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01 命中率5割の射手

 店の棚に薬草ジャムを並べていると、店長に名前を呼ばれた。

「アール、ちょっと来てくれ」

「はーい」


 うちは道具屋だがテーブル席が二つあり、そこで軽食をとることもできた。メニューはパンやスープなどあまり手間がかからず出せるものばかり。もう半分喫茶店だ。

 そのテーブル席にさっき入店した若い男女が座っていた。10代中頃だろうか。

 短髪の少年と三つ編みの少女だ。いや、少年というには精悍な顔つきをしていた。

 僕を見て立ち上がり、神妙な顔で軽く頭を下げた。


「こちらで、スキルに関する相談ができるとお聞きしまして……」

「どうも、アール20歳、彼女募集中です」

 僕が言うと、彼らはすこし笑みを浮かべた。

 くそ、愛想笑いだ。店長をにらむと、知らんふりをしている。もう絶対やらないぞ!


 二人と握手をした。彼の手は日常的に酷使しているような硬い手応えがあった。少女の方は水仕事をしているのか、あかぎれが見える。

「おれはエトです。彼女、レミや狩猟をする仲間と生活をしています」

「北の村ですね?」

 僕が言うとうなずく。

 この町からすこし北に行ったところに、弓矢を得意とした20人ほどの村民が暮らす村がある。

 彼らは動物を的確に射抜く腕があり、質の良い肉がこの町にも流通していると聞いた。


「そこで弓を使って狩りをする仕事をしています」

「エトは村で一番の弓の名手なんです」

 レミさんは目を輝かせた。

「おい、なに言ってんだよ」

 言葉と裏腹に、エト君は嬉しそうだった。


「それはすごい。かなりの腕なんでしょうね」

 二人は微笑んだが、すぐ表情が暗くなる。


「でも、だめなんです。先月、おれはスキルをもらいました」

 おおよそ15歳になると、ランダムに特殊な能力が与えられる。与えられたことを知らせる声が聞こえるのだ。

 ほぼすべての人間に与えられるのだが、髪の毛が伸びる速さが他人の1・2倍とか、爪を切るのがうまいとか、ちょっと反応に困る、日常が変わるようなものではないことが多いから、もらえなかった、としている人も多い。

 また15歳より早かったり、遅かったりすることもある。


「良くないスキルだった?」

 僕が言うと、エト君がうなずく。

 それから店長をちらっと見る。


「だいじょうぶですよ。スキルに関する相談は、店外に一切漏らしません。守秘義務は守ります。しかし最初に言っておきますが、こちらにいらしたということは、あくまで、相談ということで、確実に解決とはいきません」

