5話 八夫篠
「蒼島だ」
「新城 回です」
「新城か、覚えておく」
そう言うと去っていった。
集落には20件ほどの古民家が建っている。
とりあえず停められる場所探すか。
ひと通り周辺を見て回ったが公園は見当たらなかった。
ないなら停めさせてもらうしかないか。
何度か曲がったところに配達先はあった。
この家は比較的新しく、左側には納屋も付いている。
家の前にはSUV車が1台止まっている。
少しずつ雨が強くなってきている。
近くの電柱にロードバイクを立て掛けて玄関に向かう。
金属製の引き違い扉の横にあるインターフォンを押した。
向こうから人影が近づいてくる。
扉が開くと20代ほどの男性が立っていた。
「はい」
「ファイートです、ご注文の品お届けに来ました」
「遠いところまで運んで頂きありがとうございます」
「いえ、これが仕事ですから」
デリバリーバックから寿司を取り出して確認すると幸い傾いていなくて安心した。
微笑みながら寿司を渡した。
「では支払いの方は――」
現金を受け取り、帰る準備をする。
突然ザッーっと大雨が降り出す。
「凄い雨ですね」
男性は心配そうに話しかける。
「そうですね」
部屋の奥から70代くらいのおばあちゃんが出てきた。
おばあちゃんは笑顔でゆっくり話す。
「あんちゃん、しばらくここおりまっし」
「いえいえ、この程度なら大丈夫です」
苦笑いで答える。
迷惑かけるわけにはいかないな。
「十分気を付けまっし」
「ありがとうございます」
視界が一瞬白く光る。
直後にドォーンと雷鳴が響く。
揺れを感じることから近くに落ちたのだろう。
森林に覆われているため落雷する可能性が高い。
「......」
「もうちょっと待ってからいきまっし」
「そうですね」
「こっち来まっし」
そう言って納屋に案内してもらった。
隅には木製の棚がいくつか置かれている。
「あんちゃん、好きなところ停めまっし」
「ありがとうございます」
側にある木製の棚に立て掛けた。
耳に残りそうなほど強い雨音と定期的に雷が鳴り響いている。
あれから20分ほど経ったがまだ出られそうにない。
おばあちゃんが『これ座りまっし』と言って持ってきてくれた木製の丸椅子に座っていた。
ファイートのアプリを開くと岡さんから返信が来ていた。
” 遅くなってすまない。俺は基本軽食で済ませている。新城は始めたばかりだから好きなところで食べていいと思う。ただ食べ過ぎには注意してほしい”
軽食か、ますます現役の感覚を取り戻さなきゃな。
” それと八夫篠の方に大雨注意報が出ているから気を付けてくれ”
トップの人は天候のこともチェックしているのか。
返事を送ると納屋から家に続く扉の開く音が聞こえる。
「こんなに天気が荒れるなんて困ったもんだね」
「ほんとですね」
「あんちゃんはずっと配達やっているのかい?」
「いえ、今日から始めたんです」
「そうなんだね」
「はい」
こちらを見て、遠くの山の方に目を向けた。
「これまでだいぶ苦労してきたみたいだね」
「え?」
「目を見れば分かるさ」
最近のお年寄りはみんな見抜けるのか?
「私もこの歳になったからのんびりしているが、若い頃はよく苦労したもんだよ。あんちゃんもこの先色々なことを経験していくだろうけどね、若いうちは何度でも転んでもいいんだよ。そのうち何か見えてくるからね」
なぜかその言葉を聞いている時だけ雨の音が聞こえなかった。
「そんなこと話してたらほら、雷も収まってきたよ」
気付けば雷は遠くで鳴っていた。
「もう行けますね」
雨も少しずつ弱まってきているように見えた。
スマホの画面には13時40分と表示している。
「椅子ありがとうございました。おかげで休めました」
「こちらこそ来てくれてあんやとね」
ロードバイクを押して納屋の外に出た。
「あんちゃん、帰りは気を付けまっし」
「ありがとうございます」
道路には水溜まりが多くあり、後方からの車に注意して坂を下りていく。
濡れた路面では、スリップする恐れがあるため早めにブレーキをかける必要がある。
速度を出さないよう心がけなければならない。
また陥没したところにタイヤを入れてしまうとパンクする恐れもあるため先の状況を確認しながら走る。
森林の入口を抜けて橋を渡ると身を覚えのある街が見えてホッとした。
やっと帰ってこれたのか。
明ヶ丘ニュータウンを通り、箔宮駅へ向かう。
流石に足が張って動かなくなってきている。
今日はもう帰って休んだ方がいいな。
住宅街を通ってアパートに着く。
出発して1日も経っていないのになぜか懐かしく思える。
すぐにロードバイク拭かないとな。
濡れたロードバイクを抱えて部屋に入った。