13 鍵のかけ忘れ
「相談があるんですけれど……」
ケーキを食べ、お茶を飲み、ゆったりと過ごしていたお客さんに話しかけられた。
女性だ。20歳前後。どこかで見たことがある女性だが、どこかで会いました? と話しかけるのは適切ではない気がしたので黙っていた。
「相談ですか?」
「はい。なんでも相談に乗ってくれるスイーツのお店があるってきいたんですけど」
黒い髪は肩でそろえられていて、黒い大きな目がくりくりしていた。
「ええと、スキルに関する相談を受けつけてますね。協会に行くのは大変だという人のためにやっているんですが」
「えっ。すみません、わたしてっきり、なんでも相談していいのかと思ってました」
「ああ、いえ、他のお客さんもいないので、かまいませんよ。参考までに、どういったお話でしょう」
僕はゆっくり彼女の反対側の席に座った。
「あ、でも、忘れ物をするスキルってありますか? わたし、それかもしれないです」
彼女は自分を指した。
「忘れ物スキルですか」
「家を出て、鍵をかけたかわからなくなって、もどることありませんか?」
「ありますね」
「ですよね! わたしそれが、一日に何度もあるんです」
そのとき僕は急に気づいた。
「花屋の方ですか?」
「あ、そうです! うちのお店にいらしたことあります?」
「いえ、近くを通ったことはあるんですが」
「ああ、男の人って花を飾らないですよね。このお店も、もっとお花があると、女性のお客さんがたくさん来てくれると思いますよ」
ころころ表情を変えながらしゃべる。
このままだと、うちの店にいるのに花を買わされそうだ。
「考えておきます。それで、家の鍵でしたっけ?」
「はい!」
彼女は大きくうなずいた。
「家を出て、しばらく歩いてから、鍵をかけたかどうか、不安になるんです。それで家に帰ってみると」
「鍵がかかっている」
「いえ、あいています。それで、鍵をかけて、また出かけるんです。でも不安になってもどると、鍵があいてるんです」
「……それは妙ですね」
「はい」
僕は考えた。
「鍵が壊れているのでは?」
「いえ、もう二回も大家さんに替えてもらいました。それでも同じなんです」
「鍵が壊れていないとすると、建物自体が壊れているということは?」
「どういうことですか」
「極端にいえば、建物がゆがんでいて、鍵がかかっているにも関わらず、空間ができてしまってドアが開いてしまう、といったことです」
彼女は首を振った。
「そんなことはないと思います。そのあと鍵をかけて行くので。鍵がかかっていてドアが開くのなら、それ以上鍵はかけられないですよね?」
僕はうなずいた。たしかにそうだ。
「現場を見てみたいところですが……」
「うちに来るんですか?」
「ああ、いえ。ちょっと相談にのるだけです」
「相談にのってるふりして、女の子の家に行くんですかあ?」
彼女は、にやあ、とした。
「女性の家に行くこともありますよ」
「ええ?」
「人生の大先輩の女性ですが。話が長いのがたまに傷ですね」
彼女はきょとんとしてから、笑った。
恋愛対象として見られているのではないか。これがあるから若い女性の相談にのるのは面倒だともいえる。
しかし、本人から茶化してくれるなら、それはそれでありがたい。むしろ、触れられずに、おたがいに水面下でそのことを意識しながら話を進めるほうが面倒だ。
彼女は客商売をしているから、ナンパまがいの迷惑な客と日常的に接していて、いろいろな対処法を持っているのかもしれない。
「でも、それは一日に何度もあるんでしたっけ?」
「今日もそうです。今日は三回見直しました」
「じゃあ、二回、鍵があいていた?」
「はい」
「回数は毎回ちがうんですか?」
「はい。だから、遅くなって遅刻しそうになることもあります」
「なるほど。そのせいで何度も遅刻したことは?」
「遅刻はないです」
どうすればいいだろう。
