プロローグ
「もっと魔法を打ち続けろ!!」
「ご、ごめん!! でも、もう魔力が‥‥‥」
「もうダメだ! これ以上は攻撃を防ぎきれない!!」
「ク、クソッ!!」
ここは、とあるダンジョン。そこに一組の冒険者パーティがいた。
このパーティは目の前にいる巨大な魔物に苦戦していた。その魔物はミノタウロス。牛の頭をしており、強靭な肉体に、血塗られた斧を持つ強力な魔物だ。
少し前、このパーティはちょっとしたミスをした。それは、本来の実力に見合わない階層に進むということだ。
浅い階層は既に他のパーティによって何度も踏み入れられており、そのせいか比較的弱い魔物しか棲みついていなかった。
その為、更なる稼ぎを求めた剣士の提案により、このパーティは更に奥深くの階層に進んだ。
しかし、それが間違いだった。このミノタウロスという魔物は、冒険者ギルドで討伐隊が組まれる程強力な魔物。駆け出しの若い者たちだけで構成されたこのパーティでは、対処できるような相手ではなかった。
ガンッ!!!
その時、重騎士がミノタウロスの攻撃で吹き飛ばされた。まるで小石を蹴り飛ばすかのように、その重い鎧は簡単に宙を舞う。そして、壁にぶつかると、口から血が吹き出た。
盾役である重騎士が機能しなくなったということは、今度は自分たちの番だ。それを察した剣士は魔法使いに指示を出す。
「早く! 魔法を使え!!!」
だが、魔力が無い。それを知っていた魔法使いは恐怖に染まった顔を横に振った。
そんなことは露知らず、剣士は魔法使いに指示を出し続ける。
「そんな言うんだったら、自分が何とかしてよ!!!」
魔法使いの苛立ちが、更に剣士の機嫌を損ねる。だが、こんな時に喧嘩をしている場合ではなかった。
ふと顔を上げると、そこにはギョロッとした目でこちらを見つめるミノタウロスがいた。
そして、剣士と魔法使いは自分たちの死を感じ取る。魔法使いはその場に座り込んで、震える手で杖を握りながら神に祈りを捧げていた。
「あぁ‥‥クソが!」
その時、剣士は愚かな決断をする。
震える手で握っていた剣をその場に捨てる。
そして‥‥‥逃げた。
「え‥‥ちょ、ちょっと待って!」
手を伸ばす魔法使いを無視して全力疾走する。後ろを振り返ることもなく、重りであった魔法使いと重騎士、それどころか剣士としての誇りである剣すら捨てて、走った。
その様子をミノタウロスですら唖然とした様子で見ていた。だが、ミノタウロスにそんなことは関係なく、取り残された魔法使いに目を向けると、ゆっくりと近づく。
「い、いや‥‥‥」
ミノタウロスは斧を頭上に持ち上げ、そして‥‥振り下ろす。
ブォン! と、空気を切り裂く鈍い音がする。魔法使いが死を覚悟する暇すら与えず、その斧は魔法使いの頭上をかち割る勢いだった。
魔法使いは死を覚悟できていなかったが、恐怖で目を瞑った。
「――――あれ?」
暫くしても、痛みが襲ってこない。そのことに違和感を感じ、ゆっくりと目を開く。
目を開けると、目の前に斧の刃先がある。鉄さびの匂いが鼻を刺激する程の至近距離で、ミノタウロスが振り下ろした斧は止まっていた。しかし、ミノタウロスが意図的に止めたのではない。微かに刃先が震えていることが、依然としてミノタウロスが斧を持つ手に力を入れていることを示していた。
その時、遠くの方から悲鳴が聞こえて来る。その方向は、つい先ほど剣士が逃げた方向だった。
魔法使いは恐怖で頭が回っていないが、反射的にその悲鳴がする方向に目を向ける。そこには、腰を抜かしてその場に倒れている剣士がいた。
その瞬間、異様な気配を感じ取る。まるで、忘れていた人間の根底にある恐怖を思い起こさせるようなおぞましい気配。剣士はその気配に怯えて悲鳴を上げたのだと理解する。
そして、魔法使いはまた別の視点でその気配を感じ取る。それは、魔力だ。四大元素や、その他の少し珍しい魔力の属性とも違う、それはまるで生きている”影”のような魔力。恐怖を体現するかのような”何か”が、奥からこちらに迫って来ているのを感じた。
「モォーーーー!!!!」
突然ミノタウロスが雄叫びを上げながら、その異様な気配のする方向へ走った。
「や、やめろ!! 来るな来るな来るな!!!」
剣士は押し寄せて来るミノタウロスに恐怖する。しかし、ミノタウロスが狙っているのは、剣士ではなくその奥にいる”何か”だった。
ミノタウロスが感じたもの。それもまた、恐怖だった。ただの弱い人間を相手にしていて余裕綽々だった時とは一変して、その恐怖に斧を持った手すら止められた。その弱い魔法使いなどを殺すより、そこにいる”何か”に対処する方が先だと本能的に感じ取ったのだ。
そして、ミノタウロスは走り抜け、その先にいる”何か”に対して斧を振り上げた。
――――その瞬間。地面からドス黒い何かが生えてくる。
ミノタウロスはそれが何かを理解するよりも先に、そのドス黒い何かに縛り付けられて、身動きが取れなくなる。それは、何かの触手のようで、魔法なのか、将又魔物なのかも分からなかった。
カツン‥‥カツン‥‥
ダンジョンの中はよく音が響いて、その”何か”の足音を強調させる。
その音は次第に大きくなっていき、間違いなく近づいてきていた。
ミノタウロスは大きな魔物を想像し、目を上げた。しかし、暫くしても何も出てこない。だから、今度は下に目を移す。
「‥‥‥は?」
「‥‥‥え?」
剣士と魔法使いはその姿に驚愕した。
それは、長く気品のある黒い髪に、その髪の隙間から紫色の瞳を覗かせる不気味な少女。容姿だけで言えば、とても冒険者をやっているとは思えない幼い少女だった。
「フンーーーー!!!」
縛り付けにされたミノタウロスは鼻息を荒くして興奮していた。
「――――死ね」
少女がそう言い放つ。
すると、触手がミノタウロスを更に強く縛り始めた。
ミノタウロスの顔が赤くなり、血管が浮き出てくる。
目玉が零れ落ちそうな程、充血して、ミノタウロスはもがき始める。
そして――――
パァン!!!!
飛び散る血、肉片、斧、ミノタウロスを形成していたあらゆるものが辺りに散乱した。
剣士はその光景に再び悲鳴を上げた。魔法使いもまた、その無残な光景に言葉を失うが、それと同時にそこにいた少女を見て、とある噂を思い出す。
「ケガレつき‥‥?」
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