05 ステータスボード
「え、100ゴールド!? 買います!」
僕が言うと、茶葉売り場を担当しているチャバティさんが苦笑いを浮かべた。
「おいおい、130だって言ってるだろうが」
「110ですか?」
「おい」
「……」
「はあ。115な」
「ありがとうございます、ごねると安くしてくれるの最高です!」
チャバティさんは、僕に顔を近づけて声をひそめた。
「おれは、おたくの店長が上手くいれるから売ってやるんだからな。今度うまい茶飲ませろよ?」
「了解しました!」
僕は、茶葉の袋を手提げに入れつつ、小銭をしまいつつ、ほくほくで店を出た。
「おっと」
落としそうになった小銭を変な姿勢で空中キャッチ。
ふと、路地が目に入った。
大柄な男と、話しかけられている中年男性。
あれは、ダイスさん?
僕は気になって、ゆっくり近づいた。
そのとき。
「ステータスボード!」
大柄な男が急に言うと、男の前に板が現れた。
厚さは3センチくらい、縦横は30センチくらいだろうか。
「ふふ。あんたのスキル、丸見えだぜ」
大柄な男は言った。
「丸見え?」
やはりダイスさんの声だ。店に来たときよりも厳しい顔つきをしていて一瞬わからなかった。
「そうさ。ステータスボードっていってな。これには、あんたのスキルが全部書いてあるんだ。他のデータだって丸わかりだぜ」
大柄な男は、自分の優位を確信しているようだった。
「それで、どうしようというんだ」
「あんたのいろいろなことを言いふらされたくなかったら、ちょっと、お小遣いでももらおうかと思ってな」
「なんだそれは」
「あんた、金回りの仕事を任されてるよな? そんなあんたが、金をちょろまかしてること、言っていいのかねえ?」
「そんなこと、するか!」
ダイスさんの急な大声に、大柄な男はびくっと一歩さがった。
咳払いをして、男は気を取り直す。
「いや、あんたがそう言おうが、このステータスボードにはしっかりと、そのことが書かれて……」
「誰がそんなことをするか! おれは、せっかく任された仕事をきちんとこなしている! 町の住民から集められた金だ! いい加減な気持ちでやったことなどない!」
「えっと、いや、だから、おれがそういったら、みんなが信じるだろうって」
大柄な男がじりじりさがる。
「言えばいいだろう! おれは逃げも隠れもせん!」
「あ、ああ……」
大柄な男はダイスさんに背を向けて逃げようとして、僕と目が合った。
思ったより若そうだ。10代かもしれない。
ばばっ、と見回し、ダイスさんの横を抜けて路地の奥に走っていく。
ダイスさんと僕で追いかけると、右に曲がった先の行き止まりで、大柄な男はスンスン泣いていた。
「スンスン。いままでおれは、真面目に冒険者をやってたんです。スンスン。でも急に、荷物運びはじゃまだ、おれたちはもっと高いステージに行く、って急にパーティーをクビになって。急に仕事がなくなったら、家が火事になって。スンスン。最近仲が良くなったと思ってた女の子は来月結婚することになったって言ってるし。スンスン。スンスン」
「これでも飲んでください」
僕はテーブルにお茶を置いた。
大柄な男、クランがいつまでも泣いているので、僕は店に連れてもどって話を聞くことにした。
ダイスさんも一緒だ。ただダイスさんは、男が逃げ出すのではないかと、いまも自分と彼の手首をロープでつないでいた。
「いい加減なことを言いやがって」
ダイスさんが言うと、クランはぶんぶん首を振った。
「本当です! 冒険者ギルドで聞いてもらったらわかります! 告白したら、結婚するってわかってみんなに爆笑されたんですから!」
「む……」
ダイスさんは言葉に詰まった。
「それでどうしたんですか?」
「はい……。なにもないと思ったら、急にスキルの声が頭に聞こえたんです。ボード、って聞こえたので、これは噂の、最強スキルで一発逆転だ! って思ったんですけど……」
「違った?」
「はい……。ステータスボード、って言ったらボードは出るんですけど」
クランの前にボードが出た。
「なにも書いてないんです。読めないんです。でも、ボードが出ることは間違いないから、読めてるフリをして、誰かからちょっとお金を取れないかなー、と思ったら、大金を扱う仕事をしてるっていう話が聞こえてきて……」
「ふざけるな!」
ドン! とダイスさんがテーブルを叩くと、ひいっ、とクランが立ち上がった。
