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03 遠くの王

 僕はレンガの家のドアをノックした。

「こんにちは、配達です!」

「はいはいはい」

 足音と声が近づいてきて、ドアが開いた。


 60代くらいの女性だ。にこにこと愛想がいい。

「お届け物です。注文のオレンジです。バンバラさんで間違いないですか?」

 彼女は、僕の持っている箱を見て大きくうなずいた。

「はいお疲れさまです、サインでいいのかしら」

「はい」

「じゃあ申し訳ないんだけど、中まで持ってきてくれるかしら。ちょっと重くてねえ」

「かまいませんよ」

 僕は彼女のあとについて部屋に入っていった。


 お茶の香りと、甘い香りがする。

「ちょうど噂してたらオレンジ届いたわよ」

「あらあらあら」

 部屋にはあと二人、彼女と同年代と見られる人生の先輩方である女性たちがテーブルについていた。

 湯気がのぼるマグカップと、クッキーが乗った皿が中央に置いてある。

 暖房が効いていて、外の寒さと違った暖かい空気に包まれ体の緊張がほぐれるようだった。


「ここでいいですか?」

 僕は部屋の隅に箱を置いた。

「はいはい、力持ちねえー」

「ねえー」

「では僕はこれで」

「ねえ! あなた、時間ある? ちょうどお茶が入ったところだから飲んでいかない? ちょうどいいタイミング、もったいないわ」

 バンバラさんが言う。


「でもまだ仕事がありますので」

「オレンジの葉っぱのお茶なの。それがとってもいい香りなのどうかしら」

「飲んでみたいです」

「どうぞどうぞ」

「すみませんが、一杯だけ」

 僕は一番入り口側の席についた。


 本当にすぐお茶が出てきた。

「いただきます」

 すっとする香りが鼻に抜けていく。香りは甘いが味は苦味があって、ちょうど……。

「クッキーをどうぞ」

「いただきます」

 バターが香るクッキーを食べると口の中で味のバランスが整う。

 いや、すこし甘いか? そう思ってお茶を飲むとまたクッキーが欲しくなって……。


「あ、すいません」

 つい二枚も食べていた。

「いいのよ、いっぱいあるんだから、疲れたでしょう? 疲れたときは甘いものが一番! ごめんなさいね重い物運ばせちゃって」

 バンバラさんは言った。

「とんでもない」

「オレンジもちょっと持っていったらいいわ」

 バンバラさんは箱を開けると、五つも六つも、手提げ袋にオレンジを入れ始めた。


「いえあの、さすがにそれは」

「あなた、アール君だっけ?」

 他の女性が言う。


「あら知り合い? まさかこんな若い子と仲良くしてるの? うらやましいわあ」

「ちがうわよ」

 女性は、立てた手を前に倒すように動かして笑う。


「道具屋でスキル相談してる子でしょ? この前、うちの職場の子がお世話になったって言ってたわ」

「なになに?」

「スキルで困ったことがあったら、相談に乗ってくれるんだって」

「あらいいわねえ」

「協会じゃなくてもやってくれるのね」

「あの、僕は、あくまで相談です。しっかりした対応は協会でないと」

「そういえば、あたしもあるわ」

 バンバラさんが言った。


「なにか?」

「っていっても大したことじゃないんだけどあたし、遠くの王っていうスキル持ってるの。すごいでしょう?」

 バンバラさんが胸を張る。

「遠くの王?」

「そう。若い頃にもらったんだけどそれっきり王子様も迎えに来てくれないのよ困っちゃう」

 彼女たちがそろって、あっはっは。

 僕もつられてあっはっは。


「いつか女王様になれるのかと思ったけど全然なれないの、いったいどうなってるのかって思っちゃってこの歳よいやんなっちゃう。そうだわ、このオレンジでジャム作ろうかしら、どう思う?」

