


「アーデウスは何か知らないのか?」


 先ほどから向こう側のベッドに座ってどこか上の空のアーデウスに聞いてみる。

 すると、どうして? みたいな顔をされる。


「そんな顔されても‥‥お前、ディアベルとは付き合い長いだろ? それにディアベルの情報屋なんだから、あいつのことにも詳しいだろ?」

「‥‥そう、ね」

「‥‥?」


 わたしは何か間違ったことを言っただろうか?

 頭のなかで反芻するが、間違っていないと思う。

 間違いなくこの中でディアベルに一番詳しいのはアーデウスだ。それは情報屋という意味でも、圧倒的なディアベル”Lover”という意味でも。


「何か勘違いしてるかもだけど、私、ディアのことあんまり知らないわよ」

「はぁ? そんなわけ‥‥」

「あるのよ。確かに、ディアが欲しがる情報からなんとなくディアのことを知れるけど、所詮はその程度。そもそも私が情報屋としてディアに情報を渡すことへの対価は‥‥”友人”だもの」


 アーデウスは自分の愚かさを嘲笑うような引きつり顔を浮かべた。


「どれだけ情報を渡したところで、私がディアと”それ以上”になれることはないのに、変よね」


 引きつり顔を更に引きつって、無理やり笑顔のようにするアーデウス。


「―――変じゃないよ!」


 その時、リーベルが強く言って、まだ乾かし途中で少し濡れた髪を揺らしながらアーデウスに駆け寄ると、強く説得するようにもう一度「変じゃない!」と言った。


「エ、エルフちゃん?」

「その‥‥対価とか、そういうのはよく分からないけど‥‥でも、諦めちゃダメだよ!」


 単純‥‥でも、強い声色と芯を感じるリーベルの言葉は、どうやらアーデウスの心に届いたようだった。

 アーデウスは、少し熱が入り過ぎてしまってそれ以上何を言えばいいか悩んでいるリーベルを優しく抱き寄せると、そのまま濡れた髪を二度、三度と撫でた。


「ありがとう‥‥リーベルちゃん。いつも天使以上に天使みたいな言葉をくれて」


 突然の少し様子の変なアーデウスに、リーベルは反応を困らせる。

 暫くされるがままに頭を撫でられているリーベルは、どこかアーデウスの妹のように見えた。


「‥‥はぁ。よし、じゃあディアベル探しを再開するか」

「え? このまま寝るんでしょ?」

「誰がそんなの決めたんだ?」


 少し冗談みたく返すと、アーデウスはクスッと笑った。




 その時――――


「きゃああああああ!!!!!」


 部屋の外から思わず耳を塞ぎたくなるような甲高い叫び声がした。

 咄嗟に部屋から飛び出して、音がした方に向かう。

 通路を抜けて、角を曲がった先にある少し人気のない場所‥‥そこにはその甲高い叫び声を出したであろう女性の貴族悪魔と、首から上が無い男性の貴族悪魔がいた。


「な、何が‥‥‥」


 待て‥‥まさかこれ、”貴族悪魔連続殺魔事件”なんじゃ‥‥

 もちろん、まだ推測の域でしかないが、流れからもそんな気がする。残念ながらわたしは探偵でもなんでもないから、完全推理なんてものはできない。


 次の瞬間、首を失った男性悪魔の方の首が再生して、元通りになる。

 まぁ、地獄の悪魔は死なない。だからこの連続殺魔事件自体、被害者はいるが、死傷者はいないという少し変な感じになっている。


 ただ、殺人事件で殺された被害者の証言を得られるという不思議な状況。


「だ、大丈夫ですか?」


 首が再生して間もないその悪魔に聞いてみる。


「う、うぐぐ‥‥だ、大丈夫‥‥だ」


 まだ少し混乱しているみたいだが、すぐに話せる状態になる。


「とにかく、何かあったか聞いても‥‥」

「その前に、キミたちは誰だね」


 ‥‥そ、そうか、そうなるか。


「私たちは機密調査員。極秘の依頼を受け、事件の真相を突き止める為に活動しているのだ」


 何故かここでリーベルの調査員ごっこが始まる。


「極秘の依頼‥‥」

「そうだ」

「たった今、極秘ではなくなったように思えるぞ」


 その悪魔の鋭いツッコミにリーベルは、「うっ‥‥」と致命傷になる。


「と、とにかく! わたしたちがこの事件の調査をしているのは本当です。バウセル様から依頼を受けていて、ほらここに証拠も」


 バウセルから事前に貰っていたサイン? のようなものを見せる。


「この模様、それに感じるこの魔力。本物か。分かった。何があったか教えよう」


 その悪魔によれば、少し一服しようと人気のないこの通路に来た時、何者かに出会ったという。

 だが、通路が暗くてその何者かをしっかりと認識するまでには至らなかったと。それ以前に、目が暗闇に慣れる前に意識が途絶えていた‥‥と。


「ただ、はっきりと覚えているのは‥‥”鎌”、だ」

「鎌‥‥?」

「あぁ、意識が消える前、自分の首元に強い殺気を感じた。その殺気の形状から考えても、私の首元にあったのは‥‥鎌、のはずだ」


 殺気から武器の形状まで分かるのか?

 貴族悪魔ならそれぐらいはお手の物‥‥なのか。


 とにかく、証拠としては十分だ。

 必要に首を狙う殺し方。距離感を測らせない異常な速さ。そして‥‥鎌。


 いくらなんでもディアベルが過ぎるな。




「――――なんだぁ、なんだぁ、なんだぁ!!!」


 その時、やけに威勢のいい声が近づいてくる。

 その声に振り向くと、そこには―――右半分が黒、左半分が白のモノクロの髪をし、瞳孔が渦巻いている、わたしと同じぐらい背の小さい少女がいた。


 すぐに感じる。

 こいつ‥‥別格に強い。


「なんだぁ! 事件かぁ?」


 その少女は事件の様子を目を細めながら薙ぎ払うようにして確認すると、片手を顎に当て、目を瞑る。

 暫く頭の中で反芻すると‥‥‥


「ぬわぁっはっはっはっは!!!」


 と、突然笑い出した? なんだこいつ。


「分かっちゃったぞ」

「‥‥なにが?」


 あまりに自分勝手に進んでいく発言につい聞いてしまう。


「この事件の犯人!」


 犯人‥‥? ディアベルのことを知ってるのか?


「お前たちだなぁ! そこの‥‥えーっと、女女女!」


 ‥‥?


「ふっふ~、さっすがボクちゃん! 天才的推理!」


 ‥‥ご、ごめん。何を言っているのか全く分からない。


「あ、あの‥‥”エンゼル”様」


 被害者の悪魔がその少女に申し訳なさそうに言う。


「か、彼女たちは犯人では‥‥‥」

「ふっ、よせぇ。ボクちゃんの推理が完璧すぎることぐらい分かってるもんね」

「い、いや‥‥‥」


 エンゼルという名の少女が、憎たらしい顔をこちらに向けてくる。


「”天鳥(てんちょう)の悪魔”であ~り、何より四大悪魔であるこのボクちゃんが‥‥お前たちを裁いてやる」

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