04 盗難被害
「ねえ、困ってるって人がいるのよ。この子が昼休みの間にやっちゃえない?」
昼過ぎ、バンバラさんが男性を連れてやってきた。
年齢は40歳過ぎだろう。お腹が出ているが、これくらいの年齢だったらよくいる体型だ。
不安げにしているが、相談に来る人には多い。つまり一般的な中年男性だった。
席に案内してお茶を出した。
「はじめまして、アールといいます。どんなスキルでお困りですか?」
「いや、おれは別に……」
「なに言ってんのダイス君。この人は、だいたいのことを解決してくれる人よ?」
君付けされるには、若くないように見える。ただ、幼い頃からの知り合いという間柄だと、その関係が続くかぎり、いつまでも君付けも続いていくことはあるだろう。親戚かもしれない。
「なんでも解決なんてとんでもない、ここは相談屋ですよ」
僕が苦笑いを浮かべると、ダイスと呼ばれた男性は頭を下げた。
バンバラさんが、ぽん、と手を合わせた。
「あらそうだ忘れてた、お昼ごはんをタベちゃんと食べるんだったわ、ごめんなさいねアール君、ダイス君のことよろしくね、じゃあね!」
バンバラさんは、じゃあね、がんばりなさいよ、とダンスさんの背中を叩いて店を出ていった。
バンバラさんが見えなくなると、ダイスさんの肩の力が緩んだ。
「どうも、叔母が迷惑をかけてるようで」
ダイスさんは頭を下げた。
「とんでもない。元気な方で」
「体は元気でいてほしいんだが、まあなにごともほどほどが……」
僕らは苦笑いを浮かべた。
「それより、なにか心配事があるみたいですが」
「いや、ただ最近おかしなことがあっただけで」
と言っているが、バンバラさんがいなくなってもダイスさんがすぐ帰らないのはスキルを疑っているのだろう。
「かまいせんよ。あなたのスキルではなく、他の人のスキルが影響していることかもしれません。こちらとしては、軽食でもご注文いただければ、世間話でもかまいませんから」
「そういわれると、ちょうど昼休みだ、なにか食っとかないと」
ダイスさんは、バターシュガートーストと、スープを注文した。
「実は最近、買い物に行くとおかしなことがあって。代金を払おうとすると、財布からお金が減っているんだ。それが一昨日から続いている」
「お金が」
「おばさん、バンバラさんは、誰かに盗まれているというが、おれはそう思ってない。今朝なんて、店に入ってから財布の中を見て、会計をするまでに減ってたんだ。そりゃ、他のお客さんもいたし、スリの達人に狙われたっていう可能性もあるっちゃあるだろうが」
「どういったお店です?」
「食料品を買いに、そこの」
ダイスさんが外を指さす。
食料品を扱うお店で、いつもそれなりににぎわっている。
ふだん僕は店の仕入れについていって、市場で安く買うのであまり利用しない。買い忘れなど、急に必要になったときに立ち寄る程度だ。
「これくらいのことを、協会で相談するわけにもいかない。あ、いや失礼」
「いいんですよ。この店は気楽に来てもらえるだけがウリですから。それで、お金を払うときに気づくんでしたね?」
「ええ」
「なるほど」
僕は椅子の背もたれに体を預け、すこし考えた。
「個人的なお買い物のときだけですか?」
「と言うと」
「お仕事などでは?」
「武会の事務仕事をしてるが、金を扱う仕事ではないな」
「なるほど」
僕はコーヒーを飲んだ。
「あ、では試しに、先にトーストとスープの会計をしてみましょうか」
「ああ」
ダイスさんは立ち上がった。
僕はそれを留める。
「失礼ですが、まず財布の中を見せてもらえますか」
ダイスさんは、テーブルに財布の中のお金をならべた。
硬貨は553ゴールドだった。
「店長、代金はいくらですか?」
「50ゴールド」
「じゃあその財布を、いや。硬貨を手に持って、カウンターへどうぞ」
ダイスさんはカウンターで店長と向かい合う。
「手は開いたままでおねがいします」
「うん」
「お客様、代金は50ゴールドです」
「わかった」
その瞬間だった。
「あっ」
ダイスさんが声をあげた。
手の上の硬貨が503ゴールドしかない。
50ゴールド硬貨が一枚消えていた。
「たしかに、これはなんらかのスキルである可能性が高いですね」
「本当か!」
「しかしわかりませんね。額が小さい。盗まれているなら、500ゴールドを持っていったほうがいいに決まっている」
「あっ」
