第一話 新世界
夢を見た。
それはVRゲームのファンタジー空間に入ったような世界で、たくさんの人々がライトノベルの中に出てくるようなモンスターと戦う姿。
だが、不思議とその光景が、妄想とも思えなかった。
確かに剣や魔法を使ってモンスターと戦う自分の姿を想像したことはある。剣を自由自在に使い熟し、魔法を自由自在に操る魔法剣士は俺の憧れだ。
しかし、所詮妄想は妄想だ。現実にあるはずが無い。そう思った。
そこで、視界が暗転した。
次に見えたのは、白い空間と机と椅子、白いもや。
声が聞こえた。男の声だった。
「やばいやばい、どうしよう……」
どうやら焦っているようだ。
「関係無い人巻き込んじゃった、怒られる……」
そして、何かを考え始める。
「そうだ!」
何か、思いついたようだ。
「僕の力を全て渡すことにしよう!」
そう言って、こちらに視線を向けた気がした。
「ごめんね、強く生きてね!」
問題が解決したように清々しく言った。
そして、視界が暗転していった。
「んんっ、んぅ…………」
それは、鼻にツンとくる異臭で目を覚ました。
「……………………」
理解が出来なかった。
「…………は?」
何故か今、俺は薄暗い路地裏でゴミ箱にケツを挟まれながら、「ひ」の字状態で動けないんだが。
さっきまで見ていた夢といい、変なことが起きまくっている。
俺の名前は金欠大学生、神永織也。最近、運動不足だったので散歩がてら秋葉原にきて、客引きをするメイドさんを尻目にアニ○イトにいったりヨド○シにいったりと金が無かったために何の生産性のない一日を過ごして、虚無感に苛まれながらも、全身バキバキの筋肉痛のせいで、風呂に入って、干からびた蝉のように布団にひっくり返りながら、ぐっすり眠って起きてみたら、この状況なんですよ。
「ホントにここどこ?」
記憶の中でこんなに荒んだ路地裏を住居にした覚えはないし、今これが夢でもないようだし。
「とりあえず、この状態から抜け出さないと」
いかんせん、この状態はケツと腰にくる……。あと、臭いし。
あ、やばい。いい感じにフィットしてる。ちょっとキツいんだが。
「……よいしょっ。あ痛っ!?」
勢い余って、顔面から見事に着地。めちゃくちゃ痛い。
「ふぅ~。さて、どうするか。」
現在地がどこなのか分からないため、場所を調べなければと思い、ポケットに手を伸ばす。
「あれ!?スマホがないっ!?」
これはいよいよまずいぞ。財布も無いし、家の鍵も無い。このままだと路地裏で野垂れ死ぬ運命なんだが。
「とりあえずここから出よう」
日が沈む前に食べ物はほしいです。あと、寝床とか。まあ、その調達方法は追々考えることにしよう。いまはとにかく情報が知りたい。
それにしても、エグい長い路地だな。先が見えん。とりあえず左利きなので左側に行ってみた。
ほんとは、右も使えるけど。親に便利だよと言われたので必死に練習した。確かに便利だった。ハサミとか骨折したときとか。中学でバスケ部だったけど、両手使えるとドリブルしやすいんだよね~。まあ、高校は漫研だけど。
というかこの状況って普通に考えておかしいよな。朝起きたらそのまんまの意味で粗大ゴミ扱いされてるし、さっきまで見ていた夢の中の謎の男(?)の言葉とか。力って何だろうか。
「まさかっ!!!!」
ふはははははは!!!ついに俺も手に入れてしまったのか!!!他を圧倒するチート能力を!!
謎の男の前に見た、あのなんともオタク心をくすぐるファンタジー世界はこの世界のことなのでは!!
「ぐふふふふ……」
おっといけないいけない。思わず内なるオタクが出てしまった。
なんて、感傷に浸っていると、ついに、光が見えてきた。人の声も聞こえる。
さぁ、この世界はどうなっているのか。先ほどの天才的な考えに期待を込めるながら、一歩、力強く踏み出した。
「オーマイガー……」
そこに広がっていたのは現代の日本のようだった。だが、幾分か発展したような近未来の日本のようでもあった。
まあ、そこまではいい。だが、気になることは別にあった。
なんと、視界にいる全ての人間が髪を染めて、カラコンしてる状態なのだ。やめてくれよ。根っからのオタクである俺には全人類陽キャの世界なんて嫌なんだが。あっ、黒髪の人もいるわ。
なんて、少し安心していると、近くから歓声が聞こえてきて、そちらに目を向けると人だかりができていた。気になって、近づいてみると……
「……えっ?」
ホントに驚いた。目ん玉飛び出そうなくらい目を見開いた。嘘だろ。
そこで目にしたものは……
「これより、B級冒険者、逢沢研悟対C級冒険者、横野高志郎によるストリートファイトを始める!!スキルの使用は身体強化系のみとする!!武器は木剣のみとし、降参または、審判が続行不可と判断するまで試合は続行する!!」
スーツ姿の男がそう宣言した。チャラそうな赤髪の男と体がめちゃくちゃでかい茶髪の男がにらみ合い、木剣を構えている。
「…………ははっ」
思わず乾いた笑みがこぼれた。まんまじゃん、
さっきまで考えてたことと。
「はじめっ!!!」
そうして、両者の剣戟が始まり激しさを増していく。
そうして、この新たな世界の一端に触れた、織也であった。