 エト君はうなずいた。

 本来なら、スキルの相談事は協会に行けば確実なのだが、料金が高い。気軽に通える金額ではないのだ。


「スキルは、弓に関するものでした。……射撃の確率が、50%になる」

「ほう」


 レミさんが口を開いた。

「エトは、12歳から弓を外したことなんてなかったんです! それなのに、いまでは、必ず半分外れるようになってしまって……」

「こちらで話を聞いてもらうといいと、取引先に紹介してもらったんです」

「お肉屋さんですね」

「はい」

「お願いします。スキルを消す方法はありませんか?」

 エト君は僕を真正面から見て言った。

 彼の視線は強く、真剣さに心を打たれる。

 だが僕のできることは決まっていた。


「なるほど。それはありますが」

「えっ」

 立ち上がる彼らを、僕は手で制した。


「協会でしか難しいでしょう」

「でも、おれたちはそんなお金はなくて」

「もう行かれたんですね?」

「じゃあ、どうすることもできないんですか……」

 エト君は肩を落とした。


「うーん。すこし、狩りの様子を見せてもらってもいいですか?」

「え?」

「そういうスキルとの付き合い方を探っていく。ここはそういうお店なんですよ」

 僕は笑顔で言った。



「ひい、ひい、ひい」

 僕はひんやりとした静かな森の中を小走りで進んでいた。

 空は木の葉でさえぎられ、たまに木漏れ日が目にチカ、チカ、とまぶしい。

 足元は道とは言えない土の上で、何度も木の根で転びそうになった。


「歩きって言ってたのに!」

 僕が言うと、まわりの狩人たちが笑う。

「だらしねえな」

「こんなの歩きと変わらねえや」

「こんなんで文句言ってたらくたばっちまうぞ」

「だいじょうぶですか?」

 エト君が近くにやってきた。


「だいじょばない」

 エト君がくすっと笑う。

 それから表情がくもった。


「合図だ。静かに」

 そう言うと、ひとりが手を上げ、みんな立ち止まる。

 突然しん、と静まる。僕は口を袖で押さえて呼吸音を必死に抑えた。


 さっきまでは聞こえなかった、風で揺られる木の葉の擦れる音。

 かすかな鳥の声。

 しゅっ、という音がして、こちらに鹿が向かってきた。別の仲間が追い込んだのだ。

 

 エト君が弓に矢をつがえた。

 と思ったらもう射ている。風を切る音が森を裂いた。

 当たる。

 と思ったら、矢が不可解な軌道を描いた。

 鹿を避けるように渦を巻いた軌道で、近くの木の幹に、かっ、と刺さった。

 鹿は別の人が矢を放って仕留めた。どっ、と鹿が倒れる音がして、仲間が向かっていった。


 エト君と僕だけが残っていた。

「いつもこうなんです。当たって、当たって、ときていたので、外れることは決まっていました」

 暗い表情で言った。


 確率が半分だとすると、必ずしも、当たって外れての繰り返しとは限らない。

 ○×○×、×○○×、○××○、×○×○、といったように、確率は半分なのだが、見かけ上連続で当たることもあれば外れることもある。

 つまり、○×ときたら次がどうなるかは不定だが、○××、あるいは×○○のように連続したものがくれば確実に逆になる。それを言っているのだろう。


 他の狩人は八割以上の的中率らしい。おそらくすごいことなのだが、エト君は本当に100%当てていたらしい。

 それが半減してしまった落胆は大きいにちがいない。


「何回やっても間違いない?」

「はい」

「なるほどね。……実は、ちょっと気になることはあるんだ」

「え?」

「おい、赤鳥だ!」

 声が上がった。


 鹿のいたあたりの狩人たちがしきりに上を指していた。

 赤い。

 過剰な装飾のドレスを着たような鳥が、大きく羽ばたいて飛んでいた。

 狩人たちがすぐ射るが、軌道をわかっているかのように、ひらり、ひらりと優雅に飛んでいた。


「あれは?」

「クリムゾンバードです。見た目は美しいのですが、火の魔力を帯びていて、あれのせいで火事になることもあって」

 年中いるわけではなく、気温が下がる時期になるとやってくるという。

 荷物を置いておく小屋などが発火することもあって、この時期はずっと見張りをしておく人を立たせておかないとならないらしい。


「あれを追い払えればいいのですが」

「きれいな鳥ですね」

「はい。仕留められればとてつもなく高く売れるそうです。あれを狙う専門の冒険者もがいるという噂も聞きます」

「へえ。じゃあ、いい獲物ですね」

 僕が言うと彼は首を振った。


「おれたちは食べるものしか狩りません。だからいりません。幸いというか、通常の矢が当たっても燃えるだけらしいですし、危険な場所だと判断するともう立ち寄らなくなるそうです。だから、当てられればそれでいい。おれたちは、クリムゾンバードに、ここは危険だからどこかへ行ってほしい、それだけなのですが……。おれが……」

 エト君は言葉を飲み込んだ。

 他の狩人も手を出しているが、からかうように、ひらり、ひらりと舞うクリムゾンバード。


「ではエト君、あれを狙ってみてください」

 僕が言うと、彼は顔を上げた。

「万全でも難しいですが」

「とりあえず、です」


 エト君は素早く弓を構えて矢を発射した。

 クリムゾンバードも回避行動をしたがそれより大きく矢が勝手に外れた。

 スキル効果が出ている。


 僕はすぐ言う。

「もう一回、今度はクリムゾンバードと反対方向に矢を放ってください。しかし、気持ちはクリムゾンバードを狙って」

「は?」

「すぐに」

 僕の口調になにか感じたのか、エト君はすぐ矢を放った。 

  

