95話:仲直りしにいこう
アーデウスの情緒がおかしい。
「ふへ。ふへへ。なぁにディア。また私とキスしたいのぉ?」
そう言ってディアベルに見立てた枕に熱いキスをしたかと思えば‥‥
「‥‥死の」
突然そう言って泣き出す。
本当に情緒がおかしい。もうおかしいのレベルと通り越している。
確かにアーデウスは少し‥‥あれなところもあるが、ここまでなのは初めてだ。
「ど、どうしたのアーデウス」
リーベルが心配そうに話し掛けると、ようやくアーデウスはわたしたちに気付いた。
「‥‥エルフちゃん。と、ロリちゃん」
次の瞬間、アーデウスはリーベルに抱き着くと、そのまま激しく泣き始めた。
「わわわ」
「ディア~! もう私はどうすればいいの! あなた無しじゃ生きられない! もう死ぬ!」
いや、もう死んでるんだが‥‥
そんなことはどうでもよく、本当に何があったんだか。
‥‥というか、リーベルとの距離が近い。
わたしは触手を出して、アーデウスをリーベルから剥がす。
そして、ようやく話ができる‥‥‥
「ディア‥‥あはは。ディアって最高! ‥‥あはははは‥‥グスッ」
いや、まだ無理かもしれない。
アーデウスを慰めるのにかなりの時間を要して、本当にようやく話ができるようになった。
「―――で、何があったんだ」
ベッドに体育座りの状態で横になっているアーデウスに聞いてみる。
「‥‥ディアに嫌われちゃった」
「‥‥?」
「ディアに嫌われたのよ! あぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁあ!!!!」
また壊れた‥‥‥
「そんなことないよ!」
その時、リーベルが情緒が崩壊しているアーデウスにそう言う。
「だって、嫌いだったら‥‥ちゅ、ちゅうなんてしないよ」
続けてそう言った。
そういえば王都にいた時、ディアベルはアーデウスに‥‥キ、キスをしていたことがある。あんなにも堂々と‥‥。ただ、それほど仲が良いのに、それが崩れてしまうようなことがあったのか?
「あんなの、きっと私のこの気持ちを利用するためよ」
アーデウスはかなりネガティブマインドになっている。
「そ、そんなことないよ!」
「きっとそうよ。そもそも、エルフちゃんにそんなの分かるわけないじゃない」
「分かるよ!」
リーベルはどこから自信が来ているのか、強く言う。
「だ、だって勇気いるもん。ちゅうするの」
そう言って、わたしの方を見て「ね?」と聞いてくる。
「んん~?」
なんともいえない空気が漂う。
わたしは咳払いをして誤魔化すことにした。
「え? なに、セックスしたの?」
突然アーデウスが前のめりになって追及してくる。
「まだしてない」
「へ~、する予定なのね」
「そ、そういうことじゃない」
暫くアーデウスからの質問攻めにあっていると、何故かアーデウスの表情が次第に和らいでいった。
「―――いやぁ、やっぱり百合は万病に効くわね!」
「は、はぁ‥‥?」
と、とにかくアーデウスが調子を取り戻したようで良かった。
とりあえず、これで何があったのか聞こえる。
「それで、”ディアベル”は‥‥‥」
わたしがディアベルの名前を出した瞬間、アーデウスの瞳から涙が溢れ出す。
「ディ、ディア~~‥‥」
う‥‥ま、まだか‥‥‥
こ、こうなったら‥‥‥
わたしはリーベルの腕に抱き着いた。
「わ!? ど、どうしたの」
「い、いいから」
その様子を見たアーデウスが少し笑顔になる。
「それで、ディアベルはどうなったんだ?」
「ディア‥‥ディアは、私のこと‥‥もう、嫌いって‥‥!! うぅ~」
今度はリーベルの胴体に抱き着く。
「ミ、ミリア?」
またアーデウスが笑顔になる。
「それで?」
「ディアは‥‥もう、私なんて‥‥友達ですらないから‥‥だから、ひ、一人で‥‥グスッ」
最終奥義。
わたしはリーベルの腕を引いて顔を近づけさせると―――頬にキスをした。
「も、もうミリア。さっきからどうしたの。今はアーデウスも見てるのに‥‥‥」
顔を赤めるリーベルはかわいい。
こんな顔をされると、もう少ししたくなる。‥‥が、ダメだ。今はやるべきことがあるし、アーデウスの前だから流石に恥ずかしい。
「うぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉ!!!!!」
その時、アーデウスが覚醒した。
ベッドの上に立ち、両手に力を込めて体全身で踏ん張る。
そんなアーデウスを横目で見ながら成功を噛み締めた。
「きたきたきたきたーーー!!! 百合キス! 恥ずかしがる両者の初々しさ! そして、極めつけの”今は誰かが見てるのに”という、二人きりの時はもっとしてるということを想像させる最強の言葉! まさに純愛の完成形!」
こ、ここまで効果があるとは思っていなかった。
‥‥が、まぁいいか。ただ、もう二度としない。
そうして、アーデウスは全てを話したのだった。
「―――なるほど、貴族領」
「そうよ、地獄の貴族領。なんとなく分かると思うけど、貴族悪魔たちが住んでるところね」
「そこにディアベルがいるのか?」
「ディ、ディア‥‥‥」
またアーデウスが泣きそうになる。
だが、いい加減うんざりしていたわたしはアーデウスを少し睨んだ。
「た、多分‥‥ね」
「多分?」
「ディア‥‥昔はよく貴族悪魔のことを聞きにきたのよ。というか、貴族悪魔の情報を知る為に私を使っていたというか‥‥」
なるほど。
ディアベルが何を考えているかは分からないが、少なくとも貴族悪魔には彼女の興味を引けるものがあるのだろう。
魔王の問題がある程度解決した今、ディアベルがこれ以上魔王にこだわるとは思えない。
「にしても‥‥アーデウスは貴族悪魔について詳しいのか?」
ただの悪魔と貴族悪魔との関係はよく分からないが、ディアベルですら情報を知りたがるような相手に対して、アーデウスはどうやって情報を手に入れているんだ?
