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07 おにぎり作成

「おにぎり作成ってなにかしらねえ」

「ねえ」

 うちの店でクッキーを食べながら、バンバラさんたちが話をしていた。タベさんという友達と一緒に、買い物をした帰りだという。


 タベさんが食べた。

「このケーキおいっしい!」

「でしょう? 道具屋なんてやめて、おいしいお菓子のお店やったらいいのにね、まあいろいろ事情があるのかもしれないけど」

「そうねえ。このイチゴおいしい!」

「そうなの、イチゴがおいしいのよ!」


 いま来た女性のお客さんが、彼女たちをちらちら見ている。

 そしてケーキを買っていった。よし。


「ごめんなさい、うるさかったかしら」

「いえ。ごゆっくり」

 利益になる可能性を感じる。

「感じのいい子ねえ。あら、この前、オレンジ持ってきた子じゃない?」

「そうなのよ、いい子よねえ」

「ねえ」

「おにぎり作成ってなにかしらね」

「ねえ」

「あの、ちょっと伺いたいんですが」

 僕はたまらず言っていた。


「おにぎり作成っていうのは、なんの話でしょうか」

「ああ、タベちゃんがね、昨日だったかしら?」

「そうなの。おにぎり作成、って頭の中で聞こえてきたんだけど、これってスキルってやつじゃないって」

「なにかわかる?」

「そうですね。まず、おにぎり、という言葉の意味がわからないので」

 スキルの説明を見ればわかるのだが、昨日までまったく知らなかった。理由もなく知っていていい言葉ではないだろう。


「そうよねえ。わたしたちもわからないの」

「ねえ。なにかしら」

「じゃあ調べてみますよ」

 説明を見るだけでは、いまいち良さがわからなくて、気になってしょうがない。

「え? 悪いわ」

 タベさんはフォークを置いて手を振った。


「かまいません。もちろん、お約束はできませんが」

「あらあ。なんだか悪いわあ」

「なにか買って帰ろうかしら。でも甘いものばっかりになっちゃうわねえ」

「でしたらパンなどいかがでしょう」

 店長がやってきて、セールストークを始めた。



 夕方になるとお客さんの数が減ってきたので、僕は店長に断って町の図書館に出かけることにした。

 2階建ての広い建物には、いまも何人も出入りしていた。

 入り口で金属板を提示して、中に入る。協会の管理している施設で、許可を得なければ利用はできない。このあたりの町では群を抜いて大きな図書館だ。

 だから協会の人間や武会の人間が調べ物をするのにすぐやってくる。


 受付には、女性と男性の司書がいた。

 男性の方は列になっている。

「すみません」

 僕は女性の司書に声をかけた。

 いつも魔法使いのような黒い服を着て、長い黒髪のすき間からメガネが出ているような姿をしている女性だ。髪型と服装を変えられたら気づかないだろう。


「はいなんでしょう……」

 すこしだけ開いたドアのすき間から様子を伺っているような、小さな声だった。

「わからない言葉を調べたいのですが」

「どんな言葉でしょう……」

「おにぎり、です」

「おにぎり……」

 言いながら、カウンターの奥に消えていった。


 横の男性を見ると、彼も僕を見た。会釈する。

 彼はいつも笑顔ではきはきとしゃべる人だ。それでいて、図書館という場所に配慮した大きくない声量だった。

 紙は短く整えられ、パリッとしたシャツとズボンを着て、いつも背筋が伸びていた。

 たいていの利用者は彼の方へ行く。

「いらっしゃいませ。どういったご用でしょうか?」


 僕はカウンターの端の方へ移動して、彼女がもどってくるのを待った。

 その間、彼と利用者の会話を聞いていた。

 彼は図書館内に、どの本がどのように並んでいるか、頭の中に入っているようだった。頭の中で情報を整理するスキルをうまく使っているようだ。

 そのため彼を重宝している人も多く、僕のように彼女を選ぶ人は少数だ。

