林檎の中
私は酷く理不尽な女だった。理不尽で、傲慢で、自己中心的で、それでいて、脆い。
プレゼントを特別な日に恋人に強請る女が大っ嫌いと口では言い張っているくせに、恋人がクリスマスや誕生日、付き合って何ヶ月の記念日に何もくれないなんてことがあったら、2週間は連絡を取りたくない気分になる。
高校1年生のとき、初めて出来た彼氏から今の彼氏まで、計4人。
その4人と接する中で、自分の中で、赤く尖った感情が果実のようにプクプクと実っていく様を、嵐が過ぎるのを待つように、黙って見つめていた。
「私、君じゃないとダメなんだって言葉に弱いのよね」
社会人になっても尚、どこか垢抜けない同級生を心の隅で小さく見下しながら、私はカルア・ミルクを大さじ1杯ほど、口に含む。
年に一回開く女子会と称した、同級生との愚痴の語り合いも、年々参加者が減少していく。
一番最初に抜けたのは、7人の中で一番地味で大人しかったマリカだった。就職先が決まってすぐの頃、妊娠して、実家に帰った。旦那はいない。
二番目はアカリ、三番目はユキ。2人とも結婚し、アカリは旦那の仕事の都合で北海道へ。ユキに至っては、アメリカへ渡ってしまった。
今年は残りの、ミドリとマホ、ミチコの私を含めた四人で飲もうという話になったが、ミドリがドタキャンをした。
実家の母親の面倒をどうたらこうたらと理由をつけたLINEを前日の夜に見たとき、男だと確信した。
無駄に多い絵文字を使ってくるとき、ミドリはなにかを隠している。
そんなミドリのドタキャンの愚痴から、女子会、もとい愚痴会は最近流行りのイタリアンレストランでスタートし、店を変えて、小綺麗なバーで飲みなおす。
初めのレストランで既に白ワインを飲んでいたこともあり、この時間帯になると、酒に若干強い私も、酔いが回ってくる。つい、甘ったるい話題をぶら下げてしまう。
「それは何?男にってこと?」
「ほかに何があるっていうのよ」
頬を桜色に染めたマホが小さく笑いながらミチコの肩を軽く叩く。
「でも、意外ね。リナったら。恋愛なんて関係ないわなんて態度取っときながら、私たちの中で一番最初に彼氏作ったものね。やっぱりそういうこと言われるコレがいるわけ?」
自分の中の赤い果実をマホに小さく突かれた気がして、私は眉をひそめてしまう。その果実を差し出したのは私自身だというのに。
その小さな不快感を掻き消すように、口を開く。
「実際言われたかはどうでもいいことよ。この場合」
またまたぁ、と茶化すような視線を送るマホが何がをいう前に、付け足す。
「君じゃないとダメってずるいと思わない?何というか、とても暴力的なのよ。ベッドに押し倒して、無理矢理手首を縛られて、キスをされるみたいな。それでも、悪い気はしないの」
「なに、リナって、マゾだったの」
「だからそういうことじゃないわよ」
乾いた喉から声を出して微笑を浮かべる。
「でも、なんだかわかる気がする。ずるいわよね、そんなこと言われたら、仕方ないってなっちゃうかもしれないわ私」
冗談ばかり言うマホとは対照的に黙って話を聞いていたミチコがおずおずと口を開く。
「いくらダメな男の人でも、そんな気分になる。なんでなのかしら」
「それはつまり、承認欲求を満たされたからってことじゃない」マホが急に真面目な顔を作り、言う。
「そんなの、自分が好きじゃなくても、言われてしまうと、欲求を満たされたことを恋心が芽生えたことだと勘違いするのよ。それはほんとの恋じゃないわよ、リナ。そこに愛はない」
『承認欲求、ね』、私は心の中で小さくつぶやく。
「急に真面目ね、マホ」
「え、違うのー?」
ヘラヘラと口角を上げ、マホは小皿に入ったピーナッツをつまむ。
小気味良い音をさせながら、ピーナッツを噛み砕くと、マホは額を拭った。
「でも、女々しい男って私は嫌い。『君じゃないとダメ』なんて、女々しいわ。私がいなくても生きていける強い男がいいわね」
「マホが付き合う人はいつもガタイが良くて、すごく...あー、男らしいって、今の時代よくないんだったかしら...」
「言いたいことはわかるわよミチコ。まあ、私は俗にいうーーー」
「君じゃないとダメ」、このセリフを吐いたあの男は、女々しかったのか。それとも、自分の承認欲求が勝ったことで、魅力的なセリフに聞こえたのか。
どちらにしろ、そのセリフは私の中の果実をさらに熟させた。