「まぁ、それなりにね」
自慢げなアーデウスに「どうやって?」と聞いてみる。
「そうね。私、いろんな”作品”を作ってて、貴族悪魔も結構気に入ってくれてるの。特に、夢羊の悪魔シェエプ・ドリームとか私のお得意様よ」
作品‥‥
なんとなく、察した。
「ロリちゃんたちも見てみる?」
「‥‥いや、いい」
「どんなのなの?」
リーベル!?
アーデウスはリーベルが自分の作品に興味を持っていることに気付くと、部屋の奥にある本棚から一冊の本を取り出して、それをリーベルに渡した。
「これよ」
「本?」
「そう」
な、なんだ小説か‥‥
てっきり、いけないやつかと思ったが‥‥
タイトルも『蝶のように美しいあなたになりたい』だから、普通の恋愛小説とかだろうし問題ないだろう。
「エルフちゃんはかわいいから、あ・げ・る♡」
アーデウスは両手でハートマークを作りながらリーベルにそう言った。それに対して、リーベルは「ありがとう」と、少し冷たい感じで返した。
‥‥って、話がズレた。
「とりあえず、ディアベルを探す為にも貴族領に行ってみるか。行動しないと何も始まらないからな」
「そうだね。私、貴族悪魔さんがどんな悪魔さんなのか気になる!」
貴族領に行くには、今アーデウスたちのような堕ちた罪人が棲む場所である”堕命層”を仕切っている貴族悪魔に頼むのが一番らしい。
わたしの地獄の影で行けるのでは? と思ったが、そもそも地獄の影で繋げられる場所は一度訪れたことがある場所だけだ。もちろん、地獄の貴族領に言ったことはないから、残念ながら地獄の影では無理だった。
早速その貴族悪魔がいる邸宅に向かおうと準備をするわたしとリーベルだったが、何故かアーデウスだけは付いて来ようとしない。
「どうしたんだ?」
「い、いや‥‥なんていうか」
アーデウスは少しもじもじとした様子で、乗り気じゃなさそうだ。
「貴族領って、私みたいな平民が行くことは普通許されないし、仮に貴族領でディアに会えたとしても、どうせもう嫌われてるし‥‥‥」
どうやらここにきて弱気モードになったらしい。
本当にディアベルに嫌われたことがショックだったようだ。正直、ディアベルがそんな簡単にアーデウスを捨てるとは思えないんだが。
「アーデウス!」
その時、リーベルが声を張り上げた。
「嫌われたぐらいで諦めるの?」
「‥‥え?」
「それぐらいで諦めちゃう程度の”愛”なのって聞いてるの!」
リーベルが少し厳しいことを言っている。珍しい‥‥
「誰だって、喧嘩しちゃうよ。でも、喧嘩したら仲直りしたらいいの。むしろ、一回の喧嘩でこれまで積み上げてきたもの全部が崩れちゃう方がいや」
「‥‥エルフちゃん」
「だから、仲直りしに行こうよ! 絶対にその方がいいから」
リーベルがアーデウスに喝を入れている。
ただ、なんというか‥‥妙に説得力があるのは何故だろうか。
アーデウスはリーベルの喝が効いたのか、頬をペチンッ! と叩き気合を入れ直すと、ベッドから出てわたしたちの隣に並んだ。
「そうよね。こんなところで諦めるわけにはいかないわよね」
「そうだよ!」
「ディア、私の心を盗んだんだったら、しっかりとかわいがってよね」
アーデウスの調子が完全に戻ったような気がした。
「それに、こういうシリアス展開って、これを乗り越えて更に仲良くなって、エッチする伏線だものね」
本当にアーデウスの調子が戻ったようで良かった‥‥‥