 彼の前にできている列だって、見ていれば人がどんどん入れ替わっていくのがわかる。時間を浪費する列ではないのだ。


「お待たせしました……」

 彼女がもどってきた。

「あ、どうも」

「おにぎり、の本はこっちです……」

 ついてこいとも言わず彼女は歩きだした。

 彼は、彼女の背中を見て肩をすくめ、僕に対し、お気の毒に、とでもいうような苦笑いを浮かべていた。


「小説と、文化的におにぎりを紹介している本、どちらがいいですか……」

 彼女が振り返りもせず言う。

「おにぎりってどういうものですか? 僕はそこからわからなくて」

「おにぎりは、米を炊いたものを、拳くらいの大きさで握って、食べるようです……。表面には軽く塩を振り、中に、魚や味付けした野菜など、シンプルなものを入れて食べる携帯食です……。乾燥させたのりという海藻を巻いて食べると、米が手に付きません……」

「食べたことがあるんですか?」

「本からの、総合的な知識です……」

 僕が彼女に頼むのは、明らかに、彼女はたくさんの本を実際に読んでいるからだった。


 それに、本がどこにあるかというのは、裏で調べることができるようだ。一般開放できないシステムのようだが、それがあるなら僕は特に文句はない。

 司書の彼の話は、どこかで用意された説明文のようで、聞いていて頭からこぼれ落ちそうになるのだ。

 だったら、すでに本の内容に触れている彼女の話を聞きたい。


「作ったことは?」

「あります……」

「おいしかったですか?」

「うまく、米を炊けませんでした……」

「ああ。じゃあ、僕がうまく炊けたら食べます?」

「えっ!」

 彼女が立ち止まってこっちを見た。


 すぐ目をふせ、歩き始めた。

「おむすび、とも言うので、気をつけてください……」

「はい」

「こっちです……」



「あら、おいしいじゃない」

 バンバラさんは目を大きく開いて言った。

「こっちの、サケが入ったのもおいしいわ」

「全体に、塩漬けしたキュウリを混ぜたものもおいしいですね」

「ちょっとアール君! のりって、巻いて食べると違うわよ!」

 僕らは、昼の店内でおにぎりパーティーになっていた。


 おにぎり、というものの定義を教えると、タベさんは実にうまくおにぎりを作れるようになったのだ。

 ある本には、おにぎりはしっかりと握るのではなく、ふんわりと、空気を入れるように形を整えられうと口の中で解けておいしいとあった。それが最初からできていた。

 一番気になったのは、司書さんが失敗したというご飯の炊き方だったが、そこは料理の基礎ができているお姉様方である。手に入れたレシピと、手に入れた米の形状からなんらかの経験に基づいた判断を下し、みごと、ふっくらやわらかなご飯を炊くこともできた。


「サンドイッチの代わりにおにぎりでもいいわね」

「いい、それいい」

「ピラフおにぎりとか、どうかなあ」

 店長が言う。


「いい、それいい」

「いろいろ自由に考えられそうですね」

「あたしお店開こうかしら。どう思う?」

「いいわね。ちょっと試してみたらいいじゃない」

「そう? そう?」

 タベさんとバンバラさんは、きゃっきゃと話していた。


「店長、ちょっと抜けていいですか」

「なんだ?」

「おにぎりの本を紹介してくれた司書さんなんですけど、おいしいおにぎりが作れなかったらしくて、ちょっと持っていってあげようかと」

「いいじゃない。あったかいうちにもっていってあげなさいよ」

 タベさんは、全面をのりで巻いたおにぎりを、ぱぱっ、と三つ作った。

 それを広い葉っぱでくるんだ。


「あ、それいいですね」

 小説にも出てきたような形になった。

「でしょう?」

「じゃあ、ちょっと行ってきます」

 僕はおにぎりを持って図書館に急いだ。

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