「たくさん見直すときの、傾向はありますか? 天気とか、朝、夜。予定が多い、すくない。なんでもいいんですが」
「傾向ですか。うーん」
「なんでもいいですよ」
「そういえば、本当に時間がないときには、鍵がかかっていることは多いです。まだ余裕があるときには、あいていることが多いような」
「時間の余裕ですか」
「はい。天気とか、時間帯はあまり関係ない気がします」
「では、こういうのはどうでしょう。時間がないときのように振る舞ってみる、というのは」
「え?」
「時間がないときは、おそらく、ちょっと走って家にもどってきて、素早く鍵がかかっているかどうか調べますよね?」
「はい」
「それがいいんじゃないでしょうか。つまり、家を出る、鍵をかける、出発する、というのが、緊張感の中で一連の動きになっている。しかし余裕があるとまずいのかもしれない。たとえば朝、考え事をしているとか。これからお店に行って用意をする前に窓ふきをするとき、新しい雑巾を出さなければならないんだったっけ? など、余計なことを考えると思うんです。そのせいで、鍵をかけたかどうか、わからなくなってしまう」
「そうです!」
彼女は口を半開きにして僕を射た。
「今日のわたしを見てたみたい! あ、でも見ててもわからないか」
「だから、家を出て鍵をかけるときだけは、緊張感を持って、素早くこなすのはどうでしょう。鍵そのものに問題がないという前提ですが」
僕が言うと、彼女は、興味深そうに僕を見た。
「なんでしょう」
「本当に真剣に相談に乗ってくれるんですね。びっくりしちゃいました」
「は?」
「実は、商店街のおじさんに紹介されて来たんです。こんな話にも付き合ってくれるんですね」
「ああ、そうですね。こうして仲良くなったら、一緒に食事に行って、恋愛関係に持ち込もうとしてるんですよ」
僕が言うと彼女は笑った。
「今日はありがとうございました」
「いえ。うまく解決したら、今度は道具屋でなにか買っていってください」
「道具屋? はい、ジャムを買いましたよ」
彼女はバッグからジャムのビンを見せた。
どうやらここが道具屋だという認識はないらしい。
彼女が帰ると、店長がやってきた。
「今日はピーチティーをいれてみた」
「へえ、いい香りですね」
口に入れると、頭の中がピーチの香りでいっぱいになるようだった。
「桃、好きだろ?」
「果物の桃を食べるのが、ですけどね」
「で、さっきのはなんだったんだ? ナンパか?」
「ちがいますよ。あの人、解錠スキルを持ってますね。ドアノブを持って、5秒経つと鍵が外れるみたいです」
「へえ」
「鍵が外れる音は聞こえないみたいですね。そういう鍵なのか、鍵を開ける動きが魔法のように、瞬間移動させるようなものなのか」
「5秒? 長いな」
「はい。明るく話してましたけど、鍵があいていることを、結構、本気でストレスに感じてるのかもしれません」
一度止まって、今日こそ鍵がかかっていてくれ、と念じながら開けるから、5秒かかっているのではないだろうか。
「時間さえかけなければ問題ないはずなので、これでなんとかなってくれたらいいんですけど」
「だめだったらどうする?」
「なんとか、協会をすすめたいですけどね。僕からスキルを教えるわけにはいかないんで。そういえば恋人がいるのか、きくのを忘れました」
「本気じゃないか」
「一人暮らしっぽいので、もし結婚でもするのなら、いまより安心できるのかな、と思ったんですけど」
「そうだ。本人が解錠スキルに気づいたらどうするんだ」
「どうするもなにも、本人の問題ですよ」
悪用したら犯罪に転用されることがまっさきに浮かぶが、鍵開けより危険なスキルなんて山ほどある。
「店長。お礼に花を持ってきたら、うれしいですか?」
「うれしいよ」
「そうですか」
花。
花よりお茶がいいし、ピーチティーより桃がいい。




