8話 後輩
末からの注文で少し戸惑う。
......。
考えたが収入が少ない今、人を選んでいる場合ではない。
場所はワクドナルドから金沢駅方面に向かって2km先のところにあるマンションで、店は通り道にある弁当屋だ。
注文を受けてすぐに向かった。
金沢駅に近づくにつれ、車の通りが多くなっているのを感じる。
今日は金曜日で普通なら出社しているはずだ。
末は昼食で一時的に帰ることはあっても、13時半までに会社へ戻らないことはないはず。
こんな時間まで家にいるってことは休みか?
弁当屋で弁当を受け取り、それから2分ほどでマンションに着いた。
外装は正面から見ると白色だが、側面は肌色に塗られている。
6階建てのマンションで、汚れや塗装の剥がれがほとんどなく新築に近い状態だ。
注文リストによると末は4階の403号室に住んでいるらしい。
正面にはエントランスがあり、自動ドアが2枚並んでいる。
来客専用駐輪場にロードバイクを止めるとエントランスに向かった。
外の自動ドアが開くと、風除室の白い大理石の壁とグレーの御影石の床が外からの光を反射している。
左の壁にはダイヤル錠付きでステンレス製の集合ポストが並んでいて、右手にオートロック操作盤があった。
(後輩のところに配達するって流石に気まずいな。まず俺だと分かれば驚くか?それとも呆れて無表情か?いや――)
考えれば考えるほど表情が硬くなってしまう。
(考えすぎだな。とりあえずリラックスして行くか)
落ち着かせるために深呼吸をして、オートロック操作盤の呼出を押した。
『はい』
「ファイートで――」
『え! 新城さん!? あ、今開けますね』
――そうなるよな。
オートロックが外れ、中の自動ドアが開く。
入って右手にあるエレベーターで4階に向かった。
4階に出ると八夫篠がある森林や多くの街が遠くの方で見える。
かなりいい所に住んでいることが、物件に詳しくない俺でも理解できた。
部屋番号を確認しながら進んでいく。
”403”の部屋の前に立つともう一度深呼吸をしてインターホンを押すと、すぐに扉が開く。
「新城さん! お久しぶりです!」
「久しぶりだな、末」
会社にいたころと変わらない笑顔で接してくれた。
深く考える必要は無かったな。
安心して表情が柔らかくなっていく。
見たところ髪は寝癖がついていて、パジャマ姿だ。
「末、これ弁当な」
弁当が入った袋を手渡す。
「新城さん、ありがとうございます!」
末が財布から代金を取り出している間に部屋の中が見えた。
廊下には衣類や紙が散乱し、玄関には靴が乱れて置かれている。
「これで丁度ですね」
「おう、ありがとうな」
財布にお金を入れ、ポケットにしまってから話しかけた。
「末、今日は休みなのか?」
「はい! やっと有給もらえまして」
「やっと一段落ついたのか。良かったな」
そう言うと末は苦笑いして答える。
「ただ近いうちに新たなプロジェクトがあって、その資料作りで今日1日終わりそうです」
そうか。俺のせいで――。
あの日、俺の代わりに末がプロジェクトの発表をしたことでより仕事の負担が増えたのだと悟った。
思わず暗い表情をしてしまう。
「それに新人が入ってきたのはいいのですが、合わなくて仕事がしづらいんですよね」
「そうか」
自分が何も言えなくなっていくのを感じる。
「新城さんがいた時はもっとスムーズに仕事が出来てたんですよ」
会社にいた時には気づかなかったけど、ずっと頼ってくれていたんだな。
――それでも俺は。
「すまない。俺はこの仕事でやっていくと決めたんだ」
今の俺はこれでやっていくしかないんだ。
「そうですか......」
末は落ち込んだ表情をしている。
「俺はもう行く。末、あとは頼んだぞ」
これ以上末の表情を見ていられず、背を向けてエレベーターに向かう。
「新城さん!」
呼ばれて立ち止まった。
「――デリバリー頑張ってください」
「おう」
そう言い残して歩き出した。
マンションから離れてずっと考えていた。
前いた会社の状況が悪化したのか、末が苦しんでいる。
末の部屋の様子を見る限り余裕がないことが分かった。
俺が末を苦しめたのか――。
「新城くん!」
誰かの声が聞こえる。
呼ばれた方を振り向くと反対車線で宮野さんが手を振っていた。