15 迷子
日が暮れてすっかり暗くなったころ、大工のダイハチさんが店に入ってきた。花屋の件以来だ。
「あ、どうも。そろそろ閉店なんですが」
「息子が、夕方、友達と遊びに行ったらしいんだが帰ってきてないんだ」
ダイハチさんは表情を変えずに言った。
「なにか、こう、子供がうろついていたとか、そういう話は聞かなかったか」
「いえ」
「おれは、そのうち帰ってくるだろうって言ってるんだが、かみさんがうるさくてな。いやおれじゃなくて、かみさんがうるさくてな」
「普段は、これくらいの時間になることはありますか?」
「そんなことはない」
「……その子は何歳ですか?」
「5歳だ」
「5歳! 友達の人数や年齢はどうですか?」
「同じくらいだろう。五人帰ってきていないらしい」
思ったより深刻な事態かもしれない。
「僕も手伝います」
「助かる」
店長に頼んで店を出た。
ダイハチさんの家は、ミトトマさんの果実店の商店街のすぐ近くだった。
ミトトマさんのスキルで商店が動かされ、すっかり道が広くなっている。
ただ、一軒そのままの店があって、そこは取り壊しが決まった建物のようだ。
まわりをせかせかと歩く人の姿が何人も見られる。
「近所の目撃情報は?」
「ほぼない。おれの家の前で、夕方に遊んでいるところを見たと、かみさんが言ってたくらいだ」
「お、アールじゃないか」
「ミトトマさん」
「なんだ、知り合いかい」
ダイハチさんが僕らを見比べた。
「はい。子供が見つからないそうですが」
「そうなんだよ。5歳の足じゃ、そう遠くまで行かないだろうが、そういう子供を見かけたって話が全然ないんだ」
商店街のネットワークを駆使してもまったくわからないというのは、ちょっと不思議な気がする。
「怪しいやつがうろついてたっていう話も出てないしよ」
誘拐という言葉を出さずに、誘拐の可能性は低いと言っているのだろう。
「もちろん、子供の家や店は、もちろん調べたんですよね?」
目撃がなくて、一番可能性が高いとしたら、かくれんぼのような悪ふざけではないだろうか。
「ああ。五人隠れる場所なんてない。いや、バラバラになってたとしてもだいたい探したからな」
「家でもなく、店でもなく、近所の建物でもない。しかし他に行く場所もない……」
「なんか思い当たるところはないか?」
ダイハチさんが、眉間にしわを寄せている。
「そうですね……」
僕は近くの建物が気になっていた。
スキルが見える。
建物から出られなくなるスキル。
つまり彼らは、その中にいるのではないか。
しかし僕は言うタイミングなのか、迷っていた。
もし子供がスキルの持ち主だとして、家に帰って、建物から出られなくなったりしたらまずいだろう。
いやそもそも、建物から出られないというスキルなのだから、帰れないのかもしれない。とすると、その効果範囲はどうなのか。本人だけが出られないのか、近づいた人間は全員出られなくなるのか。五人帰れないというのだから、近づくべきではないのか。
その場合、発見して中に入ってしまったらどうなるのか。
「どうした?」
ダイハチさんは言った。
僕が中に入るなと注意するのはおかしい。スキルを知っていることになる。
「そこがどうかしたのか」
「あ、いや、この前見たときには、中が見えたのに、今日は閉まってるなと」
「たしかにそうだ。取り壊すんだから、建物が痛むのを心配する必要はない。勝手に壊れるほど痛むわけでもないんだから」
ダイハチさんは、建物の入口のドアノブをつかんだ。
かんたんに開く。
「お父さん!」
中から声がして、ダイハチさんは走って入っていってしまった。
ミトトマさんも後を追う。
「ダイナ! こんなところでなにをしてたんだ!」
「ごめんなさーい!」
子供の涙声が聞こえてくる。
声を聞きつけ、他の人たちも集まってきた。親と思われる人が走って中に入ろうと。
「来ちゃだめ!」
子供の鋭い声に、親が立ち止まった。
「なんだこれは」
子供を片腕で抱えたダイハチさんが出入り口で、見えない壁に手をあてていた。
ミトトマさんも同じようにする。
「ドアが閉まっちゃう!」
子供の鋭い声に、僕は急いでドアを支えた。
「これは……?」
「中に入ったら、出られなくなっちゃったの」
「なんだって?」
僕はドアを開けたまま彼らを見ていた。
「おい、あんたは入ってくるなよ!」
「はい。どうしますか」
「うーん」
彼らの表情がまた暗くなった。
子供の体を抱いたり、手を握ったりして、離さないようにしていた。
「なにか特別な力が働いているようですが……」
「特別な力?」
「あの、ミトトマさん」
「なんだ」
「出られないなら、ミトトマさんの力で、建物を動かしてみたらどうでしょう」
彼らは入り口付近に集まった。
そこでミトトマさんが力を使う。
1ミリ。動いたかどうかはわからないが、連続して使うと……。
「いけそうだ」
じり、じり、と一番外に近かったダイハチさんの子供の体が出てきた。
建物から出られなくなるというルールは、建物側が動いた場合には適用されない解釈でいいようだ。
そして抜ける。すこし遅れてダイハチさんも。
待っていた親たちが、子供も抱きしめる。
「やあ、なんだったんだこりゃ」
ミトトマさんが、うんざりしたように言った。
「わからんがまあよかった」
「本当に」
一様に、ほっとしたように肩の力を抜いていた。
僕は近くのミトトマさんに小声で話しかけた。
「ミトトマさん」
「なんだ、どうした」
「この建物を、他の建物と同じところまでさげられますか?」
「そりゃ、後ろの土地が空いてるからできないことはないが、次の店主が、取り壊して作り直すって言ってたぞ」
「こんな建物が、他の建物の列から出っ張ってたら危ないと思うので」
「ああ、まあいいか、わかった」
ミトトマさんは、他の建物と同じところまで移動させた。
「ふう。疲れてるわけじゃないんだが、疲れるんだ」
ミトトマさんが笑う。
「お疲れさまです。取り壊すにしても、明日、協会に調べてもらったほうがいいと思います。なにがあるかわからないので」
「ああ。あ、礼はまた今度する、今日のところは」
「もちろん。お子さんを安心させてあげてください」
立入禁止、という札がドアにかけられると、みんなは帰っていった。
僕は建物を見た。
子供たちは5歳。スキルに目覚めるにしては早すぎる。
実際、子供たちはスキルを持っていなかった。
では、建物から出られなくなるというスキルは誰のものだったのか。
僕は建物を見た。
そんな例があるのだろうか。
しかし仮に、取り壊されるということを建物が理解していたとしたら。
その身を守るために目覚めるスキルとしては、妥当かもしれない。
というのは感傷的すぎるだろうか。
いまはもうスキルは見えない。
壊されることはないと安心して消滅したのか。
建物に人格など、生まれるのだろうか。
僕は考えながら店にもどった。