 気づくとバンバラさんはオレンジをむいているし、人生の先輩方は配られたオレンジをすでに食べ始めている。

「おいしいわ」

「うん」

「あなたも食べなさい」

 と皮をむいたオレンジを半分押しつけてきた。

 外の皮をむいただけだ。このまま食べたらオレンジの果肉を包んでいる薄い袋が口の中に残るのではないか。

 と思ったが、彼女たちの作法にならって口に入れた。


「うっま」

 甘酸っぱくてジューシー。

 通常のオレンジと比べると中の袋が非常に薄くて口に残らず、これならナイフで切り分けなくても食べやすい。

「甘さと、酸っぱさもちゃんとあるのがおいしいですね」

「そう! 若い子は、甘ければ甘いほどいいと思ってるけどそれが違うの! わかってるわねえ」

「何個でも食べられそうです」

「いいわよ全部食べ尽くして!」

 あっはっはっは、と年上のお姉様方が笑っている。


「腐らせたらもったいないものねえ」

「いっぱい送ってくれるのはうれしいんだけど、うっかりしちゃうのよねえ、どうかしら、このオレンジでジャムを作るのもおいしいと思うんだけど」

「ジューシーで、砂糖で煮詰めるのがもったいないですね」

「そうなのよ!」

 パン、と手を叩くバンバラさん。


「わかってくれるのねえ。あら、こんなおばさんたちの相手なんて、疲れるかしら?」

「いえ、あの」

「うれしいわねえ」

 最後まで聞かずに、あっはっは。

 僕もいちおう、あっはっは。


「あたしなんか、腐ってるりんごがわかるスキルよ」

「りんご農家やったらいいじゃない」

「やーね農家のりんごなんて腐ってないでしょ」

 あっはっは。

 もはや、おもしろいのかおもしろくないのかよくわからないが、僕も、あっはっは。


「もしかしたら」

 僕は言った。

「なになに?」

「バンバラさんのスキルは、遠くの王じゃなくて、トークの王、じゃないですか?」

 僕が言うと、バンバラさんは、目をぱちぱちさせた。


「なあに、それ」

「話し上手っていうことです。バンバラさんは、スキル名が頭に聞こえたんだと思うんですけど、結構聞き違える人って多いんですよ」

「遠くの王より、トークの王。なるほどねえ。あたし、話がうまいもんね。ちょっと、誰が話がうるさいだけよ!」

「ひとりでなに言ってるの、おっかしいわ」

 女性陣のあっはっは!

 僕もがんばり、あっはっは。


「スキルは、名前がすべてではなくて、いろいろな要素があります。この場合、話で商売ができるレベルという場合もあれば、話が好きということもありますし、話をしていると自然と人が集まってきて人の輪ができるとか」

「そんなこともあるの?」

「ぴったりじゃない」

「名前だけじゃわからないんです。本当にいろいろですよ」

「へえ。まあオレンジ食べなさいよ」

「はい」



 夕方、やっと道具屋にもどってきた。

「遅かったな」

「はい……」

 僕はテーブル席についた。


「どうした?」

「ちょっと、おしゃべり好きの圧力に飲み込まれて、お茶を頂いてきたらこんな時間に」

 僕はオレンジを三つテーブルに置いた。


「食べやすい、ジューシーで甘酸っぱいオレンジです」

「うまそうじゃないか」

「あと、オークの王がいました」

「うん?」

 オレンジを割るように皮をむいた店長が、ひとつ口に入れる。


「お、うまい」

「ジャムにするのはもったいないですよね」

「そうだなあ。よっぽど、腐りそうならっていうところか。それでオークの王ってなんだ?」

「オークに自在に言うことを聞かせる、かなり強力なスキルです。地域によっては、大規模な戦争を起こせます」

「だよなあ」

「本人には、聞き間違えっていうことにして、遠くの王とか、トークの王とか、そんな感じの能力だと思わせておきました。このあたりにオークは出ませんし、たぶん、一生気づくことはないと思います」

「ふうん。まあ、それがいいだろ」

「はい」

 自分がとんでもない武器を持っているなんて、知らないほうがいいこともある。


 僕はオレンジを食べた。

 うま。

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