 とんでもない方向に飛び出した矢は、急カーブするとクリムゾンバードに向かって飛んでいった。

 クリムゾンバードは体をひねりつつ羽ばたく回避行動。

 しかし矢はその動きについていき、命中した。

 矢が燃え上がった。

 クリムゾンバードは急上昇し、葉の間から空に消えていった。

 羽に触れた葉が焼け焦げていた。



「ジャムは、やっぱりいちごジャムですよね」

 僕が小皿に盛ってきたジャムをスプーンで口に入れようとしたら、店のドアが開いた。

 エト君とレミさんだった。


「ありがとうございます!」

 エト君は、やってくるなり僕の右手を取って力強く握手をした。

 じゃあこっちだとばかりに、レミさんが左手を両手で握る。

「ありがとうございます!」

「あれから、どんな難しい獲物も命中率100%です!」


 そうなのだ。

 命中率5割が確定している能力。

 ということは、二回連続で外れたあとには絶対当たる。

 外れない……というレベルではない、必中能力なのだ。


 エト君が自力でそのことに気づけなかったのは、つまり、いままで能力が関係なければ自力で100%命中させてきていたということなのだ。だから気づけなかった。おそろしい腕だ。


「クリムゾンバードも来なくなりましたし、いままで以上に難しい相手にはエトを、ということで信頼も厚くなりました!」

 レミさんがぶんぶん僕の手を振る。


「それはよかった」

「これ、今朝捕れた肉です」

 エト君は背負っていたバッグから、大きな葉、数枚でくるまれた塊を取り出した。

 めくって見せてくれる。


「これはすごい。村でごちそうになったのは、うまい肉でしたからね」

「よかったら、たまにお持ちします」

「いやそれは」

「ありがたい!」 

 店長がやってきた。


「いい肉が食べたいと思っていたんですよ。アールも食べるだろう。最近は、たまに燻製か塩漬けを食べるだけだったからなあ。きれいな肉だ。私は食べられなかったからねえ。私はタベられなかったからねえ」

 二回言った。


「仕事をしてきたのは僕です」

「シンプルに焼いて食べるのがいいんだろうね」

「うちの村で使っている香辛料も持ってきました」

「おお! すばらしい! 気が利くなあ!」

「アールさんが、報酬は金銭でなくてもいいというので助かりました!」

「こういう肉を買おうと思うなら、金銭より肉がいい! わざわざ店を通すとお互い損をするわけですからね!」

「ありがとうございます」

 ひとしきり盛り上がると、エト君とレミさんは帰っていった。


「いやあ、いい肉だいい肉だ。で、どうだった?」

 見送りに行った店長が上機嫌で戻ってきた。

「あの村に、睡眠針というスキルを持った人がいますね」

「睡眠針、ほう」

「刺した動物を眠らせる技術です。いまのところ、魚を捕るのに使っているみたいですね」

「ほー。なるほど。おもしろい」

 店長は大きくうなずいた。

「問題があったら報告してください」

「わかった」


 僕のスキルは、見た相手のスキルを知るスキルだ。

 だからエト君のスキルも最初からどういうものかはわかっていた。僕に、正直に伝えるかどうかを見ていただけだ。


 相手のスキルを知るスキル、なんて公開もできない。そのため、相手のスキルについて調べ、考えた結果、使いみちを示すという手順をふむ必要があった。

 それに今回のように、普段は立ち入らない村に自然に入ることができるから、危険なスキルを持っている人間をあらかじめ町に報告することもできる。睡眠針のような。


「さ、肉肉肉! 食うぞー!」

「店長、僕はサンドイッチで」

「あーなるほど? 悪くないね?」


 そのときドアが開いた。

「あの、こちらでスキルの使い道を相談できると伺ったのですが……」

 小柄な女性だった。

「ええどうぞ! さあこちらへ! よろしく!」

 と店長が席に案内し、僕の肩を叩くと、流れるように肉を持って奥に消えた。


 僕はため息をついて、席に向かう。

「はじめまして。僕はアールといいます。まず、どういったスキルなのか、お聞かせてください」

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