ダイスさんが声をあげた。
「どうしました? また減りましたか?」
「い、いえ。そうじゃなくて、金額だ」
「金額?」
「支払いの代金と同じじゃないか」
「たしかに代金と同じですが……。もしかして、いままでも、そうだったんでしょうか」
「かもしれん!」
「ダイス」
店長が言った。
「レジに50ゴールド入っているぞ」
「それが?」
「今日の売り上げはまだない。釣り銭は別にしている。売り上げ用の箱に、1ゴールドも入っているはずはないんだ」
僕とダイスさんは目を見合わせた。
「覚えているかぎりで、いつ、お金が消えたかわかりますか?」
僕とダイスさんは、近くのお店でお金の流れをたどってみることにした。
「会計が合わない?」
さいわい近所だったのですぐ行けた。レストランや、文房具店などに行ってみると、前日、前々日の会計が合わなかったというところがあった。その金額は、ダイスさんが買い物をした金額と同額だったのだ。
「もしかして、おれが払ったお金が、二重になっている……?」
「どういうことでしょう」
僕はダイスさんをうながした。
「払おうとしたお金が消え、さらにおれが払っているので、二重になった……」
そうなのだ。
ダイスさんのスキルは、自分が支払うべき金額分の現金を、自分の財布や金庫などの管理下から移動させる、という能力だった。
自動支払いスキルとでもいうべきだろうか。
だからお金が消え、追加で払うので金額が合わなくなったのだ。
「これは、面倒なスキルだな……」
ダイスさんは不安げに言った。
「そうですね……。しかし、利用方法もあるような気がしますが」
「えっ?」
「もしかしたら、財布を持ち歩くことなく、金庫や財産から勝手に支払ってくれるのかもしれない。とすれば、もう、現金を持ち歩く必要がなくなる」
「それはたしかに便利だが、でも確認作業が面倒だ」
たしかにそうだ。
たとえば、わたしがこれから支払うのでレジを凝視していてください、などと言われても困るだろう。
ダイスさんは楽だが、店には面倒なことこの上ない。
「武会で働いているんですよね? ダイスさんご本人はなくても、ダイスさんの部署で、お金を扱うことはありますよね?」
「ある」
「多額の現金を扱うことは?」
「ある。あっ、現金の輸送に手間がかかると聞いたな」
「もし、それに応用できれば……」
「非常に楽になる! ちょっと、相談してくる!」
「あっ」
ダイスさんは走り出した。
「せっかちな人だな」
店にもどって、お茶を飲みながら店長に話した。
「バンバラさんの血を感じますね。あ、ダイスさんにパンとスープを出してないのに、お金もらっちゃってますよ!」
「でもいいのか? 部署の金を運べるとなったら、へたしたら泥棒扱いされるかもしれないぞ」
「平気でしょう。本格的にやるなら協会の確認も入って、スキル鑑定が正式に行われるでしょうし。それに、二重払いがなかったでしょう?」
「ああー」
そう。
何度も金を動かすわけではないのだ。
本人が支払った実感がなくても、スキルが、支払ったと判断するとでもいうのか。
本人の意思を離れて事実が判定するというか、そういうスキルもある。
「だから、本人が運ぶべきお金だと確信したときしかできないんだと思うんです」
「武会が危険だと判断したら?」
「武会がスキルを消す費用を出して、消してくれるんじゃないですか?」
個人だったら費用負担は大きいが、自分のところの職員のために、全額、あるいはかなりの金額の補助をしてくれるだろう。
「楽に重要な仕事をできるか、スキルを消す費用負担をしてもらえるか、どっちかですよ」
とにかく、放置するにはダイスさんの負担が大きすぎると僕は思う。
「なるほどな」
「それより今日のお客さん他にいませんでしたっけ?」
「ツケだ」
「ツケはやめてって言ったじゃないですか!」
「財布を忘れたって言ってたぞ」
「だからー」
僕が不満をぶつけようとしていたら、ダイスさんがもどってきた。
「はあ、はあ」
「どうしました?」
「そういえば、ペイペイ、って聞こえた」
ペイペイ?
「一昨日、聞こえたんだ。それ、このスキルに関係あるかと思って!」
「ああ、そうかもしれ」
「じゃあ!」
ダイスさんが走って出ていく。
「待ってください!」
僕はダイスさんの50ゴールドを握りしめて追いかけた。
いま切実に、ダイスさんにお金を飛ばすスキルがほしかった。