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第三十二話 ジンヘイ

「魔練武器、飛去来器(ひきょらいき)


 ジンヘイは取り出した魔練武器を、目の前の化け物目掛けて投げつけた。エリンはそれを最小限の動作で躱すと、すかさず反撃のため地面を蹴る。


「馬鹿な!」

「これで、終わりだよ」


 鋭く尖った爪がジンヘイの喉元に迫る。エリンこの瞬間に勝利を確信していた。さっきまでの馬上と違い、地面にいる人間に攻撃を外すわけがないからだ。たが、その考えは覆されることになる。

 あと少しで爪が相手の喉を潰す。その刹那の間のことだった。


ドスッ!


 肉を打ちつける鈍い音とともに、エリンの背中に激痛がはしった。当然、その衝撃で喉元に迫っていたエリンの腕から力が抜け落ちる。エリンは自分の背中を確認して驚愕した。なぜなら、さっき躱したはずの飛去来器が、自分の背中に突き刺さっていたのだから。

 

「なんだい、こいつは」

「はは、かかったなマヌケめ!!」


 魔練武器 飛去来器、鋭利な刃が十字架のように伸びたそれは、まるで手裏剣を大きくしたような形状をしていた。そして魔力を宿した者の元に、必ず戻る性質を有している。ジンヘイは初めの攻撃を、敵の油断を誘うためにわざと避けさせたのだ。

 エリンにとって不幸だったのは、飛去来器がまだ突き刺さっていること。幸いだったのは、かろうじて急所を避けていたことだ。とはいえ、傷は深く内臓まで達しており、これ以上の戦闘は不可能に思われた。


「ふむ、すぐには死なぬか…流石、生き汚い亜人といったところか」

「こ、こんなもので」

「動かない方がいい、飛去来器はいつでも動かせるのだ。まぁ。どのみち殺すのだがな」

「クッ」


 この時点でエリンは詰んでいた。ジンヘイがその気になれば、すぐにでも命を絶てる状況なのだ。直ちに殺さないのも、見せしめに効果的やり方を考えていたからに他ならない。首を晒す、それとも敵軍の目の前で嬲り殺す。方法は無数にあったが、万が一を考えこの場で首を刎ねることにした。

 ジンヘイは傍にあった部下の死体から、剣を抜き取ると上段に構える。邪念はない。あるのはただ主人のためにという正義だけだ。覚悟を決めたエリンに、無慈悲にも剣が振り下ろされる。


「ぐは!?」

「お、お前は…」


 だが、その剣がエリンの首に届くことはなかった。ジンヘイは突如現れた白銀の残影に襲撃され、遥か遠くに吹き飛ばされる。九死に一生を得たエリンの瞳に映ったのは、たなびく白美な毛並み。


「ガオン!」

「クソッ、つい体が動いちまった」

「どうしてお前がここに…ガレオに敗れてから、行方しれずだって聞いたよ」

「そ、そんなこと、今はどうでもいいだろうが!」


 ガオンは無造作にエリンへと近づき、背中に突き刺さった飛去来器を抜き取った。急所を外れていたが重症であることに変わりはない。ガオンは飛去来器を投げ捨て、エリンに手を差し伸べる。


「おい、立てるか?」

「誰がお前の手なんか」

「なんだが懐かしいねぇ、似たようなことが昔にもあった」


 ガオンがしみじみと感傷に浸っていると、投げ捨てた飛去来器が突然動き出した。ガオンは寸前のところで回転する刃を躱す。飛去来器はそのまま持ち主であるジンヘイの元に戻った。


「亜人の分際で舐めた真似を…」

「なんだおめぇさん。まだ動けるのかい」

「貴様、楽に死ねると思うなよ!」

「口だけは達者のようだが、死ぬのはおめぇさんだよ」

「ぬかせ!?」


 ジンヘイは再び手にした飛去来器を投擲しようと構えを取った。飛去来器は所持者の意思で、自在に軌道を操ることができる。それこそ、慣性を無視して直角に変化させることも

可能だった。では何故そうしないのか。理由は単純、威力が下がるからだ。ガオンが突然動き出した飛去来器を躱せたのも、速度がそこまで速くなかったからに他ならない。


 ジンヘイは次の投擲に魔力を込めることはしなかった。初見殺しが最大の強みの飛去来器が、次も当たるとは思っていなかったからだ。だが、投擲されれば敵は飛去来器を意識せざるを得ない。その隙に手首に仕込んでいる隠し剣で仕留める。そのはずだった。


「な、なんのつもりだ!」


 ガオンは投擲された飛去来器に自ら当たりにいった。多少は運試しのところはあったが、飛去来器はガオンの左腕を犠牲に動きを止めた。

 ジンヘイは予想外の敵の動きに足を止めてしまう。魔力を込めていれば、この投擲で決められたという後悔によるものだったが、その一瞬が命取りとなる。ガオンに気を取られ、死角から忍び寄っていたエリンに気が付かなかったのだ。


「がふっ」


 背中から心臓を貫かれたジンヘイは、鮮血に染まる自身の衣の感触を感じながら、友の顔を思い出す。共に主へと忠誠を誓った友の名はレンファ、憎たらしいほど真っ直ぐな性格に、主の次に腕が立つ。討死の知らせを聞いた時は、何かの冗談だと思いすぐに信じることが出来なかった。


「ようやく…お前と…同じ」


 こうしてジンヘイの命は潰える。強者の最後としては実に呆気のない幕を引きであった。



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