「すみませんすみませんすみません!」
「おれが、金を盗んでるだと……! 武会の金を……」
「すみませんすみませんすみません!」
「でもおかしいですね」
僕は言った。
「ステータスボードというスキルはあります。でも、なにも読めないボードが出てくるという話は聞いたことがない。それに、ステータスボードは本人だけが読める、というような話も聞いたことがあるのですが、これはみんなが見える」
「おれは、パーティーから追放されて外れスキルで成り上がれない、ということなんですね……」
クランは両手を握って、手首を合わせて差し出した。
「申し訳ありませんでした。おれを武会に突き出してください。お茶、おいしかったです」
頭を下げた。
うーん、とクランを見てから、僕を見るダイスさん。
僕は、出っぱなしのボードを見た。
「そのボード、調べてもいいですか?」
「あ、どうぞ……」
僕はボードにさわってみた。
さわれる。持ち上げてみると木のような重さだ。
許可をもらって、ナイフを刺してみた。刺さらない。削ることもできない。
「これ、動かせます?」
「はい」
とは言うが、20センチくらいだろうか。あまり動かない。
手で引っぱってもそれくらいが限度だ。
クランにしゃがんでもらって、ボードを床に近づけ、椅子をのせてみる。
床にくっついた。
「動かせます?」
「いえ……」
「そうですか」
「どう、でしょう……」
「動かす力もあまりなく、移動範囲も狭い。とても硬い板ですね」
「つまらない能力ですね……。最低の……」
「消せます?」
「はい」
消えた。
「ボード、だけで出ます?」
「ボード」
出ない。
「ステータス、だけでは?」
「ステータス」
出ない。
「なにをやってるんだ?」
ダイスさんが不思議そうに言った。
「ステータスボード、という名前が起動の鍵になってるのは確かだと思いますが、すべてが重要ではないかもしれない、と思って」
「ふうん」
「テータスボード」
話を聞いていたクランが、ぽつりと言った。
するとボードが現れる。
「え?」
クランが自分で驚いていた。
「最初の文字は、いらなかった?」
僕の考えを聞いて、クランは続けて減らしていった。
その結果。
「スボード」
ボードが出た。
「スボード、が重要だったようですね」
「つまりこりゃ、素のボード、素ボードでことか? そりゃあ」
ダイスさんがちょっと笑いかけて、クランの顔を見てやめた。
無表情で、ボードを見つめていた。
目がビー玉のように、ただ光を反射している塊に見えた。
「本当に、ありがとうございました」
クランはふらっと立ち上がった。
「自分が役立たずだということを思い知りました。本当にご迷惑をおかけしました。一生、身の程をわきまえて生きていきます。ダイスさん、武会へ行きましょう
「……アール君よ」
ダイスさんが、苦いものを食べたような顔をしていた。
「はい?」
「なんか、こいつに仕事ないか。おれに言ってくれたみたいな仕事がよ」
「えっ」
クランが顔を上げる。
「こんな若いのが、死んだような顔するのはまだ早いだろが」
ゴン、とクランの肩を拳で押した。
「すいません、すいません……」
「うーん。そうですね。武会でいま、変わった工事してませんでしたっけ?」
「変わった工事?」
「はい。魔道具を使った建物の工事です」
仕事が決まってからやってきたクランは、いきなり店で、はいつくばって頭を下げたのでやめさせるのが大変だった。
決まった仕事は、釘打ちだ。
魔力を帯びた釘を使う区画があったのだが、普通のカナヅチで仕事をすると壊れてしまう。
だから魔力を帯びた道具を使う必要があるが、それでも耐久性に難があった。かといって魔力を帯びさせたカナヅチを大量に用意するのはコストがかかる。
そこで素ボードだ。
耐久性を試してみると、非常に高かった。移動範囲もカナヅチとして使う分には影響がない。
冒険者の盾として使うこともできるかもしれないが、クランとしてはもう冒険者はこりごりだという。
現場でも、体力はあるので重宝されているようだ。
「よかったじゃないか」
店長がお茶をくれた。
「なにか罪を犯してからだったらちょっと力になれなかったですけど、ダイスさんはいいって言ってるので、まあギリギリセーフですかね」
「そういうので死ぬの死なないのってのは、こりごりだよ」
店長は言った。
僕はうなずいた。