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09 人

 雨が降っている日だった。

 空気は冷たく、通りに人はすくない。

 そういう日は、店長はあまりケーキを作らず、おっぱいの形のパンケーキを焼いて僕に見せてくる、などの行為をしていた。大人というのはどういうものなのか、考えさせられる時間だった。


 夕方になってドアが開いた。外はとっくに真っ暗になっていた。

 雨で服が濡れた男が立っていた。そのままでは店内に水がまき散らされてしまう。僕はカウンターの横に置いてあるタオルを取った。

「失礼」

 僕がカウンターから出る前に、男が入り口で服を脱ぎ始めた。

 下着だけになると、荷物のかばんから出したタオルで体と頭をふき、服を取り出すと、その場で着替えているではないか。

 その間に彼のスキルは見えていた。店長に、危険であることを合図で示してから、なにをするつもりなのか見守った。


「失礼」

 彼はもう一度言った。濃紺のジャケットとズボンに白いシャツ。肩に金色の刺繍がされている。

 最後にまた髪をタオルでふいてから、クシで髪型を整えた。油をつけていないが雨の水分でしっかりと決まった。

 店に入ってきたときは家を持たない旅人のようだったが、そうしていると貴族のようにも見える。

 20代くらいだろうか。右側の髪の生え際が、削られたような傷あとで大きく後退していた。


「こちらは、お茶や甘いお菓子をいただけると聞きました」

「いらっしゃいませ、どうぞ」

 店長が席に案内した。

 お茶とクッキーとカボチャのタルトは僕が運んだ。店長はその場に残って接客を続けた。


「大変結構です」

 彼は満足そうにうなずいた。

「カボチャもいいものでしょう?」

「砂糖で煮詰めているのですか?」

「それが砂糖は一切使っていません」

「なんと。それに、これはおいしいお茶ですね。西の方のお茶だが、どこか後味がすっきりとしていてお菓子と合う」

「わかります? そうなんですよ」


 二人がお茶の話を始めたので、僕は商品の品出しを始めた。

 ここ数日、道具屋の商品はあまり減っていない。道具屋というより喫茶店という認識をされていることはわかっていた。

 売れていないからといって商品を切らしていいわけじゃない。ついでに買えるという意識がお客さんの中にあるはずで、それが他店との差別化にもつながっている。

 他の喫茶店には真似できない部分は重要だと店長は言っていた。

 うまいことを言って、道具屋に飽きたんじゃないかと僕は疑っていた。


「なにかご相談でも?」

 店長が言った。

「いえ……」

「かまいませんよ。そういったこと目当てのお客さんも多いので」

「最後に、おいしいお茶とおいしいお菓子をいただいて、昔のことを思い出しました。恥ずかしながら、わたしは、家が没落して地面を這うようにして生きています。今日は特別に、当時のような衣服を借りてきたんです」

「ご満足いただけたようで、こちらもうれしいです」

「最後というのは?」

 僕の言葉に、彼はフォークを置いた。


「昨日、スキルというものに目覚めたようでした。よく理解できない言葉が聞こえたので、協会で働いている昔の友人に、こっそり教えてもらいました。彼はスキルの詳細を知ることができるのです。わたしのスキルは、空を飛べるようになるが、毎日人間を食べなければ死ぬ、だそうです」

 彼は正直に話している。


「まるで魔族のようだと思いました。人間ではない。私は、その場でわたしを殺すか、スキルを消してほしいと頼みましたが、友人はスキルを消す能力を持っていないので、どちらもできないと言われました。わたしは、スキルを消すためのお金は持っていません。すると彼は、この店に行くといいと、お金と、服を貸してくれました。わたしが、お菓子を好きだったことを覚えていてくれたのです。最後にいい思い出ができました。ふふ。変な客でしょう?」

「それだと、半分だと思います」

 僕は彼の正面の席についた。


「この店は、甘いものも出しますし、スキルに関する相談もききます。ご友人は、そのことを言っているんだと思いますよ」

「……こんな冗談にも付き合うんですか?」

「はい。冗談でも、本当のことだと仮定して、最後までお話に付き合うことはよくあります」

「わたしは、飲食代をまけてもらおうと思って、同情を引く演技をしているだけかもしれませんよ」

「お金がないなら、武会に突き出すだけ!」

 店長が胸を張って言った。


「あるいは、人を殺すのに無理やり理由をつけている頭のおかしい人間かもしれない」

「相談内容は、死にたくないけれども、人を食べたくもない、ということでよろしいでしょうか」

「死んでもいいです。ただ」

「ただ?」

「人を食べるくらいなら、ということです。雨がまた強くなってきた」

「ええ」

「風も強い。周囲から、店内の様子をうかがい知ることはできないでしょうね」

 彼はお茶を飲んで、僕を見た。


「なるほど。となると、問題になるのは、人の定義ですね」

「定義」

「人。なにが人なのか。人を食べるといった場合、手を食べたら、まあ、食べたことになるでしょう。指もそうだと思います。では、爪ならどうでしょうか。どう思います?」

 彼は口を薄く開けて息を吸った。


「爪は違うと思います? では骨はどうでしょう」

「他人の爪をはがせというんですか? それとも、死体を漁れと?」

「食べるというのはどういうことでしょう。噛みしめて、つまり歯を使わなければならないのか」

 彼は顔をしかめた。


「……あなたはわたしのことを信じていないようですね。だから不快になることばかり言っている。どうせ金も払うつもりなんてないと思っているんでしょう」

「髪の毛はどう思います?」

「くだらない冗談で気分を害したことは謝ります。もういい」

 彼は立ち上がった。


「代金は払います。死ぬ前に最低限の」

「自分の髪は、どう思います?」

 彼は止まった。


「毎日、自分の髪を抜いて、飲み込む。気持ちのいいものじゃないですが、実現可能だと思いませんか?」

「それは……」

 彼は、服の袖をめくった。


 腕、手首と肘の間くらいの位置に、新しい包帯が巻いてあった。赤いものがにじんでいる。

「さっき、自分の肉はどうかと考えました。それでも口に運ぶことができませんでした。こんなことをするなら、死んだほうがマシだと。髪の毛。そんなこと、考えもしなかった」

「空を飛べる能力というのは、かなり応用がききます。僕になにも保証はできません。あなたが命を落とすかもしれない。でも、可能性はまだあるのではないかと思います」

 彼は入り口へと歩いていった。


 かばんの中からなにか取り出した。

 すらりと抜いたのは、短剣だった。

「わたしは魔族だ。人を殺し、肉を干して長期間食べられるようにする。それが尽きたらまた殺す」

 彼は歩いてきて、テーブルに短剣を置いた。


「そう思ったのに、できなかった。これを置いていきます。我が家に伝わる短剣です。お金ができたら取りもどしにきます。ふた月経ってももどって来なかったら、売り払ってください」

 彼は頭を下げ、また服を着替えると、店を出ていった。


 雨がさらに強くなった。

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