11 文字数
「この中のカードを引いていただけますか?」
裏面が同じ模様のカードの束が、テーブルに広げられた。横一列に、彼の手でなでた部分にちょうど広がるようにして、なめらかに展開された。
僕はそのうち一枚を引いた。
「そのカードを、わたしに見せないように確認してください」
「はい」
僕は、テーブルをはうようにカードをめくった。スペードの9。店長にも見せる。
「では、そのカードをもどしてください」
「はい」
カードの束に差し入れた。
「では、手を触れずに当ててみましょう。あなたの引いたカード、覚えていますね?」
「はい」
「その色を思い浮かべてください」
「はい」
「なるほど。では、その数字を思い浮かべてください」
「はい」
「なるほど。……わかりません」
彼はうなだれた。
彼はリードという。
能力は、相手の考えていることがわかる。
ただし、文字数だけだ。
だからそれを活かして、相手のカードを当てる手品はどうだろうか、という考えに至ったらしいが、結果はこのとおりだった。
「赤も、黒も、文字数は同じですし、9でも10でも同じなので限定できないんです。どうかお願いします、手品に転用する方法を教えて下さい!」
リードさんは頭を下げた。
「それはマジシャンに教わったほうがいいのでは。なぜこの店に」
「スキルに関する相談です。マジシャンになるとしたら、商売敵にそんなこと言えません」
「たしかに」
それはそうか。
僕は考えた。
「文字数しかわからないわけですから、一回で、具体的なことを求めるのは難しいと思います」
「はい」
「だから……、たとえば、はい、いいえで答えてもらう質問がいいかもしれませんね」
「なるほど」
「コインの表、裏とか」
「やってみます!」
リードさんはコインをテーブルに置いた。
「コインを置いてください。どちらの面でもかまいません。決めたら、手をかぶせてください」
「はい」
僕は裏面にして手をかぶせた。
「あなたが置いたコインの面は、表ですか? 心の中で答えてください」
リードさんは言った。
それからうなずく。
「わかりました。表です。開いてみてください」
リードさんの言葉に、僕は手を離した。
裏だった。
「え? 三文字だったのに」
リードさんがぽかんと口を開けた。
「あの、表ですかと言われたので、いいえと答えましたので」
「あ、ああそうか、まちがえた!」
リードさんは頭を抱えた。
「もう一回お願いします」
「はい」
僕は表で置いた。
「表ですか? 心の中で答えてください」
リードさんは言った。それからうなずく。
「わかりました。そのカードは、裏ですね?」
リードさんの言葉に、僕は手を離した。
表だ。
「あ、え? 二文字だったのに」
「表と言われて、はい、と」
「あ、表って言われたかと思って。いやそうだったー」
リードさんが頭を抱えた。
「もうちょっと練習が必要そうですね
「ぼくはダメだ! あー、どうしてこんなにできないんだ!」
リードさんは頭を抱えて叫ぶ。
「いえ、落ち着いて」
「ダメなんだ! 自分でしっかり考えてきたのに、どうしてカードを当てられないかわからなかった! わかるんだ! 何回やってもダメだ! ぼくにはできないんだ!」
リードさんは頭をテーブルに打ちつけた。
「ちょっと」
「あ、テーブルが壊れますね、すみません!」
「じゃなくて、頭が」
「そう、頭が悪いんだー!」
僕は店長を見た。
いったいどうしたものか。
「おもしろいじゃないか」
「なにがおもしろいんですか」
他人事だと思って無責任な。
「このままでいいだろう」
「は?」
他人事だと思って無責任な!
広場で、僕らをなんとなく見ていた少年たちだったが、だんだん真剣に見るようになっていた。
「二文字か、よーし、なるほどな、わかったぞ」
リードさんが言ったので、僕は手を離した。
「裏です」
「あー、二文字だから、はいって言ったのかと思ったー!」
リードさんが言うと、くすくす笑い声が起きた。
リードさんはそのまま、また失敗したー、とお盆で自分の頭を叩くと、また笑い声が起きる。
そのままというのはこういうことだった。
リードさんが、頭の中に他人の文字数が浮かぶという設定、ということにした。
それを手品に活かそうと僕に相談しに来たが、ことごとく失敗するという、ごく短い喜劇というか、そういうものだ。
ちょうど子どもが集まっている時間だったのも良かったかもしれない。
リードさんが失敗するたび、またまちがえたー、ちがうよー、などと素直に突っ込んでくる子もいて、悪くない雰囲気だった。
悪くない反応だろう? とでも言いたげに、奥で立って腕組みをしている店長が見ている。
僕は、もうやりませんよ?




