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02 モテる男

「実は、相談があるのですが」

 ずっと、ちらちらとカウンターの商品を見ていた男が声をかけてきた。

「どういった商品のご案内でしょうか」

 今日は、僕が自信を持って仕入れたりんごジャムがならんでいる

 ビン詰めで、少々りんごの色が悪く見えるのが気になっていた。おそらくその点だろう。


「いえ、スキルについてなのですが」

「……でしたらあちらへどうぞ」

 テーブル席に案内した。

 男はすまなそうに頭を下げて、席についた。


「こんにちは、僕はアールといいます」

「ぼくはセシルです」

 セシルさんは急いで言った。

「どういったものでしょうか。大まかな内容でも、具体的な内容でもかまいませんよ。守秘義務は守ります」

「あの、ぼくが嫌な性格な人間だとか、ふざけているとか、そのように思わないでもらいたいんです。本当に困っているので」

 セシルさんは、すまなそうに切り出した。


「ご安心ください。いろいろなスキルをお持ちの方がいらっしゃいます。いろいろなお悩みをお持ちですから。ただ、かならず解決できるとはお約束できませんので」

 僕が言うと、セシルさんはすこし表情をくずした。

「ありがとうございます。実は。ぼくは、その、女性に恋をされてしまうのが得意、でして」

 

 それは入店時から感じていた。

 彼と入れ違いで出ていく女性のためにドアを支えていてあげていて、それに対して女性がにこやかにお礼を言っていた。

 その姿。

 銀色の髪と青い瞳。

 スラリとしたスタイルに合った、シンプルな服装。

 年齢は二十歳前後だろうが、どこかミステリアスで年齢不詳なところがある。


「セシルさんは、それをスキルだとお考えですね?」

「はい。頭になにか声が聞こえてきたことはあります。それが、スキルに目覚めたときの特徴ということを聞いたことがあったので。ただ」

「なにか?」

「ちょうど夜中で眠気に襲われていて、記憶がはっきりしなかったもので……」

「なるほど。いつからでしょう」

「時期が、ちょうど実家を出てこの町に来る頃です」

「スキルを受けた瞬間の記憶があやふや、という人はよくいますよ。安心してください」

「はい」

 店長がお茶を持ってきた。


「どうぞ」

「ありがとうございます。……あまくておいしい」

 見るとりんごのジャムと、果肉が浮いていた。

「あまいお茶は平気ですか?」

「はい! 実家でよく、果物のジャムであまくしたお茶を飲んでいました。なつかしい……」

「よかったら、りんごジャムも売ってますので」

「はい」

 食べればわかるりんごジャム。そうやって売ろうか。


「スキルに目覚めるまでは、特別女性に好感を持たれる実感はなかったのでしょうか」

「自分は畑ばかりの村で育って、まわりは家族のような人ばかりだったので、あまり、そういう環境でなかったというか」

「なるほど」

 人口の少ない環境では、人間関係が家族の延長のようになることがある。


「仕事をするためにこの町に来てから、女性に、その、食事に誘ってもらったり、いろいろ誘われたり。それがふつうなのかとも思ったのですが、どうも同僚の話からはそう感じられなくて。で、相談をしても、嫌味なやつだ、などと言われてしまって」

 彼は何度も手を組み替えながら話していた。


 もしかすると、セシルさんに近づいた女性というのが、同僚の想い人だった、ということだったのかもしれない。あるいは職場のマドンナ的な女性というか。

「なるほど。では、すこし外に出てみましょうか」



「スキルだとしたら、どのように発動し、効果を見せるのか、観察させてください。僕はすこし離れてついていきますね」

「わ、わかりました」

 セシルさんはガクガクとうなずくと、通りを歩き始めた。


 石畳のゆるやかにカーブしている道を歩いていくと、膝を抱えてうずくまって泣いている少年がいた。

 五歳くらいだろうか。

「どうしたんだい?」

 セシルさんがしゃがんで話しかけていた。


「うう、うう」

「よかったらお兄ちゃんに話してくれないかな?」

「うう、うう」

「……実は、お兄ちゃんもひとりで心細いんだ。最近この町にやってきたばかりなんだけど、友達もできなくて、仕事仲間にも嫌われちゃってね。ちょっとお話してくれないかい?」


