第21日目 矢野氏の退院(入院は人生の転機)
私にとっては、今度の入院は面白かったですねえ。若い頃にも二、三度しているんですが、それは寝た切りで点滴を受けたり、手術の跡が痛かったりの厭な思い出だけなんですよ。こんどはね、やはり三週間も入っていたせいなんでしょうけど、皆さんと、お近づきになれたんでね。中々愉快でしたよ。
いやいや、人生の充電とか、精神の休息とか、そんな説教臭い意味ではなくて、入院生活自体が痛快で、オーバーに言えば「精いっぱい生きている人生の一コマだった」ということなんです。
まあ長い間、仕事を離れていたんですけどねえ、根が楽天家だし、無責任男ですから、会社が恋しくなるとか焦るとかいうことは、正直に言っても少しもなかったですよ。もっとも、はじめの内は、楽しみにしていた出張を棒に振ることになったんで、惜しかったなあと思いましたけどね。
それより、やはり入院生活が愉し過ぎて、外の暮らしのことなんか忘れてしまったからなんではないでしょうかね。会社はね、こっちが四十を過ぎると一つのことに熱中させてくれんのですよ。ということは、仕事はその日暮らし、例えが悪いけど『日雇い』と一緒です。打ち込むことがないということは、面白くなんかありませんよねえ。
見舞いに来てくれた中には「早くよくならないと出世に差し支える云々」などと、お節介な励まし方をしてくれた唐変木がいましたけど、普段でも自分の好きなように会社で振る舞っている私ですから、面食らいましたねえ。こっちは、給料さえ今のレベルより下がらないのならいいんで、そんなものは最初から覚悟をしているんですよ。欠勤にならなくて給料も引かれないなら、もっとこのまま入院して居たいくらいですよ。
サマーセット・モームに『月と六ペンス』という、画家のゴーギャンをモデルにした小説があったでしょう。私は中学時代に読んだんですけどね、主人公のストリックランドという名前は今でも覚えていますよ。
仕事も家族も捨てて生きる・・・・・・。
なんだか訳がわからんけど、強烈だったなあ。主人公はちょうど今の私ぐらいの年齢ですかねえ。その時以来読み直してもいないんで、正確かどうかわからないんですが、銀行員の安定した生活を捨てた理由を、読んだ高校生当時は、好きなことをやるためと思っていたんですよ。しかし今はね、単に一つのことに打ち込みたかったからじゃあないかと考えているんですよ。選んだのがたまたま絵画だっただけで、好きだったんじゃあ無い、好きだったらあんなに苦しまないと思いますよ。
そんなわけで、当時から「それまでの生活を捨ててしまう」ということには憧れていたんですよ。この入院で、それがほんの僅かですが味わえたですかねえ。
ストリックランドのところへ、たまに元の女房が「戻ってくれ」って頼みにくるんですよ。しかし、私の場合は、あっちが「帰ってくるな」でしたけどねえ。
電力王の福沢桃介だったかなあ、「人生で三つの苦難に出会ったことのある人間以外は、本当に信用できない」と、言っていた筈なんですよ。一つ目が『浪人』で、それで私は一年間学校を留年しているでしょう。二つ目が『闘病』でね、今回めでたく卒業ですよ。これで私にも少しは信用が付きましたかねえ。
えっ、三つ目ですか、これがね、確か『入獄』なんですよ。これは、いくら短いやつでも、経験はしたくないですねえ。
実は、このワープロで日記を付けていたんですよ。
病院では、ただ寝ているだけだから書くネタなんかそれほど無いと思ってたんですけど、結構あるんですよ。健康なときだったら何でもないことでも、足腰が立たないと大変なこともありますしね。たとえば、トイレに行くこと自体が一大冒険で四百字詰め原稿用紙三枚に綴ったこともありましたよ。
それとね、皆さんのお話が面白いんですよ。はじめの内は、日記に「平山さんが何々の話をした」としか書いてなかったんですけどね、その内にあんまり愉快なんで細かく残そうと思い立ちましてね、その人の話した言葉そのものを借りて直接、記録するようにしたんです。
ああ、これだと井上ひさしという作家の「不忠臣蔵」と同じ体裁だなあと気が付いて、いっそのこと小説仕立てにしてやれと決心したんですよ。
もっともねえ、隠しマイクを用意する訳にもいきませんし、また私の記憶力なんて知れてますから、どれだけ話の中身を正確に書けたか怪しいもんですけど。
だから第一に、登場人物である皆さんに読んで喜んでもらうことを主眼に置いているんです。それで『史実』に忠実にと心がけたんですが、やはり、色々と差し障りがありそうなんで、半分ぐらいですかねえ、本当のことは‥‥。
あとは辻褄が合うように創作を加えたんです。で、当然、人物名は皆、仮名にさせてもらってますよ。
この病院についても誉めたつもりですけれど、知らないで書いてしまって、法律かなんかに違反していることがあったらまずいですし‥‥。また、医学にはトント疎いので、皆さんの仰ったことをちゃんと書いてあるとは限らないですよ。読む人に鵜呑みにされると困るし、責任は負えない。たとえば平山さんの「スタマゴ」を作って飲んで、あたって死なれても私は知りませんよ。念のため。
まあ、この文章を私以外が読む頃には、五〇二号室、この数字も語呂がいいので選んだだけですけど、ここの住人も皆さんも退院しているでしょうから、報復や迫害の及ぶことはないと思いますがね。
1992-02-29