 少年は顔を上げた。

 セシルさんは深くしゃがんでいるので、視線の高さはあまり変わらない。


「どうしたのかな」

「姉ちゃんが、いなくて」

「迷子か。ここではぐれたの?」

 少年は首を振った。


「荷馬車の、荷台に乗ってたら、走り始めちゃって」

「お姉さんは?」

「お店に入っちゃったんだ」

「……もしかして、君、お姉さんを驚かそうとしたの?」

 少年はうなずいた。


「どうしてわかったの?」

「お兄ちゃんも、やったことがあるんだ。荷馬車って、動いてると飛び降りるの怖いんだよな」

「うん。ふふ」

「はは」

「わっ」

 セシルさんは、少年を肩車した。

「行こう!」

「うん」



「この子のお姉さん、いませんかー?」

 セシルさんは、少年が通ったという道を歩いた。

 その間、ずっと周囲に声をかけていた。

 振り返る女性はいたけれど、それはセシルさんを長く眺めたいという女性ばかりだった。


 ただ大通りにさしかかったころ、女性がひとりやってきた。

 視線は少年に向いていた。

「パン!」

 セシルさんがしゃがむのもじれったいように、少年はもがくようにして地面に降りると女性に向かって走っていった。


「もう、心配かけて」

「ごめんなさい!」

「良かったね。それじゃあ」

 セシルさんが立ち去ろうとする。


「待ってください。あの、お名前はなんとおっしゃるんですか。なにかお礼をさせてください」

 女性が声をかけた。

「いえ、大したことはしていないので」

「わたしはメリンダです」

「セシルといいます、本当に、平気ですよ」

「……わたしにここまで言われて、そういった態度の方はめずらしいです」

 彼女は言った。


 それはたしかにそうなのだろう。

 彼女はすごく目を引く美人だった。

 服装や髪型こそ目立たないようにしているようで一瞬気づかないが、そのせいというか、逆に素材が目立つ。気づいてしまうと目が離せなくなりそうだ。

 年齢はセシルさんと同じくらいだろうか。こちらも、年齢をはっきりさせない、なにか特別な美しさを感じた。

 優れた美人画、あるいは彫像に感じるような、完成されたなにかだ。


 彼女が声をひそめたので僕は陰から近づいた。

「わたし……。そういう、スキルがあるようなんです」

「えっ」

 セシルさんが息を飲んだ。

「異性を、惹きつけてしまうスキル。だから、断ることばかり考えていたので、誘い方がわからないんです。あの、どうか、お礼を」

「実はぼくもです」

「えっ」

「ぼくも、そういうスキルを持っているみたいなんです。だから、あなたの言っていることはよくわかります」

 彼らは見つめ合った。

 それから、微笑んだ。


 三人で相談して、どこかで場所を変えて話をすることにしたようだった。



「……で、どうだったんだ」

 店長は言った。

「どうもこうも」

 僕は、これでもか! とりんごジャムを入れたお茶を飲む。


「くー、これよこの甘さ! で、スキルなんですけどね」

「そんなに入れて大丈夫か?」

「あのね。どっちもスキルなんて持ってないんですよ」

「は?」

 店長がぽかんとした。


「ただの美男美女。しかも性格も良さそうな」

「ああ、そうなのか。説明はしたのか?」

「しましたよ、ああしましたよ。『僕には、スキルがあると確定できるわけではありません。その上で聞いてください。こういう、他人への好感度みたいなスキルは、もう自分の動作や行動にも染み付いてしまうところがあるので、スキルを消しても完全には消えません。ですから、嫌がるのではなく受け入れて、これからの自分のふるまいが、正しいものであると確信できるように生きるしかないと思います』とかなんとか言ってやりましたよ」


 不用意なことを言えば、僕が他人のスキルを知れる人間だと怪しまれてしまう可能性もある。

 しかしそのまま放っておくのも不親切というものだろう。


「ま、実際、美男美女ってのも、興味ない人間から好かれたり嫌われたりして、いろいろ大変なのかもしれませんね」

「なるほどな」

「あー美男じゃなくてよかったー!」

 僕はお茶に砂糖を追加して飲んだ。

 喉を焼くような甘さだ。


「たまんねー!」

「おい、飲み過ぎは良くないぞ」

「これが飲まずにやってられっか!」

 あー、茶がうまい!

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